商談成立
「無欲にもほどがあります」
「ホントです」
リーシャに相談すると、開口一番で罵るように言われ、さらにルナの相槌が追い討ちをかける。
ローリーは出かけているらしく部屋にいないので、俺の味方をしてくれる人はとりあえずいなさそうだ。いや、いても味方をしてくれるとは限らないが。
とりあえずリーシャが言うには、レシピだろうが何かの作成方法だろうが、知らないものを教え、それを相手が商売にするのであれば見返りを貰うのは当然らしい。
……まぁ確かにそうなんだが、俺の基準で考えれば、すでに無償で作ってしまった以上、レシピは相手にすでに提供していることになる。それを相手が知識として吸収してしまった以上、今更返せと言ってどうなるわけでもないのだ。
「だからこそ、商売にするなら見返りを貰うべきだと言っているのです」
「そうですそうです」
リーシャとルナは意見を譲るつもりはないようだ。
まぁ、相手がくれると言っているのだから貰っても問題はないだろうが、そもそもレシピ自体俺が考えたわけでもない。だというのに俺が金を受け取るのはどうなのか。
「いいんじゃないですか、相手が渡したいと言っているものなんですから」
「むしろミカミさまがどうして受け取らないのかわからないです」
そう言えば、トカシアにも「なぜ礼を受け取らないのか」とか言われた記憶があるな。そんなに俺は無欲すぎるのだろうか。
結局受け取る方向で押し切られた。
まぁそんなに多く請求するつもりはないが、売り上げから数%をもらうくらいでいいだろうということになり、お姉さんもといパン屋店主と話し合いをすることにした。
リーシャは呼び付けてもいいくらいだと言っていたが、それはさすがに失礼だし、今頃は夕食の支度とパン屋の繁忙時間に被りそうなので俺が出向くと言うと、「お人好しですね」とリーシャに苦笑された。
「売り上げの9%でどうですか?」
「オイ」
早速ルナが暴走を始めたので、さすがに止める。
「9%って随分半端な数字だねぇ」
店主も苦笑しつつ、手早く何かを紙に書き始める。
「卵の値段とミルクの値段、それにパンはどうせ捨てるものだと思えば……ふむ」
良く見れば、書いているのは数字のようだ。
ちょっと読むのに時間がかかるが、どうやらパンの値段を抜いた計算をしているらしい。
「最初はお試しでこのくらいの値段かねぇ」
計算結果は、……1個あたりの値段が1$半か。150円というところだ。
と言うかルナの言い分を聞いてしまうと150×9%=13円というところか。
「1個石銭1枚でいいぞ」
「……ミカミさまがそれでいいなら」
物凄く何か言いたそうな顔でルナがこっちを見るが視線は無視することにする。
「そうかい?それじゃあ、売れるようならまたその時考えようか」
店主がそう言い、あっさりと話はまとまった。
オバさ、もとい年配の女性にありがちなおしゃべりの長さはどの世界でも共通のようだ。それでもさすがに店をやっているだけあり、飽きさせないトークで長々と話してから宿へ帰ることにしたものの、まだ少し帰るには早いかと思い直した。
「そういえば、この辺には魔法ギルドはないのか」
「……ミカミさま、行くならご案内します」
ルナはそう言えば地元だっけか。……忘れているわけではないのだが、ついルナに頼らず何とかしようという癖みたいなものがあるようだ。
「じゃあ、とりあえず明日の夕方あたりにまた来ておくれ」
「わかった」
まぁたかがフレンチトースト、そんなに売れるとは思わないが、小遣い程度にでもなるのであれば、ルナに小遣いでもやろうと決めた。
ルナに先に立って歩いてもらい付いて行く。
俺が後ろを歩いているのが気になるのか、ちらりちらりと振り返りながらも、ようやくズィワイへと続く下り階段へと辿り着いた。
――って長ぇ……。
以前どこだったかの町でも、広場に下りるための長い階段があったが、アレの3倍くらいはあるんじゃないだろうか。無駄に長い階段だ。
