トカゲと女のユウジョウ
ハゲデブ領主よ死んでしまうとは情けない
「え、ウソ?冗談だよね…え、え?」
私はハゲデブ領主の前で蹲る。鼻血を垂れ流しながら目は裏返り首はあらぬ方向へ曲がっている。素人目に見ても死んでいることはあきらかだった。
人を殺してしまった…いや、たしかにハゲでデブで不細工で嫌な性格だったけど殺そうとまでは思わなかった。ていうかなんでそんなことで死ぬの?ちょっと尻尾で引き離しただけじゃんなんでなんで?
私は放心状態でお尻を地面につき途方に暮れた。私は今人間の脆さとリザードマンの強さを思い知った。本気で勝負したらこんなにもあっけなく勝敗はついてしまうのだ。私は頭を抱えて足の間にこうべを垂れる。私の中にあるのはただただ後悔の念。
コツコツ
何かの足音、メイドだろうか?頭を上げると既に日が昇りかけていた。うわあああどんだけ放心してたんだ!?突如この状況をどう処理しようかという冷静な考えも浮かんできた。と、とにかく隠さないと!
私はハゲデブを肩に持ち上げベッドに乗せシーツをかけた。傍から見れば眠っているようにしか見えない。一時しのぎにしかならないがこの際仕方がない。しかし地面についた血と充満する血の臭い…どうにかしないと。私はキョロキョロあたりを見回し、テーブルの上にあったワインを地面にぶちまけた。血はワインの強い香りの中に隠れた。よし、もう大丈夫。そしてノックの音…。
「領主様、朝食の用意ができましたのでお持ちいたしました。」
うーん、どうしよう?とにかく開けないと怪しまれる。私はドアを開け顔を外に覗かせる。
「あらテギル様。昨晩はお楽しみのようでしたね。中に入りますよ。」
「いやいや、朝食は私にまかせて。もう帰っていいよ。」
「あらそうですの?しかし領主様のお着替えもいたしませんと。」と言いながら中に入ろうとする鳥メイド。ってかお前手羽じゃん!どうやって着替えさせるんだ!?
「あら、領主様はまだお眠りですか?いつもは早起きなのに。」
「りょ、領主様は死ぬほど疲れてるので起こさないでくれます!?」私は扉を閉めようと押すが向こうの力も強い。く、さすが人外。
「では朝食だけでも中に…」
「あー、そうだ!!モリュケとナオト呼んできてもらえるかな。領主様の勅命だよーー!あと朝食はこっちで引き取るから!!」私はドアを開けて朝食を載せたワゴンを部屋に引き込む。鳥メイドは不思議そうに首を傾げながら通路を戻っていった。ふう、危なかった…。とにかくモリュケとナオトに相談しようそうしよう。
しばらく部屋で待つ…死体と一緒にいるのはさすがに居心地が悪いがこの際しかたない。そしてノックの音。
「パーポナイ様、連れてまいりました。」鳥メイドの声。
「…あー、今お楽しみ中だから二人を中に入れて帰りなさい…だそうです!」私はベッドの中に潜り込む…う、若干死臭が…これはひどい、でも我慢!
「失礼します。」ナオトの声だ。それと共にナオトの足音とモリュケの這いずってくる音が聞こえ、鳥メイドの足は遠ざかって行った。ふう、やりすごした。
「パーポナイ領主、何か御用でしょうか?」ナオトの声。私が顔をのぞかせると笑顔の引きつったナオトと真顔のモリュケがいた。
「あー領主様。アタシは急用ができたので実家に帰らせていただきますのでー手短にお願いします。」露骨に嫌そうな言い回しだなモリュケちゃん。
「うむ、苦しゅうない。控えおろう!」私が領主の言葉を代弁(?)する。
「いや、テギルには言ってないんだけど…ってか領主様は?」ナオトがキョロキョロと部屋を見渡す。領主様は私の後ろでお眠り(永眠)になってるんだよなあ。
「そういや私ってなんで領主様の部屋にいるんだっけー昨日私何言ってた?」そうだよ、ワインの飲んだ後のこと全然覚えてないよ。私はナオト達に聞いてみる。
話によると領主が「部屋にこないかぐひひ可愛がってあげるよ。」ってのに対して「うん、いくいく!」だったらしい。おいおい私何やってるんだ…。女とヤりたきゃ酒を飲ませろって都市伝説は本当だったか。
「で、領主様は?」ナオトが聞いてくる。呼んでみたけどどう打ち明ければいいやら。私はベッドから起き上がって後ろ向きに寝かせた領主を見せる。
「いやあ、この通りなんだけど…なんていうか…そのー。」
「あれ、寝てるの?じゃあ俺達が来る意味なかったね。」
「……死んでないそれー?」…え?
