サラディ・ルディウス
ルナを連れて戻って来たリーシャは、どことなく上機嫌に見えた。
「では早速ルディウス氏のところに行きましょうか」
ルディウスって誰だ、と一瞬聞きかけて、そう言えばあのWANTEDの富豪の苗字がそんなだったかと思い出した。
富豪王サラディ・ルディウス。
常識検索では出て来ないが、リーシャが言うにはかなりの有名人らしい。
元冒険者ギルドの一員――とは言ってもギルド自体に脱退制度はないので元と呼ぶのは便宜上のことらしいが――で、この町のダンジョンにおいて、現在最深到達階数トップの人物らしい。ギルドに報告はされていないが、その階層数は推定でおよそ1000階だそうだ。
ルナが知っている話によれば、大抵はまず3桁にも及ばないらしいが、その理由としては70階層を超えたあたりからダンジョンの難易度が高くなるから、らしい。
ダンジョンの通路が狭いので上には上がって来ないらしいが、その辺りから巨大なモンスターが闊歩するようになり、ついでに地図が意味を成さなくなるらしい。
下手をすれば熟練者でも数日帰って来れなかったり、最悪餓死する者までいるのだとか。さすがにちょっと大袈裟だろと思ったが、まぁ無謀な突貫を防ぐためにはこのくらいの大袈裟は必要なのかもしれないな。この世界に広告を審査する某団体はいないので、嘘・大袈裟・紛らわしいの三拍子が裁かれることはない。
サラディはそのダンジョンを攻略し続け、当時では見たこともないようなドロップアイテムを持ち込み続けた。
ちなみに当時は見たこともなかったアイテムも、今ではそれなりに持ち込む冒険者は多いらしいので、サラディの偉業は先駆者として実証されている。
それでもその8割以上のアイテムがいまだ未発見なところを見れば、どれだけサラディが優れているのかわかるはずだ。
そのサラディの家は、……いや何というか。家?うーん。
「お待たせしております」
「いや……というか本当にここでいいのか」
「はい、問題はありません」
ルナの時の担当――確か名前はフィアだったか――が畏まった様子で言うと、ルナはその様子を見ながらぱたぱたと尻尾を振った。
前回も思ったが、ルナとフィアは仲がいいようだ。対外的には取り繕っているようだが、まぁ仲がいいんだろうなぁという程度はすぐにわかる。隠しているようではあるので、一応触れないでおくことにするか。
後で少し話を聞いてみたいが、とりあえずは当面の目的を果たそう。
――というかまさかサラディの居場所が奴隷商館だったとは思わなかったが。
「お待たせした。こっちだ」
むさ苦しい髭をしたオジ、もとい中年の男性がフィアの後ろにある通路から顔を出して手招きした。ちらりとフィアの方を見れば、かすかに頷いたので、彼がサラディということで間違いないのだろう。
後に付いて行くと、以前にも通された部屋だった。どうやらここが応接間のようだ。
リーシャが何故か俺を中心にしようとしたので、あえて右端に座ってやると、リーシャは「えぇー」というような顔をしつつも渋々真ん中に座り、反対側へローリーが座ることになった。ちなみにルナはフィアのところで待機だ。
俺たちが座るのを確かめ、サラディが対面に座ると、「おっほん」とわざとらしく咳払いをした。
「……では、先に本題を済ますかね?それとも世間話でも?」
「――場を和ませたいです。世間話をしましょう」
真ん中がリーシャなので、自然リーシャがそれに答える。
というか面白い質問をするものだ。いやこれが普通なのかもしれないが、相手に選択肢を与えているように見せて、実は口調だけで自分の立場が上であることを主張しているように思う。さらに言えば、サラディにとってはどっちだろうと都合が悪くはないのだろう。なぜなら、会話のイニシアチブを取ったのはサラディで、リーシャがそれに応えたことにより――
「そうか。ならば――」
そう。リーシャの次にサラディが言葉を発するのが自然な流れなので、サラディの方から会話ができるのだ。
「そちらの彼かな。……ルナをいつもありがとう」
「あぁ、こちらこそいい教育のお陰で楽をさせてもらっている」
「いやいや、あれはルナの努力だ。褒めるならルナを褒めてあげてくれ」
なるほど。サラディはルナの件を話したかったのか。
「まぁルナがたまにここに来て報告する限りでは、随分と可愛がってもらっているようだがね。この前身綺麗にして来た時には仰天したよ」
「さすがに身内が汚い格好なのは我慢ができなくてな」
「ははは、これは手厳しい」
俺の皮肉を皮肉と一瞬で見抜いたか。
