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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】序章 不幸な男
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修練所

 アレイとの食事を終え、念の為予約だけして部屋を確保しておく。

 エムリさんは本当にオーナーだった。

 隠していたつもりはなかったようだが、聞いてみたら「そういえば」と改めて自己紹介されたので間違いない。

 アレイは用事があるとかで、金鯱亭前で解散した。



 修練所。

 その名の通り修練専用施設だそうだ。


「いらっしゃい」

 中に入ると、大柄な男が声をかけて来た。

「にーちゃん、初めてか」

「あぁ。よろしく頼む」

 思ったのだが、この世界に来てから言葉が通じないヤツが一人もいない。別の意味で通じないヤツならいたか。それはそれとして。

 この世界に来た際に残った「常識」の中には言葉についての知識はなかったから、常識ではないのかもしれないが、まぁ今聞くことでもないか。

「とりあえずコレを書いてくれ」

「……代筆もしくは翻訳は頼めるか?」

 読めない文字だ。毎回コレだと困るな、そのうち習うか。

「何なら読める?」

「ニホン文字なら大丈夫だ」

 男がそれを聞いて顔をしかめた。

 あれ?もしかして名称を間違えたか?

「仕方ないな。俺が翻訳してやろう」

 そうではなかったようなのでほっとする。とりあえずギルドカードを取り出す。

「おっと、ギルドのメンバーだったか。なら書類(コレ)は必要ないな」

 あっさりと許可が出た。

 最初から出すべきだったか。いや、よく考えてみれば、メンバーの大半は首から紐で下げてたな。あれはどこに行けば売ってるのだろうか。

「で、何を修練したいんだ?」

「あぁ、弓を習いたい」

「ほう。『習いたい』、んだな?」

 意味深げににやりと笑う男。

「あぁ。一度も使ったことがなくてな」

 そう答えると、一瞬男はちらりと俺の持つ弓に視線を向けた。言いたいことはわかるが、視線には気付かないフリをしておくことにする。


「お前、師匠はいるのか?」


 弓を持っているからこその推測なのだろう。とりあえず首を振って否定を示す。

「いや、いない」

「おいおい……」

 大丈夫なのか、とでも言いたそうな反応だ。記憶喪失宣言でもすべきか。

「じゃあその弓はどうした」

 予想通りの質問だ。

「貰い物……の、はずだ」

「はず?」

「ちょっと事情があってな」

 所構わず記憶喪失宣言すべきでもないだろう、と少し言い方を変えた。

 詳しく聞かれれば答えるが、そうでなければわざわざ言わなくてもいいだろう。

「そうか、まぁいい」

 男は聞かなかった。

 変わりに一枚の紙を用意し、俺に手渡す。

「こっちはニホン文字だからいけるだろ」

 見れば、確かに日本語だった。

 宣誓書、と書かれている。

「とりあえず、こことここには弓だ」

 空欄になっている所に、言われた通りに書き込む。

「そんで、ここには師匠になるヤツの名前を入れる。心当たりはあるか?」

「……ないな」

「そうか、だろうな」

 ある程度予想していたのだろう。男は紙を自分の方に向けると、そこに何かを書き足した。


宣誓書

 私は、戦闘術としての 弓 を修練するため、 弓 の師匠として、スノウ=ワイトクロードに師事するものとします。


 見覚えも聞き覚えもない名前だ。

「ちなみにこれは俺だ」

「え」

 思わず声が出る。

「一応有名どころの師範クラスの腕はあるぜ、スゲーだろ」

