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22.5話 美章園正知子のグルーミーデイズ#11

「ねぇねぇ、マチ、早く来て」

 学校から家に帰ると、母親の慌ただしい声で出迎えられた。

 私は自室のある二階への階段は上がらず、カバンを持ったままリビングへ入る。リビングでは、夕食を作っている途中であったのだろうエプロン姿の母親がソファーに半座りしてテレビを観ていた。

「この子知っている?市内の子なんだって」

 興奮する母親が指す指の先にいたのはARIAだった。

「前にも言ったでしょ。同級生に歌い手で有名な子がいるって」

「あー、この子だったの」

 無事に思い出してくれたようで安心する。しかしなぜ有村梓がテレビに出ているのだろう。

 気になって母親と並んでテレビを観るが、タイミング悪く違うニュースに切り替わってしまった。

「何のニュースだったの?」

「よく分からなかったけど、歌の大会をするみたい。誰かと戦うんだって。えーとなんだったかな。アガールなんとか」

「……ア ガール イン オペラグラス?」

「そうそう、そんな感じだった」

 あの二人の対決はとうとうテレビで報じられるまでになったのかと呆れる。

「後、吉本修二もこの市内に住んでいるって知ってた?娘がいるんだって」

「その娘も同級生だから」

「へー。マチのクラスってどうなってるの?」

「どうかしてるのよ」

 彼女達以外にも、本当に個性の強い人が多い。肩を竦めるとコートを脱ぎ、ソファーにどっかりと座り、スマホを取り出す。

「どうかしてるんですかー」母親はおどけた口調で言いながらキッチンに帰っていく。

 スマホを開くと、ツイッターもLINEもその情報で溢れており、母親の説明では要領を得なかった内容が理解される。有村梓と野上わこが公の場所で対決をするのは本当らしい。

 記者会見に有村梓は出席しなかったようだが、会見があることは事前に知っていたはずだ。しかし今日も学校では、いつもと同じような呑気な笑顔を見せていた。

「ねー、どんな子なの?」

「んんー。変な子」

「変な子って」

 母親が咎めてくるが、有村梓は良い意味でも悪い意味でも変だ。いつも笑っているだけで、自分からは何もしようとしないのに、皆が彼女の周りに集まって、あれこれと手を貸している。しかも吉本修二の娘である花月だけではなく、奥多佳美に比与森和と、高校生離れした才能の持ち主が好んで彼女を助けている。

 有村梓には一体何の魅力があるのだろうか?

「歌がうまいよ」

 とりあえず、母親には無難な答えを返しておく。

「そりゃ、テレビに出るぐらいだもんね」

 テレビに出たらえらいのか!古い価値基準ね!と思いながらも口には出さず、ARIAが流したらしい決意表明動画にアクセスする。

 短い動画であったが、そこにいるのは教室にいるのとも、今までの動画の中にいたのとも、どれとも違うARIAであり、有村梓だった。

 誰にも流されていない、強い彼女がそこにいた。

 胸がざわっとする。

 制服の上から掴んでも、その胸のざわつきは止まらない。

「ああ、そうだ」

 幸いなことに、母親の素っ頓狂な声が胸のざわつきを吹き飛ばしてくれた。

「ねぇ、サインもらってきてよ」

「はぁ?サイン?」

「だってこれから有名になるかもしれないんでしょ」

「イヤよ。かっこ悪い」

 同級生にサインをもらうなんて!しかも有村梓のサインをもらうなんて!

 私はそもそも有村梓が気に入らなくて嫌いなのだ。彼女の歌の才能は認めるけれど、笑顔で全てを解決していくその立ち振る舞いは気に食わないのだ。

 少し不機嫌になりながら、LINEの返事を返していると、突然スマホが鳴った。

 登録されていない番号からの電話だった。

「出ないの?」

 電話に出ない私に母親が声をかけてくる。

「知らない番号なの」

「やだ、気を付けてよ」

 そう言われて私は電話に出る。

「もしもし、美章園さん?」

 聞き慣れた明るい声が飛び出してくる。

「有村だけど」

 名前なんか聞かなくても、声を聴くだけで分かった。ろくな返事もしていないのに、有村梓はどんどん話を進めていく。

「突然でごめんなんだけど、お願いがあるんだ」

 私の脳裏には、彼女の満面の笑顔が映し出されていた。

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