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DLTEEE  作者: 宇理
STAGE1
5/10

stage1-05

07/08 12:44


 昼休み。退屈な授業から解放された生徒たちは、生け簀から解き放たれた魚群のように廊下へと飛び出して行く。

何でも本日のみ購買にて揚げパンが限定20個で販売されるらしくその影響らしい。今日だけ、とか限定何個、とかいうフレーズに弱い人間は案外多いものだ。

俊也も中学の給食以来口にしていなかった懐かしいあの味に惹かれるところはあったが、ラグビー部や空手部がひしめき合う戦場に飛び込む気にはなれなかった。

 教室に残った適当な友人を誘って食堂に赴こうと席を立った時、ドア付近にいたクラスメイトから呼び出しがかかる。


 「おい、葉月。お前呼ばれてんぞ」


まさかヒロ子か、と焦りつつ小走りで廊下に出る。昨日あれほど学校での接触は避けようと念を押したのに、とじれったさに小さく唇を噛む。

 しかし、廊下で待っていたのは長身の少女ではなく小柄な金髪の少年だった。

彼は中学時代から付き合いのある親しい友人のうちの一人であり、決してライバルや宿敵などの類ではない。はずなのだが、何故だか仏頂面でこちらを睨んでいる。

黒目が小さく日頃から目つきの悪い彼だが今日は一段とひどい。いつもと違った雰囲気がするのはそのせいだろうか。

恐らくは怒っているのだろうが、その少年に恨まれるようなことをした覚えのない俊也は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


