トカゲ20ブレス
縛り上げられたテギル、このままでは薄い本だ!
鎖に巻かれ倒れたまま、モゾモゾともがく。だが鎖はかなり頑丈で脱出は困難だ。
「エルノールの奴隷か!ハッハッハ…いいじゃねえか。」そいつは私の足に向かって剣を突き立てる。衝撃を感じたが、剣は硬い鱗に弾かれた。
「ふむふむ、悪くないな。皮を剥いで、防具の素材にするってのもアリだな。」
そいつはふてぶてしく笑う。
「ちょっと、何のつもり!?私に何かあったらエルノール怒るわよ。私も怒るわよ!」わけがわからない。こいつはどうやらエルノールの事を知っているらしい。いきなり縛り上げられて防具の素材なんて御免こうむる。私はジタバタと藻掻く…くっ…この鎖頑丈すぎ!
「ハハッ、炎の魔石を組み込んで硬質化した鎖だ。そんな簡単には外れねえよ。エルノールの野郎には貸しがあるんでな…しかしアイツが奴隷とは、しかも言葉を解すモンスターと来たもんだ。」ガンツは私を見下ろしてそう宣う。ガンツ鎖を握りしめる鎖の先には黒色の、何かルーン文字?みたいなのが彫り込まれた石が填っていた。魔石?魔法とか出す石か?ちょっとわかんないですねえ。とりあえずアレが動力源なのかな。
「わかんないなあ、エルノールに貸しって何よ?」とりあえず時間稼ぎだ。
「…見ろこの顔を。アイツ手柄独り占めするから俺が説得してみんなにも分けるように言ったのよ。そうしたらエルノールの野郎、俺の顔をこんなにしやがった。許せると思うか?だからアイツに痛い目見させてやるんだよ!」ガンツは火傷痕のある自分の顔を指差しながら言う。説得って…どうせ手柄寄越せって絡んだんだろ、と言い返せるだけの人格形成だなコイツ。エルノールが「鬱陶しいぞ!」って言いながら魔法放つのが目に見えるようだ。
「ハッハーン、エルノールにコテンパンにされたから子供みたいに逆ギレしてその奴隷にあたるってわけね。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。」
「なんだと…。」
「エルノールに手出しするのが怖いから無力な私に目をつけて仕返ししたいってわけでしょ。あらあら情けないでちゅねー、私ガンツちゃんが辛ーい人生で性格が歪んじゃったのが目に見えるようでちゅよー。お父さんは呑んだくれでお母さんは娼婦か何かでちゅかー可哀想ー。」私は唯一自由な尻尾で目を隠しながら言い放つ。挑発…圧倒的挑発!
ガンツの顔にはピクピクと青筋が立ち、歯をギリギリと交差させながらすごい形相で見下ろしてくる。もしかして図星か何かですか?
「こっ、このトカゲ野郎!ぶっ殺してやる!!」
その声と共に私に振り下ろされる剣。ガンツの声に応じて他の男達も私に武器で襲いかかる。その剣筋はすべて私の硬い鱗に阻まれて切っ先が欠ける。男達は私に密集しながらガキンガキン…さすがに集団乱交はやった事ないですイヤーン♪
「くそっ、硬え…おい、口をこじ開けろ!喉奥にぶっ刺してお陀仏させてやる!」私の顎に掴みかかる男たち。フフフ、愛撫も不十分にいきなり口に突っ込もうなんて童貞が考えそうな安易なシナリオですね。私はお望み通り口を自分から開けてやる。それと共に男たちの顔に奇妙な物を見たような表情が浮かぶ。それもそのはず、既にアンタらは詰んでいるのだ!
