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前編:質問と回答


 青天の霹靂(せいてんのへきれき)って言葉がある。

 それは「雲ひとつ無いほどに青く晴れ渡っていた空に、突然激しい雷鳴が鳴り響いたせいでビックリする」といった出来事や様子を指す言葉であって……。

 その言葉が示している意味合いとしては「予期しない、あるいは予期出来なかった様な、突発的な出来事が起こってひどく驚かされる様子」とでもなるのだろう。

 まあ、それをもっと簡単に言うのなら、すっごくびっくりする様な事が起こった時に使う言葉。いわゆる『ことわざ』ってヤツになるんだろうが……。


「やっぱさぁ~、アタシ的にもいっちゃんオススメなプランとしてはぁ~、最近大流行(おおはやり)な特典付きの転生、いわゆる『転生チート』ってヤツになるんじゃないかなぁなんて思うわけよ~」


 まあ、この状況を前にした時の心境ってヤツを、とても端的に表現するなら、たぶんそうなるんじゃないかなって……。

 例えば今の俺の様なワケワカメな状況を、これでもかって程に的確に……。いや、的確過ぎる程に的確に表現出来ているんじゃないかと思う訳であって。

 そんな訳で、こういう状況下に置かれている俺的には、そいつが一番ベストな言葉なんじゃないかなぁなんて思う訳であって……。


「という訳でぇ、どーせ返事は聞かなくても、オーYES、オーYES、オ~YESな、おーるおっけー三連発って事で良いんでしょ~? ってな訳で、()こっか?」


 そう何やら、やたらとハイテンションかつ一方的にまくしたてて来ているのは、デッカイ洋風の本らしきモノを片手に、一人勝手に盛り上がりながらのたまってくれている、見るからに怪しげでえろえろなボンデージなファッションをしたぱっきん幼女……。


 ……って、いや、まった! ち、違うんだ! そうじゃない!

 今のなし! ちょっとだけで良いから! ちゃんと言い直させて!

 はい、そこ! ウェイト! まった! マジ通報すんのはやめて!

 お前らも「お巡りさんコイツです」とか言ってんじゃねぇ!

 って、待てってば! 頼むから!

 オイ、コラ、お前、マジで通報しようとすんな!

 だからぁ、待ってくれってば! 頼むから! お願いしますよ!


 ……ハァハァ、ゼェゼェ。……あ~……コホン。


 冗談抜きで、今のなしってことで頼む。……俺に、釈明のチャンスをください。

 ちゃんと誤解されないように今から説明するから。だから、言い直させてくれ。

 いくらなんでも、これじゃあ、イミフ過ぎだろ?

 状況とかが分からなさ過ぎて、単なる頭のおかしいロリコン野郎になっちまう。


「……ねぇ、聞いてるのぉ?」

「ああ。聞いてる。後、返事はさっきもしたが『NO、いいえ、嫌だ』の絶対拒否三連チャンだからな?」

「え~? なんでよぉ~?」


 こうして適当な会話を重ねながらも未だに理解し難いが……。というよりも、恐らくは理解したくもないのだろうが……。どうやら俺は転生ちーと……。いわゆる、特別な特典を貰って異世界とかに生まれ変わるって類のヤツだと思うんだが。そういうのを、目の前のヤツから強力にお勧めされているらしい。……らしい、のだが……。


「んじゃー、も~いっかいだけ説明したげるねぇ~? それを聞いたら、今度こそ頑固でシブチンでニブチンで分からず屋で空気が読めないKY印なボンクラ族代表なアンタでも、ちゃ~んと気が変わってるはずだから。その後に、超絶ぷりちぃなアタシが、もぉ~いっかいだけ『はい』って答えるチャンスをあげちゃうんだからぁ~。……だ・か・ら、ちゃーんと耳の穴かっぽじいて、よ~っく、聞いときなさいよぉ~!?」