 「えーと、直樹? なんか用?」


そんな俊也の態度が余計癇に障ったのか、金髪の少年、直樹は眉間の皺を深くした。


 「ノートだよ、ノート! 先週お前に貸しただろ。いい加減返せよな」


そう言って直樹は手を突き出し催促したが、俊也には全く心当たりがなかった。間の抜けた顔でオウムのようにそのまま言葉を繰り返す。


 「ノート?」

 「テメェ、すっとぼける気か!」


直樹に怒鳴られてようやく自分の記憶が抜けている時のことなのだと理解する。それは心当たりがないはずだと胸中でひとり納得する。

かといって、覚えていませんと言うわけにもいかず、ひとまずその場を取り繕う言葉を吐いた。


 「あぁ、あれな。悪い、悪い。で、何のノートだっけ?」

 「……オレをおちょくってんのか?」


直樹は目を細め更に眼光を鋭くする。つい先週、それも自分から借りたいと言ったものを忘れるなど普通はありえない。

悪ふざけと思われて当然だ。おふざけでなく素で忘れていたとしても、それはそれで最低である。と、いうよりお頭の心配をされるだろう。


 「違うって、色んな奴から色々借りててさ。誰がどれだったか」


苦笑いを浮かべながら必死に弁解する俊也を見て、直樹は怒りを通り越して呆れ果てたようだ。

自分の株が暴落していくのをひしひしと感じ、それを止める術を考えるが一つも浮かび上がってはこなかった。

 ちなみに、そんな心配をせずとも元から直樹の中で俊也の株はそう高くなかったのだが、そんなことは露知らず、直樹からの好感度を如何にして下げないか無駄に頭を悩ませる。

 直樹は浮ついた外見に反して慎重かつ現実的な考えの持ち主だ。そんな彼に記憶喪失だと打ち明けても軽蔑プラス罵声が飛んでくるのは間違いない。

もっとも、何だかんだで親身になって世話を焼いてくれるタイプでもあるので、時間をかけて事情を説明すれば信じてはくれるだろう。

だが、そんな情に流されやすくお人好しな彼だからこそあの理不尽なゲームに関わらせることはしたくなかった。

 このまま、自分が人からの借り物を忘れるダメ男だったということにしておこうと俊也は決心する。


 「ったく、仕方ねーな。数Aだよ。オレはもう使わねぇけど、他にも見せて欲しいって奴がいてさ。あいつといいお前といい、今更一年のノートが必要って大丈夫なのかよ」


直樹のその言葉で、近々行われる予定の定期テストに向けた復習をしようとしていたことを思い出す。

ついでに此の所、例のゲーム騒動に気を取られ全く勉強していなかったことも思い出す。


 「馬鹿、大丈夫じゃねぇから借りてんだろうが。で、いつまでに返せばいい?」

 「お前寮だろ? 放課後待っててやるから取って来いよ」


本当ならばもう一週間ほど延長を頼みたいところだったが、先ほどの直樹との会話から察するにそれは許されないだろう。

後ろ髪を引かれながらも、ここは大人しく引き下がることにした。


 「分かった。んじゃ、放課後C組寄るわ」


文句を口にしつつも、いつも大目に見てくれる友人に感謝の意を伝えようとした時、会った時から感じていた違和感の正体に気付く。

彼の耳にかけられた黒と黄色の混じったテンプル、同色で構成されたフロント、つまり眼鏡だ。


 「お前、眼鏡なんてかけてたっけ? いいじゃん、似合うじゃんそれ」


からかうつもりなどなく、本心からそう口にしたのだが直樹は嬉しそうにするでもなく照れるでもなく神妙な面持ちをしていた。レンズ越しのその瞳は不信感の一色だ。


 「なっ、なんだよ。俺おかしなことでも言ったか?」


失言でもしてしまったのかとじんわりと冷や汗が浮かぶ。直樹は物言いたげな表情を浮かべながらも、それを口にすることはなかった。


 「……いや、別に。放課後忘れんなよ」


俊也にそう念を押すと、直樹はしかめっ面のままさっさと自分のクラスへ引き上げていった。


 「なんだったんだ、あいつ?」


直樹の愛想が良くないのはいつものことだが、何となく引っかかるところがあった。

それが何であるのかはっきりとしたものは見出せなかったが。喉に魚の小骨が刺さったようなすっきりとしない感覚が広がる。



 教室に戻ると暇そうに油を売っている友人AとBをひっ捕まえて食堂へと連行する。食堂はいつも通り混雑しており、カウンターには既に行列ができていた。

数分ほどの待ち時間を終えた後、それぞれ昼食を手に四人掛けのテーブルにつく。

 俊也は早速、目の前で食欲をそそる香りを漂わせるチキン南蛮定食にかじりついた。友人二人は教室を出た時から続いている、好きな女子トークに花を咲かせ箸を持ったまま喋り続けている。


