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DLTEEE  作者: 宇理
STAGE1
3/10

stage1-03

07/07 19:35


 「ごめーん、待った?」


 そう言って学校指定の運動着を身に纏い現れたヒロ子はどこから見ても元気なスポーツ少女といった風体だ。

白い無地のTシャツと濃紺のハーフパンツからすらりと伸びる手足は健康的な小麦色をしている。


 「いや、俺も今上がったとこ。ソフト部の方はどうよ。今年のチームはいいとこまでいけそうか?」


ソフト部というのはソフトボール部のことで、ヒロ子はその持ち前の運動能力で一年の頃からスタメンとして活躍していたと聞いている。


 「どうかしらねぇ。うちの部活は成績よりも楽しくがモットーだから。でも、みんな仲いいし、いいチームだと思うわよ。そっちこそどうなの?」


 校舎の玄関前で落ち合った二人は他愛のない話をしながら、校門へと足を向けた。

 空は青と赤を混ぜこぜにした雲で覆われ、それを背景にカラスたちが喧しい声が上げながら飛んでいる。

だが、その声も部活帰りの生徒たちの賑々しいオシャベリに塗りつぶされていく。


 「まぁ、ぼちぼちってとこだな。それより、これからどーすんだ?」

 「あたしんちに行くの。すぐそこだからさ。あたしが男子寮に行くわけにもいかないでしょ?」


こっちよ、と校門をくぐると右手側を指差した。

 高さも色もまばらな建物がひしめき合う乱雑とした街並みが見渡す限り続いている。

交差点を過ぎると、坂道へと差し掛かる。角度のきついその坂は、部活で疲労した体には少しばかり堪えるものがあった。

昼に比べ気温は下がっているものの、あくまで比べればという程度。額にはうっすらと汗がにじむ。

ヒロ子は毎日この道を行き来しているのかと、俊也は感心した。それと同時に校舎のすぐ裏手にある学生寮の存在に今更ながらありがたみを感じていた。

 十分ほど歩いたところでヒロ子が足を止める。


 「ここよ」


ヒロ子の視線の先には十階建てのマンションがそびえ立っていた。

 赤朽葉色の外壁は夕日に照らされその色をいっそう強めている。入り口までの道はレンガで舗装されており、その両脇からは切り揃えられた芝生が広がっている。

正面玄関の自動ドアを抜けると、その奥には二つのエレベーターがあった。

ヒロ子は向かって右側の壁に備え付けられた郵便受けをチェックすると、俊也を促しエレベーターへと乗り込む。

壁に埋め込まれた液晶画面に浮かぶ5Fの文字をタッチするとその部分が赤く点灯した。

ほぼ無音に近い静かさで二人を乗せた箱が上階へと動き出す。息つく間もなく五階へと到着し、蛍光灯の青白い光に照らされた廊下を無言で歩く。

つき当たりまで来るとヒロ子はポケットから鍵を取り出し、手早くドアを開け俊也を部屋の中へと招いた。


 「ようこそ、我が城へ。なんつって。あ、うち一人暮らしだから遠慮なくあがってね」


壁に取り付けられたスイッチで照明を点けると、ヒロ子はずかずかと奥へと行ってしまった。

 俊也は靴を揃え、恐る恐る部屋へと上がる。女の子の部屋、それも一人暮らしとなると、普段意識していない相手でも緊張が走る。夏の暑さとは関係なしに背中に一筋の汗が流れた。


