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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】序章 不幸な男
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感謝

「――うわ、何だコレ」

 ギルドに辿り着く前に思わず呟き、思わず足を止めた。

 ただメシを食いに来ただけだったんだが、これでは他のところに行ったほうがいいだろうか。

「よう。ミカミもメシか?」

 声に気付いて振り返れば、そこにアレイがいた。

「これは一体何の騒ぎなんだ?」

 ギルド入り口から伸びている長蛇の列。少なくともギルドに用があって来ているのだろうとは思うが、今日は何かあったのか。

 アレイはこともなさそうに「あぁ」と呟く。

「多分、感謝市だろ」

「感謝市?」

 某スーパーのお客様感謝デーのようなものか。

 ちなみに、ギルドは各種回復剤や便利道具などを色々販売している。

 お馴染みのHPやMPの回復はもちろん、捻挫や筋肉痛に至るまで、実に様々な薬。ただし捻挫や筋肉痛の薬は高い上に効きが悪い。それから、ダンジョンで役に立つであろう、カンテラ(ランプのようなもの)や帰還などの特殊な魔法を封じた巻物(スクロール)、武器にもならないが十得ナイフのようなもの、キャンプのためのセットなど。たまに意味のわからない物品を売っていることもある。

 あとはボブのいる方のカウンターで、簡単な武器の修理や、武具屋への紹介状などを発行もしているらしい。ちなみに紹介状を持って行くと、修理不能の武器と引き換えに、同系統の武器が安く買えるらしい。


「まぁ、昼くらいには空いてるさ。ダンジョンに出かけようってヤツが来るだけだしな」


 まぁ仕方ないなということで、金鯱亭へとやってくる。

 ランチは高いが、さすがにあの人ごみでは食べる気にならなかった。

 クーと一応話をし、後で合流することになっている。

「おう」

 そこには珍しくボブがいた。

「うげ」

 アレイが即座に嫌そうな顔をする。

「何だその顔は」

「……いやほら、最近サボってたしよ」

 アレイが言うと、ボブは苦笑した。

「まぁ、ミカミのお陰でしばらくあのバイトは休みだな」

「そうなのか?それならボブから逃げてなくてもよかったな」

 逃げてたのか。まぁ気持ちはわからなくもないが。

「クーも後で来るそうだぞ」

「そうか」

 とりあえずは席に着く。まぁ俺がここに泊まっていることは何度も話題に出ていたので、こうなることも予想はしていたのだが。

「まぁ、とりあえず頼んでおこうぜ」

「そうだな。アレイのおごりでいいか」

「おいおい勘弁してくれよ」

 アレイが両手を振りながら慌てる様子を見て、ボブは豪快に笑った。



 最後にエムリがコーヒーをサービスで持って来た。

――ボブは軽くビールとつまみを、アレイはがっつりと天丼を食べた。ちなみに俺はカウ丼というものを食べた。カウなので牛か何かの丼なのかと思ったら、そうではなかったようだ。ちなみにボブから聞いてみたら、馬車や競走馬、軍馬などで、使えなくなった馬を使っているのだという。

 まぁそれはともかく。

 相当な時間が経っているのだが、クーがまだ来ない。

 あれだけ混雑していたので、ひょっとしたら仕事が長引いているのだろうか、と3人で話していたが、さすがにそれがランチタイムをとうに過ぎ、夕方と呼ばれる時刻を過ぎても――ちらりとスマホで確認した限りでは4時を過ぎていた――やってこない。

 ちなみにスマホは昼の鐘を12時頃に合わせているし、唯一の気がかりだった一日の長さは、前の世界と変わらず24時間きっかりだった。時計はこの世界ではバカ高いことがわかってからは付けていない。


 話を戻すが、クーは昼の鐘で仕事上がりのはずだ。


 そう考えれば、あまりにも遅い。すでに予定時刻を4時間も過ぎているということになる。

 人が多かったのでそのせいかとも思ったが、これだけ遅いとそれだけでもなさそうだ。

「様子を見に行った方がいいか」

 俺が言うと、アレイが首を振った。

「クーはプライド高いからなぁ」

「そうだな」

 だがいつまで待てばいいのかがわからないのはどうしたものか。

 とりあえずスマホをちらりと覗くと、4:25と表示されている。

「だが、このまま待ってたんじゃ日が暮れるぞ」

 噂をすれば、と言う具合に来てくれればいいのだが、そんなこともなく。

 ちなみに噂をすれば影がさす、と言うことわざはこっちでも有効だった。前にボブも使っていたので何度か使ってみたが、聞き咎められることもなかったので間違いないだろう。ちなみに「影」で止めても「すれば」で止めても、最後まで言い切っても意味は通った。

