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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】序章 不幸な男
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冒険者ギルド

「……おい、おいあんた」


 男が肩を揺する感触に目を覚ました。

――少し呆けてから肩を掴む男の顔を見ると、男は安心したような、複雑そうな顔を俺に見せた。

「ここは――」

 どこだ、と聞こうとして思い出す。


 そうだ。ここは異世界だ。


 男の言葉が理解できることを考えると、どうやら言葉は通じるように創ってもらえたらしい。――もしくは、日本語がこの国の共通語なのか。

「大丈夫か?呑みすぎか?」

「……悪かった。どうやらそのようだ」

 何を呑みすぎたと言っているのかわからないので、とりあえず肯定だけしておくことにする。多分酒のことだとは思うのだが、この世界に酒があるかどうか、あったとして「酒」という名称なのかが確定するまで、余計なことを言うべきではないだろう。「しっかりしろよ」とだけ声をかけると、男は町の雑踏へと消えて行った。

 見回すと、俺がいるのはどうやら狭い路地のようだった。

 確か「完全に誰にも見つからない場所」で創ると言っていた気がするが、どうやらその誰にも見つからないという条件は、創造する時間だけのことだったらしい――あぁいや、確か俺はすでにそれを知っていたか。あの邂逅が夢のような状態になるというのはこういうことか。徐々に記憶が曖昧になって行くのを感じる。何かを創るプロセスとかも理解した気がするが、それもほとんど曖昧になってしまっている。

 1つだけ思い出せるのは、全ての事象は神の意思ではなく、ただの偶然だということだけだ。


「――さて」


 ぽつりと呟く。

 どんどん曖昧になって行く中、この世界の常識のようなものだけが残っていた。

 メインメニューの操作と、その操作が基本的にはこの世界の住人はできないということ。一部の操作だけなら出来る者もいるが、自分に関する全ての操作ができるのは珍しいということだ。

 ゲームをしている感覚で、と頼んだのは、どうやら本当に有効化されたらしい。

 いっそCPくださいとか言ってみるべきだったか?

 いやまぁ、さすがにそこまで都合良くはいかないか。


 当面用意しなければいけないのは衣食住だ。

 メインメニューを操作し、インベントリを探そうとして気が付いた。


――メニューにインベントリがない。


 これは、アレか。手に持てるものかバッグ的なものに入れておける範囲でしか持ち運びはできないってことか。

 そうなると、俺の所持品は……と。

 俺の近くに、弓と短刀(ナイフ)が落ちている。

 多分この2つが「初期特殊武器」なんだろう。

 弓は思ったよりも大きく、弦がかなり強く張られている。ピン、と鳴らすと、楽器のように澄んだ音が鳴り響いた。

 短刀の方は柄に羽飾りが付いており、芸術品として価値がありそうだな、と思いつつ鞘から引き抜くと、美しい刀身がそこにあった。心なし緑か青に見えるような輝きだ。

 操作しているメニューから、所有システム一覧を選ぶ。


●【クラス恩恵】[1:町人]

●【月の魔眼】

●【ペット】受け取り可能

●【祝福の恩恵】

●【帰依の恩恵】

●【鳴弦乙女(大/特殊)】[弓]

●【羽蛇(コアトル)の短刀(小/特殊)】[短刀]


 2つとも、すごく御大層な名前が付いていた。

 鳴弦乙女か――


<鳴弦乙女>

 系列:弓

 攻撃:100

 属性:聖

 武器レベル:1

 使用者制限:三上(みかみ) 真樹(まさき)

 特殊能力:鳴弦


 詳細はどうやって見るんだと思い浮かべたら詳細が出た。

 使用者制限が付いているのか。つまり、売ったりすることはできても、使うことができるのは俺だけ、と。

 攻撃が100ってのは高いのか低いのか。聖属性が使えるのか。

 ついでに鳴弦ってのは何の能力だ?ラノベか何かで言葉だけは知っているが。


 次は短刀(こっち)かな。


羽蛇(コアトル)の短刀>

 系列:短刀

 攻撃:50

 属性:薬

 武器レベル:1

 使用者制限:三上(みかみ) 真樹(まさき)