 「聞いてくれよ、二人とも。昨日さ、一世一代の決心をして天堂先輩に告白したんだけどあっさり断られてさぁ。他に好きな人がいるからごめんなさいって。畜生、誰だよぉ」


友人Aこと坂月は涙ながらにそう語った。以前そんな話をしてたっけなぁとぼんやり思う。

慰めの言葉をかけるような間柄でもないので、噛み砕いた肉を飲み込むと思ったことをストレートに口に出した。


 「バーカ。そりゃ、その先輩の優しさだろ。お前に興味ないけど、そのまんま言ったら可哀相ってな気遣いだよ」


歯に衣着せぬ俊也の物言いに対して、坂月は憤るどころか何故か顔を輝かせる。


 「マジ? それならまだチャンスあるかも!?」

 「いや、ねーよ」


坂月のどこをどうしたらそうなるのか分からないポジティブ過ぎる発言に俊也と友人Bは口を揃えて言った。


 「なんでだよ! 好きな人がいるってんなら厳しいかもしんないけど、俺に興味がないって話ならこれからもっと興味を持ってもらえるよう頑張ればいいだけじゃん?」


曇りなき眼で意気揚々と話す坂月に俊也はため息を漏らす。こういう奴はある意味幸せなのだろうが自分は絶対なりたくないと俊也は心から思った。


 「俺の言い方が悪かったな。興味ないじゃなくて趣味じゃない、に訂正だ。嫌われないうちにやめとけって。万年球拾いでチビのお前にゃ、天堂先輩は高嶺の花過ぎるって」


天堂先輩と言えば、生徒会副会長を務め成績優秀、気立ても良くおまけに美人と評判の生徒だ。男子であるならば誰しも一度は付き合いたいと夢見るほどに。

 それに比べて坂月は所属している野球部でもベンチ入りすら果たせず、成績は中の下で、ルックスもそれと同じぐらいだ。

トークセンスに長けているかと言われれば、そうでもなく元気だけが取り得の男なのだ。どう考えても釣り合うとは思えない。


 「何だと! そういう俊也こそどうなんだよ。お前だって彼女なしの負け組みじゃねぇか!」


思わぬ反撃に俊也はどもる。高校に入って二年目。そろそろ可愛い彼女の一人でもゲットして夏祭りデートをしていてもおかしくないはずなのだ。

二人で一つのりんご飴を食べ、神社の境内で肩を寄せ花火を見る。俊也も入学当初はそんな甘い未来予想図を描いていた。

 が、現実とはままならぬものだ。部活に明け暮れ、休日は休日で男友達や部活仲間と遊びに繰り出し、気付けばもう高校生活の折り返し地点に来ているという有様である。

それはそれで充実した日々だったため満足してしまっていたらしい。

 他人から指摘されようやく、自分が負け組みなのだと自覚する。

それは自宅で羽毛布団に包まりぬくぬくしていたと思ったら、実は公園のダンボールの中で新聞紙に包まっていた如き絶望だった。

そんな情けない胸のうちを悟られまいと、分かり易過ぎる強がりを喉の奥から捻り出す。


 「お、俺は特定の彼女は作らない主義なの」

 「うわー、最低発言だ。てか、作らないじゃなくて作れない、の間違いだろ」


坂月は仕返しとばかりに大ブーイングを飛ばした。全くもってその通りであるだけに耳が痛い。


 「でも、ちょっと意外だよな。葉月ってわりと女子受けよさそうなのにさ」


今まで静観していた友人Bもとい恵南が言う。その言葉に気分を良くした俊也は口の端を持ち上げ、キザったらしい声色で喋り出した。


 「だろだろ~。まぁ、なんつーの、俺が彼女を作ったら沢山の女の子を泣かせてしまう、みたいな?」


と、阿呆なことを抜かす俊也に坂月は握っていた割り箸をへし折りそうになった。隣に座る勘違い男に今にも噛み付かんとする坂月を恵南は首を横に振って制止する。

これ以上、坂月の怒りを煽らぬようにと恵南は話題変えを試みる。


 「はいはい。で、そういう葉月は気になる奴いないのか?」

 「気になる……?」


そう言われ、俊也は気になる女子について考え出す。

 ぼんやりと好意を寄せている相手はいたが、それをこの二人に話すと後々面倒なことになりかねないので正直に話すのは躊躇われた。

恵南はともかく坂月はとにかく口が軽い。言った次の日にはクラス中、いや学年中に伝わっていてもおかしくない。

いや、確実にそうなるだろう。故に本命、もしくはそう思わせるチョイスは避ける必要があった。

 そこでふとあることを思いつく。気になるという意味では決して間違っていない、とある人物を。


 「あーそうだ、三年B組の紫藤って人が気になってんだけど。知ってる?」


紫藤百合子。昨日、松本から聞かされたゲームメンバーのうちの一人だ。生憎学年が違うため、俊也は彼女について何の情報も持っていない。

唯一分かるのは百合子という名前から性別が女であるということぐらいだ。


 「紫藤? 紫藤って紫藤百合子か! 何だよ、お前も無謀なチャレンジャーじゃないかよぉ」


即座に反応したのは坂月だった。先ほどまでの鬼のような形相が嘘のように、にたにたと厭らしい笑みを浮かべ、俊也の肩を肘で突く。

これはテストで一緒に赤点を取った時と同じ反応だ。底辺仲間を見つけた時のそれである。

 絶対お前も振られるぞ、と坂月が思っているのは丸分かりだったが、別に紫藤百合子に好意を寄せているわけではないのでダメージはない。

百合子はそんなにいい女なのか、と思う程度だ。


 「知り合いなのか?」


俊也は尋ねる。


 「ちげーよ。俺が去年の準ミス様とお知り合いになんかなれるわけねーだろ。そういうお前こそどうなんだ。いつから目つけ始めたんだよ」


どうやら都合のいいことに百合子は美人らしい。ならば気になる相手として挙げたことに疑いを持たれることはないだろう。

これが、微妙なライン――何がとは言わないが――の女子であったならば何で何でと追及されていたに違いない。

その時はその時で、「俺の友達が気になるって言ってた」と遠方の友人を犠牲にしてはぐらかす気満々だったのだがその必要もなくなったようだ。


 「あー、こないだチラっと見かけていいなーって思ってさ。だから全然どんな人なのかも知らなくってよ。お前、他に知ってることとかねーの? 自称学園の情報通だろ、女子限定で」


坂月の無駄に広い交友関係を利用しない手はない、と俊也は尋ねる。


 「そうだなぁ。教えてやってもいいが、タダというわけにはいかんなぁ。昼飯一回分でどうだ?」

 「けっ、足元見やがって。仕方ねーな。焼きそばパン一個な」


と、一般高校生らしい庶民的な契約がここに結ばれる。

坂月は脳内のデータベースから情報を引き出し、声に乗せてアウトプットする。


 「三年B組、なのは知ってんだっけ。えーと、後は図書委員で放課後か昼休みに図書室に行くと高確率で会えるらしい。いかにも文学少女って感じだよなぁ。今時珍しい黒髪ロングってのもポイント高いよな! 顔立ちと一緒で性格もキツめって噂だから、あんまり失礼な真似はしない方がいいぞ」