 「お、おじゃましまーす」


短い廊下を抜けた先は、六畳ほど程のワンルームへと続いていた。

 ピンクを基調とした家具、フリルつきの花柄のカーテン、きわめつけにはベッドの上に飾られた愛らしいぬいぐるみ。

俊也の思い描いていた理想の女の子の部屋像がそこにあった。ただ、女の子の括りにヒロ子が入っていなかったため、彼女の部屋として想像していたものとはかけ離れていたが。


 「お前、みかけに似合わず可愛い部屋に住んでるのな」


口からは自然と率直な感想がこぼれていた。


 「そそ、こう見えて結構かわいいもの好きなのよ。そこかけて」


ヒロ子に言われ、部屋の中央に置かれた一人掛けの桃色のソファに腰を下ろす。ふにゃふにゃの柔らかい素材でできており、大きく体が沈んだ。

 ヒロ子は冷蔵庫から麦茶を取り出すとガラスのコップに注ぎ、ソファの正面に置いてあるローテーブルにそっと置いた。

座布団をどこからか引っ張り出してくると、俊也の対面になる位置に置き、その上にどかりと座り込む。


 「さてと、まず何から話そうかしらね。俊ヤラーから聞きたいことってある?」

 「亮介が転校した理由、知ってたら教えて欲しい」


俊也は間髪いれず即答した。ヒロ子は目を伏せ深呼吸をした後、躊躇いがち視線を俊也へと向ける。いつも率直に物を言う彼女には珍しく、どう口にしようか惑っている様子だ。


 「あのね、俊ヤラーも薄々勘付いてると思うけどスケさんは転校したわけじゃないの」


転校というそもそもの前提を否定する彼女の言葉に困惑する。


 「どういうことだ。お前、昼は転校したとかって言ってたじゃねーか」

 「あー、あれは俊ヤラーに合わせた言い回しにしたっていうか、あんまり余計なことを言い過ぎないための配慮というか」


ヒロ子が眉をハの字にして気まずげに言った。亮介は転校したのだと自分に言い聞かせてきた俊也にとってその言葉は矢のように胸に突き刺さる。

 転校ではないとなると―― 

俊也はごくりと唾を飲む。嫌な胸騒ぎがした。再び、自身からのメールと松本の言葉が頭を過ぎる。


 「まさか、マジで誰かに殺されたとか言うわけじゃねーよな?」


冗談を口にするように半笑いで言う。すぐに、「そんなことあるわけないでしょ」と彼女の呆れるような返答が返ってくるだろうと。

しかし、ヒロ子は首を横に振る。それは肯定なのか否定の意なのか。彼女の言葉の続きを待った。


 「そう、スケさんは何者かによって殺されたのよ」


重々しい声色でヒロ子が告げる。既に松本から聞かされていた内容とはいえ、一度否定されたことである。こうして再度はっきりと言葉にされた衝撃は心臓を抉るようなものだった。

 緊張か、それともありえないことに対する可笑しさからか震える声で俊也は尋ねる。


 「嘘だろ。なんで? 亮介が?」

 「それを説明するには昼間話したゲームのことから説明しなきゃならないんだけど、聞く覚悟、ある?」


射抜くようなヒロ子の視線を正面から受け止め、俊也はゆっくりと頷く。普通ならそんなことあるわけないと笑い飛ばしているはずのところだが、何故だかそんな選択肢は初めから存在しなかったようにそのまま彼女の言葉を聞き入れる気になっていた。


 「わかったわ。それじゃあ簡単にゲームの内容を説明するわね」


そう言ってヒロ子は俊也の目の前に小型の板状コンピュータを差し出した。

手のひらに収まるそれの赤い液晶画面には大きく黒字で12と表示されていた。


 「ゲームのルールは至って簡単。この数字が13って書いてあるのを持ってる奴を倒せばクリアってわけ。参加者はあたしを含めて13人。自分以外のメンバーは一切知らされていない状態からスタート。で、1番から12番までのメンバーの誰かが13番を倒す。そしたらゲーム終了ってことらしいわ。逆に13番の人は自分以外のメンバー全員がリタイヤすることがクリアの条件なの」


早口で話すヒロ子に俊也は慌ててストップをかける。


 「ちょっと、待った! その前に、なんで、誰主催でそんなゲームをすることになったんだ?」

 「うーん、その辺はちょっとややこしいのよね。端的に言うと学校側からの指示でやらされてるって感じかな。まぁ、学校っていうかもっと多くの組織が絡んでるらしいけど、あたしそこら辺のこととかゲームの目的はよくわかってないんだ」


