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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】三章 帰郷旅行編
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計算違い

 朝日を背に受けながら、俺たちはそれを見下ろしていた。

 面子は4人。ランド、俺、ボブ、クーだ。

「……なるほど。情報通りだな」

 足元から吹き上げる風を確認し、ランドが呟くように小声で言うと、ボブが微かに頷いて見せた。

 作戦は単純だ。棲処からウォルベス氏族の連中がヴァンピールとウォルベスたちを誘き出し、俺たちがその隙に反対方向から無事なウォルベスがいれば救出、保護する。その後、ヴァンピールや無事でないウォルベスを挟撃し殲滅。

――言うは易し行うは難しだが、……シュリから棲処の大体の位置関係は聞いているので何とかなるだろうという、……甘い見積もりであることは否定しない。

 俺たちがいる場所は、万一の時ウォルベスの子供たちが集められる場所に一番近いらしい。この場所は必ず同じ方向に風が吹くため、匂いで襲撃を察知したり、遠く聞こえる声がとかく一方通行になりやすいという理由もあるため、ウォルベスたちの中では一番安全だとされている場所なのだそうだ。まぁ実際に俺たちがいるのはその上、ウォルベスの棲処を見下ろす位置にいるのだが。

――そして、それでも子供たちが無事である保障はないのだが。


……ォォー……ン――


 棲処のあちこちから遠吠えが聞こえる。

 おおよそ作戦通りだ。

 おそらく、こっそり棲処に近寄ったシュリがウォルベスに嗅ぎ付けられ、ヴァンピール化したウォルベスに追いかけられていることだろう。

――もしくは、すでにウォルベス氏族たちと合流して防戦しているか。


「よし。行くぞ」

 小さい声でボブが呟くと、ランドが「いや」と手でボブを押し止めた。

「――陽動だとバレたわけではないだろうが、……見ろ」

 ボブは見えるのか、「ふむ」と呟いて大人しく動きを止めたが、俺には指をさされた先を見ても何のことを言っているのかさっぱりだ。

「最悪アレを倒すしかないか」

「――すまん。俺には何がいるのか見えんのだが」

 思わず呟くと、ランドは「む」とこちらを一瞥し、視線を前へ戻した。


「人の形をした何かがいる」


 人の形。……今までの情報から推測できるのは、ヴァンピールだ。

 狼たちが向かった、いや向かわされたのが陽動だと気付いたのか、それとも別の理由か。

 誰かがごくりと何かを飲む音が聞こえた。それが相手に届くこともないとは思うが、その音を合図にしたかのように動き出す何かが俺にも見えた。

 最初はゆっくりと。歩くように陽動された方へと歩を向ける。


――どうなんだ。気付かれてはいないのか。


 実はこの歩みが陽動で、俺たちが動き出すのを待って引き返して来るかもしれない。

 慎重に判断する必要があるが、……そもそもこれが陽動ですでに気付かれているのだとしたら、ゆっくり歩いているこれがただの時間稼ぎなのだとすれば少しだけ厄介だ。

 陽動側が撤退させられたりすれば、――もちろん長であるシュリが生き残るのは最前提だが、次点で重要な任務である子供たちの生存確認、および保護は失敗に終わるだろう。

 徐々に距離は開いて行く。ランドが目を細めてその様子を見ているが、腕を横に出し、俺たちに動くなと指示を出している以上、動くわけにもいかないだろう。


「……念のため、1分ほど待とう」


 ランドの目からも、どうやら安全と判断したのだろうが、さらに1分。慎重すぎはしないだろうか。

「――一応ひとつ。特にボブと三上」

「……何だ」

 慎重ではあるが、声を出したら見つかる、というまでの心配ではないようだ。

「予定通り子狼は全員で分散して探すが、見付けた後の方針を変更しよう」

 ランドは俺とボブとに視線を向ける。