ぺらぺらと喋り続ける坂月に、その力を勉強に活かせよ、と言いたくなったがそれはきっと自分も同じことなのだろう。今はありがたく彼からの情報を頭に叩き込んだ。



 帰りのHRが終わると、直樹との約束を果たすため鞄も持たずに二年C組へと真っ先に向かう。教室から出てくる生徒の間を縫いながらC組の出入り口を目指した。

黒板のある前方側の扉から教室内を覗き込むと、まだ着席し帰り支度をしている直樹を見つける。


 「おーい、直樹! 今からノート取ってくっから教室で待ってて!」


直樹は俊也の方に顔を向けると右手を持ち上げて了解のサインを送った。

それを確認すると、来た道を戻り一階昇降口へと急ぐ。靴を履き替えると校舎の裏手にある学生寮へと走った。


 学校が終わったばかりということもあって寮内は閑散としていた。今ここにいるのは掃除当番も当たっておらず部活にも所属していない直帰に命をかける生徒だけだろう。

 俊也は丁度一階に止まっていたエレベーターに乗り込み三階に上がる。自分の部屋の前に来ると、ぞくりと背筋に寒気が走った。

誰もいないはずの部屋から漏れる光。扉を開いた途端足を掴まれ、眼前には血濡れの顔。昨日の光景がフラッシュバックし、ポケットから鍵を取り出す手が震える。

心霊現象でもなく、その件については既に片付いているのだが、あの時の恐怖は未だ払拭されていない。

 鍵を差し込む前にノブを握り右へと回す。ノブはカンと音を立てて、途中で回転が止まった。ちゃんと鍵がかかっていることに安堵する。

 昨日はそれどころではなくすっかり忘れてしまっていたが、どうやって松本はこの部屋の鍵を開けたのだろうかと今更ながらに疑問が浮かんだ。

マスターキーでも借りてきたのか、それとも亮介から鍵をくすねてきたのか。後者の場合ならば松本はいつでもこの部屋に出入りできるということになる。

今までならば、松本が部屋に勝手に入ってこようが別に嫌な気は起きなかっただろうが、あんなことがあった後ではそうも言えない。

 ゲームメンバー外である自分を松本がどうこうする気はないだろうが、それでも完全に気を許せる相手ではなくなってしまった。どんな理由であれ、彼は亮介を殺したのだから。

 鍵を回して扉を開く。同居人がいなくなり広くなった部屋を見て、やりきれぬ思いが込み上げてくる。

それでも未だに亮介が死んだのだという実感は湧かなかった。親しい友人が遠くへ転校して行ってしまって寂しい。そんな気分止まりなのだ。

 感傷に浸っている場合ではないと、俊也は本来の目的を思い出す。早くノートを見つけ出して直樹に返却しなければならないのだと。

ノートを借りたのは記憶が抜けている時のことなのでどこに置いたかはまるで見当がつかない。手当たり次第に探していくしか方法はなかった。

プリントとゴミが散乱する机の上や床に散らばった本や衣服を掻き分け捜索を行う。亮介の荷物を整理した時に、自分のスペースも片付けたのだが三日で元通りだ。


 「あった!」


机と壁の細い隙間に設置された縦長の本棚からそれは見つかった。黄色の表紙の中央に教科名、それから右下の端に一年E組川瀬直樹と記されている。

ページを捲り、ぱらぱらと目を通すと形の整ったバランスの良い字と図が流れていく。間違いなく直樹のものだ。

 知り合いの中では最も綺麗で、要点のまとまったノートを取る男なので、彼のものを参考にしたかったのだが、コピーを取っている時間もなさそうだ。

 記憶のない間にしっかりと自分のノートに書き写していないだろうかと期待を寄せるがその痕跡はない。

空白期間中の授業内容がちゃんとノートに記されていただけでもまだマシな方だろう。ひどい時は居眠りで一時間を潰し、一切ノートを取らないこともある。

 自身のノートを捲り、こんなことやったんだと無感動に見つめる。

よくよく、考えるとあの4日の間に勉強したことは全てパーになっているわけで、そう思うと無性に松本を殴りたくなった。

 直樹のノートを手に再び二年C組まで駆け戻る。掃除時間に入ったようで直樹は教室前の廊下で友人らしき男子生徒と会話をしていた。


 「おう、直樹。待たせたな」


そう声をかけると直樹は友人との会話を中断して、俊也の方へと向き合った。

直樹は昼に会った時よりも険が取れたように見えた。そうあって欲しいという俊也の願望によるものかもしれないが。

 ほらよ、と手に持ったノートを手渡す。直樹は受け取ると同時に俊也の肩に軽いパンチを食らわせた。ドンと左肩に衝撃が走る。


 「いてっ、何すんだよ!」

 「人のもん借りといてすっかり忘れてた罰だよ」


と、刺々しい口調で返される。表情が和らいだと感じたのはやはり勘違いだったらしい。

たかがノートを忘れたぐらいでそこまでするかと不平の声が喉から出かかったが、非はこちらにあるので渋々口を噤んだ。


 「まっ、暇な時にでも勉強見てやるよ。じゃーな。永山も」


直樹は受け取ったノートを紺色のスクールバッグに突っ込むとその場から去って行った。

共に置き去りにされた直樹の友人らしき男子生徒は一瞬だけ俊也に視線を向けると無言で教室の中へと消えていく。




 現在の時刻は十五時四十五分。部活の開始時刻までまだ幾ばくかある。俊也の足は二階の特別教室区画へと向けられていた。

階段を下り、文系部活棟に繋がる通路を横切ると図書室が見えてくる。

 ここを訪れるのはいつ以来だろうかと、ドアの上方に取り付けられたプレートを見上げ思う。普段、お堅い本を読むことのない俊也は図書室とはほぼ無縁だった。

授業中に行われる調べもの学習か教師不在での自習の時ぐらいにしか使ったことがない。

 なるべく音を立てぬように静かに扉をスライドさせる。一歩足を踏み入れるとインクと紙が酸化したような匂いが混ざった独特の香りが鼻腔をくすぐった。

図書室は静寂に包まれており、話し声は一切しない。聞こえてくるものといえば、ページを捲る紙と紙の擦れ、サラサラと紙の上を走るペンの音、本棚の間を行き来する足音ぐらいなものだ。

