出勤一日目 バー、後編
酔いが覚めてしまえば互いに目も会わせられなくなるような、そんな話、
信頼の証拠なのか、単に口が滑ったのか、
それすらわからないような
お酒が回ると、饒舌になるのは誰でも変わらない。
先輩の顔も赤くなり、俺に絡んでくる、理想の展開ではあったがそれ以上に、酔った先輩はかわいかった。
いつもの引き締まった先輩と違って、素の感じと言うのだろうか、顔が緩んでほんわかとしている。
「うう~飲んでる?古市くん?」
「はい、飲ませていただいております」
「敬語になんて~お酒様の手前なんだから、もっと砕けていこうよ~」
どうも先輩はお酒が好きなようだ、
先程から延々と飲み続けている、
それほど日頃なにかを抱えているのだろう。
すると突然先輩が俺に質問をしてくる。
「古市くんって、彼女とかいたりするの?」
これはよくある質問なのだろう、
そして俺もよくある回答をするのであるが。
「俺にはいません、先輩はどうなんですか?」
これが先輩と俺との関係を、変えていく
先輩の顔には少し陰りが入って、回答に困っているようだ。
「す、すいません」なにか失言だったのだろうか俺には理解できなかった。
「私には、彼氏を作るなんて考えられないのよ」
「え、まさか」
俺が何を考えたのかをすぐに察したのか、先輩が大きく身ぶり手振りをする。
「いや、未亡人とかじゃないのよ?…実はね」
「…!」
先輩に言われたことの要点をまとめると、
昔先輩は告白されて、そこまで好きな人じゃ無かったので断った。
そしたら次の日からその子が学校に来ることは無くなった。
私は男の子を傷つけてしまったから、もう恋をする資格はない。
「…そうなのですか」「そうなのよ」
雰囲気も気まずくなってしまった、
先輩がそんなことを思っていたなんて、
きっと今に至るまでに、様々に好きな人ができただろうに、告白せず、その恋を終える、
それがどれ程悲しいことか。
「お会計しようか、私が払うよ」「いえ、割り勘で」「そう?じゃあそうしましょう」
最後の一瓶をちょうどすべて飲み終わり、先輩と代金を折半して、店を出た。
そして今は、帰り道が途中まで同じだから一緒に帰っている。
しかし、何となく一緒に歩くのが気まずくなってしまっていて、それを何とかしようと話題を振ってみる。
「俺とかどうですか?なんて」
言ってからハッとした、目の前の先輩はポカンとしている、これじゃまるで告白ではないか。
「い、いや、告白とかそういうのじゃなく…その罪悪感から少しでも気が晴れるように…その…時々遊びにいきませんかと」
慌てながら取り繕っている俺を見てか、先輩はクスリと笑いながら俺の手を優しく握り、
「こんな先輩でいいなら、遊びに誘ってくれてもいいよ」と言ってメモ帳から自分のメルアドを書いたものを渡してくれた、先輩いわく
「いつか約束を破るほど好きになった人に渡す予定」に渡す予定のメモだったらしい。
「俺でよかったんですね?」「後で後悔させないでよね」先輩の酔いはまだ抜けていないようだ、
そしてしばらくしてから分かれ道で俺らは別れる。
家に帰ってから俺はすぐにメールをした。
「今日は飲みに付き合ってもらい、ありがとうございました」
すぐに返信が来る「私こそ、楽しかったよ」
今日の首尾としては、十分すぎる結果だ、
まさかメルアドまでもらえるとは思ってなかったのだから。
こうして俺と先輩は、奇妙な交際関係を始めることとなった。
果たして俺は先輩と付き合えるのかどうか、
それは俺の努力次第なのだろう。
とりあえず、今日はいい夢が見れそうだ。




