トカゲのお散歩
乱交…ありがたいお祭りまであと太陽が一周したらくる位までせまった。まあ要するに祭りは明日である。生まれてこのかた暦を見たことがない。この村にないだけなのかそれともこの世界に暦が存在しないのか謎である。せめて一年が何日あるのかぐらいは知りたいものだ。
おかげで未だに自分の正確な歳もわからない。この村は沼地にあって四季の変化など存在しない。とりあえず祭りは子供たちが性的に成熟したらやるというのを族長が独断と偏見で決めるらしい。私あの族長嫌いだなー。
今日は明日の祭りに備えて酒の準備だ。何種類かの果実(?)や草を口で混ぜ合わせ器に吐き出す。こうするとお酒ができるらしい。これをするのは絶対に女性の仕事である。村の掟にもそう記されている…と族長がおっしゃっていた。
あー、無性に赤ワインが飲みたい。私が飲みたいのはこんなドブロクもどきではない。明日これを飲まなきゃいけないと思うと気がめいってしょうがない。
村の外に出ればワインとか手に入るんだろうか?そうだとしたら一刻も早くこの村を出て行きたいものだ。
「テギルどうしたの?ボーっとして」
アルギが私の顔を覗き込んでくる。アルギは変わり者の私の数少ない友人だ。
村の外に出て行くなんて大人たちはおろかアルギにも反対されることは目に見えている。
でも私はこんな狭い村の中で一生を終えるなんてごめんこうむりたい。
出て行くならやっぱりひっそりとになるだろう。だが外は色々と危険に満ちているだろう。私なんかがひとりで生きていけるのだろうか…。
モヤモヤした気持ち悪さだけが私を包み込んでいた。
「あちゃーマズイわ。マコレガコが切れちゃった。」
隣にいた顔の赤い斑点が特徴のナゴグキが言う。マコレガコとは赤くて丸い果実だ。お酒の材料である。
「うーんもっとあったような気がするけど困ったわね。男たちに採ってきてもらわない?」とアルギ。
「えー!絶対ぶつぶつ言われるよーやだなー…。」ナゴグキは露骨に嫌そうに尻尾を振る。
まあたしかに計算を間違えていたこちらに非はあるし、危険な沼地の外にある果物を採ってこれるのは男しかいない。どう考えても女がー役立たずがーと言われるに決まっている。考えただけで胃がキリキリする。
ん、まてよ。これは外を偵察する絶好のチャンスなんじゃなかろうか。たしかに危険ではあるが沼地の外へは男もあまり行かないから情報がまったくない。いずれ村を出るときを考えるとこれはいけない。多少リスクを冒してでも情報を手に入れておきたい。虎穴に入るとほにゃららである。
「じゃあ私が言ってくるよ」
私は立ち上がる。「なんかごめんねテギルちゃん。じゃあお願いね」バツが悪そうに私を見て言うアルギ。
ナゴグキは『どうせならグラエルに頼みなよ、明日のこともあるし…ね!』
いやいやいやそんなヤらせてあげるから採ってきてなんてそんな気にはとてもなれない。
「おっけーおっけー、アハハハ」と乾いた笑いをしつつ私は小屋をでる。
本当なら男に採ってきてもらうべきだが、情報も欲しい。私は村の周りの見張りに気づかれないように村を出た。この辺のモンスターは男たちが粗方片付けてるだろうしそう寄ってはこないだろう。それにこの姿になって視力も聴力も勘も鋭くなっている。村の男には及ばないにしても筋骨隆々だし逃げ足も人類屈指の短距離ランナーが腰を抜かすほどのスピードだ。いざとなればスタコラッサッサすればいいのだ。
「よーし、いざ沼地の外へ!」私は森の奥へと駆け出した。
「たしか男たちはこの方角に行ってたよなあ…。」
私は茂みを掻き分けながら進んでいる。時折生き物の気配はするがどれも無害であると直感的にわかる。この分なら危険はさほどなさそうだ。ふとあちらの崖の方に目をやると、赤い実が目に入った。マコレガコ、お目当てのものだ。
「意外と早く見つかっちゃたなー。まあいくつか採ってその後森の外まで行こっと」私はスルスルっと木の上まで上りマコレガコに手を伸ばす。届かない!じゃあ尻尾で…届いた!私は器用に尻尾で実をもぎりながらバッグに詰め込んでいく。
日はちょうど天高く昇ったぐらいだ。夕方までにどこか道にでも突き当たりたいものだ。欲を言えば町とかを見つけたい。そんなことを考えながら実を捥いでいると…。
メキメキメキ!