「……ふむ」

 話を聞けば、師匠なしに弓の修練所は使えないらしい。が、その修練所に師匠になれるだけの実力がある人材がいる場合、こういった抜け道もあるということだった。

 ちなみに他に師匠ができた場合は登録を変えることもできるし、師匠を二人にすることも可能だそうだ。

「両手剣と短刀と弓なら問題ない」

 まぁそういうことなら問題はないだろう。


 書類をその他に何枚か書き終え、ようやく修練所に入ることが出来た。

 スノウはもうすぐ手が空くらしく、とりあえず一人でやってていいとのことだ。矢を受け取り、練習用にとグローブを借りた。施設の使い方も軽くレクチャーを受ける。

……と言うか、グローブすら用意するのを忘れていた。考えてみれば当たり前の準備だ。幸い修練所に装備の貸し出しをしていたので、それを借りることにした。

 少なくともグローブと矢は後で買わないといけないな。できれば弓専用の、薬指と小指が出ているものがいいだろう。あればだが。借りたものは指は出ない。


 実は、弓は完全に初めてではない。

 弓道部の友人に誘われ、少しだけだがやったことはある。的にはほとんど当たらなかったが、一応飛ばせただけマシだと言われた。

 とりあえずグローブを装着し、昔を思い出しつつ弓を構える。狙うべきは的ではなく、その上。初心者ならこのくらい、弓に番える矢は弓の右。アーチェリーだと左らしいが、まぁ昔教わった通りにやってみることにするか。

 的からはそれほど距離はない。

 弦を引いて構えたが、上すぎはしないか、と感じたので少し狙いを落とす。この辺か、と考えた瞬間、弓を構える腕から感覚が丸ごと消えた。次いで、弦を引いた方の腕の感覚が消えた。

 かと言って、弓を取り落とすわけでもなく、誤って矢を離してしまうこともない。

 何となくだが察する。


 放つイメージ。


 右手の感覚が唐突に戻った。矢が発されると同時に左の感覚も戻るが、構わず矢の行方を見守ると、矢は的に寸分違わず命中した。

 照準補正、または習熟の能力なのだろう。

 今回はどちらかと言うと照準補正の方が近い気がする。

「……ふむ」

 思わず呟くと、今度は「照準を定める」とだけ意識してみると、ほぼノータイムで手から感覚が消え、腕が勝手に狙いを定めた。

 そのまま、これもほぼノータイムで放つイメージ。矢は風切り音を上げ、的の端に突き刺さった。

 抜き射ちでこの精度か。静止している標的相手なら問題なさそうだ。


 数射ほど射ってから、静止している的はもういいと判断した。


 壁に寄り、そこにある、標的を動く相手に変えるスイッチを押す。

 的に視線を戻すと、木彫りの兎のようなものが静止的の辺りに現れた。

 そして、単調で直線的な動きを始める。

……と思ったが、不規則に途中で静止したりもしている。

 とりあえずやってみよう、と弓を構える。

 途中で止まると言うなら、止まる時を狙うまでだ。そんなに難しくはないだろう。

 照準は能力に任せて止まる瞬間を待つ。

 一瞬動きを止める木の兎。集中したまま放つイメージ。手から離れた矢は、その瞬間動き出した兎がさっきまでいた地面に突き刺さった。兎はとっくに動いている。

 思ったより難しいな。

……まぁ、スノウが来るまでには当てられるようにしておこう、と俺は弓をもう一度構えた。



「調子はどうだ?」

 スノウがようやく姿を見せた時、俺の持つ矢は残り数本にまで減っていた。

「……見ての通りだ」

「ん?……あー」

 受け取った矢は50本、そのうちの40本以上を使ったが、兎には一本も当たっていない。憎たらしいことに、兎はその矢を避けて動くので、幸い取りに行かなくても修練を続けることは出来るのだが。