 ……ふぅ。頭の奥の方、芯の辺りがヅッキンヅキンしてきた……。

 さぁて……。今の、この説明しがたく、それ以上に理解し難いという、実に厄介な状況というヤツを、どう説明したら良いのだろうか……。


 端的に言ってしまえば、今日はやけに寝苦しいなぁって、妙に寝付けなかった夜に、おかしな気配を感じて目を覚ましてみたら、目の前に何故だかコイツが居て、俺に「ヘイ、ユー。生まれ変わっちゃいなYO☆」って薦めてきてるってことになるんだろうが……。


 ううう。……我ながら、なんて頭の悪い説明の仕方だ……。しかも、これが現実だっていうのだから、なお質が悪いし、ますます頭が痛くなってくる……。


 まあ、そのオススメとかいうプランの内容の方も、幾つか気になる点が散見される代物だったのだけど、何よりもソイツを薦めてくる本人が、いささか問題がありまくりな代物というか、怪人物過ぎたんだと思う。


 今の俺の状態を端的に説明するなら、さっきも言ったとおり『てっかてかのボンデージ着た金髪の変態エロ幼女が、転生チートとかいうのをセールスしに来やがった』となるのだろうが、より的確に今の俺の心境を加味して言い直すなら『頭のイカれた格好をした、その非常識過ぎる格好以上に頭のネジがかっとんでる、色々と言動の方もおかしい……。いや、何もかもがおかしすぎる変態印の幼女が、転生チートとかいう胡散臭いにも程があるだろう怪しげな商品を、現在進行形で押し売りに来ていやがるんだが、どうしら良いと思う?』とでもなるのだろう……。多分。

 ……うん。まあ、多分なんだが……。そう、なっちゃうんだろうな。きっと。……とても、残念だが……。でも、何故だろうな。不思議と言い直した後の方のが、状況的にもすっごくしっくり来てる気がする……。


「……という訳でぇ、アタシがアンタを、こんなゴミみたいなトコロじゃない、もっとイ・イ・ト・コ・ロに転生させてあげちゃうんだから。ヘイ、YOU☆とっとと話に乗っちゃって逝っちゃいなYO☆ってことなの。分かった!?」


 まあ、今の状況としてはそんな感じな訳だが……。

 そんな訳の分からない状況の根本的な原因となっているのだろう目の前の幼女の異常性を、もっと深く第三者に理解して貰うためには、より正確かつ詳細に表現してみるべきなんだろうな、とは思う。


 こいつは、やたらと刃の部分がデカくてアンバランスに過ぎるだろうって感じの奇妙なデザインをした大鎌(デスサイズ)に、まるで魔法使いの箒みたいにまたがってフヨフヨ浮いてやがる訳だが、実のところ、見た目の方の方はそう悪いという訳でもない。

 むしろ可愛い系とも言えそうなルックスではあるのだが、背中に飾りっぽいサイズとはいえ小さな羽があったり細い尻尾が生えていたり、縦にくぱぁと割れてる爬虫類系の赤いオメメをしていたりと、いささか人の範疇からは外れた外見をしている事もあって、なかなかに表現が難しい外見をしている訳だが……。

 そういう人外の部位を本人は「なかなかチャーミングでミステリアスでしょ~?」とか盛大にズレた事を抜かしてくれている訳であって……。


「……サキュバス?」

「ちょっと、ちょっと~。あんな底辺の雑魚連中と一緒になんてしないでよぉ~」


 そんな、いささか頭のネジがゆるいのか、もしくは何本か吹っ飛んでるっぽい感じのする頭の痛いパツキン幼女……。って、嗚呼、ちなみに格好の方はさっきも言った通り、その手の特殊性癖の方々御用達のお店でしか手に入りそうにない品らしき感じのするテラテラと表面がやたらとテカってる、おそらくはレザーであろう素材で出来ていると思われるボンデージ・ファッションってヤツな訳なんだが……。


「……ぁにょ?」

「いや、何でもない。どうぞ、遠慮なく、話を続けてくれ」


 これがまたひどく目に悪いというか、無駄に煽情的というか……。

 ボンキュッボンには程遠い上から下まですっとんとんな寸胴ドラム缶体形なんだから、お前みたいなガキんちょが無理すんなと言いたくなるような酷い代物なんだ。

 その上、何処とはあえて言わないでおくけれど、ソレ、すんげぇ角度だな……。というか、えぐい格好だなオイとか、それ生えてたら色々角度的にヤバイどころの話じゃないだろ、とか。……それって、てぃーふろんと(ヒモ)? みたいな?

