トカゲは領主様を口説いてワインを飲みたい
父が亡くなってから母は人が変わったようにパチンコ通いの日々だった。いつのまにか父の遺産が0になるまで。そして私に金をタカるようになった。そしてその金でパチンコ…パチンコ。「茜!ボーナスでたんでしょ。ちょっと貸して。倍にして返すから!!」ママが勝った事はほとんどない。パパが生きてた頃はいつも凝った料理を作っていたけどそれもしなくなった。食事はいつもコンビニ弁当かカップラーメンだ。しだいにサラ金にまで手を出すようになった。いくつのも夫妻も抱えているウチは10日で5割利子のサラ金しか借りられる所はなかった。そこのサラ金は気前がいいのかいつも5万円近く貸してくれた。それでパチンコして利子分だけ返す…そしてまた5万円借り…。借金は膨れ上がり、ママは取り立て屋に連れて行かれた。おまけに家にあった金目の物を根こそぎ持って行かれた。私のワイン…。夜遅く帰ってきてコンビニ弁当をかき込む厚化粧のママの姿を見てすぐ水商売をやってるのだとすぐに気づいた。私は夜逃げ同然で家を出た。あのままだと私にも被害が及ぶかも知れなかったからだ。私にはパパが斡旋してくれた会社の生活がある。邪魔されたくなかった。
だがパパが亡くなってからの会社は正直地獄だった。人付き合いの悪い私はイジメの対象になり、ローカーの中の私服にイタズラされることもしばしば。友達の誘いは断らずに流行には乗らなきゃいけない…そんな事はわかってる。でもお金が必要なのだ…お金が。上司のイビリも強くなり無理難題を押し付けられる…もうやってられない。こんな会社辞めてやる!私にはもっと相応しい環境があるはず…ワインでも飲んで落ち着こう。ワインはすべての嫌なことをを忘れさせてくれる…今の会社辞めて婚活しよう、年収1000万ぐらいのイケメン男と結婚するんだ。胸の大きさなら自信がある、結婚して専業主婦でハッピーエンドだ…絶対にママみたいにはならない…あんな女「テ…」とりあえず辞表でも書k「テギル!!」
ん、朝?開かれた窓枠から日が射しこみ、部屋の中を照らしている。モリュケとナオトが欠伸をしながら背を伸ばしているのが見えた。
「テギル、ギルドに行くぞ。ガンツ達の事も報告しないとな。」エルノールがフートを被りこんだ顔で私を覗きこんでくる。ベッドの横に布団を敷いていた私は起き上がって、布団をベッドに戻す。眠気眼で頭も働いていない状態で宿の外に出される。エルノールの後ろを首輪をした3匹が歩く。
「ねー、テギル。ギルドだって!どーいう所なんだろーね?」モリュケが話しかける。
「俺も知らねーな。」とナオト。
「さあ…プレイヤー同士でチャットしたりクエストの仲間集うんじゃないの。」ボケーッとした頭で適当に相槌打つ私。
「よくわかんないけど楽しそう♪いい男いるかもねー!」
「プレイヤー…チャット?大丈夫かお前?」
「ふぁ?大丈夫大丈夫適当にパパっとやって終わり…ふぁああああ。」欠伸が止まらん。
商店街を抜けると左手に農地らしき土地が街の塀まで広がっている。何を栽培してるのかな…小麦?まあいいy…って、ん?あれ葡萄じゃね?たしかに紫色のたわわに実った果実らしき物体。そこでおっさんが小さい果実をナイフで切り落としていた。まさかワイン、ワイン用ですか!?私はそのおっさんの元へ駆け出そうと……尻尾を掴まれた!!
きゃいん!…そ、そこはらめえぇ…。
「何処に行く気だテギル。こっちだ。」エルノールは私の尻尾を握りしめ、建物に入ろうとする。看板には《冒険者ギルド》と書かれていた。大きな石造りの建物だ。私はその建物へ尻尾を掴まれたまま悩ましげなポーズで連れ込まれる。
中は広々としている。奥にカウンターがあって女性が並んでいる。入って右手にもカウンターがあってそこには酒が並んだ棚があってその前に無愛想なガチムチ男が立って接客していた。左手には看板が並んでいて、そこに茶色い紙に文字が書いてありたくさん貼られている。そしてフル装備な男や女がたくさん紙に書かれた文字を吟味しているようだった。ギルド兼酒場だろうか?人間の他に首輪をしたケモミミ等も見受けられた。私達が入るなり鋭い視線が私達に突き刺さる。
「おい、エルノールだぜ。」
「獣人にラミアに…トカゲか?どんなパーティだよ。」
「あれだけ奴隷集めるとか儲けてるんだな。」
「ガンツがあいつの奴隷に半殺しにされたらしいぜ。」
「マジかよ、ガンツが?ドラゴン撃退したってのも聞いたぜ。」
「死んどきゃよかったのに。ホント目障りだぜ。」
エルノール君あまり好かれてないご様子で。当のエルノールは入って真っ直ぐのカウンターに肘を置いていた。
「ガンツの件について報告したい。衛兵からも話が来てると思うが、あれはガンツが私怨から私の奴隷にチョッカイを出したのが原因だ。」
「はい、話は来ております。しかしガンツさん以下数名は重症で後遺症も残るかもしれないとの事です。規則ではギルド員同士のイザコザは…」
「そっちのトカゲはギルド員ではなくただの奴隷だ。奴隷がやったことは正当防衛だ。むしろこっちは奴隷代を弁償して貰う所だったんだが。」
「…お話はわかりました。詳しいことはギルド長へお願いします。こちらへ。」
ギルドのお姉さんに案内されて、私達は奥の部屋に通される。そこには体躯のデカい男…あれ、人間じゃない?青い獣耳に尻尾、青い髭を蓄えた男が座っていた。眼帯をした反対側の目が、青く光り瞳孔は鋭かった。
「エルノールか、まあ座れや。」私達は言われるがまま、向かい合ったソファに座る。
「ガンツの事は聞いている。そっちのトカゲにやられたそうだな…リザードマンか?」
「ええそうです。私の奴隷です。」
「ほう、リザードマンは初めてみるぜ。ちなみに雄か?」
「いえ、雌ですね。」せめて女とか男でお願いできませんかね?ナオトは静かに座り、モリュケはテーブルにサイコロを振っている。モリュケ緊張感ないな!