「いやはや。そうか」

 思う所があるのか、スノウは自分の弓を取り出すと、そのまま構えた。

「お前の場合は、言葉で言うより実際見た方が理解しそうだ」

 言いつつ矢を射る。慌てて兎に視線を向けると、動き出した兎に、難なく矢は命中した。

 視線をスノウに戻すと、続け様にもう一射放つ。兎に視線を戻すと、やはり兎が動き出した所に、狂いもなく命中した。

「……まぁ、コレが出来たら次をやる。出来たら呼んでくれ。成果を見せてもらう」

「ヒントはなしか」

 スパルタだな、と苦笑して見せる。

「静止的に当てられるなら、これも出来る」

 にやりと笑うと、スノウは受付へと戻って行った。


 さて、と少し考えつつ、外してしまった矢を回収する。

 俺とスノウの違いは何か。

 狙いの定め方に間違いはないはずだ、と思う。だとすれば、問題はタイミングか。

 考えてみれば、スノウが射つタイミングには、構えばかり見ていた気がする。どのタイミングで射ったのか。

 とりあえず回収を終えたので、実際に射ちつつ考えることにするか。


 タイミングを見計らいつつ気付いたことがある。むしろ動いている時の方が当てやすいのではないだろうか。

 考えるだけでは意味がない。とりあえずやってみよう。

 弓を構え、止まってから動く間を狙う。

 矢を放つイメージ。

「おっ」

 今度は命中した。

 考え方は間違ってはいないようだ。


 と、思ったのだが、新たな問題が発生した。

 動き出すタイミングが不規則なので、兎が動きを止めたタイミングで射ってしまった場合、兎には当たらないことがある。

 運が悪いと諦めるのは簡単だが、実戦でも同じことが言えるのか、と考えると答えは否だ。

 元の世界を基準に考えてはいけない。元の世界は平和すぎたのだ。

 この世界は危険もある。ダンジョンに入ることになるならせめて、動いている相手を狙って当てられるくらいでないとダメなはずだ。


 まぁ、そろそろ矢も尽きるから、少し休憩するか。


「お、当たってんじゃねぇか」

 座って1分もしないうち、スノウが様子を見に来た。

「見ての通りだ」

 言いつつ立ち上がる。

「ふん、まぁ見せてみな」

 にやにやと笑いながら、スノウは俺を促した。

「……俺は良い方なのか?」

 気になって聞いてみる。

「さぁな、成長は早い方だと思うが」

「が?」

「それと才能は別の問題ってことだ」

 なるほど。

 納得したところで、照準だけを意識し、動き出した兎に抜き射ちで一射。

「っ、おま」

 スノウが何か呟くが、その矢がちゃんと命中したのを見ると、うぅむと唸った。

「……今、動いてるのを狙ったか?」

 心なし不機嫌そうに呟く。

「あぁ。それでも何度か外していてな」

「ふむ……動いてる方がむしろ狙いやすいと判断したか」

 言うと、スノウも弓を構える。

 動き出した兎に一射。当然のように命中。

「なるほどな、どうやらお前は理論派のようだ」

 スノウは言うと、ふむ、と顎を撫でた。

 彼が考える通り、俺は体で覚えるというのが苦手な部類だ。このタイミング云々も、止まった一瞬に射って外すのなら、単調に動く時のほうが当て易いと思ったにすぎない。


「……で、なぜ1番当てやすい時を狙わん?」


 それでも、全部を言葉で教える気はないらしいのはスノウのこだわりなのだろう。それとも、スノウ自身がこういう教わり方をしたのだろうか。

「1番当てやすい時?」

「そうだ。お前が選んでいるタイミングは、2番目に当てやすい時だからな」

 これよりいいタイミングがあるのか。

「……ふむ」

「わからんか?」

 にやり、とスノウが笑う。わざとなのだろうが、嘲るような笑い方だ。奮起させ、自分で考える方がいいと考えているということだ。

「……ふむ」

 ここで素直に教えを乞うのも、弟子としてのひとつのあり方だろう。だが、師匠の考えを汲むのも弟子として当然のことだ。多分スノウが喜ぶのは後者のはずだ。あと素直に教えを乞うのは自分で考えてからでも遅くはない。ついでにちょっと負けた気がして悔しいのもある。