 ……まあ、そんな格好で、そんな風に足組んでたら、ますます食い込んじゃってエライ事になってるぞ? みたいな?

 そんな、色んな意味で(性的な意味を除いて)突っ込みたくなるだろう、エグい格好をしてる訳だけれど。


 ……あ? えーと? 何処まで、何を話してたんだっけ?

 ああ、ああ、そうそう。変態幼女のえろグロい格好までだったな。

 ……って、ちがうだろって?

 ああん? お前やっぱロリコンだろって?

 何でそうなるんだよ! ちがうっつってんだろ!

 ん~……。でもなぁ……。んぅ~……。

 いちおー、自分では違うと思ってるんだけどなぁ……。でも、こんな()見ちゃうとなぁ……。実は俺ってヤバかったのかなって……。

 段々と不安になってくるっていうか……。信じきれなくなるよなぁ……。って、そういう事を言いたいんじゃなかった。

 とりあえず、今は、この異常過ぎる状況をどう切り抜けるか。ただ、それだけを優先すべきだろ? ってことで、自己分析とかは後回しにさせてくれって事と……。


「……まあ、言うまでもないんだろうが、こんなイカれた格好した馬鹿(ヤツ)が、まともな素性の持ち主であるわけがない筈であって……」


 そんな俺のツッコミのセリフに、目の前の幼女は心外だとでも言いたげに頬を膨らませていたりする。


「なぁによぉー。せぇ~っかく、不っ幸ぉ~のどんどぉん底ぉ~な人生歩いちゃってる“まるで駄目な男(マダオ)”君なんかのために、こーして私が、やり直しのチャンスをあげちゃお~、お~って、わざわざ出向いて来てやってるってのにぃ~? こんな特別待遇の何処が不満な訳ぇ~?」


 そう人のことを遠慮も情けも容赦もなくマダオ呼ばわりしてくれている訳だが、人前にそんなヤバイ格好で平気で現れる事が出来るような羞恥心ゼロな変態幼女に、そんな風に言われたくはないぞ。変態幼女には。

 ……うん。大事な事だから、とりあえず二回言っとくけどな。でも、変態からマダオ呼ばわりとか、マジ勘弁なんだ。

 ……うん。三回なんだ。それくらい嫌だったんだなとでも考えておいてくれ。


「……大体、アンタ、このまま生きてたって、良い事なんか何も無いじゃないの」


 うっ。……ま、まあ、それについては否定は難しい、かも知れない……。

 在学中に陰湿な嫌がらせだの陰口だのといった、いわゆる“いぢめ”ってヤツを受け続けた事での登校拒否から始まった出席日数不足による留年。そして、そのまま退学へと、お決まりとも言えそうな脱落者へのフルコース……。

 その後は、お約束とでもいうかの様に、引き篭もりと対人恐怖症を発症。結果、輝かしい学生時代ってヤツを高校中退という、中途半端に過ぎるゴミみたいな学歴で終えてしまって、散々に親を泣かせてから数年後のこと。ようやく鬱状態から復帰して脱ヒッキーを果たすも、最悪なレベルにまでこじらせてしまっていたコミュ障は、最悪の学歴と数年間もの空白の経歴とかも相まって、社会復帰への大き過ぎる足枷となってしまっていて……。

 せめてメンタル部分の回復と対人恐怖症の改善だけでもという名目のもと、社会復帰へと向けたリハビリの第一歩として、どうせなら空気の良いのどかな所の方が良いだろうという両親の勧めもあって、母親の実家である祖父母の家に身を寄せて。そこで、田舎で共に農業を手伝いながら真人間への復帰を目指していたのだが……。

 そこでもやっぱり周囲には上手く馴染めず、何年たっても友達らしい友達も作ることすらも叶わず……。そうこうしている内に祖父母も共に亡くなってしまい、結局のところ、こうして一人さみしく田舎暮らしを満喫する羽目になり、のんびりホソボソと一人農業を営みながらも、未来に展望らしい物は見えず、毎年食うや食わずのギリギリのラインで日々の生活を送っていたりする訳だ。

