策略
美味い。
運ばれて来た飯に箸……じゃないな、フォークを付け、まず素直にそう思った。
「昨日山菜がたくさん採れたので、……どうですか?」
「いつも通り美味しいね」
「クーは何食べても美味しいって言うじゃないか」
即答したクーに苦笑しつつライアスが言うと、クーは憮然とした顔をした。
「じゃあどこが美味しいのか詳しく解説を」
「いやそれ長いからいらない」
すっぱりと切り捨てられ、クーは「えぇー」と不満そうだ。
「まぁ、美味いと言うのは俺も同意する」
「金鯱亭と比べたらちょっと落ちますけどね」
「いや、そんなことはない。素直に美味い」
金鯱亭の食事は確かに美味いが、こっちはこっちで美味い。高級旅館の食事と大衆食堂のような違いと言えばわかりやすいか。素朴な味わいの中にも大胆さがあると言うか……こういう表現は慣れてるヤツがすべきだな、と思った言葉を口にするのはやめておいた。
ライアスは照れたように頭を掻きながら、「ありがとうございます」と呟くように言った。
「久し振りに食べても美味しいね」
「お世辞はいいよ」
「謙遜はいいよ」
クーとライアスは、軽く言い合ってお互いに吹き出した。
「お前ら仲いいな」
思わず口にすると、クーはきょとんと一瞬不思議そうな顔をし、意味を悟って苦笑する。ライアスは最初から苦笑だが、ひょっとして良くないところを突いたのだろうか。
「クーは僕の妹みたいなもので」
「えっ」
クーが心底意外そうな声で反応した。
「冗談でしょ?ライアスが私の弟になれるかどうかってところよ」
「えぇー」
ライアスもそれに対して不服そうな声だ。
正直すごくどうでもいい。だがそれを言い出せる雰囲気ではない。元はと言えば俺の一言が原因だしな。
「いや、どっちもどっちだろう」
ばっさりと切って捨てたのはボブだ。
よく言ってくれた、と内心で褒め称えつつ、一応眉などぴくりと上げてみる。
カルアは何事もないかのように黙々と食事を口に運ぶ。
「カルアさんはどうですか?」
黙々と食べるカルアに意見を求めるライアス。口に運ぶ手を止めるカルア。
「美味しいですね」
にこやかに言い切ると、再びカルアは食べる手を動かし始めた。
「ありがとうございます」
ライアスの言葉に一応会釈的なものはするものの、ほとんど無反応で黙々と食べる。
「この料理は、ひょっとしてライアスが作ったのか?」
「ええ。山菜を採って来たのは姉ですが」
「お姉さんがいるのか」
「あれ?会ったことありますよね」
む、そうなのか。誰のことだか思い浮かばないが、どこかで会ったのだろうか。
カルアの横で、ヒミはカルアから肉を貰った後、丸くなっていた。
クーやボブと別れ、カルアと一緒に金鯱亭に着いた。エムリさんがカウンターに立っていた。
「お帰りなさいませ」
久し振りに聞くエムリさんの声だ。久し振りだというのに、ほとんど驚いていない。ついでにカルアの存在も全く気にしていないようだ。
「久し振りだ」
「さっきアレイさんもお越しになりましたよ」
なるほど。アレイが帰って来たから俺もいるだろうと予想し、心の準備をしていたのか。だとすればカルアのことも聞いているか。
「部屋を取っても?」
「ええ、もちろんです。そちらのドラゴニアン様もご一緒のお部屋なら、少し広めの部屋がいいですか?」
「いえ、私は……」
「あぁ、前の部屋でいい」
何か言おうとしたカルアの言葉を遮る。
ついでに、別れる前にアレイから受け取った紅茶の瓶を思い出した。
「ところで、紅茶は飲むか?」
「はい?」
聞き返すエムリさんに同じ言葉で答える。
「ええ、個人的によく飲みますが」
そうか、と呟くと、エムリさんは不思議そうな顔をした。
「世羅って知ってるか?」
「……聞いたことはありますが、覚えていません」