 特殊能力:毒化(弱)


 こっちはほとんど予想通……って、毒は薬属性なのか。その割には特殊能力は毒化なのか。まぁ短刀(こっち)は護身用だな。多少慣れているし一応武器習熟(マスタリー)があると言っても、できれば近接戦闘は避けたいところだ。


 それにしても、持ち物はこれだけか。

 衣服のポケットなどを探ってみるが、特に見慣れないものは埃のひとつも入っていない。

 そうなると必然何が必要か。


 金だ。


「……どうやって稼げばいいんだよ」

 思わず呟く。

「とりあえず情報収集しなきゃな……」

 情報収集の基本は何か。とりあえずその場合の俺の立ち位置はどうすべきなのか。少し作戦を練る必要があるかもしれない。



「いらっしゃいませ」

 とりあえず入った先は宿屋だった。入ると、丁寧に頭を下げる従業員が目に入った。

 店先に「金鯱亭」と書かれていたので商売をしているのは確実だろうと思ったのだが、まさか宿屋だったとは。

――随分デカい建物だと思ったのは確かだから、そう考えれば推測はできたかもしれない。考えなしに入るもんじゃないな。

 ちなみになぜ「宿」だとわかったのかと言えば、玄関先に料金表が張り出されていたからだ。


 一泊20$。


 金の単位はドルか。ご丁寧に6ヶ国語で書かれており、日本語以外の文字は何と書いてあるのかすらわからない。1つはハングルのような気がするが、知っているわけではないのでそれもどうだろう。

「……お客様?」

 戸惑っているのを不審に思ったのだろうか。

 玄関先から動かない俺に、さっきの従業員が近付いて来た。

「いかがなさいましたでしょうか」

「――あぁ、すまない。少し尋ねたいことがあるんだが」

 何を尋ねるにせよ、尋ねることは事実なのでそう言ってみると、従業員は「ではこちらに」とロビーを手で示し、先に立って歩き出した。


「お好きな席へお座り下さい。……コーヒーでよろしいですか?」

「あぁ、すみませんお構いなく」

 言ってやると、従業員はにっこりと微笑んでカウンターの裏へと入って行く。

 何を話すべきかを整理している間に、従業員はカップを二つ、両手に持って戻って来た。

 その片方を俺の前に、他方を自分の前に置くと、彼女はテーブルの反対側へと腰をかける。


「――では、伺いましょう」


 とりあえず、話すことを整理しきってはいない。

 いないが、ここで待たせて不審感を出すのは良くはないだろう。

「実はこの町に到着したばかりで」

 とりあえず事実を伝えることにする。

「まぁ、それはそれは」

 何故か妙に嬉しそうに、彼女が呟いた。

「――この町はいいところです。町並みも美しいですし、人も優しい」

 彼女は町をプッシュし始めた。

 俺の話に乗ってくれただけなのか、それとも本当に町が好きなのだろうか。この会話からだけでは判断ができない。

「それで、――」

 うん、ちょっと話し辛いな。

 この世界の常識は一応理解しているが、果たしてこの条件で信じてもらえるのかどうか。


「実は、町に到着する前のことを覚えていないんだ」


 記憶喪失ネタ。よくある使い古されたパターンだ。

「えっ」

 彼女は驚いたように声を上げた。

――だが、その驚いた表情はすぐに一転し、真剣なものへと変化。

 さて。ここからの俺の成功条件は、たった2つだ。


1.彼女を騙し切る

2.金の稼ぎ方を聞き出す


 騙し切れなかったらアウトだし、聞き出せず終了となるのもアウトだ。

 その場合は野宿でもするしかないが、野宿なんていつまでも続くわけではないだろう。騙すのは心が痛いが、前の世界のことを思い出したことにするわけにもいかないし、今の世界の俺の過去はそもそも存在すらしないのだ。