 そんな俺は、誰がどう見ても人生の負け組なのだろうと思うし、自分でもそう思っているし、きっと親や親戚、周囲の人達からも、きっと世捨て人のように見られているんだろうなと勝手に思っていたりする。


「まだ、未練とかあるって言うのぉ? 友達とか幼馴染とか知人とかでも……。それに、親兄妹からも見捨てられて、アイツは最初から居なかった。良いね? みたいな、居ない人扱いされてんのにぃ? ……兄妹からの結婚式の招待状すらシカトされてんのよ? こんなクソみたいな人生に、今更、何の未練があるっていうのよぉ? このままお嫁さんも貰えず、子供も残せない。ロクに友達すら居ないような、ただ一人、このまま寂しく死んでいくだけの産廃同然のツマンナイ余生なんて、ゴミよ、ゴミ! そんなの、そこらへんにある肥溜めにでも、さっさと投げ捨てちゃいなさいよぉ!」


 ……まあ、な……。

 ホントは、自分でもわかってるんだろうな。

 ……俺の人生はクソだったって。

 ただ強がって、一人が良いんだって振りしてるだけだって。

 誰にも相手してもらえないから、こうして腐ってる事しか出来ないんだって……。


「……そうだな……おれの人生、クソだな……」


 そういう意味じゃあ、ぶっちゃけ提案内容自体には、そんなに文句はないんだろうなとは自分でも思うんだよな。

 何しろ、せっかくの「やり直しのチャンス」ってヤツなんだぜ? しかも、チートとやらまでオマケしてくれるらしいじゃないか。

 どっかで見たことがあるっていうか、ぶっちゃけネット小説とかでは、ごくごくありふれた手垢のつきまくった設定というか、珍しくもない程に溢れかえった大人気なジャンルの内容の御伽噺ではあったのだが……。

 それでも、こうして自分の身に降り掛かってくるとなると、話は色々と別だった。


「だったら、折角の、このビックチャンスを、今度こそ、モノにしないさいよ!」


 たしかにな……。こんなチャンス、もう二度とないんだろうな。

 そういう意味じゃ、確かに、俺には特別な機会とか幸運ってヤツが与えられているんだろうとは、自分でも思うし……。何となくではあるが、これが特別な出来事なんだろうなって事も、ちゃんと頭では分かっては居るんだろうとは思うんだ。


「でも……」


 ……もっとも、この頭の悪い格好をしたヘンテコリンな変態幼女の言うことを鵜呑みにするのなら、という条件付きではあるんだが……。


「……イマイチ、まだ信じられないんだ。ホントに転生させてくれるってのか?」

「あーのーねー!? ちゃんと転生させたげるし、チートもちゃんとあげるって、さっきから何回も繰り返し、繰り返し、ずぅっと言ってるじゃないのよぉ~!」


 すでに何度も説明させているせいか、流石に嫌気が見えて来ているが……。


「だいたい、なんで素直に信じてくれないのよぉ~」

「いや……。そうしたいのは山々なんだけど、昔、うまい話には絶対に裏があるモンだから、騙されないように気をつけろよって爺ちゃんから散々に教えられたもんで……」


 あれは爺ちゃん達がまだ生きてた頃の話だから、もうだいぶ昔の話になってしまうんだな……。後、どれだけ親しい友人であったとしても、連帯保証人にだけは絶対になるなよとも、繰り返し教えこまれたっけ。


「もぉ~、良い加減、信じてよぉ~。裏なんてないわよぉ~」


 変なビデオじゃあるまいし~。表とか裏とかある訳ないじゃないのよぉ~。などと、幼女らしからぬ台詞をオマケにつけながらも、それでもなお自分を信じろと口にする。


「じゃあ、確認させてくれ」

「どうぞぉ」

「まず、大前提として。……その提案を受け入れたら、俺は死ぬ事になる。それは確実なんだよな?」

「向こうの世界に生まれ変わるんだから当たり前でしょ~? こっちで死んだアンタが、向こうで別の存在として生まれ直す。それは、こっちの世界の魂をひとつ持ちだして、向こうの世界に持って行くってことなんだから。それが生まれ変わるって事だとするなら、そうなるのはむしろ当たり前って話でしょぉ?」


 何言ってんのよ、アンタ。やり直しの意味、ちゃんと理解出来てんの?

