魔法
さて、と気を引き締める。
――ここは森の中、ミンラビの生息地だ。
リーシャには無謀だと言われたが、今回はひとりではなく、一応護衛としてカルアも連れて来ているので問題ないだろう。一応何度もスノウの訓練も受けてるしな。
「今日は、ふたりでやるのですか?」
「いや、基本は俺ひとりだ」
会話は長く続かなかった。
たったこれだけで、カルア自分の立ち位置を決め、一歩後ろに下がる。
俺の肩からヒミも空気を読んだのかカルアの方へ首を伸ばし、カルアが手を出すとそれを伝ってカルアの肩へと移った。
周囲を確認すると、ミンラビはやはりバラバラに寝転んでいて、一撃づつなら遠慮なく瞬殺できそうではある。
……が、それではダメだ。
今回は、あえてこっちを視認させる。向かって来させ、その相手を仕留められるようでなければ、あのメンバーの中で戦うのは難しい。
スノウに短剣を教わりに行って痛感した。
スノウは弓なら弓として特化すべきで、それ以外は切り捨てて仲間に任せろと言っていた。だが万にひとつ、億にひとつ、クーやボブに何かあったらそれを助けたい。それが仲間だと思うからだ。
『ミカミ、ナイスだ』
『サンキュ!』
あの時のふたりの言葉は今でも思い出せる。いつでもベストを尽くせるとは限らないが、出せる力がその時80%だったとしても、元の力が100ではなく200、300とあればいいだけだ。
「……では、後ろはお任せ下さい」
「悪いな、未熟な主人で」
言って、俺は矢を番えて引きながら、頭の中で言葉を思い浮かべて集中し、確認する。
呪文は必要ない。今覚えている魔法なら、すでに呪文が必要ない程度に習熟している、はずだ。
「――痒み」
呪文の文末、「力ある言葉」を呟くと、数秒遅れでミンラビが後ろ脚でガリガリと腹を掻いた。
……多分ちゃんと効いたんだろう、と判断する。呪文とは関係なく、タイミングよく偶然痒くなった可能性が全くないわけでもないが、その可能性は薄いだろう。さすがにタイミングが良すぎる。
さて、「痒み」がこの距離で届くのなら他の魔法もすべて届くことになる。これは「常識」の知識だが、Lv14以上は同系列のLv13のものと比べて飛距離が伸びるとある。
――こういったことが常識として認知されるのなら、魔法が習熟制だというのも常識なのだろうか。……と思ったらそうでもなかった。単純に次の魔法を覚えた後、その魔法を鍛え続けると飛距離が伸びるところにあるらしい。つまりLv13っていうのが前提魔法としての最低レベルだということなんだろう。
さて、と頭の中で整理して矢に集中する。手の感覚が抜け、少しだけ狙いがズレていたのか、少しだけ狙っていた場所より上に手が自動で移動した。
一撃で仕留めるつもりはない。とりあえず乱戦になったらカルアに手伝ってもらうとして、ひとまずあのミンラビをおびき寄せる――狙いは、動きに影響しなさそうな肩のあたりだ。
狙いを決めつつ次の呪文を集中すると、弓への集中が途切れたのか、手が勝手に弓を発射した。
――同時集中は無理か。一応この辺が「ゲームのような感覚」なのだろうと諦めることにした。
しっかり狙いを付けたので、矢は寸分違わず肩に突き刺さり、ミンラビは短く悲鳴を上げ、即座に俺のほうへ敵意の視線を向けて走り出した。
もう少し引きつけるべきか。
いや、余裕を持つほうがいいだろう。即座に次の呪文を集中する。狙いは足だ。
「引き攣り」
呟くように「力ある言葉」を言うと、ミンラビは声もなく唐突に悶絶した。
構えていた弓を引き、この時点で頭を狙う。暴れている分やりにくいが、狙えないほどでもないか……と判断し、矢を放った。問題なく矢は命中したが、狙ったはずの頭ではなく背中だった。やはり暴れている的に当てるのは無理そうだろうか。
動きが鈍っているミンラビを極力冷静に分析しつつ、今度こそ狙いを頭に向ける。
これくらい鈍っていれば当てるのは造作もない。……はずだ。断言はできないが。
「……一撃で殺すべきではないでしょうか」
一匹目を仕留めた俺に、カルアが不満そうに呟く。
「――まぁな。普段ならそうする」
「……今は違うということですか」
「あぁ。一人で戦うための訓練だからな」
「――ふむ」
カルアは特に反対はしない。俺に意見すべきではないと思っているのか、それとも単純に俺の考えを理解してくれたのかはともかく――まぁ、意見してこないのならば今はとりあえずカルアではなく残りのミンラビに集中すべきか。