「ゴボエエエエエエエエ!!」私の口から勢い良く黄土色の気体が噴出する。今日は手加減なしの最大出力ブレスだ。黄土色の気体は3~4メートル近く広がり男たちを完全に包み込む。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
「ひ!…ぎっ、目が…目がアアア!」
「いで、痛でえええ…が、グエ!」
男たちの肌は焼けただれたようにになり、服や鎧も腐食して崩れ始める。私は同時に体に力を篭める。シューシューと煙を上げながら腐食していた鎖はいとも簡単にはじけ飛んだ。
「さあーて、南無阿弥陀仏が何だって?」私は意気揚々と立ち上がり、ガンツを見下ろす。男たちはのた打ち回り、ガンツもそのうちの1人。うめき声を上げながらうずくまっている。
「顔以外も焼けただれて丁度いいじゃん。フライフェイスじゃなくてフライマンって二つ名どう?ねえ、今どんな気持ち?どんな気持ち?」怒り頂点だった私はスカッとした気持ちで、ガンツの横にしゃがんで声をかける。ふと、目の前に鎖の一部が落ちているのが目に入る。ボロボロに腐食した鎖…と、それにはめ込まれた無傷の魔石。これってもしかしたら高く売れるんじゃね?ワインを買う足しになるかもしれない。私が魔石を持ち上げジロジロと眺めていると…
ガキンッ!
首元に衝撃。咄嗟に動こうとするが、首に違和感を感じる。よく見ると、首輪と私の首元の間に剣が挟まっているではないか。その剣を持つのはうずくまっていたガンツ。下から私に剣を突き出したガンツは…
「ひっ…ハハッ。し、死ぬのはテメー…もだ!知ってる…よな。奴隷の首輪は…無理やり外そう…としたら…。」私が剣を抑えこむのより早く、ガンツはテコの原理で私の体に首輪との間に入れた剣先を当て支点にし、思い切り剣の柄を振り上げた。首輪のバリッと言う音と共に…
チュドオオオオン!!
凄まじい爆発音。それと共に周りの音は聞こえなくなり、私の耳にはキーンという耳鳴りだけが残る。私の頭は胴体から外れ地面に落ち……
落ちてない!私は手を首元にポンポンと当て、まだ頭が胴体に繋がっていることを確信する。よかった、私まだ生きてるぞ…たぶん。思ったより爆発の威力が小さかっ…。見下ろすと粉々になった剣の柄を握りしめながら呆然と私を見上げるガンツの姿。
おいいいいい、めっちゃ威力あるやんけええ!剣粉々やん、っていうか首輪に魔法かかってたやんけええええええ!!エルノおおおおおおおール!!!
「何の音だ!?」
「動くなっ!!」
「こ、これは!?」
曲がり角からいきなり現れる、剣と盾を構えた鎧姿の男達。あの盾に描かれた紋章は…街に入る時に見た旗と同じ…ラークの街の衛兵さんかな?まあよかった。早くこの不埒者達を捕まえてもらおう。
「はあ、よかった。実は襲われt『このモンスターの仕業か!』
「動くなトカゲ…のモンスター!」
「大丈夫か、冒険者達?さあ神官に治療してもらおう!」
あれれー、どういうことなの…。襲われたのは私ですよん!
ガンツを始め、暴漢達は衛兵に連れて行かれる。そして私と言えば…衛兵に剣を突きつけられ正座させられていた。
「いや、私は奴隷でして。ほらエルノールさんの…。」
「嘘をつけ!首輪をしてないじゃないか!」
「とりあえず本部へ応援を要請しろ!」
「おら、動くなよトカゲ。」
私は頭5つ分程低い衛兵に、ロープで後ろ手に縛り上げられる。まあ抵抗しても仕方ない…だが納得いかん!!
衛兵所に連れて行かれ、牢屋に放り込まれる私。これからどうなるんだろう、迎えに来てよエルノール。うう、私はワインを飲みたかっただけなのに…。
牢屋の窓から覗く日は傾き始め、街の影に隠れ始めた。私は口をモゴモゴしてある物をのぞかせる。さっき奪った鎖についてた魔石だ。捕まった時取られないように咄嗟に口に含んだのだった。マズルの横から歯に挟まったそれを眺めながらいくらで売れるか考えていると、
「おい、面会だトカゲ!」うお!急の事に私は魔石を飲み込んでしまう…ぐっ、ヤバイ!ブレス袋に入った!!げほっげほっ!
