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七夕小説  作者: まぷこ
2009年
1/9

天衣無縫

亜麻のシャツを作るよう、彼女に言っとくれ

パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

縫い目も針目ない奴を

そうしたら彼女は僕の恋人になるだろう




「ばかぁっ! 何度言えばわかるのよ! あんたなんかもう、大っ嫌い!」


 今年に入って、もう何度目の喧嘩だろうか。心にもない言葉をぶつけてしまったのは、これが初めてじゃない。川辺を走りながら、彼女はもう、後悔し始めた。

 ……戻ろう。戻って、謝ろう。

 そう考えて立ち止まり、踵を返そうとした瞬間。足元が滑った。

「きゃああっ!?」

 川岸に生えた草をなぎ倒しながら、彼女は滑り落ちていく。靴が片方脱げ、後方に去っていく。

 ……もう、だめ。

 水に落ちる瞬間、彼女は意識を失った。



 別の川縁。

 白み始めた夜空のもとで、若い恋人たちが、別れを惜しんでいる。離れ離れの時間は長く、逢瀬の時は短い。払暁の空を背景に、二つの影が重なり、そして離れた。

 女は、後ろ髪を引かれる思いで、川辺を急ぎ足で歩いた。夜が明けきる前に家に戻らないと、また叱責を受けてしまう。これ以上の罰を加えられるのは、もう、耐えられない。

 女の足がふと、止まった。川岸に、見慣れないものが。

 近寄ってみると、それはどうやら人のようだ。



 目を覚ますと、見覚えのない場所だった。見慣れない格好をした女が覗き込んでいる。

『気がついた?』

 彼女は驚愕した。女の話す言葉は、全く耳にしたことのない音なのに…………何を言っているのか、が判る。

 ……いや、「目が覚めたか」くらいなら、言葉が判らなくても推測がつく。たぶん。

『どこか、痛いところはない? 見たところ、けがはないようだけど……』

 今度こそ、彼女は驚愕した。驚きのあまり、彼女が言葉を失っていると、女が、『あなた……もしかしたら、声が……? だとしたら、ごめんなさい』と、ひどくすまなそうな声で謝った。

「いえ、そんな事はありません。……あの……」

 彼女の声を聞いて、女は驚いた顔になった。

『あら……あなた、もしかしたら……異国の方? 』

 驚いた顔の割には、ひどくのんびりした口調だった。

「……はい、え―と……おそらく」

 彼女は体を起こそうとして、自分が着ているものが、いつもの服と様子が違うのに気がついた。何より形が違うし、それに…………

「あのっ!」

『はい?』

「この……服、作り方を教えてくださいっ!」

 女は目を(しばたた)かせて彼女の顔を見つめていたが、やがてふっと表情を緩めた。

『よろしいけど……大変ですわよ?』

「がんばりますからっ! ぜひ! お願いしますっ!」


 彼女はその日から、糸を織り機に掛けるところから女に習い始めた。その服は少しずつ織り機から織り出されて行くのだ。最初の日は、彼女の親指一本分くらいしか進めることはできなかった。


 女は毎夜そっと外へ出かけていく。明け方まで帰ってこない日もあれば、小半時ほどで暗い顔をして戻ってくることもある。彼女にも覚えがあることだったので、女には何も言わずにいた。


 そして二月ほど。

 ようやく服が完成した。


「ありがとうございますっ! これで、ようやく帰ることができますっ!」

 女の前から、彼女の姿がぼやけて、消えた。




 彼女は走った。彼の元へ。

 間に合うだろうか? 

 彼の家の戸口が見えた。


 彼女は届けることができた。

 『恋人』に着せる、最後の服を。


 彼の家族は見た。

 年老いた彼の枕辺に立つ若い女の姿を。

 それはかつて彼と喧嘩別れして以来行方知れずになっていた娘によく似ていた。




彼がそれを成し遂げたなら

パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

亜麻のシャツを取りに来るように言ってちょうだい

そうすれば彼はあたしの恋人になるでしょう




てんい-むほう【天衣無縫】

〔天女の衣には縫い目がないということから〕

(1)詩歌などにわざとらしさがなく自然に作られていて、しかも美しいこと。

(2)性格が無邪気で飾り気がない・こと(さま)。天真爛漫(てんしんらんまん)

「―な人柄」

(大辞林 第二版より)

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