 やはりこの空間は苦手だ、と俊也は思う。がさつな俊也としては、まずもって音を立てないということが得意ではなかった。

少しでも騒ごうものなら一斉に非難の眼差しを浴びせられる。小学時代の苦い思い出からそんな認識があった。

 テストが近いせいか、学習スペースのテーブルはほぼ満席状態だ。皆一様に参考書なりと睨み合いを繰り広げている。

この張り詰めたような空気も俊也が苦手とするところだった。

読書に耽る者にしろ、この場にいる者は他者を排斥し独りの世界に埋没することを望んでいるようでどうにも好きになれなかった。

 

 坂月から聞いた特徴を頭に浮かべながら目的の人物の姿を探す。確か長い黒髪の女性だと言っていたはずだ。本を探すような振りをしながら、視線を忙しなく動かす。

彷徨っていた瞳はある一点を映してぴたりと止まる。貸し出しの受け付けカウンターに聞いた特徴と合致する女子生徒の姿があった。

 肩に落ちる漆黒の髪は遠めに見ても絹のように滑らかで、思わず手を伸ばしたくなるぐらいだ。

手元の文庫本へと伏せられた目の上からは長い睫毛が重たそうに伸びている。絵から抜け出して来たような女性の姿に俊也は目を奪われる。声もなくその場に立ち尽くしていた。

 熱烈な視線に気付いたのか女子生徒は顔をあげて俊也の方へと瞳を動かした。ドキリと俊也の胸は大きく波打つ。

このまま無言で立ち去るわけにはいかないと、彼女へと近づきその左胸についたネームプレートを確認すると小さく口を開いた。


 「あの、紫藤先輩、ですよね。少し話したいことがあるんですけど、時間いいッスか?」


当初は遠くから様子を窺う程度に留めようと思っていたはずなのだが、気付けばそんなことを口走っていた。美人とみれば声をかけずにはいられない。

男の性とはつくづく恐ろしいものだと俊也は思う。「そりゃ、お前だけだ!」と先ほどノートを返した金髪の友人の非難めいた声が頭に響いた気がしたが無視した。 


 「君は?」


 女子生徒、紫藤百合子は艶のある女性らしい声で尋ねた。俊也はぴんと背筋を伸ばして名乗る。


 「俺、二年の葉月って言います」


百合子はぱっちりとした大きな瞳で俊也の顔をまじまじと見つめた。記憶の中にある名前と顔の照合作業が行われているのだろう。二人に面識はないため、当然、検索結果はヒットなしだ。