「ちなみに、お金はいかほどお持ちなのですか?」

「――残念ながら、一切手持ちはない」

 即答する。この世界の金はないのでこれは事実だ。心も痛まない。

「さようでございますか……」

 彼女は少し俯き気味に視線を落とし、次に俺の弓に視線を動かした。

「――その弓はお客様がお使いになられるのですか?」

「ええ、多分。思い出す限りでは使った記憶はないが、使い方自体はわかる」

 引いて射る、だけではないだろうし、少なくとも矢がない以上今は使えないだろうが、それは言わないでおく。

 少しだけ表情が緩んだのを見て、何となくだが彼女がどういう提案をしようとしているのかはわかった。



「ここか」

 金鯱亭を出て、教えられた通りに数分ほど歩いて辿り着いた。

 かなり大きな建物だが、金鯱亭ほどでもないだろうか。

 看板の字が読めないが、本当にここで合っているのか。心配なので少しだけ様子を見ていると、これも教えてもらった通り、冒険者と思わしき連中が出入りしているのが見て取れた。

――とは言っても、目立つ共通点は首からぶら下げたカードなのだが。

 読めないが、看板の文字は「冒険者ギルド」と書かれているはずだ。

 入り口から中に入ると、数人がちらりとこちらを見たが、すぐに興味をなくしたように視線を逸らす。

 カウンターらしきものが2つあり、これも教わった通り、片方のカウンターの奥には背の低い髭男――多分ドワーフ――が、もう片方にはやや背の高い女性が、それぞれ受付として立っていた。

 当然のように女性の方へ向かう。

 いや、もちろん不埒な理由ではない。女性の受付の方に向かうよう聞かされているからだ。

「――カードを拝見できますか?」

「未登録だ。登録を頼みたい」

 教わった通りに答えると、受付は「わかりました」と、用紙とペンを差し出した。さっと用紙を見るが、知らない文字が書かれていた。

「……申し訳ない。読み書きのできる文字が限られていてな。翻訳と代筆を頼めないだろうか」

「翻訳はしますが、代筆はできません。わかる文字で結構ですのでご自身でお願いします」


 翻訳に従って、名前、種族と年齢を書き込む。

「これでいいか?」

「……問題ありません。預かりますね」

 言うと、彼女は書類に目を通した。

「――あれ?この名前……」

 彼女は少しだけ何かを考える仕草をすると、はっと思い出したかのように俺の顔を見た。そしてもう一度書類を見る。


「失礼ですが、お名前を証明できるものはありますか?」


 ない。と即答しようとするが、はたと考える。

 考えてはみたものの、結局ないという結論に至った。

「……ないな。何か問題が?」

 少しだけ困ったような顔をした彼女。

――ひょっとして、登録に身分証が必要だったのか?と不安が首を(もた)げるが、さっきの態度や仕草から、そういうことではないだろうと推測できる。

 名前を証明できるもの。うん、ないな。

「――ちょっとお待ち下さい」

「あ、はい」

 ちょっとは丁寧語じゃないぞ、と内心突っ込みを入れつつ返事を返すと、彼女はもう一つのカウンター……つまりドワーフの方へと駆け出した。



「お待たせしております」

 少しの時間を空け、俺に声をかけたのはドワーフだった。

 黒い髪も同じ色のヒゲもボサボサで、見た感じだらしないが、ドワーフはこういうものなんだと思うことにする。

「あぁいや。何か問題でも?」

「いや。登録自体に問題はないようだ。少しお時間を頂戴したい」

 ドワーフが、それだけを言って手近な机へと俺を招く。

 特に断る理由はないので、招かれるのに応じて椅子に座ると、ドワーフが近くのエプロン姿の女性を呼んだ。ウェイトレスのようなものだろうか。唐揚げ(バードフライ)芋揚げ(ポテトフライ)、それにビール。さらに俺の分のコーヒーを注文すると、「仕事中にいいんですか?」とウェイトレスに突っ込まれ、「いいんだよ、一応休憩時間に入ってる」と笑いながらドワーフが返した。

