月夜の実験
また夜の散歩と言い訳をして出かけようとしたら、ルナが「私もいいですか」と小首を傾げるので、その可愛らしさに負けたわけではないが、決して負けたわけではないが、仕方なく、超仕方なく連れて行くことにした。
いや、実は魔法の練習をしようと思っていたので本当に渋々なのだが。
「この辺でいいか」
とりあえず小さい丘を見付け、そこを登ったところで足を止めた。
ルナがキョロキョロと周囲を見回す。
「こんなところで何をするんですか?」
「……まぁ、ちょっとした実験をな」
魔法の練習、とは言いにくい。なので実験ということにして、ウィーベリーの実を取り出す。
「あ、ウィーベリーの香りがすると思ったら」
「……実験に使うんでな」
香りがしたのか。革の袋にずっと入れてたんだが。犬の獣人だから鼻がいいのだろうか。
とりあえず獣人という言葉を常識検索。
――魔術で人間と獣を融合した存在、もしくはその子孫、か。それなら確かに鼻がいいということもあるのかもしれないな。
とりあえず、何も考えずに「成長」と呟くと、使うだけの魔力を念入りに、出来る限り一気に注ぎ込んだ。種から芽が吹き出した瞬間、「植物操作」と次の呪文を唱えつつ、さらに追加分の魔力を注ぎ込むと、ウィーベリーの蔓はどんどん伸び、どんどん太くなって行く。
驚いたようにそれを見るルナを半ば無視しつつ、操作する魔力に網のイメージを重ねる。ただ伸びていただけの蔓が枝となり、網のように絡みながら俺とルナの間に植物の網を作った。
ぽかんとするルナに思わず苦笑しながら、とりあえず成長側の魔力をさらに注ぎ込む。一気に小さい花を房のように付け、そのまま見覚えのある実を付けたところで魔力の供給を一旦止めた。
「こんなもんか」
とりあえず、実が1個あればそれを元に量産できることだけはわかった。まぁその実のことは後で考えるとして。一気に網状に伸ばせば、敵との間に網を張ることも出来るだろうが……
「ルナ、ちょっとコレ突き破ってこっちに来てみてくれ。全力で壊していい」
「――は、はい」
ぽかんとしていたルナは、はっとしたように返事をすると、まずその網の下の方を足で踏んだ。バキン、と音がしたものの、俺が魔力を供給再開しているので、壊した端から網は復旧して行く。
「えー、これ元に戻っちゃうの……」
ルナは聞こえないと思っているのか、小声で素の言葉を出した。
そういう話し方をしてくれた方が俺としては好感が持てるんだがなぁ、と思いつつもルナの行動を見守ることにする。
そういえば、リーシャもいつからか俺に敬語でしか接しなくなった気がする。
修練所で再会したときにはタメ語だったはずなんだがなぁ、と思いながら、ひょっとしてリーシャの態度を固くしてしまうような失態をしたのだろうか、と少しだけ不安になった。
結局ルナが網を突破したのは、網を張ってから5分も経ってからのことだった。
子供相手とは言え、5分も保つならいい線行ってるんじゃないだろうか。
【MP:12/32】
モンスター相手にどこまで通用するのかはわからないが、壊れたところを復旧した分余計に消費したとは言え、1回使うのにMP20の消費か。ここだけ結構キツいな。MPの最大量ってどうやって上げるんだろうか、とルナの服に付いた葉や枝を掃いながら考えた。
「ミカミさますごいです」
「……おべっかならいらんぞ」
苦笑しつつ言い返すと、ルナは「そんな」と反論した。
「ウィーベリー1粒からあれだけのものを生み出すのはおべっかなしにすごいです。しかも壊した後から後から復活してましたし」
何だか必死に反論されてる気がするな。……そんなに必死にならなくても。
「――まぁ、そこまで言われたら悪い気はしない。ありがとう」
「はい!」
ぴこん、と耳を立て、ルナは尻尾を振った。
連れ立って歩いていると、ルナが前に出たり後ろを付いて来たりと、少しだけ落ち着かなく見えるのは気のせいだろうか。
「……実験は終わったのですか?」
「あぁ、さっきので魔力が切れた」
「あれだけの大魔術なら当たり前です」
ちなみに、育ったウィーベリーは実だけを回収し、一応別の袋に入れてルナに持たせた。魔術で無理矢理育てた実が同じように成長するとは限らないし、味にしたって同じかどうかの保障はない。
「大魔術って言われてもな。……あれはただの組み合わせだぞ」
言ってみるが、ルナは苦笑し、そのまま嬉しそうにもう一度「ふふ」と笑う。
謙遜だとでも思われたのか、それともそもそもただのおべっかなのかは知らないが、……まぁ大したことないと貶されるよりはマシか。
ルナが少しだけ先を歩くと、薄暗かった空が、雲の隙間から月の光を下ろした。
「あっ、ミカミさま見て下さい、月が綺麗です!」
「――そうだな」
前の世界とは違う月なのだろうが、それでも懐かしい光だと思う。
感傷に浸るつもりはないが、やはり俺は前の世界を諦めてはいないのだろうか。
――京大のように、元の世界に戻る努力をするつもりもない。俺は向こうの世界では死んだハズの人間だ。
未練がないと言えば嘘になるかもしれないが、少なくとも今更戻るつもりはない、……はずだ。
「少し、ミカミさまのことを聞いてもいいですか?」
無言で月を見ていたからだろうか。ルナが少し俺の服をくいくいと引っ張った。
「いいが、何を聞きたい?」
「……そうですね、先輩のこととか」
先輩?……先輩って誰だっけか。
「私の先輩がいらっしゃるんですよね?」
「あ、カルアのことか」
うっかりしていたが、そういえばカルアのことも、俺のことも、何も話してないなと思い出した。
歩きながら、せがまれるままに話しつつ道を進む。
カルアのこと。
ドラゴニアンで博識で、頭の回転がいいこと。そのくせ身体能力も他の仲間に負けず劣らずであること。元々は貴族――一応公王であることは隠した――の半奴隷だったこと。
「今は、……どこにいらっしゃるんですか?」
「仲間の実家だな。ちょっと事情があってな」
詳しく話さないことには、ルナは突っ込まなかった。
俺のこと。
他の仲間同様、とりあえず転生したということは伏せておくことにする。
記憶喪失をキーワードに、日本語しか読み書きできないこと、気付けばアルカナードにいたということ。
「アルカナードって、……結構ここから遠くないですか」
「馬車でここまで来た」
「長旅だったんですね」
確かに言われてみれば、少し長い旅だった気がする。
リーシャのこと。
夢のことはさすがに話せないだろうが、その他については聞かれるままに話す。どうやら俺と恋仲だと思っていたらしく、完全否定しておくことにする。
「恋人さんなのかと思いました。異種族の恋って素敵だなって」
「……残念ながら、リーシャは既婚者だ」
「え!?……ホビットって本当に若いままなんですね……」
あ、一応ホビットだってことは知ってたのか。リーシャが話したのかもしれないな。
「あれでも3人子供がいたぞ」
教えてやると、ルナは絶句した。
「ローリーは最近会ったばかりだから全然話せることがないな」
と言ってやると、ルナは「そうなんですか?」と不思議そうな顔をする。
「冒険者の方々はすぐに仲良くなってしまいます。私には良くわかりません」
言いながら、ルナの表情が少しづつ曇るのがわかる。
「――お前も俺たちとは仲がいいだろ」
言ってやると、ルナは少しだけ嬉しそうに、目を細めて笑った。




