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出勤四日目 社内→社内会議室→バー 後編

そう言えば、前は先輩は俺を「太市くん」と呼んでいたはずなのだが、いつの間にか「古市くん」に戻っていた、なぜなのかは不思議でならないが、

今は戦勝に気持ちを浸らせ、そろそろ夏も終わりを告げようと言うのに俺の体を流れる汗を、バーの冷房でサッと冷やして酒を飲みたい、

恐らく隣を歩く先輩も、おんなじ気持ちなのだろう、先ほど少し胸元を開いているのを偶然見つけてしまった、俺は偶然を装うのがヘタなので、本当にあれは奇跡だと言えよう。


「さあ、ついたよ古市くん、ここが私の行きつけのバー」

先輩に連れられて来たバーは、いかにも大人が来ると言う雰囲気をふんだんに醸し出している。

例えば明かりは紫、テーブル席がやや多く、カウンターを気にすることないよう設計されていて、カウンターにいるのは常連ばかりと言った感じか、これは二人で話しやすく、また一人で来たときはカウンターで飲める好設計だ。

そのうちマスターらしき人がこちらに気がつき、先輩に声をかけてくる。

「おお、和歌山さんじゃあないですか」

「お久しぶり、今日は後輩で「友達」の古市くんを連れてきました」

「はい、後輩の古市です、よろしくお願いします」「…うん」

「これはやられたね、和歌山さん」

先輩が何かを期待していたのかは全くわからないが、俺は普通の返事をしただけなのに小突かれてしまった。

それからテーブル席につき、とりあえずと言って先輩は「ウィスキー二本開けとこ、もちストレートよね」

明日もあるのに…

注文した酒と、つまみの簡単な魚料理が来るまで、先輩に気になっていた事を質問してみる、

なぜ「古市くん」呼びに戻したのか、

どうでも良いことなのだろうけど、待つ時間を潰すのにはちょうど良い。

「そう言えば、先輩前は俺の事太一くんって呼んでましたよね、なんで今は古市なんですか?」

すると、先輩はゆっくりとこちらを覗きこんで、じっと睨んでくる、正直怖くて仕方ない、

何も琴線に触れるようなことは言ってないはずなのに。

「そっちも恵美先輩って呼んでくれないから」

一瞬我が耳を疑うが、先輩はそう言って頬を膨らませて、酒も入ってないのに顔を赤くしている、

俺が恵美先輩と呼ぶ呼ばないになんの関係が…?

その答えは単純明快だった。

「私たち一応恋人ごっこしてるのに、なんで下の名前で読んでくれないのさ、恵美、はさすがにこっ恥ずかしいけど、そのくらいは良いじゃん」

そう言われると、確かにそんな気がしてくる、

俺たちはそんな関係だった、なら下の名前で呼ぶのは当然だろう、

頭を下げ「じゃあこれからは恵美先輩って呼びますね」と告げると、笑顔になってくれた。

ちょうどなのか、狙われてたのか、

話終わったあとにウィスキーはやって来た、

薄くオレンジ色に輝くその姿は、

一世紀を経ても変わることなく、常に人々を幸福に酔わせている、

そしてこれからも、ウィスキーは変わらず人々を幸福にしていくのだろう、

そう考えると、ワインとはまた別の重みを感じさせられる。

「それじゃあ古市…たっ、太一くん、乾杯」

「恵美先輩、乾杯」

「なんでそっちはすらすら言えるのよ」「何ででしょう」

魚料理はオリーブオイルを使ったサラダ盛りのような物で、上手くウィスキーの味を引き立たせてくれる、味も中々のものだ。

「何だか、あっという間に解決してしまいましたね…」「私、前から資料まとめてたし」

「露呈するまで待っていたのですか」「うん」

先輩は酒が入ると本当に楽しそうになる、

うっかり口が滑りそうになることもあるが、そこはなんとかごまかしているのだろう、うん。

「太一くんってほんといい人だよね、なんで独身なの?」

酒が深くなるとさすがにこちらも酔ってくる、

すっかり出来上がってしまったのだろう、

いつもの俺なら上手くごまかして答えただろうが、今は記憶も曖昧で、その辺の制御が外れてしまっていたと思う。

「先輩が好きなんで」

ボソッと愚痴のように口から本心がこぼれる、

たぶん明日の俺は記憶してないくらい、

ポロっと言葉はこぼれ落ちて、静寂を呼んだ。

「…うん、とても酔ってるようだね!今日はお勘定にしよう、ね?」

数分間互いに口を開かずにいた、たぶん俺は酔いすぎて限界だっただけだが、ついに恵美先輩が切り出して、勘定となった、

マスターは勘づいていたのか、恵美先輩を見るなり何かをボソボソ呟いたらしく、すぐに恵美先輩の顔からボッと火がついたようになって、目はぐるぐる回っていた。

帰り際に、勢いで「それじゃあまた、恵美」

なんて言ったらついにズッコケてしまった、

しかし俺も恵美先輩も酔いが回りきっていたので、互いにタクシーで帰って、激動の一日は終わりを告げた。

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