「――さて。ミカミさん、と呼んでも?」

「あぁ、構わない」

 俺の名前は受付の女性から聞いたのだろう。

 というか、ひょっとしてこれは登録のための面談だったりするのだろうか。ちょっと緊張するな。ひょっとしてこのドワーフは偉いヒトだったりするのだろうか。

「俺は修理工(エンジニア)をしているボブ・ウィルスターだ。まぁ別に取って食おうってわけじゃない。面白そうなモノを持ってるから興味があるだけだ」

 エンジニア。ふむ、エンジニアと聞くとドワーフのイメージと会わないな。とりあえず取って食おうってわけじゃない、と言う輩は大抵こっちを値踏みするんだ。注意しよう。

「さて、実はあんたに1つ頼みがあってな」

「頼み?」

「……その弓、相当な逸品と見たんだが、俺の見立ては間違ってるか?」

 弓。逸品かどうかはわからないが、どうなんだろう。少なくとも、特殊能力(スキル)が付いている以上は並以上ではあると思うが。

「――どうかな。実はもらいものでね」

 言って、立てかけておいたそれをテーブルの上へ置いて見せる。

「……触れていいかね?」

「構わないよ」

 言うと、ボブは弓を手に取った。

 次第に、先程まで豪快に笑っていた顔とは完全に別次元の、真剣な眼差しで弓の細部を見始める。

 なるほど、とようやく理解した。

 恐らく、受付の女性はこのドワーフをダシに時間稼ぎをしたかったのだろう。ボブはそして、時間稼ぎを頼まれて俺に気付き、弓を目に留めた。

 そしてこうなったと。

 女性が時間稼ぎをする意味は計りかねるが、何かの意味はあるのだろう。時間がかかると言うのなら仕方ない、待つしかない。


「……これは、素晴らしいな」


 ぽつりと。独り言を漏らすボブ。

 気が済んだのか、弓をテーブルに戻す。

「張られた弦は特注なのか……?見たこともない材質だ。それにグリップに使われている布も、弓から手を滑らせないように何かの加工をした跡がある。材木は辛うじて知っているぞ、……まさか神の木(セイクリッド)、それも若木とはな」

 ぶつぶつと、弓を見ながら呟くように、搾り出すように。

 おためごかしか何かで言っているのではないことは理解した。完全に俺のことなど忘れている顔だ。

 そして、ボブがお偉いさんなどではないこともこれではっきりした。この類の表情は前の世界でも見たことがある。職人と呼ばれる連中が、真剣に自分の仕事について語る表情だ。

「――そんなに凄いものなのか」

「ん?……あぁ。凄いな」

 声をかけると、ボブはようやく俺のことを思い出したようだ。

「いいものを見せてもらったよ。万一修理することがあったら是非俺のところに持って来てくれ。無償で構わんし最優先かつ全力で修理させてもらう」

 そこまで言うか。

 まぁCP合計180だしな。この世界では最高級なのかもしれない。


「ミカミ。絶対にこの弓は手放すなよ、絶対だ」


 真剣に言うボブに何かを感じ、弓に向けていた視線を彼に戻す。

「この弓は成長するぞ。神の木(セイクリッド)を使ったものは所有者と共に成長すると言うし、現に俺はもう1つ――とは言ってもここまでではないが、同じ材質の武器を見たことがある」

