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Memorys  作者:
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序章 AM 6:32

冬の朝は寒い。そんなことは誰もが周知の事実だが、八子はちこ市は例外の寒さと言っていいだろう。市全体を囲むように山が連なり、窪地となっているこの地では夏はことごとく暑く、冬はことごとく寒いというわけだ。そんな朝に私は目覚めた。そして今日もやっぱり、ことごとく寒い。布団からでなくたってわかる。こんな寒い早朝、もっと寝ていたいとは思っていても目は完全に冴えていた。布団を引きずりながら棚の上にある時計に手を伸ばす、が時計は手を伸ばしても届かない位置にある。私がそうしたんだ。立たなければ届かない絶妙な位置に時計を置けば、目覚ましがなった時に自分は起きざるを得ない。とは言え目覚ましの音すら気にせずに寝続ける自分には感服したものだが。仕方なく布団をめくると寒さが体を突き抜ける。まったく・・・もはや慣れたものだが、此処は本当に関東なのだろうかと思わずに入られない。予め設定していた時計の目覚ましをoffにする。デジタル時計が点滅しながら示す時間は『AM 6:32』。なんとなくそんな気がしていた。実はここ最近自分の起きる時間が決まって6時32分なのだ。初めのときは何かの勘違いかと思い二度寝を試みたが、あまりの快適な起床に二度寝はできなかった。あの、寝たらただじゃ起きいあの、私が。通常なら7時後半まで起きないあの、私がだ。摩訶不思議と言ってもいいこの出来事だが、私はかなり前向きに取っている。早起きは三文の得なんて言葉もあるし、目覚めがいいのはいいことだ。それよりなにより寝坊しない、ということがすばらしい!舞ねえの怒鳴り声を聞かないで済むというのも利点の一つだ。まぁ、基本はその怒鳴り声のおかげで起きられるのだが・・・、ともかく摩訶不思議バンザイなのだ。さて、そんな摩訶不思議な最近の朝での私の日課となったのが先に下のリビングへ向かい、ホットココアを飲みながら悠々と舞ねえを待つことだ。普段の自分にはありえないドッキリが舞にとっては効果テキメンだった。昨日は眠そうな舞の目が丸く見開かれるのを見たが、あれは素晴らしいものだ。もう一度見てしっかりと記憶しておきたい。そうと決まれば、とカーテンを勢いよく引き部屋に光を入れる。窓の外は霜のせいであまり見えないが、今日は晴れのようだが、気温は5度を彷徨う程度。厚着は必ずだし、大学での気温差には飽々だ。まずは髪。長髪のくせに癖毛だから、この髪に時間をかけられるのも早く起きられる利点の一つだろう。次に服。いつもなら迷うこともあるが今日は決まっていた。少し寒いが彼のお気に入りの服だ。早く春になってほしい、最近はよくそんなことを思うようになった気がする。自分の名前の中に冬が入っているからというのもある気がする。さて、後はホットココアを作って、悠々と待ちながら舞ねえのあの顔を拝むだけ・・・、と思っていたのだが。

「あら?早いのね」

階段を降りた先には、服をぴっちりと纏い、髪はきっちりと後ろ縛り。完璧に整えられたフォームで右手近くにはコーヒー、左手にはおそらく私のためのホットココア、とやはり完璧な状態で座る秋川舞あきかわまいの姿があった。