ヒロ子はきまりが悪そうに苦笑いを浮かべる。当然、俊也としてはその説明で納得できるわけがなかった。

だが、それ以上の説明を求めてもヒロ子自身把握していないことは彼女の様子から察せられる。彼女が自分をも凌ぐお馬鹿娘であることは一年の付き合いで思い知らされいた。追及はひとまずなしにして、続きを促す。


 「んで、その倒すってのはどういうことなんだ?このケータイみたいなのを破壊でもすりゃいいのか?」


俊也はその手に収められた黒いプレートをもう一度見やる。


 「ああ、それは物騒な言い方すると殺せってことよ」


ヒロ子は事も無げにそう口にした。あまりにも平然と言ってのけるので、反応がワンテンポ遅れる。


 「殺せだって? そんな馬鹿なことあるかよ!?」


俊也は目を見開き、声を張り上げた。


 「俊ヤラー、あたしさっき言ったわよね? スケさんがどうなったか」


彼女に似つかわしくない怒気を孕んだ眼差しが眼鏡の奥から向けられる。


 「馬鹿なこととか信じるとか信じないとか。もう、そういう段階の話じゃないのよ。既にゲームは始まっていて犠牲者が出てるの。あたしが話してること嘘だと思うのなら、この話はここまでよ」


拒絶するようなヒロ子の言葉に俊也は焦り、謝罪しようと口を開いた。


 「ごめん、俺」


俊也の情けない顔を見てヒロ子がその言葉を遮る。


 「あー、もういいわよ。確かに普通に考えたらありえないことだものね」

 「ごめん。でもよ、そういうのって警察に言ったりして何とかできないもんなのか?」

 「それができるんなら、とっくにスケさんはワイドショーで取り上げられてるでしょうね」


ヒロ子はテーブルに置かれたコップを手に取ると一気に中身を飲み干した。一方の俊也は押し黙り宙を見つめる。

 亮介が殺害されたという事実に加え、警察すら介入できないような事件が巻き起こっている。とてもじゃないが信じられないことだ。半信半疑どころではない。一信九疑ぐらいの割合だ。かといって、冗談だと一蹴できる状況でもない。ヒロ子は嘘を言うタイプではないし、もし誰かに騙されているのだとしても、放っておくわけにはいかない。それに、記憶の欠落という不可解な現象から、この数日の間に只ならぬことが起きているということだけは実感としてあった。信じるか信じないかを決めるのは全てを聞いてからでも遅くはない。

 今は、眼前のことに集中しようと彼女の話で気になったことを口に出す。


 「その、つまり亮介をやった犯人ってのは13番の奴ってことでいいんだよな?」


13番の人間が倒されればゲーム終了、ということはゲームが続いている現状、亮介が13番であるはずはない。13番のクリア条件は自分以外の12人のメンバーを倒すこと。と、なれば亮介を殺した人物は13番以外にはあり得ない。


 「うーん、それがそうとも言い切れないのよねぇ」


ヒロ子は歯切れの悪い口ぶりで言った。


 「どういうことだ?」

 「それがこのゲームの厄介なところなのよ。ルールはまだあってね、このゲームで最後の一人になるまで生き残れるとご褒美が貰えるの」


ご褒美とはまたふざけたことを、と俊也は内心で思いつつも茶々を入れていては話が進まないと判断し会話を続ける。


 「じゃあ、そのご褒美ってやつ欲しさに、13番が倒される前に他のメンバーを倒そうってやつがいるってことか?」


13番以外の人間を全て見つけ出し、わざわざ始末してから13番を倒す、ということになる。13番に他のメンバーがやられるのを待つ、という手もあるがそれは確実ではない。

 ご褒美が一体どれほどのものかは知らないが、その己が欲のために1で済む犠牲を12にまで増やそうという人間が学内にいるとは思いたくなかった。


 「そういうこと。加えていうと、13番を倒した人はその時点でゲームを終わらせるか続けるかの選択権が与えられるの。後者の場合が厄介でね。13番を倒した後にゲーム続行が選択されると、ゲームの参加者が一人になるまで戦わなければならないってルールに変更されるのよ。だから、元々13番を倒そうって組んでた人たちがいたとしても、その時点で互いに敵同士になるってこと」