 それはあれか。俺と同じように異世界から渡ったヤツが持ってたモノってことか。

「……ってことは、短刀(こっち)もか」

「うん?」

 不思議そうに俺を見るボブに、失言だったかなと思いつつ、短刀(ナイフ)を差し出すと、再びボブの顔色が変わった。

「ケツァコアトルの羽だと……ッ」

 声を押し殺すように短刀に手を伸ばす。

 もう一度、真剣な顔で短刀をまじまじと見つめ、弓と同じように職人の顔をした。

「――何だこの材質は。混ぜ物か?……混ぜてこの色など、……巻き布もコアトルの皮なのか、ありえないわけではないが、しかしこれは」

 あっれ?弓より食い付きがいいぞ。こっちのほうがCP消費少なかったはずなのに。

――あぁそうか。ひょっとして専門は木工である弓じゃなくて、鍛冶(こっち)なのか。そうだよな、自分の趣味の方が興味引かれるよな。

「……これももらいものか?」

「あぁ。もらいものだ」

「作ってもらったのか?それとも、あぁいや、それ以外にはないか」

「あぁ。()()()もらったものだ」

 神にな、とは言わないし言えない。

「弓と同じヤツにか?」

――あ。しまった。

 ふと気付く。ボブの剣幕にうっかり言ってしまったが、そもそも貰ったこと自体、覚えてたら辻褄が合わなくなる。記憶喪失(せってい)的意味で。

「――んー……」

 ごまかすしかないな。そう判断し、思考(あたま)を回す。


「悪い。嘘を吐いた」


 ボブはその返答に、ぴくりと眉を(ひそ)めた。

 正確には嘘を吐いた、ではなくこれから嘘を吐くんだけどな。

「実は、記憶喪失でな。弓のこともその短刀(ナイフ)のことも、覚えていない。知っているのは俺の所有物であるということだけだ」

「――む。キオクソウシツ?」

 あぁ、ここではその表現は一般的ではないのか。

「記憶を喪失、つまりこの町に入るまでの記憶の一切がない、……と言えばわかるか?」

「記憶を、喪失……失う?そんなことが――いや、この弓や短刀以上に信じられないことなどないか」

 ボブは勝手に何かを納得したように呟き、そうして頷いた。

「――そろそろメシも来る頃だろう。いいものを見せてもらった。礼としてはちと足りんだろうが、半分食ってやってくれ」

 彼は、最初と同じように豪快に笑い、ウェイトレスに「まだなのか」と催促をして苦笑させた。


「しかし、記憶がないとすると大変だろう」

 あらかた食事をたいらげたボブは、受付の女性と何かを話すとすぐに戻って来た。

「あぁ、お陰で色々苦労しているよ。素寒貧だしな」

「――スカンピン?」

「素で懐が寒くて貧しいと書く」

「なるほど、素寒貧……妙な表現を使うな。さっきの記憶喪失といい、聞き慣れん言葉だ。残った記憶の一部ってところか」

 言ってしまってから漢字はわかるのかと心配になったが、どうやら漢字はわかるようだ。

「ところで、俺の使う文字……仮名と漢字は一般的な方なのか?」

「あー……いやどうなんだろうな。共通語とルーン文字が最も一般的だが、使う人間が少ないわけでもないしな……」

 漢字と仮名を使う人間はそこそこにはいるのか。そして一般的なのは共通語とルーン文字。一応覚えておこう。

「で、その素寒貧だったら、とりあえず1つ仕事を頼まれてくれないか」

「まだカードの登録が完了したわけじゃないんだが」

 唐突なボブの言葉に、俺は苦笑して見せた。


 食事の間に聞いた限りでは、登録ができないことも実はあるらしい。

 例えば盗賊行為をした記録のある者。

 この場合は、カードを持っていたとしても恩恵は一切受けられなくなる。当然冒険者ギルドへの出入りは禁止。

 さらには、賊がすでにカードを発行されている場合、冒険者ギルドのメンバーが賊のカードを冒険者ギルドに持ち込むことで、恩賞が出る場合もある。当然厳しい審査と不正検査はされるそうだが、それに耐えれば自分専用の装備を作ってもらえたりもするらしい。