 そんな口調で当たり前の事を聞くなと断じて見せる。……まあ、そう言われてみれば、確かに当たり前の話でしかないんだけど……。


「それに、そのまま世界を渡ったりしたら、色々と問題が吹き出すと思うわよぉ? そもそもの問題として、人間の体って、そこまで頑丈でもないんだしぃ。……それに、適応力の方もないんだからさぁ……。そんな貧弱な体のまま世界を渡ったりしたら、色々と不都合が起こるかもって、アンタ、ちょっとでも思わないわけェ?」


 こっちの世界で無理やり例えるなら、大気の組成が地球に近くて何とか呼吸出来そうってだけで、他の重力の強さとか一日の時間とか色々と条件が違うなんていう他惑星に、その体一つで投げ込まれる様なものだと考えてみればちょっとは分かるんじゃない?

 そう具体的に指摘されてみて初めて環境面とか衛生面、特に免疫面とかの部分で色々と不都合なり問題が起きそうだ等と思い当たるのだから、我ながら想像力が色々と欠如していると言わざる得ないのかもしれない。


「……ね? 生身のままそのまま移動して活動を開始するのと、魂だけになって移動してから、向こうの生き物の母体に宿る手順を経てから、ちゃんとした両親の庇護のもとに生まれて、普通に育って教育もされるのと、どっち方のがアンタにとって安全で体への影響も少ないと思うか……? なぁんて、わざわざ言うまでもないでしょ? ってことで、ちょっとは先生の言うことが理解出来ましたかぁ?」


 そんな皮肉っぽい問いかけに我ながら馬鹿なことを聞いたと苦笑しながらも「はい、先生」「よろしい♪」といったやりとりをして、次いで思い浮かんだ疑問を投げかける。


「じゃあ、次の質問。……生まれ変わったら、今の俺の記憶は維持されるんだよな?」

「そんなの邪魔になるだけでしょ~? ってことで、ちゃんと消しといてあげるわよ」

「なんでだよ!」

「ええ~? なんでソコで怒り出すかなぁ……?」


 ハァとため息をついてヤレヤレといった仕草を見せる。


「向こうに送り込んだが最後、もうこっちには戻れないのよ? それなのに、変に望郷の念とか抱かれたり、ホームシックとかになられても困るのよ。ってことで、記憶の引き継ぎはなしってことでヨロシク。あと、変にこっちの記憶とかあると、向こうの言葉覚えたり、文字を学習したりするのに、すっごく手間取ったりとかして、思い切り不利になったりするらしいわよ? 下手したら学習障害とか言語障害の原因になったりとかもするらしいしさ」


 ついでに言えば、カルチャーショックとか世間様との常識のズレとかで苦しむ事も多いらしいし。ってぇことで、これまでの例から、記憶は消してまっさらの状態で生まれさせた方が本人のためでしょって事になったんでしょーね。

 そう言い切られてしまうとグゥの音も出ない訳だが。


「……大体さ。あくまでも、たとえば、の話なんだけど……。向こうの世界じゃ、人肉食とか昆虫食とかが、その種の文化的に当たり前だったりとかして……。アンタ、それに耐えられるの? こっちの世界の記憶を持ったままで、そういったエグい世界に生まれたりしたら……。色々と困ったりするんじゃないのぉ~?」


 た、たしかに、それは色々とキツイな……。


「まあ、今のは流石に極端な例だけどさぁ……。でも、世界が違うんだから、そこにどんなおかしな文化風土があっても変でも何でもないでしょぉ? でも、向こうの世界の人達にとっては、それはおかしいことでも何でもないの。当たり前のこと。常識でしかないの」