 「ふぅん、知らないわね。誰かの弟とかかしら?」


見ず知らずの他人に話しかけられるとは思っていなかった彼女はそんなことを口にする。誤解されては困ると俊也はすぐに否定した。


 「いや、違います。俺が一方的に知ってるだけで。紫藤先輩って有名人じゃないですか」


友人Aの話によれば百合子は昨年行われた学園祭の準ミスであり男子生徒の間ではちょっとした有名人らしい。

俊也自身、実際に百合子を目にして彼らが騒ぐ理由が分かった気がした。きつめの顔立ちなので人によって好みは分かれそうだが、確かに百合子は飛びぬけて美人だった。


 「そうなの? 知らなかったわ。それで、話したいことって?」


百合子は淡々とした事務的な口調で聞き返した。俊也はそれに答えることができない。彼女と話したいことはここで口にするのは憚られる内容だった。


 「二人きりで話したいので別の場所に移ってもらってもいいですか?」


あまり他人には聞かれたくなかったので、百合子へと顔を近づけ囁くように言った。こういう時、静かな空間とは厄介だ。

今も二人の会話に聞き耳を立てている輩がいるかもしれない。そう思うと気が気でなかった。


 「もしかしてナンパのつもり?」


こちらを誘うように蠱惑的な笑みを浮かべる百合子に、体中の血液が沸騰していく。吐息がかかる程の至近距離でそれは反則だろうと胸の内で叫び声をあげた。

そのまま首を縦に振り下ろしてしまいたいぐらいだが、ここでがっついては格好がつかない。


 「それもいいんですけど、今日は別件で」


思いつく限りで一番スマートな台詞を百合子にぶつける。


 「そう、残念ね。なら、資料閲覧室に行きましょうか。それでいい?」


俊也はこくりと頷く。百合子は奥のカウンター席に座る別の図書委員に声をかけると、静かに立ち上がった。

俊也に目配せを送ると、その傍を通り過ぎてドアへと向かう。着いて来いということなのだろう。俊也も無言でその後を追う。


 資料閲覧室は図書室のすぐ隣にあった。百合子はいつのまにか手にしていた鍵で資料室の扉を開ける。どうぞ、と俊也に先に入るよう促した。

俊也は小さくお辞儀をすると、扉の内側へと踏み込む。室内は埃っぽく普段はほとんど使用されていないであろうことが窺えた。

 窓を除き壁は全て背の高い本棚で埋まっている。部屋の中央には元々は白色であったであろう、今は黄ばんでクリーム色になった長机が置かれている。

その周りを囲うようにして四つのパイプ椅子が並べられていた。

 百合子は埃で白くなった座面を軽く払うと、スカートがくしゃくしゃにならぬよう持ち上げてから腰を下ろす。

俊也も百合子の対面になる位置に椅子を移動させて座った。


 「で、話って何かしら?」


百合子に問われ俊也は言葉を詰まらせる。自分は一体、彼女と何を話したかったのだろうと。もちろん、例のゲームのことであるのは確かだ。

だが、会って間もない彼女にいきなりその話を持ちかけても良いのか。俊也がゲームに関わりのある人間だと知った時、どう出てくるかは分からない。

非力な女性に見えても、例の特殊能力があればそんなことは関係ない。危うい立場なのは俊也の方になる。

加えて、いくら昼間の学校とはいえ、今は二人きりだ。もっとも、そう仕向けるようにしたのは他ならぬ俊也自身であるが。

 ここに来てからそんなことを考えるなど、どこまで自分は愚かなのだろうと嫌気が差した。

 着席してから一向に喋る気配を見せない俊也の代わりに、百合子が口を開いた。


 「君が言わないのなら私から言ってあげましょうか? あのゲームのことについて聞きに来たんでしょう」


 俊也は下がりかけていた頭を持ち上げて百合子の顔を凝視する。百合子は新しい玩具を与えられた子どものように好奇心に満ちた笑みを浮かべていた。 


 「何で、って顔をしているわね。見ず知らずの人間が愛の告白でもなく急に二人で話したい、なんて言ったら当然そう結びつけるわよ」


百合子は確信めいた強い語調で言う。最初からゲームの話をする心積もりではあったが、相手からこう切り出されては複雑な気持ちになる。

自分の迂闊さが露見してしまったようできまりが悪い。


 「どうして、私がゲームのメンバーだって分かったのかしら?」


続けて百合子が尋ねる。


 「あー、いや、それはその」


脳裏には昨日、寮の自室で百合子の名を告げた松本の姿が映写される。彼は亮介を殺害したことによって、百合子の情報を得てそれを俊也に伝えた。彼女に用心しろと。

 わざわざ忠告してもらったにも関わらず自分がこんな状況にあると知ったら松本は何と思うだろうか。なんて、後ろ暗い思いが胸に広がる。

 だが、それよりも今は百合子の質問をかわさなければならない。自分のことは他言しないで欲しいと松本に頼まれている。

先日は言ってはならないという意識がなかったにしろ、俊也の言動が原因で松本は損害を受けている。

二度も同じような失態を繰り返すわけにはいかない。そう意気込んだのだが――


 「あぁ、教えてもらったの。ふぅん、顔はいいけど口の軽い男は駄目ね」