 ちなみに不正とは、賊と結託してカードを手に入れていないか、ということだ。なので、普通は賊を殺し、賊の首とセットで提出されることがほとんどなのだそうだ。

 他にも登録できない場合は存在するが、それは貴族や王族などの場合なので、俺には関係ない。


「大丈夫だろうと思うがな」

 ボブが豪快に笑うたび、周囲の視線が一瞬向けられるのが地味に笑える。視線が「やれやれまたかよ」という感じなので、大声が嫌がられているというわけでもなさそうだ。

「噂をすれば、だな。――ほれ、来たぞ」

 言われ、慌てて振り向けば、そこには受付の女性。さっきボブから名前を聞いたはずだが、……何て言ったっけ。


 説明を受けるために、女性と共に別室へと移動した。

「大変お待たせしました」

「いや。ボブのお陰で楽しく過ごせたよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 受付女性――あぁそうだ。メリル・ハイウォートだ――が申し訳なさそうな苦笑を向ける。どうやら、本来の待ち時間より長かったらしい。

「お待たせしてしまったのは、――こちらのためです」

 メリルは言うと、足元に置いてあった籠を机に置いた。

「……これは?」

「ミカミ・マサキ様の名前でこちらのギルドに配送されて来ていたものです。前例がないので当方も困惑しておりまして」

 俺の名前を(いぶか)しんでいたのはそういう理由だったか。

 そりゃそうだな。唐突に、面識もないはずのギルドに、しかもギルドのメンバーでもない俺の名前宛てに送られたら、そりゃ何だと思うわな。

「――受け取りを拒否すれば良かったのでは?」

「全世界の職員の名前を把握しているわけではありませんので」

 あぁなるほど。

 出張でミカミ・マサキが来るかもしれない、ってことか。

「中身は何です?」

「え、ご存知なのではないのですか?」

 引き攣ったような苦笑。

「とりあえず動いているようですので、多分生きてます」

「え、――あぁ、なるほど」

 心当たりをようやく思い付き、メインメニューを思い浮かべる。

 所有システム一覧だ。


●【ペット】受け取り可能


 これか。

 なるほど、ペットはここで受け取るんだったのか。

「だとすれば、確かに俺のだな。引き取ろう」

「お願いします」

 メリルはもう一度苦笑し、続いて籠をこちらに押しやった。

「大変でしたよ。死んだらどうしよう、でも勝手に開けるわけにも、じゃあエサはどうするんだ、って昨日は大騒ぎでした」

 だろうなぁ。

「申し訳なかった」

「いえいえそんな。一応預かり業務も仕事のうちですから」

 聞けば、ギルドのメンバーであれば、荷物の預かりなどをすることができるとのこと。

「使いたい場合は『倉庫』を使いたいと言っていただければ」

「――わかった。覚えておく」

 詳しいことはカードの説明書にあるそうだ。

 カードを受け取って、籠を持つと、籠の中で確かに何かが動く気配があった。


「どうだった?その様子なら問題はなかったようだが」

 ボブは修理受付に戻っていた。

「あぁ、問題はひとつだけあったけどな」

 言って、籠を見せる。

「――あぁ、それな。ペットか何かか?」

「……多分な。思い出すのにきっかけが要りそうだが」

「いやいや多分で受け取っていいのか」

 ボブが苦笑するので、つられて笑う。

「心当たりがないわけじゃないんだ。覚えていないだけで」

 記憶喪失ネタもちょっと面倒になってきたな。まぁ今更なんだが。

「で、仕事って?」

「――いや、今日じゃなくていい。明日また来てもらえるか?」

 用件だけでも聞いておいた方がいいのではないだろうか。

「明日の方が都合がいいのか?」

「そういうわけでもないんだがな。簡単に言えば、素材運びの手伝いだ。今日の分の素材は運び終わってるんだが、このままだと明日人手が足りなくてな」