 でも、そこに異文化に染まった異邦人が入り込むと、その文化とのカルチャーギャップっぷりに悲鳴を上げる事になる訳だ……。


「そーね。でも、それでも、アンタは向こうの連中に合わせるしかないの。何故なら、アンタは異邦人。違う世界から渡ってきた人。入り込もうとしている異分子って事になるんだから。そんな、受け入れて貰う側の立場の人間が、あんまりわがまま言ってもねってことよ。……ホラ、アンタの国にも良い言葉があるじゃない。郷に入っては郷に従えってヤツ。あれって、ほんっと良い言葉よねぇ?」


 つまり、慣れろ、馴染め、溶けこんでしまえってことか。


「そーゆーこと。ましてや、アンタは転生するんだから。そこで生まれたからには、そこの連中が食ってるモノを同じように美味しく頂いてないとおかしいでしょってこと。向こうの世界の一員として生きていかなくちゃいけないってことは、つまり、向こうの人間になって向こうの世界の文化風習に染まるってことなんだからさぁ」


 こっちの記憶が原因になって向こうに合わせるのが難しくなるというのなら、最初から向こうの事しか知らない方が良いってことなんだろうな、きっと。


「つまり、そういうことね。アンタは異邦人でも元異邦人とかでもなく、ただのごく当たり前の、何処にでも居る一般人になるべきなの。……普通に生まれてきて、そこでただ生まれ育っただけの現地人として、真っ当な形で両親の元に生まれてくるべきなんだと思うわよぉ? それに文化汚染っていうか、外来の文化とか知識って、その世界を混乱させる原因になるってよく言うしねぇ……」


 余計なことは知らないほうが得てして幸せになれるものらしいし。……ただでさえアンタの場合は、チートなんていう厄介な代物を持って生まれてくる訳だから、必要以上の異端さは持たない方がアンタ自身のためなの。

 そう諭されれば、なるほどと思わない訳にはいかない。


「じゃあ、ついでと言っては何だけど、あらかじめ聞いておきたいんだけど」

「なに?」

「俺にくれるっていうチートって、何なんだ?」

「さ~。なんだろうねぇ」


 をひ。


「いや~……。ぶっちゃけた話をするとさぁ~。何か特別な才能とか力とかが生まれる時に付与されるのが保証されてるってだけの話な訳で……。それが具体的に何になるのかって事は、ぶっちゃけ、こっち側からじゃさぁ……。こっちで殺して、向こうに送り込むだけの簡単なお仕事です的なスタンスのコッチ側からじゃぁ、具体的な事は何一つ分かんないっていうか……。そもそも知る必要もないでしょっていう話でしかないんだし。……それに、向こうの連中も、口ぶりからして、多分なんだけど、アンタが向こうでちゃんと生まれるまで、身に付けるはずの力の詳しい内容までは分かんないじゃないかなぁって思うわけよ」


 それもまた妙な話ではあるよな……。


「なんでまた、そんな妙なことに?」

「生まれる前……。まだ母体内に居る赤子の時に厄介な力に目覚めちゃうと、それが原因で死産しちゃったり、母体への深刻なダメージになったりとか、そういう無駄なリスクが多くなるからって事なんじゃないのぉ? たとえば、だけど。怪力を与えるチートとかを貰える事になってたとして、母体内で急に力に目覚めて、それでお母さんのお腹蹴っちゃったら、その深刻なダメージで母子ともに死亡とか、流石に洒落にならないでしょってこと」


 ああ、なるほど。なんとなく言いたい事が分かってきた……。


「そういう無駄なリスクを抑えるためにも、生まれてオギャーと叫ぶまでは力そのものが封印されているっていうか、ずっと使えない状態にされてるんじゃないかなぁ~って。そう、思う訳ですよ」

「……なるほど」

「だから、そういう力を貰えるっていう保証までは出来るんだけど、その詳細が分からないって事になるんじゃないかな~ってね?」


 つまり、そういう理屈のせいで、保証して貰える事しか分からないって事らしい?