百合子はまるで一連の出来事をその目で見てきたかのように呟いた。頭の中で考えていたことを口にでも出してしまっていたのかと俊也は息を呑む。


 「え、俺、何も言って……?」


俊也の狼狽する様が面白いのか、百合子はご満悦の様子だ。形のいい唇を弧に歪ませている。スラリと長い指先でつんと自分の頬を突いた。


 「顔にそう書いてあったわよ」


俊也は素早くポケットから携帯を取り出すと、鏡面になっている外装部分に自分の顔を映す。特に変わったところはなく、顔に文字が浮かんでいるということもない。

 普段であれば、いくら国語の成績がよろしくない俊也といえども、彼女の言葉が物の例えだということぐらいは分かる。

だが、何かしらの能力を持っているはずの彼女ならば、顔に文字を浮かび上がらせるという超常現象も起こせるのでは、と確認せずにはいられなかったのだ。

 しごく真剣な面持ちで鏡と睨めっこをしている俊也に百合子は小さく笑い声を溢した。


 「馬鹿ね、比喩に決まってるじゃない」


くすりと息を漏らして笑う百合子に俊也は自分の頬が火照っていくのを感じた。

それは彼女の素顔を垣間見させる花のような笑顔があんまりにも綺麗だったからなのか、自分の取った馬鹿な行動を恥じてなのかは分からない。


 「彼の能力と番号、知ってたら教えて欲しいんだけど」


百合子はすぅと息を吸い、きりりとした表情に戻すとそう尋ねてきた。彼、というのは恐らく松本のことだろう。能力と番号。

俊也はその両方を知っている。ボールペンが貫通した手の平から流れ落ちる血、瞬く間に塞がっていく傷、プレートに刻まれた9の字。だが、それを口にすることはできない。


 「そ、それは、言えないですよ」


俊也は百合子から視線を逸らし、ぎこちない口調で答えた。


 「へぇ。優しいのね。親友を殺した相手なのに庇うんだ」


言葉に反して氷のように冷たい声に俊也は体を強張らせる。


 「あんた、どこまで知って……?」

 「さて、どこまでかしらね。それより、他にゲームに関して知っていることはないの?」


まずい、と俊也の頭の中に警鐘が鳴り響く。今までの百合子の言動から察するに人の心を覗き見るような力があるのだろう。

そうでなければ、こうまでぴったりと言い当てることはできない。

 松本と百合子が共謀者であるという可能性も否定はできないが、それならば今までのやり取りはとんだ茶番になってしまう。今は前者と見た方がいいだろう。

 そこまで考えたところで百合子の投げかけた質問が頭の内側に戻ってくる。いくら追い払おうとしても出て行ってはくれない。

人は考えては駄目だと言われた方がそのことについて考えてしまうものだ。俊也はまさにその状態に陥っていた。

ゲームに関係のある人物。ヒロ子と今まで交わしてきた会話を鮮明に思い起こしてしまう。


 「ヒロ子ちゃんかぁ。君の彼女、じゃないようね」


またもぴたりと当てられて、俊也は確信を口にする。


 「読心能力、ですか……?」

 「察しがいいのね」


俊也はがたりと音を立てて立ち上がる。このまま彼女と会話を続ければ洗いざらい吐かされてしまう。

自分を信じて全てを話してくれたヒロ子をも危険に晒しかねない。もう手遅れかもしれないが、これ以上情報を引き出されぬうちに立ち去ろうと、百合子に背を向ける。


 「待ちなさい。もう知られて困ることもないでしょう。もう少しお話ししましょうよ。だいたい君、私に用があって来たんでしょう」


百合子の口振りから推察するに、俊也の中にあるゲーム関連の情報はほとんど抜き出されてしまったようだ。

もっと早くに気付くべきだったと唇を噛む。このまま、逃げ出すのはやはり性に合わないと百合子を振り返った。


 「心が読めるなら、それも分かるんじゃないですか」


俊也は挑戦的な口調で答えた。


 「私が一方的に知るだけで君は満足なの? して欲しいことがあるんでしょ。なら、ちゃんと口に出してお願いしなきゃ、ね」


状況が状況ならば胸が高鳴る台詞なのだが、今は別の意味で鼓動が激しく脈打っていた。

微笑むように細められた目は、何もかもを見透かすようで背筋に冷たいものが走る。美人が怒ると恐いというが、微笑んでも恐いのだと思い知らされた。

彼女の視線は捕食を目論む蛇のように纏わりつく。その雰囲気に飲み込まれぬよう、俊也は大きく息を吸いはっきりとした口調で声を発する。


 「協力してくれ、とまでは言いません。ただ、少し待っていて欲しいんです」


そう、こちらが勝手に警戒しているだけで百合子はまだ敵だとも言っていない。勝手に心を覗かれたことは面白くないが、それだけで判断するのは早計だ。

彼女がゲーム否定派であることを願いながら、真っ直ぐと百合子を見つめる。


 「待つって何を?」


百合子は意外そうな顔をするでもなく先ほどまでの笑みを湛えたまま尋ねた。心を読める彼女のことだ。こちらが何を求めているのかもお見通しなのだろう。


 「えっと、その、事態の収拾がつくまでというか、ゲームが終わるまで、他のメンバーに干渉しないでもらいたいんです。いや、他のメンバーが別の誰かに襲われてるところを助けるってんならいいんですけど」

