初ダンジョン
夕の鐘が鳴った時、すでにボブとアレイは揃っていた。
まぁ、装備の点検・装着や整備、さらには矢の数の確認など、やるべきことは色々あったので、早く来てもらえて助かった。
「ミカミんは鱗皮装備でいいんだよね?」
言って、鱗が光を反射する皮装備を俺に手渡した。ワニやトカゲのようなモンスターを材料とする、ある程度動きやすく、かつ防御力に優れた皮装備だ。
ちなみに、クーも皮装備だ。こちらは動きやすいようにか、毛皮を加工したものだそうだ。定点で攻撃をする俺とは違い、防御力より動きやすさを重視してはいるが、突き以外の攻撃には十分らしい。髪が長いので、邪魔にならない程度にまとめた上で装備の中に入れ、動きの邪魔をしないようにしている。
アレイはいつもの格好と変わらない。装備はいいのかと聞いたところ、アレイは術師――主に遠距離火力と簡単な回復魔法を担当するらしい。
「ちなみに今回は間に合わなかったが、ミカミも今度魔法ギルドに顔を出しておいた方がいいぞ」
そう言うアレイには生返事を返しておく。そもそも間に合わなかったというより、そんな話は初耳だ。忘れていたんじゃないだろうか。
ボブは合金の全身鎧に身を包んだ。
頭も目だけを除いてガッチガチに金属で固めているが、それで視界が狭まるということはないらしい。
聞けば、ドワーフの特化魔法系統には「肉体強化系」という系統があり、鎧を着込むと、そのうち「視界拡張」という魔法を発動させることで、普段と変わりない視界を手に入れることができるのだという。ちなみに、鎧がない状態でその魔法を使うことに意味はないらしい。あくまで「見えている範囲」が見えるだけなのだそうだ。――この辺の感覚は、俺たち人間にはよくわからないのが普通らしい。ちなみに俺もよくわからない。
鎧の隙間には、ゴムやシリコンのような素材で埋められており、動くのにはほとんど支障はないそうだ。まぁ完全に「普段のように」は動けないらしいが、俺にその違いはほとんどわからない。
「一応打ち合わせしとく?」
すでに鐘は鳴っているが、クーがそう提案する。
「いや、……いつもどおりでいけるだろう。今回はミカミもいるしな」
何だか期待を込めた視線を感じる。主に索敵者としての期待だろう。
「一度に相手できるのは、あたしとボブで抱えられるだけね」
「あんまり期待はしないで欲しいな」
苦笑しながら言ってみると、ボブが俺の肩をぽん、と叩いた。
「フォローはするさ」
辛うじて見える目がニヤリと歪んだのが見えた。
入るダンジョンは【月の洞窟】。
山の中腹にぽっかりと空いた、天然の洞窟だ。
数十年前に発見されたダンジョンだが、現在見つかっている階層は1フロアだけだ。フロアボス、と呼ばれるボスは発見されておらず、人知れず倒されたのだとか、単にダンジョンが溜め込んだ魔力が弱く少なく、ボスが生まれるに至っていないのだとか、様々な推測がされている。
ちなみに、この世界のダンジョンとは、踏破すべき魔力の溜まり場なのだそうだ。
踏破することでダンジョンは力を失い、溜め込んでいた魔力が外へ放出される、かもしれない、とのことだ。
かもしれない、と曖昧な理由は、まだこの理論が完全に立証されたわけではないということだ。現に【月の洞窟】ではフロアボスは現れず、踏破されたにもかかわらず魔力が放出されることもない。
また、最上階のフロアボスを倒した他のダンジョンでも、魔力が放出されないことがあるらしい。
ちなみに、【月の洞窟】では俺の持つ魔眼が最も強く発揮されると言われているが、そもそもこの魔眼を持っている人数が多いわけではないので、実際に検証されたわけではないらしい。俺のようにダンジョン初心者用の最適なダンジョンとして知られているということだ。
クーやボブ曰く、今月に入ってから俺のように登録をした初心者自体が少ないので、まず人と会うことはないだろうとのことだ。
さて、その月の魔眼だが、その効果は確かに俺に宿っていた。
周囲に意識を拡散するような感じ、と言われてやってみたらすぐに周囲に潜む敵の気配をいくつか感じた。ちなみにアレイも魔眼持ちらしく、さっきのアドバイスもアレイのものだ。
「とりあえず正面から4体ほど来そうだが」
言うと、アレイが杖を構えた。
ボブは少し遅れて両手斧を構える。
「――お、幸先がいいな」
ボブがぽつりと呟いた。
「見えるのか」
「まぁな。色はわからんが、アレは間違いなくムーンオッターだ」
ボブの見る方向に視線を向けると、確かに4匹のうち、一匹は目立ちそうな、光るような毛色をしている。
残り3匹は取り巻きか何かなのだろうか。毛色は違うが形は似ている。
「他の3匹は?」
「他は……ビッグオッターか」