「外で少し休憩をもらってもいいか」

「あぁ、いいぞ。戻ったら声をかけてくれ」

 スノウの顔が少しだけ嬉しそうに綻んだ。



「お、いらっしゃい!」

 ギルドに顔を出すと、クーにすぐに見つかった。

「メシ食いに来た」

「ふふ、金鯱で食べるより手頃だしね」

 クーの言う通り、値段的には手頃だ。ランチを金鯱(あっち)で食うと、ここの3倍程度の金が飛ぶ。

「――で、今日のオススメは?」

「あたしにそれ聞いちゃう?まぁあたしなら今日は日替わり食べるかな」

 元の世界のノリで聞いてみると、わずかにクーは苦笑したものの、あっさりとクー的なオススメをしてくれた。

 まぁ、料理の一覧はあるのだが、単純に俺が読めないので気を使ってくれたのだろう。

 元の世界とは違うからか、写真や絵などを見本として添えるなどということもない。どこに行っても同じものが同じ形で出るからなのか、それともあまりそういう風習がないのか。

「内容は?」

「今日はトマトソースライスの卵乗せ」

 頭の中で組み立てる。どう考えてもオムライスだ。

「卵は?」

「半熟でとろっとろでふわっふわ!」

「よし頂こうか」

 クーの一言で完全に断る気が折れた。これで考えているものと違ったとしても、特別文句はない。

「写真とかがあればわかりやすいんだがな」

 苦笑しつつ呟くと、クーが興味深そうにこちらを向いた。

「どういうこと?」

「――あぁ、いや」

 しまった聞こえていたか、と思うがもう遅い。

「例えば、今頼んだ料理だが、俺が思い浮かべてるモノと、実際の料理が同じ形をしているとは限らないわけだ」

「ふんふん、――あ、そっか」

 途中までの説明で気付いたようだ。

「こんな形ですよ、って『見せた』ほうがイメージしやすいってこと?」

「そうだ。知ってる料理なら、それだけで味をイメージしやすい」

 ふぅん、とクーが呟く。

「――そういう店はないのか?」

「あたしの知る限りではない、かなぁ」

 まぁ、クーはウェイトレスだからな。行動範囲は広くはなさそうだ。

「とりあえず腹が減ったな。何とかしてくれ」

「あ、ご、ごめん!すぐ作ってもらうから」

 クーはそれだけ言うと、慌てたように走って行った。厨房はあっちか。まぁ用はないだろうけど。



 オムライスを食べ終わると、ご馳走様と軽く手を合わせた。

 すでに料金は払ってあるし、食器は自分で返却口に返す決まりなのでさっさと運び、クーと鉢合わせずに総合受付(カウンター)前に辿り着いた。

「――ん?」

 そこで気付いた。

 カウンター脇に、例によって読めない文字で書かれた紙が大量に貼ってある。

「――なあ、ちょっと聞いていいか」

 受付のお兄さんがカウンターからこっちへ来た。

 確か説明は受けていなかったはずだ。カードの説明にあったのかもしれないが、実はまだ目を通していない。

「コレって何だ?」

「あぁ、これは依頼掲示板です」

 お兄さんが説明してくれるところによれば、この中から自分がやれそうだと思う依頼があれば受けることが可能らしい。ついでにカードのEXPも、難度やギルドへの依頼料との兼ね合いで付与されるらしい。

 ここまではある程度思った通りだ。


「で、すまない。読めない場合はどうすればいい?」


 問題は、その依頼書を俺が全く読めないという点だ。

「――誰かに読んでもらうしかないですね」

「例えば?」

「知り合いですとか、あとは奴隷を雇うとかですかね」

 む、と思わず顔を(しか)めてしまう。

 神がくれた世界の常識には、奴隷が普通に存在するという理解は確かにあった。あったが、場所によっては忌避されるともあったので、人道的ではないという意識や態度は少なくとも間違ってはいないはずだ。