 「つまり、他のメンバーに害する行為はするなってことね。それは13番も含むのかしら?」


百合子は面白くなさそうに髪をいじりながら問う。明らかに機嫌が悪くなったと分かるのだが、ここで意見を変えるわけにはいかない。

とはいえ、大きく出ることもできず音量を落とし控えめに頷いた。


 「……できれば」

 「それはどういう意味なのかしら。私たちゲームメンバー全員にタイムオーバーで死ねって言いたいわけ? それは聞けない頼みだわ」


百合子は不快なものでも見るように眉を顰め、冷たい視線を俊也に送る。自分の意図が伝わっていないことに驚きと苛立ちを感じながら俊也は声を荒げる。


 「違う! そういうことじゃなくて、このゲーム自体をなしにしてみんなを助けたいんだ!」

 「ゲームを無効に? そんなことが君にできるっていうの? 具体的な手立てがあるのなら教えてもらいたいものね」


嘲笑するように百合子は鼻で笑った。


 「それは、まだ……」


視線を木目の床に落とし、言葉を詰まらせる。ヒロ子や松本に対しても同様のことを口にしたが、勢いだけで何も考えてなどいなかった。

いや、考える以前にまだゲームの実態についてすら理解していないのだから。どんな人間が、何を目的に、どうやって? 分からないことだらけだ。


 「お話しにならないわ」


と、百合子は切って捨てる。彼女の反応は当然のものだ。何の見通しもなくゲームを止めるから待ってくれなど聞けるはずもない。

彼女らには刻々と迫り来るタイムリミットがあるのだから。部外者である人間の言葉に一体どれほどの重みがあるというのか。

俊也は自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。相手の立場を思えばこれ以上食い下がることはできなかった。


 「紫藤先輩はこのゲームに乗る気なんですか?」


せめてもと、彼女の意向を確かめようと別の質問を投げかける。彼女が本当のことを話すとは限らないがそれでも聞かずにはいられなかった。


 「……さぁ、どうかしらね」


自分で考えなさいとでも言うように、明確なことは口にせず吐息を漏らした。


 「まぁ、いいわ。自分の危険を顧みずに私の元に来た勇気を買って少しだけ言うこと聞いてあげる。相手から仕掛けられることがなければ私から他のメンバーに危害は加えないわ。ただし、期限は一週間」


己の意を汲み取った肯定的な返答に、俊也は顔に喜色を浮かべる。自分の思いが通じたのだと。

 きっと彼女も会ったばかりの俊也を警戒しているだけで根は優しい人なのだろうと解釈した。いや、そうあって欲しいのだろう。

 

 「あ、ありがとうございます!」


体育会系らしい張りのある大きな声で礼を言った。これならばきっと彼女とも協力していける、そう希望に胸を膨らませた時――


 「いいのよ、どうせ全部忘れるんだから」


どういうことだと尋ねる前に百合子が柔らかな声色で言葉を紡ぐ。その声は甘く脳を溶かしていくようだ。今までの記憶がうやむやに捻じ曲げられていくように。

 意識が混濁して、自分が今どこに立っているのかさえ分からなくなり始める。宙に浮いているような気分だ。

 

 「葉月くん、今日は手伝ってくれてありがとう。また、暇な時があったら来てくれると助かるわ」


 百合子の声に俊也はハッと我に返る。そうして、彼女に頼まれて行っていた本の整理作業が終わったことを思い出す。得意な作業ではなかったが、百合子からの労いの言葉で全てが報われた気がした。


 「え、あぁ、はい。お邪魔じゃなければ是非」


また、という次を期待させる言い回しに、頬を緩ませながら頷く。それを後押しするように百合子は甘い別れの言葉を告げた。


 「頼りにしてるわよ。それじゃあ、またね」

 「はい、失礼します」


俊也は軽くお辞儀をすると資料閲覧室を後にした。軽やかな足取りで廊下を歩くその顔はしまりがなく口元は緩みきっていた。

 憧れの先輩と二人っきりでお喋りができてなんて幸せなのだろうと。その感動に打ち震えていた。

 今すぐにでもこの満ち足りた幸福感を誰かに言い触らしたくて仕方がない。松本から受けた忠告も、何を目的に図書室に赴いたのかも忘れ、夢心地で教室へと向かった。

 松本が他のゲームメンバーとして告げた名は百合子ではない別人で、図書室に行ったのは以前から気になっていた憧れの先輩とお近づきになるため。

 図書室に巣食う魔女によって上塗りされた偽の記憶に俊也は気付かない。



 「百合子さん。最後に何であんなこと言ったんスか」

百合子以外誰もいないはずの室内に男の低い声が響く。物陰に人が隠れていたわけでもなく、携帯から音声が発せられているわけでもない。

 常人ならば心霊現象かと慌てふためきそうなところだが、百合子はそれに動じることもなく、それを当然のものとして尋ね返した。

 

 「あんなって?」

 「他のメンバーに手を出さないっつう話ですよ。どうせ、すぐ忘れさせるんだからその必要はないでしょうよ。本当にそうするつもりなんですか」


その声は苛立ちが滲み出ながらも、相手に強く出ることのできないもどかしさを孕んでいる。

 そんな相手の態度が嬉しいのか、百合子は楽しそうに声を弾ませて言う。


 「あら、おかしなことを聞くのね。最初からそのつもりじゃない。私は誰にも手をかけるつもりはないわよ。私は、ね」



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