大きな川獺か。なるほど、と把握すると、とりあえず弓を構える。と、ボブが小声で呟いた。
「あ、金色は狙うなよ」
「了解」
生かして捕える……というわけでもないだろうが、変に毛皮に穴を開けてもアレだしな。
「ビッグオッターのほうは毛皮にそこまでの価値はないからな」
アレイが補足説明を入れた。やっぱり金の方は毛皮の価値の問題らしい。
狙う、という意識を、ムーンオッターの周囲の一匹に向ける。
矢を矢筒から抜くと、両手から感覚が消えた。
念のためさらに頭に狙いを定め、放つイメージ。
腕の感覚が戻ると同時、矢が音を立てて風を切り、狙い通りにビッグオッターの頭を射ち抜いた、ように見える。
こちらに気付いたのか、キュイッ!と声を上げ、一匹のビッグオッターを先頭にこちらに走り出した。
魔眼の力を拡散させてみると、出遅れたのか、ビッグオッターの一匹はその場に留まり、駆け出した仲間のあたりをウロウロしている。
「2匹来るぞ」
「ミカミは向こうのを頼む」
ボブはそう言い、クーが頷く。
簡単に言ってくれるが、あれだけウロウロされていては狙いも付けにくい。いっそ抜き射ちでいいだろうと判断し、一射。
「『ファイアー』」
その一射に合わせ、アレイが呟くように言った瞬間、矢に赤い光が灯った。矢は勢いを殺すことなく、ビッグオッターの腰あたりに刺さると、その光――おそらく炎が燃え移ったのだろう――が赤く立ち上り、ビッグオッターが悲鳴を上げて転がった。
走って来た残り2匹に視線を戻すと、まさにムーンオッターがクーへと飛びかかるところだった。
凶暴そうな牙と爪。思ったよりも体躯は大きいが、それと同じタイミングでボブに飛びかかるビッグオッターの灰色の体躯はさらに大きい。
クーは迷うこともなく短刀を抜き放ち、迂闊にもムーンオッターが晒している腹にこれ幸いと腕を伸ばして突き刺した。と同時に襲い来る爪を避け、いつの間にか手を離していた短刀を再び掴むと、そのまま腹を切り裂いた。
「捌く手間が省けてよさそうだな、それ」
「捌く必要なんてないでしょ?そっちは終わった?」
ボブの方を見れば、すでに戦闘は終わっていた。
こちらは完全に力任せに攻撃したようで、ビッグオッターの首が変な方向を向いていた。
ダンジョン捜索は順調に進んだ。
捜索と言っても、すでに探り尽くされたダンジョンなので地図もある。その上、一緒に戦ってみてわかったが、仲間は全員この手の探索に慣れている上級者のようで、正直俺は初手に一発射つ程度でほとんど何もしていないのが現状だ。
敵は、主にビッグオッターだが、最初を含めて2回ほどムーンオッターもいたし、他にもホワイトオッター、ファングオッターという、いわゆる川獺種のモンスターも何度か遭遇した。
まぁ、地図が確かならば、このまま進めばじきにダンジョンの出口に辿り着く。
「――俺はこんな楽でいいのか」
少なからず申し訳なく思いつつ呟いてみると、クーがそれを聞き付けて俺に歩調を合わせ、クスクスと笑う。
「いいんじゃないの?楽に越したことはないんだよ。それに」
そこまで言ってから、一瞬言葉を止め、少し前を談笑しながら歩くボブやアレイをちらりと見た。
「あたしはPT組むの久し振りだし」
もう一度言葉を止めると、俺の方を見てくすりと笑った。
「そもそもミカミんの弓がなかったらもうちょっと苦戦してると思うなぁ」
「……そうなのか」
一応CP180の弓だしな。それなりに役に立てなきゃ困る。
まぁ、俺の弓がなかったとしても大差はないだろうと思うのも正直なところなのだが。
まず、クーの回避技能は見事と言える。
俺の矢が避けられて、あるいは外してしまった時には、ボブの防御力よりも正直クーのヒットアンドアウェイの方が敵を引き付けるのには向いている。ボブの着込む防具の防御力は確かに頼りになるが、敵は早々にボブへの攻撃を諦めて標的を変更してしまうのだ。
――まぁ、簡単に変更させるボブではなかったし、クーに次ぐ引き付け役を担っていたのは確かだが。
さらに言えば、クーはその回避技能に合わせ、短刀を振るう技術もかなり上手い。
時にはあえて手を離し、予備の投げナイフを使って攻撃したり、迫る敵相手にナイフを投げて牽制し、中距離射撃として活躍してみたり。
ボブはボブで、重い装備を物ともせずに俺たちの壁として鉄壁を誇った。
ボブを無視して通り過ぎようとしても、場合によっては力任せに掴んで止めてみたりもして見せたし、クーとの連携もかなり上手い。――この辺は長年PTを組んでいたからなのかもしれないが。
さらに、壁役としてだけではなく、両手斧を片手で振り回すだけの筋力と握力。片手の場合は威力が少し落ちてしまうようだが、空いた片手で敵を力任せに引き寄せ、確実に一撃を叩き込む。
