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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】三章 帰郷旅行編
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退屈な馬車旅

 馬車から見た眺めは、長閑(のどか)なものだった。いくつかの丘や、遠くに風車や小屋のようなものがところどころにある程度だ。時々石でも踏んでしまうのか、馬車が少し揺れる以外、困ったことは今のところ、ない。

 そういえば風力発電をしているわけでもないだろうが、あの風車は製粉や風速計などの施設なんだろうか。詳しくは知らないので風車でどうやって製粉しているかとか、どういう仕組みで風速を計るのかとか、そういうことはわからないが。


――まぁ正直に言えば、何もなくて退屈なので意味もなく考え事をしているだけだが。


 馬車は現代の車ほど早くは進まない。せいぜい自転車程度だ。ペースを守ってトラブルがなければ、次の町まで今日中に着くらしいが、もしトラブルがあったりする場合は、馬車の中で一晩ということも考えられるらしい。

 俺以外のメンバーは寝ているのか、倒した背もたれに体を預けて目を閉じている。


「眠れませんか」


 と、思ったら隣に座ったカルアは起きていたようだ。

「……そんなに疲れてないからな」

「皆さんは疲れていたようですからね」

 ルフェリアはよほど疲れているのか、それとも単純に乗り物に弱いのか、馬車の中ではほぼ常に横になって寝ている。

 ボブとアレイは時々目を覚ましては外を眺めたりしているが、やはり暇なのかすぐに目を閉じてしまう。

 ミランシャはそれほど疲れていないようだが、他の皆が寝ているのに合わせているのか、時々本を開いている以外はやはり大抵眠っているようだ。

 クーの様子ははこの席からではあまり見えないが、あまり動いていないから多分だが寝ているのだろうと思う。

「色々あったからな」

「……ええ。そうですね」

 色々あった。

――それは皆だけではない。カルアにも、……俺だって「色々あった」。

 数ヶ月前までは、あの世界以外の世界で暮らすことになるとは微塵も思っていなかった。小説(ラノベ)などで異世界物の読み物を読んでも、そういう世界があるとすら思っていなかった。あれは想像上の、物語だけの世界で、俺はあの世界だけに存在するし、まして転生やトリップなど馬鹿馬鹿しいとすら思っていた。むしろそういうギャグから始まる物語だと思っていた。

 それがたった数ヶ月後の、今の俺はどうだ。

 この世界に馴染みつつある俺はどうだ。

 人生……というか、一度終わった人生ではあるが、何があるかわからないものだと思う。

 たった数ヶ月前の世界を「元の世界」などと呼び、前の世界の記憶を「懐かしい」と称し、こちらの世界にあちらの世界と同じものを見つけてはいちいち喜び感動さえするようになった。


「人間というのは順応力が高い生物ですね」


 何の話だろう、と考え事をしていた思考をカルアとの会話に戻す。

「……そうか?」

「えぇ」

 そうなのだろうか。どうなのだろうか。

 ふとしたはずみでいまだに前の世界のことをホームシックのように思い出す俺は、順応力という言葉は無縁のように思えるが。

「特にミカミは色々な面において順応しているでしょう」

「……そうなのか」

 自覚はないが、カルアが言うなら少しは自信を持ってもいいのだろうか。

「まぁ、まだ浮世離れしたような言動が気になるところですが」

「――はは」

 思わず声に出して苦笑してしまった。

 バーガーショップの一件のこともそうだが、確かにふとした時に見せる言動は、皆には「浮世離れ」と映ってしまうんだろうな。いつか必ず理由は話すが、苦笑しながらも納得してくれそうなイメージしか沸かないのはどうしてだろうな。