 ……口ぶりからしてよく知らないみたいだし、それだけに言い訳の方もなんだかなーって感じだし、そもそもそんな大事なこと、事前に良く知らされてないと判断に迷うだろとか、色々と思う所はあるのだけれど。……でも、知らないものは知らない。そういう仕組なんだから諦めろって言われたなら……。まあ、それも仕方ないのかもしれない。


「でも、せめて、こっちで出来てた事くらいは出来るようになりたいよなぁ……」

「こっちで出来てた事って?」

「そーだなぁ……。たとえば四則演算とか、そういう基礎的な学力みたいな能力?」


 あと、折角身につけたんだから、農業に関するアレコレとか、雑学とか知識とか経験とかは無くしたくないぞ。


「ああ、そういうの。それは残るんじゃないかなぁ……。多分だけど」

「記憶が消えてるのに?」

「うん。覚えてないけど、何となくやり方が分かるみたいな? それか、何となくこういうときにはこうしたらしいみたいな感じでコツが思い浮かぶとか、問題を前にしたときに解法とかが何となく分かっちゃうみたいな? おおよそ、そんな感じの残り方になるんじゃないかなって思うんだけどねぇ」


 向こうの世界の文明レベルとかによっては、チートな能力も相まって、アンタ、麒麟児とか天才児ってヤツになれるかもよ?

 そう言って、ニタリと笑ってみせる顔が、どうしてこんなに胡散臭く感じるのかね……。

 それが、自分でも不思議だ。


「……じゃあ、容姿とかは?」

「向こうの世界の、生まれてくることになる地域での平均的な姿形より、ちょっとだけ良い感じになれる事が多いみたいよ。まあ、こっちの方も例によってイケメンになれる保証はないけどブサイクにならない保証だけはあるらしいから安心して~って感じかな」


 まあ、例によって、こっちのほうも細かい指定とかは出来ないらしいのだけど。


「ほんとは色々指定出来無いこともないらしいんだけどねぇ。……でも、それを一時期許してたら、向こうの標準とか風習とかを一切考慮しないで、オッドアイが良いだの、銀髪金目が良いだの、紅目にしてくれだの、デタラメに過ぎる容姿を指定をしたがる馬鹿ばっかりになったらしくてさぁ……」


 ……ああ、なるほど。それで、ね……。


「そんなアホどもの道楽(あそび)につきあってらんないでしょっていうのと、普通からあんまり逸脱した外見をしていると、忌み子とか、取り替えっ子とか、禁忌とかに抵触しちゃって異端児扱いされて、生まれた直後に首をキュってされて処分されることが多いってのをイマイチお馬鹿ちゃんどもは理解出来なかったみたいでね。どうしてもやってくれって言い張っては、あっけなく生まれた直後にぬっ殺されるっていうアホが多すぎたって理由から、そういうのをなしにしましょ~。そうしましょ~。自分らの仕事が無駄になるしって事になったのよ。……まあ、これで、なんとなく分かって?」


 ああ。バカどもがはしゃぎ過ぎた結果、自重しろやって事になったって事だよな。

 ……まあ、わかる。分かりたくはなかったけど。でも、なんとなく分かっちゃった。


「何事も普通が一番ってことよ」

「……そんなこと言って、チートの方は良いのかよ」

「貰った本人が自分の異常性を自覚出来て、ちゃんと自重して力を隠してくれそうなら、特別な力を与えても問題ないでしょ~ってこと。……こっちも相手も見ずに誰かれ構わず特別な力なんて渡したりなんてしてないってことよ」


 アンタはウチらのおメガネに叶ったってことなんだから喜んでいいのよ?

 そう言われると、そう悪い気はしないんだがな……。


「……でもねぇ。酷いのになると『よーし、その提案に乗ってやる。だから、最後に一発ヤらせろ』とか言い出すウルトラ級の馬鹿もいるんだから。死因、幸せな腹上死で頼むとか、テクノブレイクキボンヌとか……。まったく、ああいう連中って、何考えて生きてんのかしらね……」


 そんなに股がゆるそうに見えるのかしらね。失礼しちゃうわ。プンプンって……。


「そんな痴女同然な格好で、その台詞は、流石に説得力に欠けると思うんだが」

「そう? ん~。まあ、好きでこんな格好してるのもあるから、ある程度は仕方ないとは自分でも思うんだけどねぇ。……でも、いきなりヤらせろはないでしょって話」


 デリカシーとかムードって言葉知らないのかしらね。でも、まあ……。ホントに気に入った相手とかなら、一回くらいなら、最後にお相手してあげても良いかも知れないんだけどねぇ~って?