 ふむ。どうなんだろうか。

 宿の従業員の姐さん――名前を忘れる癖は何とかした方がいいな――も待ってくれているかもしれないが、まぁ一応予約はしてあるから問題はないと言えばない。

「明日の100より今日の50とも言うぞ」

「――うまいことを言うな。何かの格言か」

 しまった。またやってしまったか。

「何となくこういう表現を思い出すことも多くてな」

「色々メモって調べたら、何かわかるかもしれん。調べておこう」

「で、どうするんだ?」

 とりあえず、今日済ませられるなら宿代くらいは稼げるかもしれないしな。すでにさっきギルドに借金して来たけど。

 ちなみに、7日目までは無利息だそうだ。8日目に入ったところで利子が付く。それと、信用ができるまでは、50$までが上限とのことだ。――まぁ、50$持って逃げたところで3日ともたないだろうしな。そのくらいならギルドも懐が痛まないんだろう。

 ボブには結局、今日はいいと断られた。



「お帰りなさいませ、ミカミさん」

 宿屋の従業員の顔を見たら思い出した。

 エムリ・フィストリアだ。何の話かって、この従業員の名前だ。

「ただいま……と言っていいのかな。まだ予約の段階だが」

「予約自体、こちらにお越しいただかないとさせていただけませんから」

 歩きながらにっこりと微笑み、すでに用意してあったのだろう鍵を俺に差し出す。

「――あぁ、そうだ。この宿ってペットなんかはどうすればいい?」

「種類によりますが、……そのお手荷物でございますか?」

 さすがに気になってはいたのだろう。視線を籠に向ける。

「見せていただいても?」

 構わないだろうか。結局受け取ってから籠の中は見ていない。受け取り済みだから、システム反映されているといいが。


●【ペット】氷蛇ミル


 蛇。だとしたら大丈夫だろう。

 宿を汚すこともなさそうだ。

「構わない。一応俺が開けよう」

 籠は、入り口の辺りがスライドして開くようにできていた。

 ちらりと開けると、中では水色の肌をした蛇が、眩しそうに目をしかめていた。

「あらまぁ。可愛らしい」

 エムリの言う通り、その姿は愛らしかった。

 首を少し傾げて擡げ、閉じた口からは時折ピンクの舌が覗いている。

 背と言っていいのだろうか。小さく透明な、魚のヒレのようなものがあるが、おそらくこれは羽なのだろう。

 蛇と名前はついているが、小さい前足もあるので、どちらかというとトカゲの仲間なのではないだろうか。

動物使い(テイマー)なのですか?」

「まさか。ただのペットだ」

 戦闘ペットであるなら話は別だが、見た目からしてとりあえず愛玩用のようだしな。


 部屋に案内され、籠から蛇を出してやると、蛇は部屋の中をうろつきだした。粗相をしないかと少しだけ観察していると、テーブルの下に居場所を決めたのか、そこで体を丸くする。

「……氷なのに日向がいいのか」

 もしくは、色が水色だから氷蛇なのか。

 とりあえず詳細を――


<氷蛇ミル>

 体力:7 器用度:10 知力:4 生命力:16

 特殊能力:氷の息、毒の牙、巻き付き


 考えた瞬間に詳細が表示された。

 能力値(ステータス)もあるのか。生命力が高いな。他は軒並み低いが。

 それに特殊能力(スキル)が思いっきり戦闘用なんだが、戦えるのか。

――戦ってるところをエムリあたりに見られないようにしよう。

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[一言] 羽蛇の短剣…コアトル…ケツァルコアトル…エヘカトル… Σ( ・ω・)★ラッキーダガー!?(違 街の人たちが基本善人過ぎて、人を見たらまず疑えが信条のなろう読者には眩しすぎるw 宿屋で聞きた…
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