「彼らを見付けたら、『レ・シレンツ』と言ってやってくれ」

 ランドはそれだけを言うと、視線を元に戻した。


「精霊の加護がなくても通じる」


――発音の響きで悟る。森の中で何度か聞いたような発音。……精霊語だ。

「それから指輪を使って合流だ。いいな」

 各自が揃えたように指輪を確認した。ちなみにこれは、昨夜この作戦のためにウォルベスの氏族が用意してくれた、――真夜中にロランが届けてくれたものだ。

「――そろそろ1分だ。行くぞ」

 ランドの声とともに、視界が一気に(ぼや)けるのを見て気付く。転移魔法だ。「念のため」などと言っていたが、無詠唱で発動したところを見ると、実は魔法の集中時間だったのかもしれない。



 全員が再び合流したのは、その数分後だった。

「……これはさすがに」

「予想してなかったな……」

 見付けたのはクーだ。わずかな音を頼りに探した結果、――ランドも同じように探したそうだが方向が逆だった――すぐに彼らがじゃれ合うような声と音が聞こえて来たらしい。

 すぐに精霊語で声をかけ、静かにさせ、自分が味方であることを告げ、指輪を使って位置を知らせて来た。

「すぐに見つかったのはいいんだけどね」

 クーも苦笑する理由は、その見付けた子狼たちだ。


「――大小合わせて30匹はいるぞ」


 ボブが呟いて数を発表し、もう一度数えて「32匹だな」と数を訂正した。

「……俺たちを合わせて36か」

 ふむ、とランドが考えるように顎に手を当てる。


「――転移するにしても時間がかかるか。難しいな」


 ランドが言うには、一度に転移できる上限は5人――これはクーから聞いて知っていたが――で、大小は一切関係ないらしい。例えば5人のうち誰かが、子狼のうち一番小さい個体を抱いて転移しようとすると上限オーバーで失敗するのだそうだ。

 それが36。つまり単純に5で割って最低でも8回の転移が必要になる。


 そして、――ことはそれほど単純ではない。


 転移を発動すると、1日経過するのを待つか、連続で発動するのであれば同じ場所から1キロ以上の距離を離して次の転移先を指定しなければならない。1日経過など論外なので、場所を離す必要があるのだが、36匹となると、さっきも言ったが8回に分ける必要がある。対して、転移した先を案内できるのは……俺やボブを勘定に入れても4人しかいないのだ。


 つまり、道案内のいない子狼だけのグループが4つ出来てしまう計算になる。


「……俺は最後に転移するとしても、4グループをどうするか」

「里の中の広場の真ん中に転移させて、……その場で待機させるというのは無理なのか」

 一応言ってみたが、ランドに「無理だな」と一蹴された。

 子狼に限らず、動物は精霊語を何となく理解しているに過ぎず、また子供なのですぐに忘れてしまうかもしれないため、その場から動かれたら探すのが難しいという判断だ。

 現に座って待っているようクーが言い聞かせているのだが、集中力を欠いた何匹かが退屈そうにウロウロと歩き回っているのを見れば簡単にその理屈は理解できた。所詮獣は獣、そして子供は子供だということだ。

 クーが小さな声で、「困ったね」と呟くと、近くにいた小さい子狼の一匹が小さく首を傾げて見せた。


『なにが、こまったの?』


――喋った。

 いやシュリと同じか。頭に直接流れるような声。違うのは、幼い子が語るような、たどたどしい言葉であるということくらいか。

 ランドが度肝を抜かれたような、呆気に取られたような顔で子狼を見つめる。いやランドだけではないか。ボブやクーもそうだ。

「――俺の言葉は、わかるか」

 言いつつ頭を撫でてやると、子狼は少しだけ立てた尻尾を振った。

『うん!もちろん!』

 やや自慢げに、子狼は俺の言葉に応じつつ頭を撫でる手に鼻を近付ける。

 その尻尾を嬉しそうに振り、そしてもう一度俺の手の匂いを嗅ぐと、『あっ』と子狼は驚いたように声を出した。


『パパのにおいだ!』

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