舞はいつもより早く起きていた。仕事は一昨日に一週間の有給休暇を取ったので早く起きる必要はない、はずだった。なんなら真冬よりも長い間寝る、なんてことをやっても良かった。ただ、そもそも毎日のルーティーンから外れない自分にとって寝過ごすなんてことは意図しても無理だ。寝ても昨日のように7時頃には目覚めてしまう。ともかく、こうして早く起きたのには理由がある。それは至ってシンプルだ。真冬が早く起きてきたから。この柊真冬という人間が自分の力で目覚ましの力もなしに起床したというのだ。これ以上にありえないことがあるだろうか・・・。なんて冗談はさておき、真冬の起きてきた時間に問題があった。昨日真冬は確かにこう言った―――昨日も今日もなんか変な時間に起きるんだよね―――と。もちろん舞自身疑っている部分もあった。だからこそ波にまで確認をとったのだ。動く顔文字に絵文字、解読は困難を極めたが・・・、時間帯どころの話ではない。昼夜こそ違えど分単位までいっしょだったのだ。自分が休暇をとったタイミングと同時期なのも不思議だ。まるで合わせたみたいに。

「あれ早くない?舞ねえもう休暇はいったんでしょ?」

間の抜けた顔から察するに、自分が今日も遅れて起きてくるとでも思ったのだろう。実は、そうやすやすと出し抜かれるのは嫌だ、というのも早く起きた理由の一つだったりする。

「もちろんはいったわよ。でも私はいつもどおり起きただけだし、早いも何もないじゃない?はい、ココア」

腑に落ちない、と言いたげな顔でココアをすする真冬をみてフッと笑みが溢れる。

「・・・なによ」

「私を出し抜くにはまだまだ早いわよ真冬」

そう言いながら食器を持ってキッチンに向かう。後ろではきっと悔しがっているに違いない。コーヒーを啜る音がひどくなったのがその証拠だ。食器を片付け、真冬の食事の支度をしながら、考えるのはやはりその時間のことだ。もうすぐ真冬は20になる。そして・・・1年がたつことになる。まさに誰かが仕組んだとしか思えないことだ。もちろん、誰と言うこともないが・・・。嫌な予感がする。今わかることは、その予感だけはあたってほしくないということだけだ。



時刻は7時半を回る。普段なら私が起きるくらいの時間だろうが、今日の私は一味違う。朝食が終わると真冬は、そそくさと大学へ行く準備をし始める。

「あれ?行くにしては早すぎるんじゃない?」

玄関の前に立ったところで舞ねえの声が背中から聞こえる。早すぎる?いやちょうどいい時間だ。

「今日春樹が予定あるみたいで早く行くんだ!」

もちろん、私にはなにか予定があるわけではない。いつもどおり9時から始めの講義が始まるが、今の時間に行ったって誰も居ないだろう、が。

「まったく・・・お熱いこと」

やれやれ、といった顔の舞ねえはいつもその言葉を口にする。そのたびに私も顔が少しほてってしまうのはいい加減何とかしたいものだ。

「もっちろん。それじゃあね!」

あまり取り合わずに玄関を出る。ドアを開けた瞬間、寒さが顔を通して体中に広がるのを感じる。やっぱり今日もことごとく寒いけれど、そこまででもない。なおさら、早く彼に会いたくなった。



「いってらっしゃい」

その声を聞くが早く真冬は出て行った。ふぅ、と一息ついてソファーに深く腰掛ける。休日だというのにあまり心が落ち着かないのはなぜだろうか。もちろんなぜかなんてわかってる。今までみたいに自分を偽れば少しの間、落ち着ける。今、真冬の隣にはアイツがいる。それはわかってる。ただ真冬の反応には少しだけ心が傷んだのはなぜだろうか。それもわかってる、もう慣れたことだ、そう思うことにしなければ自分が持ちそうにない。



 「なにか言うことは?」

時刻は8時を5分過ぎたところだが、集合時間は8時だったはずだ。いや、多少は予測していたことではあったのだが・・・。

「んー・・・今日も可愛いとか、そんなん?」

少し驚いた顔で彼が近づいてくる。それもそのはず、あの私が彼を待っているのだ。驚いても無理は無い。ただいつもはお互いに遅れるしその遅れる中で私がさらに遅れるのだが・・・。