見える範囲で近いのはあと2匹。
1匹はさっきと反対側だ。少し近いな。さっき倒した分よりは近いだろうか。
「痛み」
呪文を集中し、唱える。狙いは俺のいる方向とは反対側の脇腹だ。
思った通り、ミンラビは短く悲鳴を上げ、反対側を向いてキョロキョロと敵を探し始めた。
「痛み」
もう一度同じ方向から痛みを与えてやると、さっきまで周囲を警戒していた長い耳が完全にそちら側を向いた。
この時点で弓を引き、狙いを頭に定め、射つ。
ほとんど抜き射ちに近いそれは、それでもミンラビの心臓あたりに突き刺さり、ミンラビは声もなく痙攣し、その身を横たえた。
「――なるほど。つまりこれは、弓の訓練ではなく魔法の訓練ということですか」
ぶつぶつと、カルアが呟くのが聞こえた。
概ねその通りなので視線だけを向け、次の獲物を確認する。
「――ッ!?」
そいつは、すでに目の前にいた。思わず身を伏せる。
2匹を倒した際の音で俺に気付いたのだろうか、これはカルアの力を借りるべきかという考えが一瞬で頭を過ぎるが、考えとは別に咄嗟に体が動いていた。
ミンラビがピィ!と鳴く声で、反射的に自分が何をしたのかに気付く。
手に持った鉄の矢。幻影の部屋でやったことをそのままやったようだ。
違いはといえば、前回は1本だったが、今回は矢を3本持っているくらいか。
ミンラビの下敷きにならないよう、矢を引き抜かずに慌てて数歩後退ると、ミンラビの巨体が俺のいたところに落下した。
「――お見事です」
カルアが賞賛してくれるが、それに対して苦笑するしかない。それどころではなかった。超ビビった。
「……死んだか?」
「はい。恐らく先ほどの矢が、落下の際に奥に突き刺さったものかと」
「――念を入れておくか」
一応念のため、頭に弓を向けて一射。生理的な反射なのか生きていたのか、ミンラビは一瞬ビクン、と痙攣したがそれっきり動かなかった。
「――スノウに感謝だな」
何度か訓練を付けてくれたスノウに感謝だな……訓練ではもちろん短刀を持っての訓練だったが。
今回のような飛びかかって来るような相手に対するケースを想定し、何度か同じような訓練をしていたのだが、それがこんな形で生きるとは思わなかった。
スノウはあえて突き刺すだけ、というところを提案してきた。
切り裂く訓練はいつでもできる、とのことだったのだが、短刀とは違い、矢では突き刺すことはできても切り裂くことはできない。その辺も考慮してのことだったのだろうか。
咄嗟に手を離しても、突き刺した後の腕の動きは同じだ。
死ぬことはないだろうとただの格好付けでやってみたことが、これほどまでに実戦で上手く行った。
スノウは『評価するぞ』と確かに言った。今になって実感するが、アレは本当に評価してくれていたんだな。
「得物が短刀での訓練だったので、てっきり短刀で戦うための訓練だと思っていたんだがな」
カルアにそう話すと、目を細めてカルアは微笑む。
「……良い師を持ちましたね」
心からその言葉に同意した。
皮肉屋で教える言葉は少ないが、それがちゃんと身になり実力になる。スノウは本当にいい師匠だ。
場所を移動し、何度か狩りを続けた。何度かやってみると大体のパターンが見えて来た。途中、ひやりとするようなシーンもあったが、そこは護衛のカルアがきっちりと仕留めてくれたり、ギリギリながらも俺ひとりで何とかなったりもした。ちなみに少しだけ怪我をして、ヒミが即座に魔法で治癒してくれた。
「……近接においては、ミカミはこのくらいでいいと思います」
「――それは、近接において俺はまだまだだということだよな?」
「ノーコメントです」
さらりと「このくらい」という言葉を混ぜること自体、カルアにとって俺は「まだまだ全然」のレベルなのだろうと推測する。ノーコメントという言葉はこの場合、肯定しているも同様だろう。
まぁ、ボブやクーがピンチになるところは想像できないので、多分俺が近接戦闘をするハメになることはしばらくはないのだろう。その間に強くなればいい。
ひとりになるつもりはしばらくない。ぼっち対策でもらったヒミだったが、そもそもぼっちにならなかったのは幸いだ。折角得た仲間は大事にしたい。
「お昼はどうしますか?」
「――そろそろクーやボブが昼休みだな。ギルドで食うか」
「はい。ではそのように」
カルアはそれだけを言うと、肩のヒミをそっと撫でた。