「ほう、獣人にラミアにリザードマンの雌のハーレムか…お前の趣味がわかってきたぜ。」
「ははは、ご冗談を。」よく考えたらエルノールってハーレムじゃないか。羨ましいねコンチクショウ!モリュケとナオトが男だったら私がハーレムだよコンチクショウ!
「まあ、そんな事はどうでもいいんだ。タッカーで受けた以来は無事にこなしたそうだな。ドラゴンを討伐するとは…お前の昇進も考えんとな。」
「恐れいります。」エルノールが頭を下げる。
「…ギルドへの上納金が足りてたらの話だ。」ギルド長が凄む。
「テメエ、街々で依頼を受けてはこなしてるそうだが。一向にギルドへ分前えを寄越さねえ。まあ勝手ちゃー勝手だが昇進しないとギルドからの支援は受けられねえぞ。そんな状態じゃオメエいつか死ぬぜ?」青い獣耳ギルド長は体を前乗らせる。
「自腹で護衛は雇ってるので心配ご無用。最近もいい奴隷が雇えましたのでね。」エルノールはあっけらかんとしている。お前あの雇ったってゴロツキ達にドラゴンと戦闘中逃げられたじゃん。
ギルド長はため息をつきながら高そうな椅子にもたれ掛かる。
「まあいいさ。仕事をしてギルドへの信頼さえ勝ち取ってくれりゃ文句はねえよ。だが今回の件で腕利きのガンツ、以下数名が重症で任務に出れない。ドラゴンの活動期だってのによ…その落とし前は付けてもらうぜ。」ギルド長の獣の目がエルノールを見据える。そういや人間以外は奴隷しか見たことなかったけどこの人はギルド長までやってるのか。人外って結構差別されてそうだからここまでのし上がるのは大変だったのだろうと私は染み染み思った。
「それで、私は何をすればいいので?」エルノールが問いかける。
「実はな、この街の領主がお前に会いたいんだとよ。ラミアやリザードマンの奴隷を連れ回してるとかで大分噂になってるぜ。というわけで今から領主に奴隷を連れて会いに行ってもらう。」領主?偉い人だろうか。お、もしかしたらワイン飲ませてもらえる?うひょー行く行く!
「はーい行きます!ぜひ行きm…」唐突に尻尾を引っ張られる。にゃあん、そこは駄目だって…悩ましげなポーズで固まる私。ついでにモリュケも面白がって掴んでくる。この野郎!ってナオトも何掴んでんの!?
「ゴホン、失礼。それは命令で?」
「別に命令じゃないさ。だが領主の誘いを断ったら、各地のギルドを出禁になるかも知んねーな…どうする?」ニヤニヤと肘を付きながらエルノールを眺めるギルド長。
「…わかりました。すぐに向かいましょう。」
「そう言うと思ったぜ。あと報酬はたんまり出るとのことだから…少しぐらいギルドに納めてくれてm…」
「では失礼します。」エルノールはスッと立ち上がり部屋を出ようとする。私達は急いでエルノールの後を追う。後ろからはギルド長の「チッ。」という舌打ちが聞こえた。
「ねえ、エルノール。領主って誰?」ギルドを出て、私はエルノールに聞いてみる。本当は向かい側の葡萄畑?に寄りたかったのだが。
「あの丘の天辺にある城の主だ。シルベスタ王国の衛星都市の領主の中ではかなり力を持っている。」とエルノール。
「へー、人間の偉い人ねー。これはいい男がいっぱいいそうねー♪」とうっとりするモリュケ。
「俺はエルノール様の奴隷だから異論はない。」ぶっきらぼうなナオト。
んー、領主か。だいぶ堅苦しそうだなあ。頭がたか~い!面を上げよ!とかなるんだろうか、面倒くさい。
城に向かう途中、幾つもの関門を通る。ギルド長から貰った許可証をエルノールが掲げ、すんなり通れる、そして丘の上にある城門の前までくる。後ろには広大な街が広がっているのが見えた。城門の前にいるのは衛兵…ん?ケモミミ?
獣耳と尻尾を生やしたいやに露出の高い格好をした毛深い女衛兵が並んでいた。
「ギルド員のエルノールだ。領主様にお目通り願いたい。」
「はい、話は聞いております。さあお入りください。」
広い庭園を通って、城の門が開けられる。
『いらっしゃいませ、エルノール殿!』お出迎えしてくれたのは盛大に並んだメイド達。しかも露出の高い…獣耳…角の生えた子…腕が羽で足が鶏の足みたいな子もいる。ってか人間が一人もいなかった。
「さあ行くぞお前たち。領主の機嫌を損ねるなよ。」
私はよく分からないが、猛烈に嫌な予感を感じていた…。