――普通なら、はどうかわからんが、少なくともカルアは身綺麗な状態で受け渡された。いや汚れてはいなかった、というだけかもしれないが。
「――最近奴隷が立場を弁えず、我々に苦情が来ることが増えてね」
さすがに汚れた商品をそのまま受け渡すのは商売人として失格だろうと指摘したのだが、なるほどそれなら幾分かは納得してもいい。自分が汚れた状態のまま引き渡されるのを奴隷がどう思うのか。少し可哀想な気がするが、汚れた状態の自分がそのまま商品なのだと自覚し、立場を弁える者も出るかもしれない。
もちろん最初からルナのように立場を弁えてくれる者が大半だろうが、立場を弁えない奴隷だけにそんな態度を取れば、さらに態度が悪化するかもしれない。
最善のやり方とは言えないが、考えた上でそういうやり方を選択したのなら、まぁ客としては納得してもいい。一部の客は納得しないかもしれないが、それならそれで洗い流して送り出せばいいのだから。
「私の口からはこれ以上のことは言えないが、……察してもらえるかな」
「あぁ、俺も過ぎたことを言った。すまない」
「いやいや、当然の不満だろうさ。綺麗にしてもらえないことの方が多いがね」
そうなのか。……まぁわざわざ奴隷を洗う金をかけるのは酔狂なのかもしれないが、と常識検索。思った通り、奴隷に金をかけるのはあまりないことのようだ。
サラディはにんまりと笑顔を見せると、「それにしても」と言葉を繋げる。
「随分とルナを気に入ってくれたようだね」
「……どうかな。実は見えない所で虐めているかもしれないぞ」
にんまりと底意地の悪い笑顔に、ついそんなことを言ってみる。
「ふふ、君は面白い冗談を言う男だな」
まぁ、ルナが色々と報告しているようなので、ルナが目を輝かせ、尻尾を振りながら俺たちのことを話している姿が目に浮かぶように想像できる。そりゃまぁバレるよな。うん。
「――本当にそんな考えなら、さらっと『身内』などと言わないさ」
おぉ……そう言えば今さっきさらっと恥ずかしいことを言ってたか。こりゃ失敬。横でリーシャが吹き出して笑っているところを見ると、どうやらリーシャ的にはツボだったのだろう。そういうことにしておこう。
「ところで、サラディさん」
「何だね、森の君」
「――その呼び方はさすがに気障すぎますよ」
「はは、失敬失敬」
緊張したローリーの言葉にも軽く返すので、ローリーの緊張も少し解れたような気がした。
ローリーの質問は単純だが数が多かった。
冒険者なら誰でも聞いてみたいこと、……つまりはダンジョンのことだ。
全到達階層数は1029階層。魔方陣を設置したのは400階層までだが、サラディ自身はとある方法でいつでも好きな階層へ飛べるため、必要になれば設置するらしい。ちなみにサラディに続く歴代2位の記録は、現在299階層。まだまだ先は長そうだとサラディは笑う。
引退を決めた――実際には引退とは違うが面倒なのでスルーだ――のは、1029階層から下に続く道を探し出すことが出来なかったから、だそうだ。そこで終わりという保障はないが、続くという保障もない。地図は粗方作ってみたが、そもそもある程度の階層を超えると、入るたびにマップの構造が変わっていたりして役に立たないようなこともあるらしい。大筋の構造は一緒なのだが、途中で前回にはなかった壁があるなどということもあるのだとか。
ドロップを見せて欲しいとローリーが頼んだところ、どうやらここにはなく、ギルドの倉庫に全部預けてしまっているらしい。少しだけローリーは残念そうな顔をしたが、サラディが色々とドロップについても語ってくれたため、最終的には満足そうに質問を終えた。
その後、リーシャも質問を少しした。
奴隷商館を家のように使っている理由は、そもそも商館は元々サラディの実家なのだそうだ。奴隷商館として機能し始めたのは、サラディの実家が元々所有していた大量の奴隷を、先々代あたりから売り始めたところ、いつの間にか奴隷商として機能し始めたためそれが続き、2年ほど前、サラディの母にあたる人物が正式に奴隷商館としての登録を済ませて今に至るらしい。
ちょっとだけ俺も気になっていたので、疑問が消えてすっきりした。
ルナが何だか特別扱いされているような気がするという質問には、さっきの受付――フィアのことだろう――とルナが特別仲がいいと言うだけで、特別扱いはしていないらしい。
「……さて、そろそろ本題に入ろうか」
サラディがようやくその言葉を呟いたのは、俺たちがやって来てから1時間近く経過した後だった。