 案の定、お兄さんは「あぁ、いや」と少し口篭る。

「奴隷って言っても、この町には半奴隷がほとんどで、全奴隷はあんまりいませんから」


 半奴隷。全奴隷。


――この二つの意味は大きく違う。

 前の世界での知識での「奴隷」は、「全奴隷」にあたる。

 主に買われ、一生を主の元で過ごす。何をされても、たとえ殺されても文句は言えない身分。そんな認識で間違いない。

 半奴隷の方は、前の世界の言葉を使うのであれば、「秘書」というのが近いだろうか。雇われる際に契約を結び、それ以上のことはしない、させない、契約違反があれば違約金があり、場合によっては刑に処される。

 まぁ、半奴隷として使われている場合も、本人が望めば全奴隷となる場合もあるらしいが。

 半奴隷の所有権は奴隷商人にある。なので人道的に扱われるということだ。


「――いや、こちらこそ悪いな。あまりこの国に詳しくなくてな」

 言うと、お兄さんはほっとした顔で「いえいえ」と微笑んだ。

「で、すまないが少し頼んでいいかな」

「ええ、何か受けます?」

 文字が読めないと悟ってくれたのだろう。

「簡単なヤツでいいんだが」

「じゃあ、えっと、薬草採取、荷物の配達、あとはいつもの兎狩りくらいですかね」

 兎と聞いて思わず木彫りのような的を連想してしまうのは、さっきまで修練所にいたからだろうか。

――いや、結構いいかもしれん。兎か。

「その兎狩りってのは?」

「えっと、ミンクラビットの皮と肉です」

 その説明で普通はわかるのだろうが、俺がわからないのは不自然なのだろうか。


「あー!ミカミんこんなところにいた!」


 責めるような大声に振り返ると、クーが俺を見つけて寄って来た。

「何か約束してたわけでもないだろう」

「そりゃそうだけど!逃げるみたいにいなくならなくたって――」

 言いつつ、横で説明をしてくれているお兄さんに気付いたのか、少しだけ声のトーンを落とす。

「で?何、依頼受けんの?」

「あぁ、どれを受けるか説明を聞いてたところだ」

 言ってやると、ふぅん、と呟く。

「ミンクラビット?ミカミんこーいうの聞いてもわからないでしょ」

 案の定、お兄さんが「えっ」と声を上げた。

「ちょっとね。いやまぁ、ミンラビくらいなら危険はないけど」

 クーが言うのを聞いて、ふむ、と呟く。

「受けても平気そうか?」

 尋ねるとクーは「もちだいじょぶ」と得意気に、お兄さんは「えっ」と不審そうな顔をした。



「――あれか」

「そう。あれ」

 少し離れた場所に、ミンクラビットと呼ばれる「それ」はいた。

 イタチのような外見だが、耳が長く、尻尾が短い。ついでに水の中を慣れた感じで泳いでいるのもいる。

 そして何より、デカい。

「弓で狙うなら頭か足か心臓ね」

「――なるほど」

 弓の訓練にいいかと思ったのだが、ハードルが高いだろうか。

「こっちに来たらあたしが引き付けるから」

「わかった」

 言いつつ、とりあえず寝転がっている一匹を狙うことにする。

 さすがにあの状態ならただの的だ。いけるだろう。

――問題は、周囲の数匹がどんな反応をするかだが。

「あの真ん中の狙ったら、周りのはどうなる?」

「んー。多分無関心。警戒くらいはされるだろうけど」

 なるほど。なら遠慮なく。

 照準、と念じてターゲットを取る。

 念のため自分でも照準を見定め、放つイメージ。

 弓を握る感覚が戻ると同時に、矢は寸分の狂いもなく一匹目の頭を射抜いた。断末魔を上げることもなく、足を痙攣させ、そのまま力尽きたかのように動きが止まった。

「――すっご。頭一発」

「動かないヤツならな」

 苦笑しつつ言うと、次の狙いを探す。

「次はあいつにするか」

 今のヤツから少し離れた場所にいた、こっちに背中を向けている一匹に狙いを付ける。

 が、茂みに何か獲物でも見つけたのか、がさがさと動き始めた。

 動いているなら、むしろやりやすいか。

 そう判断し、何かを追って直線的に動いたところに射ち込む。

 悲鳴のようにキィ、と鳴いた後、身を翻してこちらに気付く。

 間髪入れずもう1射。こちらに向かっていたので矢も見えていたからか、あっさりと避けて近寄る。

「任せて!」

 ある程度近寄ったところで、クーが立ち塞がる。

 腰の短刀を抜き、走り寄るミンラビに向けて短刀を振るうと、それを避けたミンラビがクーに向けて爪を振るう。

――が、危なげもなくそれを避け、その勢いを利用しつつ喉のあたりに一撃を入れた。

 それで事切れたのか、ミンラビは崩れ落ちるように倒れた。


 どうでもいいが、クー。血塗れだな。



 それから数匹ほど、似たようなパターンが続いた。

 俺が射っておびき寄せ、クーがそれにとどめを刺す。

 クーが言うには、手負いのミンクラビットは動きが鈍るらしい。

 短刀を使える俺なら、多分一人でも倒せると言っていたが、正直あんな動きはまだ俺にはできそうにない。素直にそう言ってやると、クーも素直に照れた表情をした。血塗れなので少し怖かったが。