というか行きも辛いだろうが、帰りはもっとヒドいことになりそうな気がする。
とりあえず落ちたら死ぬ、……ことはないな、所々に踊り場らしき場所もあるし、多分安全面は重視されているのだろう。
階段自体も実際に降り始めてみればなだらかなもので、思っていたよりもキツくはない。まぁ行きは良い良い帰りは怖いじゃなければいいのだが。
「ミカミさま、こっちです」
と思ったら、降り始めてそれほど経たないうちに、ルナが左の狭い通路へと曲がったのでちょっとほっとする。このくらいなら帰りもそれほどキツくはなさそうだな。実は上り坂は嫌いなんだ。
と思ったのも束の間、唐突に視界が開ける場所に出た。
「おお」
つい感嘆の声が口から漏れる。
絶景、と言って過言ではない街並み。中央に塔が聳え立っているので、多分あれが魔法ギルドなのだろうが、今いるこの丘の方が高いように見えるのはきっと錯覚ではないだろう。
塔の麓まではなだらかな坂になっていて、上りも下りも階段よりは楽そうだ。
ルナに付いて歩きながら周囲を見回すと、俺たちが今歩いているここ以外はほぼ城壁のような壁に囲まれていて、町がちょうど円のように作られているようだ。
「凄いですよね。私も、来る度に美しい町だと感動します」
見慣れているだろうルナですらこう言うのだ。俺が感動したのはきっと間違いではないはずだ。
「ちなみに、さっきの階段の出口は、中央町を囲んでいる周辺街に行く時使います」
なるほど。つまりあの壁の周りにはさらに町があるということだろう。
「それから、この町の反対側には大きな湖があります」
「ほう」
湖か。ちょっと興味があるな。
「いラしゃいまセ」
最近来てなかったので忘れていたが、いきなり驚かされて思い出した。
魔法ギルドに着くと、例のように入り口に人形が立っていた。
ここの人形は鉄のようだ。喋り方が少し外人みたいだ。
「受付はどっちだ?」
「受付はますグです、どウゾ」
聞いてみると、心なし嬉しそうに、少しだけ表情が動いた。話し方は変だが意外と高性能のようだ。
表情が豊かな人形は初めてだな。
言われた通りにまっすぐ歩くと、通路の角に設置された受付へと行き当たった。というか他に曲がり角も何もなかったので、案内されるまでもなくまっすぐだったようだ。
「いらっしゃいませ。ご用向きを伺います」
「この辺で魔法を教われる人物の一覧はあるか?」
「了解しました。こちらに手を触れていただけますか?」
あぁそういや、魔法ギルドはそういうシステムだっけか。メンバーカードも持ってはいるが、基本的には魔力で識別するのが主流なのだろう。
「ミカミマサキ様、確認させて頂きました」
言うと、受付はカウンターの裏から慣れたような手付きでぴらりと1枚の紙を取り出し、「どうぞ」と差し出した。
「この辺りで一番近いのは?」
「北湖のフィアロジーナ様でしょうか?しかし彼女は消息不明とのことです」
いやいや、消息不明の人を真っ先に紹介するのはどうなんだ。いや一番近いと聞いた俺が悪いのか。
「……消息がわかる範囲では?」
「周辺12番街のエーリカ・イルクナー様ですね。周辺4番街のファタリウス・イルクナー様のところにいる場合もありますが」
ファミリーネームが同じということは、家族か親戚なのだろう。っていうか捕まりにくいってことか。面倒だな。
歩き疲れたようにルナが足を地面にぐりぐりしているので、少し休憩がてらギルド奥のスウィーツ屋で食って行くことにした。
入ってみると、透明度の高いガラスが目に入った。
ショーウィンドウだ。中には、……まさか本物ではあるまいかと思えるほど完成度の高いサンプルが並び、その値段が添えられている。
「わ、スゴいですミカミさま」
ルナが目を輝かせてガラスにへばり付く。中に入れば本物が食えるんだがな。
とりあえず気が済むまで眺めさせ、「どれがいいんだ」と聞くと、「え、いいんですか?」と嬉しそうに尻尾を振った。