すごーく嫌な予感もとい音がする。
マズイ、下は崖だ。さすがにここから落ちれば助からない。
私はとっさに地面に飛び降りようとしたが時すでに遅し。私は崖を転がり落ちていった……。
「宮瀬君ちょっと」
あー部長だ。またお茶くみかな。私は部長の所へ駆けていく。
「お茶の御代わりを頼むよ。いやー宮瀬君、美人ってわけじゃないが胸は凄いねーGカップはあるんじゃないのかね。」
部長凄く…セクハラです…。って!おまけに揉みだしたぞこのおやじ!私は勢いよく部長の手をガシッと掴んだ。
ふと自分の腕が目に止まる。それは四本指で緑の鱗に覆われていた。部長はみるみる青ざめ…暴れ叫ぶ。周りからは悲鳴と『化物!』という叫び声。
私は「違う!!」と叫ぼうとしたが口から出る音はまるで怪獣の咆哮だった。
部長が必死に私から逃げようとするので、私はなんとか説得しようと部長を引き寄せようとする。すると部長を腕はあらぬ形にひしゃげ曲がった。彼は泡を吹き痙攣しながら地面に突っ伏した。私は手が震え周りを見る。社員たちがじっとこちらを見つめ一斉に私を指差し言った。
「化物」「化物」「化物」
私はめまいがして次第に目の前は真っ暗になった…。
鳥の鳴き声が聞こえる…。ふと顔を上げるとマコレガコの実が転がっていた。
そうか、この実を採ろうとして落ちたんだった。ふと手を見る。そこにはいつも通り緑の鱗で覆われた筋肉質な腕があった。なぜか涙が出てきて私は泣いてしまった。凄く切なくて凄く悲しくて私はえんえん泣いた。
ふと、遠くで何かの気配がした。私はハッと顔を上げ姿勢を低くし耳を澄ませた。なにやら話し声が聞こえる…焚き火の音…金属の擦れる音…。
村の男は金属製の武器や防具は身に付けてない、つまりあそこにいるのはそれ以外の何かである。危険なのはわかっていた、でもどうしても外の世界を知りたかった。私はその咆哮に忍び寄って行った。
話し声が大きくなっている、もうすぐその場所に出る。いったい誰なのか…またはどんな種族なのか、見てからすぐ帰ろうと思った。だがそんな思いは突如響いた大声にかき消された。
『気をつけろ!リザードマンだ!』
ふと声の方向を見る。そこにはローブを着て杖を持った…《人間》がいた。おかしい、私の五感にもシックスセンス(?)にもまったく反応がなかったのに。
私は危険を感じるより先に嬉しいやら懐かしいやらの気持ちが来てしまい一声かけて近寄りたくなった。
「あ、あの…」
しかし別の方向から風切り音が聞こえた。今の精神状態のせいでそれが危険な物だと感じるまでワンテンポ遅れてしまい、私はわき腹に強い衝撃を感じた。
「い、いってーー!!!」
振り返ってそこを見る。そこには折れ曲がった矢が落ちていた。当たったと思われる場所を触ってみたが特に傷はなかった。飛んできたと思われる方を見ると弓を構えてうろたえている人間。
え、いきなり攻撃してくるんですか!ってか矢が当たっても大丈夫なトカゲボディ凄い。
「くそっ!こいつ固いぞ!」
「うろたえるな、囲め!」
わらわらと金属鎧やら皮鎧やらの人間たちに囲まれる私。これはなんと言いますか、駄目なやつじゃないでしょうか。
「あ、あの私は別に怪しいもの者では」
とは言って見た物のこいつら目が血走ってる。「うるせー魔物が!」とか言ってるし。ふと聞こえるお経…いや呪文?金属鎧の後ろで杖を掲げるローブ男。空中に火が灯ったかと思うとどんどん大きくなり巨大な炎の塊となった。
ちょっとちょっと、ファンタジーだとは思ってたけど魔法までアリですか!これはイケメンエルフいますね絶対に間違いない。とか思ってたらその特大ファイアーボールは私の真上から直撃した…。