「――この辺りは狩り尽くしたかな」

 クーが言う通り、見えるところにミンラビの姿はもうない。

 一匹目に倒したヤツ以外の死体は、おびき寄せたお陰か手近に転がっている。

「さて、解体しますか」

 思わず「えっ」と声を上げそうになった。

 考えてみれば、皮と肉とか言ってたな。そうなるとなるほど、確かに解体しなければいけないのだろう。

「――ひょっとして、コレを捌くとか考えてる?」

「……違うのか」

 ジト目で言われてちょっとほっとする。

「そんなわけ、ってかこういうのも忘れちゃってるのかな。その割には捌くってことは知ってるみたいだし……」

 クーはなかなか勘が鋭いところがある。まぁその割には考えを途中で投げ出してしまうことも多いので、確信にまでは至らないようだが。

「ま、いいか。とりあえずこっちのは私がトドメ刺したから私やるね」

 案の定あっさりと思考放棄し、クーは手近な死体に手を触れた。


「――ジャッジ。我に報酬を」


 言うなり、死体が薄れて消えた。

 後には、肉の塊と、毛皮だけが残っている。

「あっちの、一撃で倒してくれた分だけやってきて」

 魔法なのだろうか。とりあえず言われた通り、最初の一匹の死体に手を触れる。すでに時間が経っているからだろうか、死体はとても冷たく感じた。

「ジャッジ。――我に報酬を」

 言うと、その途端に理解した。確か世界の常識としてもらった知識にもあったはずだ。

 これはカードの能力だ。不要な部分をカードが識別し、魔力に変換して吸収する。使える部分はプレイヤーへの報酬として残る。

 意味がわからなかったので放置していたが、こういうことか。


「ミカミん!」


 クーの言葉ではっと我に返る。

 振り返ると、木の上にミンクラビットがいた。

 俺が振り返ったことで警戒しているのか、しきりにキィ、キィと威嚇しつつ、飛びかかるタイミングを見計らっている。

 慌てて弓を構え、抜き射ちで一発。

 しかしミンラビは器用に身を捻ってそれを避けた。

 次の矢を構える隙に好機を見つけたのか、木から俺に向けて飛び降りる。

 思わず右に避け、再び弓を構える。

 矢の切っ先が自分を向いたためか、ミンラビは威嚇しつつ距離を取った。

 クーが駆け寄り、少しだけ頭を冷静にする。

 まずは相手が静止した状態か、動き続ける状態を作る。それが、今のところ俺が矢を当てられる条件だ。

「――ミカミん、下がって」

 つまり、この状況では俺は役に立たないということだ。


 黙って一歩退く。

 悔しいがクーの言うことは間違っていない。

 俺が一歩退いたのをチャンスと判断したのか、ミンラビが飛びかかった。クーはそれをステップで軽く避け、ミンラビの顔目掛けて短刀をちらつかせた。

 それで警戒したのだろう。ミンラビは優先度をクーへと変更したようだった。俺にはもはや一瞥もせず、身を一瞬低くして飛びかかる。


――あ。


 ようやく気付いた。

 俺が気付かなかった「狙い目」。「一番当てやすい瞬間」。

 クーは一歩踏み込むと、ミンラビの首を難なく切り裂いた。


「いやぁ、ごめんね。木の上にいたなんて気付かなくて」

「――俺の方こそ悪かった。助かったよ」


 二人で苦笑し、クーが解体する。

