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七夕小説  作者: まぷこ
2012年~
8/9

牽牛(3)

 花火大会の待ち合わせ場所である駅前は人でにぎわっていた。

 うっかりすると人に流されてしまいそうなほど。

 だから、彼女が先に来ていたのに気付けなかった。

「あ、牧田さん」

 彼女の声がしてそちらに顔を向けたが、それでも数秒気付けなかった。

 人波を縫ってこちらに近づいてくる浴衣の女性がいるのに気付き、……ようやくそれが彼女だと判った。鈍いにもほどがある、と牧田は自分を叱咤した。

「……浴衣で来てるとは思わなかった。自分で着つけられるんだ?」

 淡い水色にピンクの朝顔の模様の入った浴衣は、清楚な彼女によく似合った。

 それに、いつもは下ろしている髪をアップにしているので、露わになった項が匂い立つようだ。

「えーと。正式な着付けじゃなくて、ちょっとズルしてるんです」

 イタズラっぽくちょっと舌を出す様子もまた愛らしい。

「ズル?」

「付け帯っていうんですけど……結び目の部分と巻く部分が分かれてるんです。だから、帯はマジックテープで留めてるだけ。結び目は挟んであるだけ」

「ふ、ふーん……」

 ……その情報は、『脱がせても着付けは簡単』と言っているように思えるが。

 今日の彼女は、どこかおかしい。しきりに煽られているような気がする。それともそう感じるこっちがおかしいのか?

「いつまでもここにいると、他の待ち合わせしてる人の邪魔になるから、そろそろ行こうか」

 いつものように背中に手を回すと、そこには帯の結び目があった。

 普段着ない服のせいか、今日は何かと勝手が違う。肩に手を伸ばすか腰にするか、しばしの逡巡ののち、帯の上にそっと手をおく。

 帯の厚みの分だけ、素肌から離れるし、と、自分に言い訳して。


 予想されていたことではあるが、会場に近づくに連れ、人が多くなり、進みにくくなった。会場である河川敷は、立錐の余地もないだろう。

「うーわ、すごい人出だ」

 うっかり離れてしまうと、どんどん人が割り込んでくるので、いつもよりも距離が近い。

「どうする?」

 人の流れの中心から端の方に移動し、立ち止まって彼女の方を見遣る。

「どう……って?」

「このまま会場まで行くか、それともその辺の、見晴らしの良さそうな場所に移動するか」

 その時、開始の花火が上がった。

 周囲の風景が、瞬時花火の赤い色に染まる。

「この辺でも、けっこう音、大きいですね」

 花火の破裂音に一瞬見を竦めた彼女がつぶやくように言う。

「……だな。この辺、ビルが入り組んでるから、残響もけっこうあるな」

 ぽーん、ぽーん、と断続的に花火が上がりはじめる。

「も、この辺で適当に花火が見えるとこ探そっか?」

 花火が上がりはじめたことで、人の流れが緩やかになった。立ち止まって上を見上げている人が大半だ。人波を押しのけないと会場まで辿り着けそうにない。

「そうですね。その方がよさそう」


 十分ほど歩き回って、二人が落ち着いた先はとある複合商業施設の屋上駐車場だった。同じことを考える人は多いらしく花火会場側の手摺りはびっしりと人で埋まっていた。

「やっぱり、よく見えるところはすぐに埋まっちゃうんですね」

 施設の方でもここが花火の特等席と解っているのか、花火の上がっている時間は自動車の入出庫禁止になっていて、それをいいことにレジャーシートを敷いて花火を見上げている家族連れまでいる。

「地元の人間でもなきゃ、ホントの穴場なんて見つけられないんだろうな」

 牧田の言葉の後半はスターマインの音に掻き消された。

 あとはもう、上を向いて驚嘆するばかりだ。


 スターマインに混じって、星型やハート型、魚の形、スマイルマークなどの変わり花火が散発的に上がる。その度に観客の間から歓声が上がる。

 スターマインが一段落すると、尺玉が間をおいて数発打ち上げられる。

 衝撃波を伴う重々しい破裂音に知らず知らず呻き声が零れる。

 次第に高く、大きく展開する花火に、綾が小さく身を寄せてくる。抱きしめたいが、視界の端にきゃあきゃあ叫びながら跳びはねる幼児が見えたので自重する。


「……もう終わりでしょうか?」

 尺玉の後、しばらく打ち上げが止んだので、綾が見上げてきてそう問う。

「いや、『ナイアガラ』じゃないかな? 時間的にまだ中途半端だし」

 たしか駅で見たポスターには『七色の炎の瀧』という文言があった。

 ああなるほど、と言って綾が会場の方に首をのばす。

 川幅いっぱいを使う炎の瀧(ナイアガラ)は、数十メートル上がる打ち上げ花火と違って、会場を離れてしまえば、まず見えない。……相応に高さがあるところから見下ろせば、あるいは見えるかもしれないが、あいにくそんな建物はこの近辺には存在しない。

「さすがに此処からは見えないと思うよ?」

「それは……解ってますけど」

 上空に視線を彷徨わせる綾をからかうと、むっとしたように言い返す。

「照り返しで、どの辺でやってるか判らないかなぁ、と思って」

 言われて牧田が空を仰ぐ。

 今日は風が少ないので花火の煙があまり流れていかない。スターマインの一部は煙に遮られて見えなかったくらいだ。

「でも、前もって場所を知ってないと判らないんじゃないかなぁ。ここだと、ライトアップとかあるし」

 辺りが真っ暗で、花火が唯一の光源であれば、あるいは照り返しで判るかもしれない。だがここでは、建物へのライトアップがあったり、駐車場の外灯があったり、ビルの窓から漏れる明かりがあったりして、そこそこ明るい。

「……そっか」

 らしくなく子供っぽい口調に、軽く目を瞠る。

「見たかった?」

「……そうですね。ナイアガラが、というより、……生で見る花火は初めてなので、見落としたくなかった、かな」

「……初めて?」

「……たぶん、ですが。うんと小さい頃、赤ちゃんの頃に見たことがあるかもしれないですけど」

 綾の言葉にかぶせるように打ち上げが再開された。

 二か所でタイミングをずらして競い合うように次々と星形の変わり花火が打ち上げられる。

「あれ……朝顔……?」

 綾のつぶやきに改めて花火を見直す。

 言われてみれば、赤や青の星型は丸の中に入っている。言われてみれば星形は少々いびつで、朝顔に見えなくもない。

 綾の「幸先いいかも?」というつぶやきは同時に上がった連発花火の爆ぜる音でかき消された。


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