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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】一章 仲間たちとの出会い
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翼を持つ者

 魔法の訓練は意外と楽だった。

 素質レベルが高いのも理由の1つではあるのだが、そもそも簡単な魔法しか教わっていないので当たり前か。


 まず最初に教わったのは「痒み(イッチ)」。

 魔法をかけられた相手が痒くなるというだけの、ショボ……簡単な嫌がらせだ。

 まぁ、戦闘中にレベルの高いこの魔法をかけられたらたまったものではないだろうな。集中できなくなるだろうし、掻かなければ痒みは収まらないらしい上、地味に持続時間も長い。

 あっさり成功したものの、魔法の効果が自分の背中に飛んだために咲良に掻いてもらうハメになった。


 次に習ったのは「引き攣り(クランプ)」。これも少しだけかけられた相手の体が攣るというだけのものだ。

 逆に伸ばせば攣りは治まる。あえて自分にかけたが、効果覿面(てきめん)だった。


 とりあえずそんな調子で10ほどの簡単な呪文を覚えた。

 ちなみに「痒み(イッチ)」の魔法がこの系統の基本魔法らしく、この魔法を覚えないことには同系統の魔法はほとんど覚えられないとのことだ。

 ちなみに覚えた魔法は「痒み(イッチ)」、「引き攣り(クランプ)」、「痛み(ペイン)」、「朦朧(ディム)」、「不器用(アークワード)」、「素早さ(ニンブルネス)」、「体力賦与(フィジカルギブ)」、「生命力賦与(バイタルギブ)」、「体力回復(バイタルリカバリ)」、「治癒(ヒール)」。ほぼ名前の通りなので説明は不要だろう。

 魔法の詠唱文はメモを取った。

 どの魔法でも詠唱の形式は変わらなかったが、これは肉体操作系だけに限られることではないらしい。


 まず依頼もしくは命令の意思。

 これがないとそもそも呪文が発動しない。言わば「主語」だ。

 次に依頼もしくは命令する相手の指定。

 さらに次で何をさせたいのかを明確にする。

 最後に対象があるならそれを意識し、トリガーとなる結句。

 習った詠唱文の全てがこの形だった。

――まぁ使っている間にどの部分を省略していいのかがわかってくるらしく、場合によっては対象を指定して結句だけで発動できるようになるらしい。

 ちなみに咲良の知り合いのエルフには、結句すらなしで薬缶(やかん)のお湯を一瞬で沸騰させたりする人物がいたらしい。


「今日はこの辺にしましょうか」

「ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げてみると、咲良は「そんなのはいいわよ」とくすりと微笑んで見せた。

「それで、アレイと言ったかしらね。明日連れて来てもらえるかしら」

「わかった。俺は世羅の授業を受ければいいわけだな?」

「そういうこと」

 アレイのことはすでに頼んである。

 例の竜人の一件で、いいタイミングで来てくれた礼とのことだ。

 解決してくれた方の礼は改めて、などと言っていたが、特に大したことをしたわけではないのでそっちは断った。


「――ここか」


 聞き覚えのある声に思わず振り返る。

 ずかずかと、見覚えのある男が俺の目の前まで歩み寄った。

――さすがに覚えている。朝の王族とかいう男だ。竜人も一緒にいる。

「お前。名は?」

「陛下、さすがに失礼です」

 不躾に名前を問う男に、それを咎める竜人。

 竜人の方へ手を向け、そちらだけを制した。

「三上真樹だ。失礼を承知で問うが、そちらの名は?」

 男は一瞬きょとんとした顔をし、次いで竜人に顔を向けた。


「――おいカルア、この者は私を知らんのか」


 苦笑なのだろうか、眉尻を下げ、微かに口を開けた竜人は、こくりと軽く頷いた。

「陛下、同じ国の者でも隣の町など知らない者はおりましょう」

 ふむ、と男は納得したように頷いた。

「そういうことなら仕方ないな。私はトカシア・エル・ヴァルディアだ」

「一応補足しますと、現トカシア大公の第一位継承者です。ただしご覧の通り」

 竜人は1秒ほど言葉を止め、ちらりとトカシアに視線を向け、こちらに視線をすぐに戻す。

「――の方ですので、正直アレですね」

 にっこりと。竜人の顔が確かに微笑んだ。

 竜人と言っても、顔が竜のように見えるわけではない。遠目からでも竜人だとわかる、頭に生えた角。さらに手の甲、服から見えている、髪と同じ緑色の鱗。服の下がどうなっているのか気になるところではあるが、声の質から女性な気がするのでそれを口にはしない。