 そして駄弁りながら町に戻り、ギルドに皮と肉を提出し、そして俺は祝杯を上げようというクーの誘いを後に回し、ボブとアレイを呼んでおくよと笑いながら見送ってくれたクーに手を振り、修練所へと向かった。



「――おう、お帰り」

 スノウがやたらと嬉しそうに俺を出迎えた。

「今日はもう来ないかと思ってたぞ」

「……思うところがあってな」

 言ってやると、「ほう」と目を細める。

「――もしちゃんと『できた』ら、勝手に持ち出してったそのグローブをやろうじゃないか」

「……うっかりしていた。スマン」

 ニヤニヤと笑うスノウに言われて思い出す。そういえば、このグローブは修練所(ここ)のだっけ。付けたまま出てしまったらしい。


 動く木兎に狙いを付ける。

 直線的な動きをしては止まり、また動いては止まり。

 気付いてしまえばそんなに難しいことではないはずだ。

 タイミングを見計らう。まずは照準。

 手が勝手に照準を合わせ、兎の動きに合わせて勝手に動く。

 兎が止まる。動き出す瞬間、わずかに前足に力を込めるためか、少しだけ上体が前屈みになるのに気付く。

 再び動き出す木兎。慎重になりすぎてもダメだ。次に動きを止めた時がチャンス。そう決める。

 兎が止まる。そして上体をわずかに沈めた。


――ここだ。


 放つイメージ。狙いは兎のわずか前。

 動き出そうとした兎は止まらない。自ら矢の前へ飛び出し、矢は狙い通り、兎の頭に命中した。

「――ほう」

 スノウが後ろで感嘆の声を上げる。

 まだだ。一射ではただのまぐれ当たりもある。

 もう一射くらいは当てておかないと、スノウも納得はしないだろう。

 同じタイミング。兎が上体を屈めた瞬間を狙い、わずか前に矢を放つ。

 矢はやはり同じように、今度は兎の心臓へと突き刺さった。


「――お前、本当に師はいないのか」


 呆れたように呟くスノウ。

「いない。――多分だが」

 俺の答えに、スノウはさらに呆れたような顔を見せた。

「まぁいいだろう。そのグローブ、ちょっと寄越せ」

 くれるんじゃないのか、とは思ったが、素直にグローブを外して渡す。

「――ふむ」

 呟きつつ、それを持ってスノウはカウンターの方へ戻る。

 後を付いて行くと、スノウは「ほれ」と袋を俺に押し付けた。

「これは?」

 言いつつ開くと、中身は新品と思しきグローブが入っていた。


「――いいのか?」

「構わん」


 言い、ぽりぽりと照れたように頬を掻く仕草をする。

「まぁ、その代わり当面お前は俺の弟子でいろ」

 これはアレか。

――認めてもらえたってことでいいんだろうか。


「……わかった。よろしく頼む」

「おう」


 元の世界の癖で手を差し出すと、スノウは俺の手をぱしん、と叩いた。



 後でクーと合流し、ボブと3人で飯を食った。ちなみに、アレイは見つからなかったそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弓の扱いの表現がリアルですねー 経験者かな? 感覚が消えた、というのは、筋肉と神経がその動作をするのに慣れている、いたからかかる負荷が気にならなくなった…とかかな? 狩りの熟練者は、獲物を仕…
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