 比較的有効な言葉と、誰も知らないような言葉との違いは何か……と聞かれるとよくわからないところではあるが。

 ヒミはボブやアレイに慣れたのか、俺たちの座るテーブルの真ん中に陣取って丸くなっている。時々チラチラと目を開ける以外は、どうやら眠っているようだ。

「仕方ない、気は進まんが見に行くか」

 溜息を吐きつつボブが呟くと、アレイもやれやれと重い腰を上げた。



 ギルドから、すでに長蛇の列は跡形もなく消えていた。

「どうやらまだ混雑してるってわけでもなさそうだな」

 アレイが呟くと、ボブも軽く頷いた。

「――食堂(テーブル)だけ混んでるとか」

 言ってみるが、それもなさそうだ。何せもう4時半を過ぎている。

 ギルドは5時には閉まるので、飲み食いだけなら4時でオーダーストップだし、そもそも交代要員もいるのでクーはすでに俺たちと合流しているはずだ。


 とりあえず中に入ると、見覚えのある薄い青がまず目に飛び込んだ。


「おっと」

「すっ、すみま、――あれ、ミカミん」

 ぶつかって来たからか一瞬謝りかけたものの、クーはすぐに俺と気付いて言葉を止めた。

「遅いから迎えに来た」

「――ごめんね。ちょっとトラブルが……」

 言ってちらりと前方に視線を走らせるのに合わせて俺もそちらに視線を向ける。

 どこかで見た男が俺を見て舌打ちした。

――人の顔と名前を覚えられないのはいい加減克服しないとな。


「――ッチ」


 どこかで聞いた、憎憎しげな舌打ちが別方向から聞こえ、思わずそっちを向く。

 俺と同じ、日本人特有の黒い髪。

「何かあったのか、浅木」

「……その女と知り合いか、お前」

 前にコイツの口から、質問に質問で返すなと聞いた気がするんだが、まぁ覚えていないんだろうな、と苦笑しかけるが、とりあえず何とか表情を変えずに対応できた――と、思いたい。

