余編:不安な日々
しっかし、なんでこんな変な居候を抱え込んじゃったかね。
我ながら物好き過ぎるだろ……。と、思わないでもない。
まあ、最近は、こういうのも悪くないかとも思い始めてはいるんだが……。
「んぅ~。このチャーハン、絶品!」
そう唸り声をあげているアホに、俺の分まで持って行かれないよう、大皿から自分の皿に取り分けながら、付け合せの卵入り上湯スープを目の前に置いてやると、それをズズズとすすりながら、ホゥとため息をつくのまでが、いつもの流れだった。
「相変わらず、作るの上手いよねぇ……。チャーハンセットだけわ」
「まあな」
一人暮らしが長くなると、焼き飯はどうしても上手くならざる得なくなる。
何故なら、ご飯はある程度はまとめて炊いた方が美味しいからであって、一人飯だと必然として数度に分けてご飯を処理していく事になる訳だ。しかし、そうなると二食目からは、冷蔵庫にしまってある冷たいご飯をどう美味しく頂くかというのが必然として食事時の重要なテーマになる訳であって……。
その課題への最適解として、俺は焼き飯をチョイスしたって訳だ。
まあ、作る回数が多くなればなるほどに作る腕が上がっていくのは必然だったというだけの話であって……。
「問題は、他の料理を作るのがさほど上手くないって事よね……」
うん。この焼売、まだ芯の部分が凍ってるせいでシャリシャリしゅるぅ……。
そんな泣きそうな顔を浮かべながら寄せられた苦情に、無言のままに手にしたレンゲで電子レンジを指さしながら、食べ終わった自分の分の皿を流しへと持っていく。
「それ食べ終わったら帰るんだぞ」
「はぁ~ぃ……」
「……冷蔵庫の中の杏仁豆腐、食べてからで良いからな」
「はぁーい!」
まあ、これはこれで幸せな日常というヤツなのかもしれない。
……ただ、な。最近、フとした瞬間に思う事があるんだ。
「……さて、歯ぁ磨くか……」
そう。それは例えば、今みたいな瞬間にだ。
洗面所で、一人で、こうして歯を磨いている時などに……。
今の、この俺をとりまいている、このおかしな現実ってヤツは。
こんなどこか普通でなく、不思議と退屈せず、とても平和な日常ってヤツは……。
──これは『本物』なのかなって……。
それが余りにも普通でないと思えるからこそ……。
こんな特別な日常など、ありえないと思っているからこそ……。
あるいは、こんな幸せに満ちた日々が余りにも楽しかったからこそ……。
──こんなに幸せで……。満ち足りていて。ホントに良いのかって……。
こんなのは全部、嘘っぱちなんじゃないかって……。
もしかして、俺は、あの日の夜に、ホントは死んでるんじゃないかって。
寝床についたまま、他の連中と同じく、眠り病を発症させて……。
──ずっと目覚めることのない悪夢の中に居るんじゃないかって……。
それまでのクソみたいだった人生が大きく変わってしまった日の夜から。
あの夜から、本当の俺は夢見人になっていて……。
決してさめることのない悪夢を見ているだけなんじゃないのかなって……。
だから、こんなに幸せな非日常ってヤツが続いているんじゃないのかって。
何故だか、そんな不安が、あの日の夜から、ずっと消えてくれないんだ。
「……なあ。……お前、本当に生きてるのか?」
そう問いかけられた鏡の中の俺は、どこか泣いているようにも見えていた。
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件とは一切関係ありません。