「…あっ、いやいや。モリュケ何言って…。」
「だってー温度がさあ…低くないー?死んでないー?」え、温度?え?
「温度って何温度って?いやこの通り寝て…。」
「いや温度低すぎだし。死んでるっしょそれ。何したのー?」モリュケもしかして体温とか見てわかるのか?私より先に気配に気づいてたのもその能力か!?「何してんのヤバイだろお前」的な顔で見つめてくるモリュケ。もうごまかせない。
「ごめん!領主殺しちゃった!どうしよう…。」とりあえず手のひらを合わせて頭を下げる。正直パニクってます私。あわわわわ。
「は?殺したってお前。アホか!領主様だぞ!」ナオト激昂。とりあえず今までの経緯を説明。気がついたら縛られてて犯されそうになって咄嗟に引き剥がしたら死んでしまいました南無。
「うーん、エルノールに言えばー?」おいモリュケちゃん無慈悲すぎないか?
「いやいや、あいつ絶対チクるでしょ!私監禁死刑だよたぶん!」
「でもいつかはバレるだろテギル。さすがにこれは無理だろ。」あわあわナオト。うーんたしかに、どうやっても隠せない。あえてこの場でブレスで溶かし…いやいや、行方不明になったら真っ先に私が疑われる…ってかベッドも溶ける。どうしたもんか、むむむ。
「テギルどうしようもないって。」
「エルノールに言ったほうがいいってー。安らかに死ねるかもよ-。」
「お願い助けてー!!」咄嗟にナオトに抱きつく。締められて苦しそうにするナオト。逃すかゴラァ!こうなりゃ一蓮托生じゃい。
「もう街から逃げればテギルー。どうせ首輪魔法かかってないっしょー。」ん、逃げる?そうかその手があった!よしんば魔法がかかってても(ってか絶対かかってる)私に魔法は効かないから爆発してもモーマンタイ。これだ、これしかない!
「そうそうそれだよ!モリュケ一緒に逃げよう。もうエルフと結婚とかどうでもいい生きてれば私の勝ち!」
「エルフとかわかんないけどまあテギルが逃げたいなら手伝うよー。」おおモリュケちゃんやさしい!今一番やさしい!
「いや悪いけど俺は手伝えないぞ。だって契約してるもん!ここはマスターに一度話して…。」
「だめだめだめ!ナオトはここにいて!私逃げる超逃げる!!」エルノールは信用ならない!私の勘がそう言っている!とにかく逃げよう。私はベッドから立ち上がって…っとノックの音。
「領主様大変です!ドラゴンが接近しているとの報告がありました。すぐに魔法障壁発動の許可を頂きたく、ギルド長が参っております!」
えっ、ドラゴン?マホウショーヘキ?…ちょっと私わかんない!すかさずベッドに潜り込む。
「も、モリュケ!誤魔化しといて!!」助けてくれるっていうモリュケちゃんにさっそく指令。
「え、あ…うん。いまー領主様はーお楽しみ中ですのでーまたあとでー。」
「いやいや、ドラゴンですよ!?今直ぐに…あ、ギルド長さんが!」
「おいパーポナイ!ギルゾンだ。すぐにドアを開けろ!」やべーギルド長の声だ。あわわわやばいやばい!!
私はモリュケ達にドアを押さえるよう目配せする。モリュケがドアを押さえ、ナオトも嫌々ドアを押さえる。いいぞーナオトちゃんありがとう!!っていうかただの時間稼ぎにしかならーんどうすればーあわわ!領主の死体の横であたふたする私。
「くそ、開かねえ。おいパーポナイ、ドラゴンだぞ。女とヤルのは後にしろ!」
「…パーポナイ様、失礼します。」エルノールの声、と突如轟音。ドアの付近で炎が舞い上がり、モリュケとナオトは吹き飛ばされた…そこに残るのはドアがあったと思わしき穴と人影。
「ゲホゲホ…おいエルノール。やるときは合図ぐらいくれ…ゲホゲホ!」
「失礼、パーポナイ様。すぐに魔法障壁を…なっ。」私を無視してベッドに飛び乗るエルノール。私が止める間もなく領主に手をやりハッとなるエルノール。やべええええ気づかれたああああああ!!
「…テギル、これは?」
「え、あ、う。違うの、これには深ーいわけがあってですね…。」
ふと聞こえる轟音。その方向に目をやると窓、遠くから迫ってくる何かの影。翼を開き真っ直ぐにこちらに向かってくる。赤い体に…潰れた目。あれ、あの時のドラゴンじゃね?
次の瞬間、ドラゴンは館に勢い良く突き刺さった…。




