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七夕小説  作者: まぷこ
2010年
2/9

織女

 真っ暗な虚空を切り裂いて、コンテナが虚空を渡ってゆく。

 輝くか細い糸に導かれて。



 軌道上にあるスペース・ポートは人と貨物とが行き交うにぎやかな場所だった。

 かつては。


 エネルギー資源の底が見え始め、たかが荷物の積み下ろしに、貴重なエネルギーを費やすのは無駄な(もったいない)事、とされるようになって、ポートの様子は様変わりし始めた。

 今のスペースポートは、少数のパイロット、ごくわずかの客が乗り降りし、そして大量の貨物はワイヤーに導かれ、音もなく目的の場所まで牽かれてゆく。

 貨物オペレータは手元の端末に表示されるリストに従い、数百メートルから時には数キロに及ぶガイドワイヤーから伸びる、数個ないし数十個のフック付きワイヤーをコンテナにひっかけ、ガイドワイヤーを引く、という動作で、目的の場所まで荷物や客を運ぶ。

 むろん、無重力下にあればこその力技だが、スピードのコントロールを誤れば、事故は免れない。ポートを行き来するのは、ワイヤーに牽かれてしずしずと運ばれるコンテナばかりではないのだから。

 そんな中にあって、伝説級にワイヤーの扱いに長けたオペレータがいた。

 一説によれば、彼女はポートの端から端まで渡したガイドワイヤーに、総数六九三個、質量にして千五百トンを超えるコンテナを、ただ一度のワイヤー操作で運ぶ事が出来たという。

 そんな彼女が結婚だか出産だかのために地上に降りる事になった時、数百人もの関係者が嘆き悲しんだとかいう、これもまた伝説が残っている。



「信じられないな、そんな話。だって、ワイヤーっていっても、今みたいな高張度素材が使えた訳じゃないんだろ? ワイヤー自体だって、数キロもの長さがあったら、それなりの質量があったはずだ」

「だから『伝説』なんじゃないか。今の『ヴェガ』だって、地上勤務の間は、数百トンの貨物を操るような女丈夫にはとても見えないって聞いたぜ?」

 『ヴェガ』というのは、歴代のチーフオペレータに奉られる愛称で、僕たちが今作業しているワイヤーの端(の、ひとつ)も、彼女が握っているはずだ。

「ところで、『手荷物』のピックアップは済んだか?」

 貨物のうち『小さい』『高価』『衝撃に弱い』などの荷物は、コンテナ輸送ではなく、人が持って移動する事になっている。衝撃吸収材の繭に包まれたそれらは、貨物室の隅の方にまとめられている事が多い。

「ああ。こっちの作業は、これで終わりだ」

 『手荷物』を繭ごと台車に固定し、貨物室を出る。

 『作業終了』のボタンを押すと、貨物室の外扉が開く。

 コンテナに結び付けられたワイヤーが緊張し、やがて出口に近い方からゆっくりと動き出し、しずしずと貨物室を一列になって出てゆく。貨物室が完全に空になるまで、状況にもよるが短くても数十分、長いと数時間はかかると言われている。その後、貨物船クルーによるチェックの後、新しい荷がワイヤーオペレータによって運び込まれる。


 ワイヤーオペレータとフックオペレータは、同じワイヤーの向こう側とこっち側にいるのに、仕事上顔を合わせる事は、ほとんどない。理由は定かではない。荷の不正横流しを防ぐためとか、職場恋愛を防ぐためとか言われているが、どれも決定的な理由にはならないからだ。現に、ワイヤーオペレータの結婚相手の七割は、何らかの形でポートで働いている者たちなのだから。

 かくいう僕の両親もそれで、僕のおふくろは、僕の姉を妊娠して、泣く泣く地上に降りた。軌道上で妊娠生活を送るのは、地上でのそれよりも、数倍のスピードでカルシウムが骨から抜けていくのだそうだ。そして、子を三人も産んだワイヤーオペレータが軌道に戻ると、二度と地上に降りる事が出来なくなるほど、骨がもろくなるらしい。

 という訳で、ワイヤーオペレータは、常に人手が不足気味であり、待遇もフックオペレータよりもはるかにいい。

 さきほどからワイヤーオペレータを『彼女たち』と呼んでいるが、ごく少数ではあるが、男性のワイヤーオペレータもいるにはいる。だが、待遇がフックオペレータよりも数段いいにもかかわらず、女性よりも定着率が悪いのだ。

 だから、ワイヤーオペレータを地上に下ろす羽目になる原因を作った男は、大っぴらにではないが、同僚に冷たく当たられる、らしい。軌道勤務になる事を親父に告げに行った時、口を酸っぱくして言い含められた。ガールフレンドは、地上勤務の子にしろ、と。

 だが、軌道勤務の子だって、最低でも年に三週間以上は地上で過ごすことを義務付けられていて、さらにいえば、地上で休暇中の子が、わざわざ『私の職場は軌道上にある』と吹聴している訳でもない。


 ……という訳で、一仕事終えて、自分の部屋に戻ると、一足先に仕事を終えている彼女が倒れていたり、する。

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