「このギルドではよくしてもらってる」

「――ふん、そうか」

 言ってから、浅木は席を立った。舎弟と自称する男もそれに続くように浅木の手持ち鞄を自ら率先して持つ。

 そして、俺の横を通り過ぎ様に、ぽつりと呟いた。


「悪かったな。お前が狙ってる女なら手は出さねぇよ」


 ぼそり、と、聞こえないように言ったつもりだったのか、もしくはあえてギリギリ聞こえるくらいを狙ったのか、クーはその言葉に少しだけ身(じろ)いだ。

 まぁ、狙っているわけでもなかったので俺はダメージを受けないがな。

「――大丈夫か?」

「……うん。何アイツ。知り合いなの?」

「後で説明する」

 何アイツ、か。

 そういう言葉が出るということは、浅木が登録したのはここではない別の町なんだろうか。たまたまクーが今まで出会わなかっただけか?さすがに考えにくいな。


 金鯱亭に戻ってきた。

 言い訳には非常に手間がかかった。

 なので本当のような嘘のような話をすることにした。

「ミカミんの同級生を名乗ってるって?」

「あぁ。俺と同郷らしい。まぁ覚えてはいないんだがな」

 適当に話を合わせてたら、とりあえず敵ではないと認定されたらしい、と話を締め括る。

「なるほどね……でも同郷だっていうのが本当だったら……」

 悪いことをしたとでも思っているのだろうか、少しだけバツの悪そうな顔をするクー。

「――あぁいや、どうだろうな。詐欺かもしれん」

「俺たちと散々記憶がないって話してるからな」

 それを聞いてたのかもしれない、とボブは推測したらしい。

「まぁどっちかわからんし、この件は保留だな」

 アレイが横から仕切り、勝手に話を打ち切る。クーが面白くなさそうな顔をする。

「あいつさ、ナンパだけならともかくあたしのお尻揉んだのよね」

 話を聞けば、思わずひっぱたいてしまったところから浅木の絡みが始まったのだという。

 それをきっかけに、4時間も絡み続けたのか。さすがにしつこいな。

「よし殺そう」

 すっくと立ち上がり即答してみる。

「えっ」

 一瞬びっくりしたようにこちらを見上げ、その顔がみるみるうちに赤くなる。

「えっ、ミカミんってホントにあたし狙いなの?」

「……ノーコメントだ。ちなみに殺すのも冗談だ」

 ちょっと悪ノリが過ぎたか。

 静かに座り直すと、クーが「むー」と膨れた顔をする。

「なぁ、あいつの名前はアサギと言ったか?」

 アレイが苦笑しながら聞いて来る。

浅木(アサギ) 博己(ヒロミ)だ」

 言うと、心当たりがあるのか、うーむ、と唸り声を上げる。

「どっかで……どこだっけか」

 聞いたことがあるんだよなぁ、と呟く。


「――あたし知ってる」


 呟くように言ったのは、意外にもクーだった。

「予見の魔眼剣士、アサギ・ヒロミ」

「あぁ、それだそれ」

 アレイがあっさりとそれを肯定した。


 何でも、浅木は一応有名人らしかった。

 どうやら浅木にも魔眼があるらしく、その能力から「予見の魔眼」と呼ばれているとアレイが言うと、クーも「そうそれ」と同意した。

 ノーティラスという隣の町――とは言っても、徒歩だと数日かかる距離だそうだ――でギルド登録している。

 ここ最近では、ダンジョンの高層から出れなくなってしまったある高僧を救出し、隣の町では英雄(ヒーロー)扱いされているんだとか。

 武器も強力なものながら、その扱いも超一流だが、魔法の方は一切使えないらしい。戦い方も剣一本で、右に出る者はそうそういない、と言われているそうだ。


「――そっか。アレがね」


 クーが言うには、その代わり人間関係ではいい噂はほとんど聞かないそうだ。

 酒場で酔っては暴れてみたり、高僧を助けた後、教会で祝福を強制してみたり、女と見れば口説く……どころか、場合によっては無理に関係を持たせて捨ててみたりとやりたい放題なのだとか。


「そうか、あの腰の細剣(レイピア)『一陣の風』ウィンド・オブ・ザ・ヴァンか」


 ボブは浅木の名前と、その剣の噂だけを知っていた。

 よく見てはいなかったが、ボブが言うには腰に差して持っていたらしい。

 仲間内ではほとんど伝説と化していた金属を使っており、細剣の部類だというのに大剣の部類がいつの間にか折られていることもあるらしい。


「ふむ。噂の名剣、見てみたかったが、……あの傍若無人ぶりが続くなら修理に来ても断らんとダメかな」

「修理したフリして返しちゃえば?」

 クーが冗談めかして呟くが、その目が座っている。

「――さすがに信用に係わる」

 まぁ、俺と同じ世界の人間だからな。修理されていなければ多分気付くだろう。俺もその冗談には賛成できん。


「ま、そろそろこの辺にしようぜ」


 アレイがぽん、と手を打った。

「せっかくの『月の夜』だし、ミカミの初陣……かどうかは知らんけど、このメンツでダンジョン行かないか」

 その言葉に、最初にニヤリとしたのはボブだ。

「当然タンク役は俺なんだろ?」

「引き付け役ならあたしでもできるけど、ボブがいるならそっちの方がいいかな」

 クーもそれに同調する。

「索敵は当然ミカミんの役ね」

「何でだよ」

 不思議そうに言うアレイ。そういえばまだアレイには魔眼のことは言ってなかったか。

「ミカミんも魔眼持ちなのよ」

 言うと、アレイは俺の目を覗き込んだ。

「あぁ、なるほどな。ならますます『月の夜』にもって来いだな」

 ん?そう言えば月の夜だから月の魔眼が、って意味じゃなかったのか。

「俺の魔眼以外に『月の夜』にはいいことがあるのか?」

 俺の質問に対し、アレイは「あぁ、そういや」とぽりぽりと頭を掻いた。

「月が丸く、空にある夜。それが、『月の夜』とこの地域で呼ばれるものだ。この地域くらいしかそう呼ばないから、知らなくて当たり前だ」

 なるほど。単に月が出てればいいってもんじゃないってことか。

 条件としては、満月で地平線より上に月があればいいらしい。

「『月の夜』にはダンジョンではとあるモンスターが出ることがある。名前はムーンオッター。川獺(カワウソ)みたいなヤツだが、色が黄金みたいな色をしてるからすぐわかる。コイツの毛皮が高く売れる」

 なるほど、と今更気付いた。だからギルドが今日に限ってあんだけ混雑したってわけだ。それを狙ってギルドもお客様感謝デーなんかやるもんだから、それも含めて客が倍増したと。

「で、ミカミに頼みたいのは、その際の索敵だ」

 魔眼で敵を探り当てればいいのか。

「ただ見つけりゃいいってものじゃない。なるべく敵の数が俺たちに見合ったところを探したい」

 そりゃそうだな。

 1匹しか敵がいないところを狙うより、3匹くらいのところを狙う方が効率がいい。かと言って10匹もいたんじゃこっちが不利すぎる。



 準備はアレイとボブがする、ということで一旦解散となった。

 クーはなぜか残り、まぁ俺も何かあるわけではないので、と金鯱亭に残った。

 集合は夕食を兼ね、夕の鐘が鳴ってから金鯱亭の俺の部屋、ということになっている。ちなみに今回の夕食はクーの奢りだそうだ。

――何気に助けられているな、と思う。

 ボブには労働以上の額を渡され、アレイにも朝食を奢ってもらったこともある。というか金鯱亭で再会した時も奢ってもらったっけか。クーも、口止め料と称して昼飯を奢ってもらったっけな。

 まぁ、金鯱亭に泊まれば、実は夕食が付いてるんだけどな、とはあえて言わない。エムリにも、俺の食事分を差っ引いて計算してもらうように言ってある。まぁこういうのは気持ちの問題なのだ。


 感謝を返せるほどになれるのはいつのことか。

 少なくとも、今日のダンジョンで役に立てるよう気を引き締めよう。

――今の俺にできることは、そのくらいしかないのだから。

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