「やれやれ、留守番をしておけと言っただろう。」そこに現れたのはローブを被りこんだ男…エルノールだ!
「げほっ…え、エルノール!助かったー。来てくれたんだ!」
「ギルドでトカゲが捕まったと小耳に挟んでな。すぐにわかったよ。」
「…てゆーかさー!あの首輪めっちゃ爆h…」私の口を握りしめ閉じるエルノール。そして牢屋に顔を近づけ私に小声で耳打ちする。
(首輪の事は今は黙っておけ。とにかく私に任せておけ。)そう言うと。看守に向かって話し始めるエルノール。
「どうやら、奴隷の首輪が不良品だったようで。外れてしまったようだ。こちらの落ち度だ、ご迷惑をおかけした。」
「しかし、冒険者のガンツ達がコイツに酷いケガを負わされていましてね…さすがに看過できないかと。」
「ガンツ…ああ、あいつか。テギル、なぜガンツに怪我をさせたんだ?」私に聞いてくるエルノール。
「いや、何かエルノールに恨みがあるとかなんとかで私の皮を剥いでバッグにするとかなんとかだからブレスでドカーンって…」
「ああ、わかったわかった。看守、ここからはギルドの管轄だ。新しい首輪も持ってきたからすぐにコイツを出したい。」
「えー、ブレス?えーとその。当時の詳しい状況も知りたいのでどうやってああいう事になったのかも書類にまとめたいのですが。」
「わかった協力しよう。とりあえずテギル、こっちに寄れ…そうだいい子だ。」エルノールは首輪を私の首にはめる。そして牢屋の外に出ることができた。
「ちょっとエルノール。魔法かけてないって言ったじゃない!」私は先行する看守に気付かれないようになるべく小さい声でエルノールに耳打ちする。
「首輪の爆発は魔力を放出するものだ。お前に魔法は効かないだろう?」
「は?じゃあなんでわざわざ魔法かけて…」
「なんとなくだ。」不敵な笑みを浮かべるエルノール。なんなのコイツ!?意味不明。なんか無性に腹が立ってきた。いつかそのローブを剥いでヒイヒイ言わせてやる見てろよお~…。
その後、エルノールと看守が話をしながら詰め所の外の広場に出た。剣や槍等が立てかけられた木製の箱。そして人間やモンスターに見立てられた藁で出来た標的が並んでいる。衛兵の訓練所か何かだろうか。まばらに衛兵がおり、こちらをマジマジと見つめてきた。
「では、そのブレスとやらで冒険者達はやられたのですね。」
「ええそうです。おい、テギル。あっちの標的にブレスを吐いてみろ。」
エルノールが指さした先に人間型の藁製の標的。え、ここで吐くの?
「下がっていたほうがいい。危ないからな。あの冒険者達のようになりたくないだろう看守?」
「わ…わかりました。」看守は紙とペンを持ちながら下がり、私をみつめている。
「テギル、さあやってくれ。そうすればすぐに出られるぞ。」後ろからエルノールが再度標的を指さす。はいはいやりゃーいんでしょやれば。私は大きく息を吸い込みブレス袋がポコポコと…ん、熱い。なんか熱いぞ!ってか熱い熱い!!
私は堪らず一気にブレスを吐き出した。
ボシュウウウウウウウウウ!!
「……あ……。なるほど、たしかにこれは強力ですね……。」
「……テギル。どういうことだ?」
私の口から吐出された黄土色の気体…否。赤く燃え盛る灼熱の半液体状のソレは標的を貫き。ゆうに20メートルは噴射され、向こう側にそびえ立つ石造りの壁はドロドロに溶け出していた。私から直線上に黒ずんだ地面が壁まで伸び、その間にあったはずの標的は跡形もなく蒸発していた…。