聞いたことがあるのか。クーが特別詳しいわけではなく、世羅の方が有名なのだろうか。
まぁいい。カルアのことを覚えてもらういいチャンスだろう。
「暇になったら後で部屋に来てくれ。三人で紅茶でも飲もう」
「何を考えているのですか」
部屋に入るなり、カルアが険しい顔で呟いた。
「ん?あぁ、エムリさんにカルアをちゃんと紹介しようと思ってな」
「……そこではありません」
ん?違うのか。
「まぁでも紹介は必要だろう」
「それには同意しますが、なぜ私も同じ部屋なのですか」
「……何かまずかったか?」
聞いてみると、絶句したかのようにカルアは手で顔を押さえた。
「……そう言えば記憶がないのでしたか。すっかり忘れていました」
ないのは記憶と言うより常識の方だったかもしれない、とは思うが口には出さずに考える。特に、常識ハズレなことをした記憶はないが。
「……考えてみれば、全奴隷を買うこと自体常識ではないので知らなくても無理はないですか……」
あぁそう言えば、そういう名目で着いて来てるんだったな。それもうっかり忘れてた。
「一応言っておきます。全奴隷を部屋に連れ込むのは、その夜同衾すると言う意味を持ちます」
……えっと。どうきんってなんだっけな。
「有り体に言い換えましょうか」
「……いや、いい」
どうきん。同衾か。
「それは本来の意味の同衾か?」
「そう思いますか?」
「……正直すまんかった」
そんなわけがなかったか。
「ま、まぁエムリさんも呼んだし」
「……来ないかもしれませんが。むしろさらなる誤解をしたかもしれません」
同衾をするところに女性を招く。
……カルアの言うことの意味は聞かない方がいいな。
まぁ、エムリさんはおれが記憶喪失なことを知っているし、大丈夫だろうとは思うが。
「……まぁ、来たら誤解は解きましょう。来ないならばそれはそれで」
「その場合帰りに誤解を解いてくれ」
「わかりました」
それはそれでじゃねぇよ。
「こんばんは」
「すまなかった。申し訳ない。いっそ殺せ」
エムリさんはちゃんと来た。
即座に土下座して詫びる。
「ちょっ、ミカミさん!?」
「申し訳ありませんでした。この方は常識に乏しいところがありまして」
「別に変な想像とかしてませんから!」
想像してない、という言葉自体が想像した証拠なのに気付いていないのか。と言うかやはりアレイはそこまできっちり話を通していたか。多分フォローまで含めて話してくれたのだろう。
慌てたようにエムリさんが膝を着いて俺を止める。
「第一、ちゃんと紅茶でもって言ってくれたじゃないですか。わかってますよ」
そう言えばそうだったな。記憶喪失のことと足してかんがえれば、自然と答えは出るだろう。
ちらりとカルアを見る。
「……ぶふっ」
俺の顔を見て息を吹き出す。
……あれ?ひょっとして今のは笑いか?
「……おい」
声をかけると、もう一度鼻から抜けるように息を吹き出し、カルアは反対を向いた。預けているヒミが首を持ち上げるほど、わかりやすく肩が震えている。
こいつ、まさか。
戦慄する。
本来、怒るべきところなのだろう。だが、カルアはたったあれだけの状況からこれをやったのか。
完全にハメられた。
いや、ハメたというのは言いすぎか。
カルアは状況を利用し、俺にいくつかの常識を教えただけだ。
そして俺がどんな行動を取るのかを予想した上で、エムリさんが来ることもちゃんと知っていた上であぁ言ったのだ。俺が土下座するのはさすがに予想外だったろうが、少なくとも来るなり頭を下げるくらいの予想はしていただろう。
「トカシアにもこんなことをしていたのか」
「何のことでしょう」
ようやく笑いから立ち直ったカルアが、涼しい顔で平然と言ってのけた。




