表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七夕小説  作者: まぷこ
2012年~
7/9

牽牛(2)

 ケンゴは自分の名前があまり好きではない。

 ごつくて堅そうな音の響きがまず自分に不釣合いだと思われるらしいし、自分でも時々そう思う。

 特に字面がよろしくない。

 手書きするとバランスがとりにくいし、あまり一般的な読み方でもない。『どういう字を書くのか?』と訊かれる度に、いったい何を考えてこんな字にしたのか、と親に問い質したくなる。

 だから、公的な書類以外は『ケンゴ』で通している。携帯電話のプロフィールも例外ではない。

 だから、付き合って一年になる彼女(あや)も、彼の名前を『牧田ケンゴ』だと思っている。たぶん。



「誕生日? えーと…………ごめんなさい、その日は……」

 ちょっと都合が悪い、と言葉を濁された。せっかくの日曜なのに。

 去年の彼女のバースデイは付き合い始めて間がなかったので、特別の事は出来なかった。だから今年は、と意気込んでいたのだが。

 ……というか、去年はまだ『おつきあい以前』の状態だったし。

「バカ。そこは押すとこだろうが」

 と、悪友には言われたが、ゴリ押しして嫌われたくなかったのだ。

 おかげで、ケンゴは『清らかな交際』を十分すぎるほど堪能する羽目になった。野生の獣を手懐けてるみたいだな、と悪友には言われる。彼女に野生の獣の(そんな)イメージはないのだが。


「予定が入ってるなら仕方ないか。……じゃあ、前倒し、ってことで。その前日の土曜は空いてる?」

「……はい。今のところは、ですけど……」

 斜め上を見上げて何かを思い出すような顔をした後、そう返事が返ってきた。

「じゃあ、ずっと空けといて。……どこか行きたいとことか、ある?」

 一応訊いてはみるが、未だかつて彼女からのリクエストが返ってきたためしはない。今回もやはり、「んー……今のところは、特に……」という温度の低い返事。

「わかった。じゃあ、なんか考えとく。でも、まだ間はあるから、リクエストがあったらメールして?」

 付き合い始める前の観察期間はそれなりに長かったので、『嫌いなもの』『苦手なもの』は把握していると思う。

 とはいえ、彼女からのリクエストがあったら応えたいと思うじゃないか?



 待ち合わせの場所に着いたのは約束の十五分前。だが彼女はもうその場所にいた。

「ゴメン。待たせた」

「いえ、あたしが早く来すぎたから……」

 彼女が待ち合わせの場所に先に着いていることは多い。が、たまにとんでもなく遅れて来ることがある。そういう場合は、来る途中でたまたま目にした何かに見入ってしまった、ということが多い。

 ポスターとか、看板とか、ショーウインドウとか。

 二人で道を歩いている時も、そういったものに彼女が気を取られて足を止めてしまうことがたまにあるのだ。

 残念なことに、牧田はそれらの何が綾の足を止めてしまうほど彼女の琴線に触れるのか、関連性を見いだせないでいる。彼女自身、明確には意識していないのかもしれないが。

「まあ、待ち合わせの時間より前なんだけどさ。じゃ、行こっか?」

 歩き出した牧田の横を、そうですね、と言って彼女がついてくる。

 今日は誕生日の前倒しということなので、いつもよりも予算を張り込んでいる。あくまでも自分規準で、ではあるが。

 ……ひとつ、気になることがあるのだ。

 彼女は基本的にあまりアクセサリの類を身につけないのだが、こうやって出掛けるときには、ひとつだけ、シンプルで上品だがちょっと高そうなアクセサリを身につけているのだ。真珠のイヤリング(ピアスではない)、プラチナで小花を模り中心に小さなルビーを埋めたプチネックレス、真珠のチョーカー、プラチナでブーケを模り小さなルビーをあしらったブローチ……