「その言葉は今じゃないかなー」

私の遅刻に関しては言うまでもないが、彼の遅刻はデフォルト化しつつある、というよりはしている。遅刻グセがつくようになったのは大学に入学してからだ。毎度5分前後なのが救いではある(なお私は更に5分後)がこの寒中外に5分待つだけでもなかなかのものなのだ。高校の頃はもっとシャキッとしていたのに。

「あー悪かったよ。でもこなくてもいいって言ったじゃんか」

「ナニ―?私のせいにするの?」

「わかった。俺が全面的に悪いなこれは、すまん」

「・・・ふん、よろしい」

いつのまにかこれが私たちのいつもどおりだった。でも、そんなにいやというわけでもないんだ。いわばおはようの挨拶みたいなものだし、これがないと逆に不思議な気分になる。

なにか足りないっていうか、そんな感じ。

「で?なんでこんなに遅れたのか言い訳してみてよ」

「んー、・・・髪のセットとか?」

そう言うと彼は見せつけるように自分の髪を撫でる。風になびかないガチガチの髪はいつ見ても違和感だ。もっとこう・・・

「それわざわざ固める必要ある?」

「もちろん!これしなきゃ一日が始まらんしな」

毎回のように髪について触れているのだが、彼は一向に変える気配はないのだ。まぁそこまで気にしているわけでもないから、いわばこれも同じ通過儀礼のようなものだ。

「それだけ時間のかかる髪ならもっと早く起きなよ」

「いやいや早く起きた方だし!それに普通遅れるのはいつも誰だったか?」

「ふふん。最近の私は変わったんだから。常に6時32分に起床!なんでかはわからないけどとにかく!昔の私とはーって・・・あれ春樹?」

気づくと隣ではなく後ろのほうに彼が止まっていた。その顔には深い皺が刻まれているのが見える。

「どうかした?」

「・・・ん?あぁこっちの話。でなんだっけ?」

と、すぐさま何事もなかったかのようにケロッとなる彼。なお怪しい。

「こっちって何の話よ?気になるでしょー」

こういうことは二人の間でよく起こるこの一つだ。そしてその後の展開もおなじみ、じっと彼の顔を覗きこむ。疑問があれば最期まで追求する、とこの性格から今まで私の前で秘密を守った人間はあまりいない。大抵は私のしぶとさに根負けするからだ。 もちろん、彼も例外ではない。

「あれだよ・・・その・・・・お前の誕プレどうしようかなって」

「!・・・・そうだねー良い物期待してるよっ」

最後には絞りだすように彼が言うのを聞いて満足。今日はまだまだ早起きの徳が続くに違いない、とニヤケが収まらないままに考える真冬だった。



 夏目裕也なつめゆうやは驚いていた。事前に舞から聞いていたことではあるが、ただの報告、まるで気には止めなかった。真冬の起床時間がおかしい。そんなこと言われたとしてもわけが分からなかったからだ。たちの悪いイタズラだ、舞もふざけたことをするもんだ、などと思っていた。

「どうかした?」

真冬の声が遠くで響いているみたいだ。真冬が不思議そうにこちらを見つめている。・・・いや、真冬は何も分かっていないんだ。

「・・・ん?あぁこっちの話。でなんだっけ?」

「こっちって何の話よ?気になるでしょー」

何も分からせてはいけない、想像させるようなこともダメ、1年前からずっと守ってきたことだ。真冬が秘密嫌いなのはわかっているから、代わりになるものが必要だ。

「あれだよ・・・その・・・・お前の誕プレどうしようかなって」

信じこませるための多少の演技。この1年でずいぶん慣れたもんだ。それに嘘をついたわけでもない。もうすぐ誕生日だから何にしようか、ずっと考えていたことだ。

「!!・・・そうだねー良い物期待してるよっ」

真冬の笑顔を見るたびに、胸が痛くなる。いや、そんな気がしているだけなんだと自分に言い聞かせる。・・・ただの偶然だ、別に関係のないことだ。そう、言い聞かせ続けるんだ。


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