出勤一日目 バー、前編
まずはバーへと向かうことにした、
酒の力とはスゴいもので、互いの心を酔わせて、本音で語り合わせてくれるそうだ。
もっとも、恵美先輩は…
剛の者なのだが
ドアを開けると、外とは別世界、
薄暗い照明に、うっすらと映る人影、
様々な景色が巡りめぐっている。
会社の付き合いで来ている者、
一人寂しくカウンターで寂しい背中をして飲んでいる者、
中には熟年夫婦が年代物のワインを開けていたりする。
ここは大人の模様が見えてくる。
店は昔から贔屓にしていて、マスターとも顔馴染みだ。
何よりもここは、マスターが素晴らしい人だ。
「二人でカウンター座れる?」
「ええ、もちろん」
マスターは蓄えた髭を撫でながら、こちらを向いて微笑んでいる、
恵美先輩はと言えば、どうもこういった場所が初めてのようで、先程から様々なところに目移りしている。
時に先輩のような一見を嫌うマスターもいるが、ここのマスターは違う。
ハードボイルドという文字をそのまま形にしたような人物である。
「ところで古市さん、この方は?」
「あ、この人は」「初めまして、私和歌山恵美と申します、古市君とは先輩後輩として仲良くしています」
…やっぱまだそこかあ
分かっていたけど、本人の口から聞くと、余計にきつい、
マスターもそれを察したようで、話題を変えてくれた。
「それでは、ご注文をお伺いします」
「先輩どれに…」
「右の端から、真ん中まで」
…そうだ、忘れていた、先輩は
超の付く剛の者(酒に強い人)だった。
周りの客がざわめき出す、当然の事だ、
先輩ほど華奢な人が、優に二リットルは酒を飲もうとしているのだから。
マスターがこちらを見るが、どうしようもないと身ぶりをして、とりあえず酒を並べてくれたら分かるよとしか言わない。
いつもなら止めるのだが、今日は本音が聞いてみたい、
先輩の心の気持ちが知りたいから、
酔わせるだけ酔わせてみようと思ったのだ。
「…払い戻しも、結構ですよ」
「問題ないです、古市君もいるし」
まあ、俺が先に酔いつぶれなかったらの話なのだが、恐らく先輩に飲ませるのを優先すれば耐えられる。
「これ、美味しいです」
「昨日上がったばかりの酒ですからね」
「マスターそんなの出していいの?」
「初めての方への特別サービスですよ」
しばらくは先輩とマスターと俺とで話に花が咲いた、マスターは酔いが深くなるまでは会話に付き添ってくれる。
先輩は剛の者だが、飲むペースはスローな方、
なのでこちらはピーナッツなど摘まみながら、ゆっくりと瓶から酒が無くなっていくのを見ている、俺は差し出されたときに貰う。
しかし適度に酔ってないとこちらもきついので、時々自分でも注ぐ。
最初の方はシラフだった先輩も、250mlの瓶が5本無くなる頃にはすっかり出来上がっていた。
「古市くんはねえ、偉いよ!偉い!」
「あ、ありがとうございます」
後ろの客の先輩を見る目がスゴい、
さすがに本当に飲むと思ってなかったらしく、
羨望の眼差しで先輩を見ている。
マスターは少し前に、
頃合いだと言って、他の客の方へと移っていった。
「頑張ってくださいね、古市さん」
ここから先俺は、先輩の心を少し、垣間見ることとなる、
だが、それは知らない方が、よかったのかもしれない。
「後半に続くからねぇ」
「誰に言ってるんですか恵美先輩」




