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僕が異世界常駐でゲームのデバッグをさせられた件  作者: s_stein
第一章 異世界にもVRゲームがあった
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あまりにリアルすぎるVRゲームの世界

 ここでHMDをかぶったまま、ベッドに寝転がってみた。

 体勢に関係なく画面は正面を向いたまま動かないと思ったら、画面が上に移動して昇降口の天井が見えた。

 あ、そりゃそうだ。


 起き上がると、画面が天井から下へ移動して、また最初の正面を向いた画面に戻る。

 首を左右に振ると、画面の中でも左右に振ったように見える。

 つまり、上下左右の首の動きに合わせて視点が動く、ということ。


 正直言うと、こういうのは逆に不便である。

 なぜなら、このHMDはなにげに重いし、長時間プレイする場合は寝転がりたいから。

 えっ? 寝転がって首だけ起こせば? 無理無理。


 そういうわけで、チャットで注文をつけてみよう。。

『DBT>HMDが重くて、寝転がってやりたいのですが、天井しか見えません』

 反応やいかに。


 今度はすぐにレスが飛んできた。

『やまだ>デフォルトはそうです』

 なんだ、奥の手を教えてくれるのかと思ったら。

 僕の意図を汲んでくれない。

 そうですか……。我慢しろと。


 さて、スタートしたが、ここから何をすればいいのだろう。


 無人の昇降口では、何も変化が起きない。もちろん、人も通らない。

 このゲームの世界では、今は授業中なのだろうか。

 ヘッドフォンからは心地よい音楽が流れ続ける。


 先ほどのレスを最後に、チャット画面にも新しい動きがない。

 誰か発言するかもしれないが、デバッグに集中したいので、『Quit』でチャット画面を閉じた。

 また全画面がリアルな世界になる。


 ここで、ちょっと悪戯心(いたずらごころ)が芽生えた。

 コントローラで下駄箱の前まで主人公の体を移動し、右手をコントローラから離して下駄箱の方向に手を伸ばしてみた。


 すると、画面下から右手が現れた。

 右手は学ランの袖だ。主人公は学生なのだろう。

 こうなると、主人公を動かすというより、自分が動いている錯覚に陥る。


 その右手を伸ばすと、指先が目の前の下駄箱に()れた。

 ペタって感じで。

 えっ? (さわ)れるじゃないか。

 しかも、指先に鉄製の下駄箱の冷たい感触まであるのだ。


 この下駄箱は、視覚でしか認識できない仮想的な物体のはずだ。

 つまり、実体はこの空間に存在しない。

 なのに、あたかもそこに物体が存在するかのように触覚で認識できる。

 絶対におかしい。


 思わず両手でHMDを外した。


 視界に飛び込んできたのは、HMDをかぶる前まで見えていた<カオス>の光景である。

 つまり、現実の世界。

 ここには何も変わりがない。もちろん、下駄箱なんてない。


 HMDを外したまま、同じ方向に右手を伸ばす。

 指先に何も感じない。指を動かしても空気が触るだけ。

 さっきは感じていたのに、どうしてだろう?


 またHMDをかぶって、もう一度同じ方向に右手を伸ばす。

 下駄箱に触れる。冷たい感触がある。

 えええっ? ……どういう原理?

 なぜこうなるのか理解できない。


 この不思議な現象を目の当たりにしたせいで、背筋に冷たいものが走る。

 同時に、指先から足先から、体の中心に向かってサーッと血の気が引いた。

 血管を逆流する血の音が聞こえてくるのではと思ったくらい。

 仕舞いには、手足や唇まで震えてきた。


 ほんの少し前、山田さんに対して、筋肉から脳への電気信号がとか、頭蓋骨の障壁がとか言ってみたものの、実際にこの現象を体験してしまうと、脱帽して彼の言っていたことを認めざるを得なくなってきた。


 でも、こんな馬鹿なことがあるのだろうか。

 全く理解不能だ。

 最先進技術に触れる際に覚える感動を通り越して、恐怖すら覚える。


 仕舞いには、悪魔の仕業だとか、魔法がかけられたとか、思わず叫んでしまいそうだ。

 これは夢か?

 でも、自分の頬をつねると痛いので、実は寝ていて夢を見ているという落ちではないようだ。


 もう少し調べてみる必要がある。


 下駄箱に触れたついでに、扉を開けてみることにする。

 扉は右へ開くタイプだ。

 目の前にある適当な扉から一つを選び、へこんだところに指を入れて手前に引いてみる。

 開いた。

 まるで、本物の扉を開けているような感触がある。


 開ききると、中にローファーがあった。

 ローファーは商標名なのでその物じゃないと本当はいけないのだが、たぶんこれは見た感じ、その名前の靴で合っていると思う。


 これをつかんでみる。

 おお、つかめるし、引っ張り出せたぞ。

 しかも、靴には重量感がある。


 慌てて両手でHMDを外す。


 さっきと同じく、何も変わっていないし、同じ位置に右手を伸ばしても何もない。

 ベッドの上にあるのは、キーボードのみ。

 コントローラは僕の足の上にある。


 僕の頭の中では、ついに仮想と現実の区別が付かなくなり、混乱してきた。

 このHMDをかぶると、仮想の世界が現実の世界のように認識できる。

 それはあまりにリアルすぎて、ゾッとするほど怖いのだ。


 恐る恐るHMDをかぶると、先ほど慌てて手を離したからだと思うが、ローファーが落ちて、すのこの上に転がっているのが見えた。

 ここまで再現するとは、実に芸が細かい。開発スタッフには頭が下がる思いだ。


 さて、落とし物は放置できない。

 首を下に向けてローファーをとろうとする。

 と突然、左耳から女の子の声がした。



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