悪意の塊のようなルールに俊也は生気を抜かれていくような感覚に陥った。そんな俊也を気にかける様子もなくヒロ子は淡々と続けた。


 「他のメンバーを倒すことにはまた別のメリットがあってね。倒した人数分だけ、現在残っている他のメンバーの名前を知ることができるの。ランダムでね」


それは大した特典だと、思いながら俊也は手の中の黒いプレートを眺める。


 「そういや、この番号っていうのは、13番とそれ以外を区別する他に何か意味とかあるのか?」


ヒロ子は俊也の手から黒いプレートを自分の元へと戻すと、器用に人さし指の上で回転させた。


 「いい質問ね。実はこの数字はものっすごい重要なのよ。このゲームの参加者には特別な能力、まぁ分かりやすくいうと超能力ってやつ? が、与えられるんだけどさ、自分の前の番号の人間の能力は無効化できるのよ。つまり、あたしの場合は11番の人間の能力を無効化できるってわけ」


殺人ゲームの次は超能力かと驚きを通り越してうんざりとする。最早大げさなリアクションを取る気力は残っていなかった。それよりも気になったことがひとつあった。


 「って、ことはだ。お前のその能力ってやつは13番のやつには効かないってことか?」


ヒロ子の持っているプレートには12と記されている。つまりはそういうことだ。


 「うん。あははー、参っちゃうよね。一番、倒さなきゃならない相手に能力が通じないなんてさぁ」


と、危機感のない顔で笑うヒロ子に俊也はほとほと呆れたように深くため息をついた。


 「で、その超能力ってやつは一体どういうものなんだ?」

 「うーん、これ言っちゃうとかなりリスクが上がるんだけど、もう番号も言っちゃったしここまで来たら同じよね」


うんうん、と何か一人納得したようだ。


 「じゃあ、あたしの右手にご注目」


ヒロ子は肩の高さまで右手を持ち上げ、何かを握るような形を作った。俊也の目がそちらへと向けられる。その次の瞬間、ヒロ子の手の中に銀色に輝く拳銃が現れた。

何もないところからいきなり飛び出て来た、としか言いようがない。

まるでマジックのようだ。俊也は目をぱちくりとさせ、銀色に輝く物体をまじまじと見る。


 「これこそがあたしのスーパー能力ってわけ。いつでも自在に武器を自分の元に呼び寄せられるのよーん。あ、これ本物だから下手に触っちゃダメよ」


と、俊也から拳銃を遠ざける。


 「マ、マジか。え、こういうのを使える奴があと12人いるってこと?」

 「そうよ。能力は個人でそれぞれ違うらしいから本当はヒミツにしておいた方がいいんだけどね。俊ヤラーは特別よ。あっ、番号と能力のこともそうだし、あたしがゲームの参加者ってことは他の人に言っちゃ駄目だからね!」


ものすごい剣幕で迫るヒロ子に俊也はただただ頷くことしかできなかった。


 「とりあえず、ソレしまってくんねーか?落ち着かねぇし」


俊也はヒロ子の右手に握られた拳銃を指差す。あんな物騒なものを掴んだまま、詰め寄られると正直生きた心地がしない。

 無論、彼女のことを信頼していないわけではないが、間違って暴発でもされてはたまったものではない。


 「ありゃ。ごめん、ごめーん」


出現した時と同じようにして拳銃は一瞬にしてその場から存在を消した。改めて見ても信じ難い光景である。一気に色々なことを話されたり見せられたりして俊也の頭はパンク寸前だった。


 「あー、ちょっと整理してもいいか?」

 「ほいさ、どうぞ」


今までヒロ子に聞いたことを順番に思い出し、頭の中で再構成していく。それを確認の意も込めてヒロ子に話し聞かせる。まだ、混乱が色濃く残りその口調はおぼつかない。


 「えーと、つまり亮介はそのよく分からないゲームに巻き込まれて、その内のメンバーの誰かによって倒さ……、殺されたってことなんだよな。そんで亮介もそのゲームの参加者だったと」