 ……って、おい。

 変なシナ作ってにじり寄ってくんじゃねぇ。

 やっぱ、お前、痴女なんじゃねぇか!


「じょ、じょーだんよぉ」

「冗談に聞こえなかったし、そうは見えなかったんだが?」

「ア、アンタの気のせいなんじゃないかな!? かな!?」


 余りにも適当過ぎる誤魔化し方だとは思うが、こんな話をしていては何時まで経っても話が前に進まない。ということで、この話題はひとまずおいておくとして……。


「……そういや、なんで、ソレなんだ」

「ソレ」

「それ」


 指差す先にはテッカテカでエロエロで紐な革製のお服(ボンデージ)


「今の話を聞く限り、好きでそんな格好してるって訳じゃないんだろ?」

「ん~。ぶっちゃけ半分は趣味なんだけどね。でも、まあ、理由とかは一応は、色々あるんだけど……。でも、まあ、端的に言っちゃえば、成績アップのためって感じ~? んまー。正規の規則とか伝統とかのシキタリとかだと、この上に野暮ったいフード付きの黒ローブを着なきゃいけないらしーんだけどねぇ」


 ボンデージの上にフード付きの黒ローブを着て大鎌を持ったサキュバスっぽい感じのする外見をした幼女、か。……ん? なんか、それに似た様なの、どっかで見たことある気がする……。何処だったっけ……?


「……あれ? もしかして、お前、死神だった訳?」

「ごめーとー。正解者には景品としてチート付き異世界への旅をプレゼントふぉーゆー」

「いや、いらねーから。そういうの良いから。マヂで。ガチでイラネぇから」

「チッ」


 おいおい。舌打ちしやがったぞ、コイツ。


「そもそも死神って、もうすぐ死ぬ奴の魂を回収に来るのが仕事なんじゃないのか?」

「まあ、一般的には、そーらしいわね」

「じゃあ、なんで、こんな妙な真似してんだよ? 副業とかアルバイトとかか?」

「近いわね。これも仕事の一環として命じられたから、かなぁ?」


 つまり、これも立派な死神の仕事って訳か……?

 異世界に転生しませんかって勧誘するのが……?


「本当に……?」


 どうしても疑わしいっていうか、信じれらない。


「こっちの世界での人生が終わるのを見届けて、迷ったりしない様に、決められた先に送り出してあげる。それが私ら死神の仕事な訳だから。……まあ、送り出す先が、あの世か異世界か程度の違いでしかないから、こーして、両方の仕事を兼任してるんだろうなって思っとけば、アンタにも分かりやすいんじゃないかな?」


 こーみえても結構忙しい仕事なんだからね。

 そう薄っぺらい胸を張っている姿は、何処からどう見ても暇人そのものであって。


「さっき、確か、営業成績のためのエロファッションとか抜かしてたよな……。つまり、それって、色仕掛けも手段のうちってことだよな……?」

「ま、まあ、最終手段とも言うケドネ……。そ、それに誰かれ構わず股開いてカモーンってやってる訳じゃないのよ。……ホントなんだからね!?」


 それは分かったけど……。

 なんで、そこで、顔赤くしながら、こっちの方をチラチラ見て来ますかね。


「そ、それじゃ~、そろそろ良い返事、聞かせて貰って良いかなぁ?」


 何かを誤魔化すようにしてアセアセと身繕いをして、次いでコホンと小さく咳払いもして、最後に俺の方を横目に心配そうな目で伺いながら。そして、僅かに頬を赤く染めながら、俺に最終的回答(ファイナルアンサー)を迫ってくる。


「貴方は、私の提案している特典プラスαな好条件での異世界への転生による人生のやり直しを希望しますか?」


 そんな問いへの、俺の答えは……。



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