「ミカミンさんは、結構な秘密主義さんですよね」


 唐突に背後から小声が聞こえ、思わず振り返ると、リーシャがいつの間に起きていたのか、「ふふ」と微笑んだ。

「――否定はしないが」

「しないんですか。なるほど」

「……そのうち話すさ」

 苦笑しながら言ってやると、リーシャはもう一度微笑んで、「是非近いうちに」と言った。



「ミカミん」


 声にはっと目を開ける。

 いつの間にか眠っていたらしいことを悟り、とりあえず肩までかかっていた毛布を畳みつつ、こっそり欠伸をした。

「馬の休憩だって。とりあえずあたしは飲み物袋と水袋補充してくるけど」

「……あぁ、俺も行く。他の皆は?」

「それぞれ用事があるんだって。ミカミんひとり残すのもちょっとアレかなと思って」

 なるほど。クーは俺が起きるのを待っててくれたのか。

「悪かったな」

「ん?あはは、別にいいよ」

 言いつつ外に出ると、クーはくすくすと笑いながら前に立って歩き出した。

「……この町はどの辺だ?」

「結構進んだみたい。次がタイアンドだって」

「この村は?」

「んー。村っていうかお屋敷?ここの領主の家。これ全部ね」

 言われてもう一度町を眺めるが、どう見ても「家」という感じではない。町だ。ところどころに民家のような建物もあるし、宿らしき場所もある。衛兵らしき姿も見えるし、何より人が多い。

「そっか、そういうところも忘れちゃってるか」

 よっぽど怪訝な顔をしていたのか、クーが苦笑しつつ解説してくれた。

 この町のそもそもの始まりは、中央にある領主の家だ。先々々々々代くらいまではただの家だったのだが、先々々々代領主が「おかかえ御者」を雇ったのを皮切りに、ふたりの「おかかえコック」を雇い、数が足りずに補充し、さらに御者とコック全員の泊まる宿を作った。次第にその宿を整備・掃除する「家政婦」を雇い、先々々々代領主の趣味による「音楽家」を呼ぶためのホールを作った。さらに、「妾」を迎え、それぞれの妾がそれぞれ幾人かの子を産み、子を産んだそれぞれの妾に家があてがわれた。産まれた子がすべて領主になるわけではないが、だからと言って住み慣れたこの町……いや家を出て行こうとする者は少なく、先々々代領主の頃には、領主の腹違いの兄弟姉妹がそれぞれにそれぞれ、思い思いの相手を見つけて来ては周囲に家を作った。さらにその子供が大きくなり、その子供たちが思い思いの相手を……とやっていくうち、いつしか家の数は増え、いつの間にか住む者同士で店を構えて何かを売り、それがいつしか外の町からやってきた行商人などと取引をするようになり、もはや町と変わらなくなって行ったらしい。

「……そういうのを町と言うんじゃないのか」

「現領主の人が『家』だって言い張ってるからねぇ」

「……そういうものなのか」

 まぁ、領主がそう言うのなら仕方ないのだろうか。

「というか、ここだけじゃなくて、他にもいっぱいあるから。『領主の家』」

「――そうなのか」

「うん」

 そうなのらしい。ちょっと驚きだ。

 どう見ても町にしか見えないその「家」の敷地を歩きながら周囲を見回すと、いくつかの露店が軒先に並んでいたり、建物自体が店になっていたりと、どう見ても商店街なのだが、まぁそう言うものだと納得するしかないらしい。

「ちなみに飲み物の店はあそこね。水も売ってるかな」

 アルカナードでは水は無料だったのだが、ここでは水も売り物なのだろうか。

 まぁ納得して買う分には構わないか。何とかのおいしい水のようなものなのかもしれないしな。

「あ、ボブとアレイがいる」

「ん?あぁホントだ」

 よく見れば、ボブとアレイの向こうには尻尾が見える。あれは多分カルアだろう。

 知った顔を見つけ、嬉しそうに駆けて行くクーの後を歩いて追いつつ、俺は苦笑した。


 あ、良く見れば建物の陰にリーシャとルフェリアもいる。ミランシャもだ。

 何だ。キャラットとヒミまで含めて全員勢揃いじゃないかともう一度苦笑した。

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