ヒロ子は黒いプレートをタッチして操作すると数字を映していた画面から切り替え、何かリストのようなものを表示させた。


 「浅井亮介。死因は頭部を鈍器のようなもので打ち付けられたことによる脳損傷。死亡日時は七月三日の午後六時四十分頃」

 「えっ?」


淡々と読み上げるヒロ子に俊也は驚きの声を上げた。


 「脱落したメンバーは、こんな風に一覧として表示されるのよ。ひどいものよね」

 「あ、あぁ」


ヒロ子の言葉はそれ以上俊也の耳には入ってこなかった。七月三日。記憶が途切れている最終日にあたる日付だ。

 その日に一体何が起こったのか。誰が亮介を。

 ヒロ子の言葉を信じる信じないなど考えていたのが嘘のように、今までの話が全て事実であるとして考え出していた。

 頭の中にはある人物の姿が思い浮ぶ。最初に亮介が死んだと自分に伝えてきた人物。


 「まさか、先輩が亮介を?」


松本と話をした時点では、彼が亮介を殺す動機はなかった。だが、今は違う。彼は自分もゲームの参加者だと確かに言っていた。もし、彼が13番だったら?

 いや、早計だとかぶりを振る。ゲームメンバーのうちの一人だからといって、亮介と結びつけるのは強引過ぎる。だが、引っかかる点もあった。松本は共有化された亮介の情報だけではなく、俊也の記憶のことについても知っている様子だった。

 記憶が途切れているのは丁度、亮介が殺された日まで。自分は亮介の件に関わっていると俊也は確信した。そして、その失われた記憶を知っている松本はこの件について重要な鍵を握っている。

 松本本人が亮介に手をかけたかは分からないが少なくとも、松本と自分は何らかの形で亮介の事件に関わっている、と。

 どくどくと鼓動が速まるのを感じた。


 「俺、先輩に会ってくる!」


俊也はいてもたってもいられなくなりソファから立ち上がる。


 「ちょっと待ちなさい! 行ってどうするつもり?」


ヒロ子は俊也の腕を掴み引き止める。


 「どうするって、真相を確かめるんだよ! 絶対、あの人は知ってるんだ、何もかも!」


俊也はヒロ子の手を振り払おうとするが、びくともしない。女とは思えないような握力だ、と思う間もなく左頬に衝撃が走る。

 パンと乾いた音がむし暑い部屋の中に響いた。じんじんと頬が熱くなるのを感じる。そうしてやっと自分が叩かれたのだと気付いた。


 「落ち着きなさい。詳細を知った今、考え無しに接近するのは危険よ」


心から案ずるようなヒロ子を見てそんなにも自分は取り乱していただろうかと、俊也はまるで他人事のように思った。


 「悪ぃ、でも俺やっぱ行かないと。そうしないと気が済まないんだ」

 「なら、あたしも行くわ」

 「駄目だ。俺の勝手な都合でお前を巻き込むわけにはいかねぇ」


ヒロ子は怒りに肩を震わせる。


 「バカ! 俊ヤラーだけの問題じゃないわよ! スケさんのことならあたしにだって関係あるし、何よりまた大事な友達を失うのは嫌なのよ」


目に涙を溜めヒロ子は叫ぶように言った。


 「ヒロ子……、わりぃ、お前の気持ちも考えずに。でも、そんなに心配することはねぇよ。あの人が俺を傷つけるようなことするわけないからな」


俊也はそう自分に言い聞かせる。三日前、何があっても君の味方だと言った松本の言葉に嘘はないように思えた。それが自分勝手な希望的観測でしかないとしても。


 「だめ、何言ってもあたし一緒に行くからね」


腕を掴む力が弱まる気配はない。うんと言うまでは離さないつもりなのだろう。


 「わーったよ。でも、直接会うのは俺だけだ。お前は陰に隠れるかしてくれ」

 「そう、それでいいのよ」


ヒロ子は目元を拭うとにんまりと笑い、やっとその手を離した。

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