ブレイクタイムが邪魔された
無情にも、携帯ゲーム機が僕の両手の指先から離れていった。
代わりに目の前に現れたのは、いつも見慣れている職場のデスク。
所々刻印が消えた黒いキーボード。
ひっくり返ったコードレスのマウス。
21インチディスプレイ、およびその枠に乱雑に貼られた付箋。
コーヒーの空き缶多数。
食玩のフィギュアも多数。
先ほどまで食べていたおにぎりの残り、そしておにぎりフィルム。
瞬時にゲームの世界から現実世界へ飛ばされて戸惑う僕は、彼女たちを乗せた携帯ゲーム機の行方を追うため、上へ右へ左へとキョロキョロする。
見当たらない。
ということは後ろだ。
振り返ると……、おお、あった。
椅子のすぐ後ろに立っている人物の手の中に。
誰だ、この人?
僕は、ゲームの世界にとことんのめり込むタイプなので、現実の世界へ頭を切り替えるのが普通の人より少し遅れてしまいがち。
それで、切り替える際にちょっと混乱することがあるのだが、今はその状態。
誰だかわからない。
でも、ようやく混乱から脱却し、後ろの人物が誰かを判別できた。
その人物とは、システム開発を一緒に手がけているサブリーダの山本さん。
丸顔。スポーツ刈り。広い肩幅。たくましい腕。分厚い胸板。
一見すると、現役スポーツ選手の風貌だが、社会人になってからは全くスポーツをやっていない、元ラグビー選手。
万年補欠だったことは誰にも言わないでくれと釘を刺されている。もう今ここでバラしてしまったけれど。
こんな山本さんの顔は、体育会系でさぞ眼力のある怖い顔をしていそうだが、実は童顔で、いつも少年のような笑顔を絶やさない。
そのギャップは職場の誰もが感じている。
今はいつもの笑顔というより、意味ありげな、ニヤニヤした顔をこちらに向けているが。
「はい! トオルくんの休憩、終わり! この携帯ゲーム機は没収!」
えっ? もう終わりだっけ?
彼のにやけ顔の上にある壁掛け時計を見上げると、13時5分だった。
確かに、通常の昼の休憩としては5分オーバーだ。
端から見れば、就業中に5分も遊んでいたことになる。
でも、午前中から昼にかけて長引いた会議から解放されたのが12時10分。
それまで発言の機会を与えられず、ただただ傍観者になっていたとしても、会議の参加は立派な仕事であるし、僕は昼休みの延長を断固要求したい。
しかし、一緒に会議に出ていたメンバーは、全員下を向いて作業に取りかかっており、僕に加勢してもらえそうにない状況。
ということは、昼休みのカットは泣き寝入りしかないらしい。
「ま、待ってください。まだセーブしていないので、せめてセーブする時間をば」
「電源切っちゃうぞ」
「あいや、お代官様。それだけはご勘弁を」
「仕方ないなぁ。じゃ、日頃の行いに免じて……。ほれ」
山本さんが僕の携帯ゲーム機を右手の親指と人差し指でつまみ、上下にフラフラと揺らしながらこちらに突き出す。
僕は、すぐにそれを受け取って画面を確認。
よかったー。
妹シズがさっきと同じ表情でじっとしていて、5つの選択肢が中央に表示された状態がキープされている。
勝手にタッチするみたいな悪戯をされていなくて助かった。
彼は僕の携帯ゲーム機をのぞき込む。
「あ、そこでカレーライスを選ぶと-」
セーブの確認でのぞいたのかと思ったが、違ったので、すぐに話をさえぎる。
「山本さん。その手のネタバレは勘弁してください」
「妹エンディングにするには-」
「困ったときは聞きますから、何卒ご勘弁を」
「ハハハ。それ、選ぶ時間帯によって-」
「はいはい、おそらく何かが変わるのですね」
「そうさ」
どうしてもネタバレしたいのだろう。だから、後塵を拝するのは不利なのだ。
「……で、山本さんは、全ルート制覇したのですか?」
「途中」
「途中ですか?」
「で、あきらめた」
「ガクッ……」
いいこと聞いた。先に終わらせて、ネタバレしてやろう。
「だってそれ、どの順番で5つのエンディングを迎えたかによって、最後に登場する隠れキャラの性格が変わるから」
「マジですか……って、さりげなくネタバレしてるし」
「どうやってもツンデレばかりになるので、あきらめた」
「それは、需要が多いからそうなる確率が高いか、他のキャラと性格がかぶらないためにそうなっているのかと-」
「3通りの性格になるらしいのだが、まだ攻略情報がないしなぁ」
後でバラしてあげますよ。
「セーブ終わった? 電源切っちゃうぞ」
「あ、まだです」
僕は急いでセーブする。
せかすには『電源切る』。これしかない。
「あ、そうそう。そこのセーブポイントからスタートして5つのエンディングを迎えられるかと思うとだね-」
「はいはい。その前のフラグで決まるのですね」
となると、あそことあそことあそこと、フラグを立てる箇所は確か3つあったはずだ。
セーブ箇所を増やさないと駄目ってことか。
やり直すかな……。
僕はそう思いながら携帯ゲーム機の電源を切り、それをサッと鞄の中のいつもの場所へしまった。