 今も、カットソーの胸元をプラチナの小さいリボンの形をしたペンダントトップが飾っている。そしてリボンの右下にはやはりルビーが。……ルビーは彼女の誕生石だ。

 誰の趣味かは判らないが、控え目だが上質なそれは清楚な彼女に似合っていた。

 調べてみたがそれらはどこのブランドのものでもなく、すべて彼女のために誂えられた一点ものであるらしかった。

 時々、控え目なはずのそれらが誰かのマーキングのような気がして、自分が選んだものと取り替えたくなる衝動に駆られるが、いかんせん先立つものがないので無理矢理押さえ付けてきた。

 だが、今日は。


 連れ立って最初に訪れたのは、ジュエリーショップだった。

 あらかじめ選んであった小さなルビーのついたファッションリングを買い、彼女の右手につけさせた。

「えーと、これは……深読み、して、いい、の、で、しょう、か?」

 彼女が指輪の嵌められた自分の手とケンゴの顔を交互に見て訊ねた。

「深読みって?」

「……えーと、いつかはこっちの方に指輪嵌めたい、……とか」

 彼女がからっぽの左手をひらひらさせた。

「……正解」

 自分の言おうとしていたことを先取りして言われてしまうのは、なんだか面映ゆい。

 しかも改めて聞かされると、ひどくベタだし、それに……重い。

「あ、でも、重いって感じるなら気にしないで。ただのバースデイプレゼントだから。とりあえず」

「牧田さん……そういうこと言ってると、悪い女に騙されますよ? バッグだの時計だの、山ほど買わされて」

 ……このシチュエーションでほかの女のことを言っちゃうのか、この子は。

「綾さんは、ぼくのことを騙すつもりなんですか?」

 彼女が目を見開く。

「そそそそんな、滅相もな……」

 真っ赤になって否定するさまが可愛らしい。思わず抱きしめたくなる。

 ……だが、ここがまだ店頭だったことを、かろうじて思い出した。


 以前、何かの折に「見に行きたいなぁ」と彼女が零していた美術展に行き(ものすごい人出だった!)いつもよりちょっとランクが上のランチを食べ(少し遅い時間だったのでアフタヌーンティーとケーキも堪能し)、腹ごなしに歩いている時、彼女がそのポスターに気付いた。

「あ、この花火大会、ちょうど牧田さんの誕生日ですね?」

 彼女が小さく指さす方向に、大きなポスターがあった。巨大な花火が広がろうとする一瞬を切り取ったそれは、毎年行われている花火大会のものだった。

「ちょっと遠いですけど、一緒に……あ、就活」


 今年卒業の牧田は只今絶賛就活中だ。

 彼の第一志望は公務員で、しかも専門職だから相当に狭き門だ。全国の自治体に問い合わせして、該当職の募集は合わせて十人ほど。『若干名』を多めに見積もっても三十人に満たないだろう。そのすべてに応募して、一次試験も全国飛び回って受けた。

 幸い、いくつかは受かっており、来週からまた二次試験行脚だ。

 ポスターに書かれている日程は一ヶ月以上先で、その頃には二次試験の結果も出ている。

「もし、二次試験全滅だったら、慰めてくれる……?」

 聞き様によってはかなりきわどいお願いを、彼女はあっさり流した。

「よしよしって頭を撫でるくらいなら、いつでもしてさしあげますよ?」

 どうせ就職先が決まったらご褒美をねだるのでしょう? と冗談めかした様子で彼女が言うので、ケンゴもまた、違いない、と冗談めかして返す。

 二次の残っている自治体はみんな遠方だ。一番近くでも、新幹線で二時間、さらに在来線での乗り換えがあるところだ。だから、公務員試験に合格することはそのまま遠距離恋愛になることを意味する。

 そのことを考えると、企業の方へ活動をシフトした方がいいのかもしれない。

 牧田は内心で溜め息を吐いた。


 翌日の誕生日を、彼女が『誰と』『どこで』過ごすのかは気になったが、あえて聞かないことにして、彼女を自宅前まで送り届けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