アレイはあまり大きな活躍はしなかったが、要所要所で俺の矢や、ボブの斧やクーの投げナイフに炎を纏わせてみたりしている。魔術師とは本来こういうものなのかもしれない、とも思う。また、数が多い時には風で足止めをしてみたり、光の矢を放ったりしていた。
魔術が使えるようになったら、アレイの戦い方を参考に色々とやってみようとすら思う。
「――そろそろ出るぞ」
アレイが少し前から声をかけた。
一応魔眼は全開状態で使っているが、特に疲れるわけでもないらしい。
ちなみに、道中で初めて知ったのだが、ボブとクーは今週いっぱい休暇を取っていて、ギルドではその間別の人材が働いているとのことだ。
俺のために申し訳ないな、と思ったところで、ギルドで働くより実入りがいいから気にするなと笑われた。言葉に出さなくても顔には出ていたらしい。
ちなみに、このダンジョンを抜けると隣の町があるらしい。ちなみに浅木が登録したと思われる町は逆方向の隣町だ。
向かう町の名前はフーリッシュパーソン。
国が違うので面倒なところもあるらしいが、クーが是非行きたい、ランチが美味しい店があるというので、実のところ少しだけ楽しみだ。
「……ん?」
思わず立ち止まる。
「どしたの、ミカミん」
俺の様子に真っ先に気付いたクーが目敏く寄って来る。
「――いや、……ボブ!」
気になり、地図を持つボブを大声で呼ぶと、「何だ何だ」と言いながらアレイも近くへやって来た。
地図を借り、今いる地形と照らし合わせて方角を確かめる。
「どうしたんだ」
ボブが不思議そうに聞く。
「――ちょっと見てくれ」
言い、地図の方角を合わせ、地面に置く。
地図の出口を指差し、こっちが出口、今来た方がそっちと一応説明する。
「この地図の通りで間違いがなければ、――この方向は何もない。そうだな?」
外に繋がっている、ってわけじゃなければだけどな。そう心の中で付け加える。
地図と現地を見比べ、アレイが「そうだな」と同意し、ボブもそれより少し長く考え、頷いた。
「――こっちに、魔眼の『反応』がある。10匹ほどだ」
俺が再び指さした先は、今さっき「この方向には何もない」と確かめ合った場所だ。
「――ちょ、……っと待て。隠し通路か何かあるってのか。ここに」
「……もしくは、岩の中に潜める『何か』がいる、ってことになるな」
アレイとボブがそれぞれ驚いたような顔で言い合う。
「ただ気になるのは、さっきまでの川獺種とは反応の、……鋭さというか、強さというか。そういうものが少し違う気がする」
その違いが何なのか、俺にはわからない。以前からここは知られていたはずだから、俺より前に来た同じ【月の魔眼】を持つヤツがこれに気付かなかった、あるいはその時にはなかった理由もわからない。
「俺は何度かここに来てるが、そんなこと言い出すヤツは初めてだ」
アレイがぽつりと呟く。
「――外からそっちを見てみようか。外に何かいるのかも」
さっき俺がうっすらと考えたことを思い出す。ダンジョンではなく、この先がダンジョンの外に当たる場所でそこにモンスターがいるなら、この反応の違いも理由が付く。
クーの提案に全員が頷きを返し、俺たちはとりあえず外に出ることになった。
10分ほど歩き、ようやく外に出た。
歩幅を数えていたアレイとボブが距離を計算し、635メートル、675メートルとそれぞれが出した。クーが間を取って655メートルと地図に記入する。ついでに、例の場所には印を付けてある。迷うことはない。
「……どう見ても」
「ただの岩山だね」
反対側から見た感想は、どう見てもあの反応は岩の中、というものだった。
入り口側、つまり入って来た側の方はまだ木や土があったのに対し、出口側は岩と、枯れかけた木くらいしか見えなかった。
それぞれ顔を見合わせる。
「確か、10くらいって言ってたよな」
アレイの言葉に小さく頷くと、ボブが肩をすくめた。
「なら、俺たちじゃ無理だな」
アレイが言うが、改めて言われるまでもない。何匹が限界なのかは見極めてきたつもりだ。せいぜい8匹。無理をして10匹、いけないことはないだろうが、これは敵が何かわかっていて挑める数字だ。
今回、敵の姿は見ていない。
敵が何かもわからず、10匹を相手にはできない。仮にこれが5匹だったとして、それでも俺なら不安だ。
繰り返しになるが、今回、敵の姿は見ていない。
遭遇してみたらフロアボスでした。
そんな可能性のある場所に突っ込んで行けるのはゲームの中だけだ。あるいは馬鹿か天才か真に実力に自信のあるヤツだけだ。
命あっての物種、畠あっての芋種、命に過ぎたる宝なし、死んで花実が咲くものか、身ありての奉公。
そういった格言はこういう時の戒めとして存在するのだ。