「カルア。その『正直アレ』ってのはどういう意味だ」

「口に出すには憚られるのでお察しいただけると幸いです」

「……そうか?」

 クエスチョン、と頭にマークが付いたのがわかる。

「ちなみに陛下は咲良殿と懇意な間柄です。膝付きは不要です」

 ちらりと咲良に視線を向ける。こくりと頷く咲良。

 膝付きは不要、と言う言葉から察するに、本来であれば王族であるトカシアに会った場合、膝を付いて話をする必要があるのだろう。

「それで、今回は何か?」

 咲良が聞くと、「おおそうだった」とトカシアは手を打った。

「朝の件でな。礼と謝罪をな」

「要りません」

 咲良はそれをざっくりと切り捨てた。

「そうなのか?」

「今回、私は何もしていませんから」

 この言葉は嘘だ。解呪の呪文を唱えたことは忘れたのか。いや、さらりと嘘を吐くあたり、流石はシェルシアの教えを語るだけはあると言うべきか。

 その辺はわかっているのか、竜人は口を開かない。まぁ、咲良の性格を少なくとも俺よりは知っているはずだ。それに倣って黙っておこう。

「咲良殿がそういうなら咲良殿に関してはそうかもしれません」

 平然と竜人が言う。

「じゃあ、お前。お前が来なかったら大事な軍議に遅刻していた。礼をさせろ」

 名前を教えたはずだが、どうやら覚えられていないようだ。いや一応覚えてはいるのか?まぁいいか。

「俺も大したことはしていないはずだ。師匠が来なくて困っていただけだからな」

 礼というものが何かはわからないが、王族とやらに関わりたくはない。面倒が増えそうなのは困る。

「カルアよ。こやつらは何故礼を断るのだ。意味がわからぬ」

「……少し私とこちらの」

 ちらりと俺の方を見やり、一旦言葉を止める。

「――この方と少し話をさせて下さいますか」

「構わんが、どうするつもりだ」

 竜人は、王族の眼差しににっこりと微笑を向けた。


「さぁ?」



「この辺がいいでしょうか」

 竜人に連れて来られた場所は、咲良やトカシアからやや離れた、それでも目の届く範囲だった。

「まずは無礼を侘びます、ミカミ」

「いや」

 頭を下げようとするのを片手で止めると、竜人は素直に動作を止めた。

 さらりと、緑の髪が肩から落ちる。それを素早く後ろへ流すと、竜人は改めたように手を差し出した。


「カルア=アフォルア=ヴィ=ルヴェルドです。お見知りおきを」


 色々名前にくっついている。実は身分が高いってオチなのか。

「……貴族か」

「いえ、ドラゴニアンの名前は、下賎の者ほど長いのです」

 聞けばどうやら身分がかなり低いらしく、家族のために奴隷として自ら身を差し出したのだという。

「ちなみにルヴェルドの名が今の家名です。奴隷商人の家名をいただいております」

 言葉遣いはかなりしっかりしている。実に優秀そうだ。

「で、話とは何だ?」

 言いにくそうに、言葉を止めるカルア。

 人種が違うためか、彼女の性格なのか、表情が非情に読み辛い。困っているのか、それとも何かを思案しているのか。単に言葉を選んでいるだけなのかもしれないが。


「――そうですね。あなたに1つお願いがあるのですが」


 咲良とトカシアの元に戻ると、トカシアが咲良の髪を触っていた。

「陛下、カルアが戻りましたが」

「良いではないか。もう少し触らせろ」

 言って、トカシアはぐいと乱暴に髪を引っ張る。

 片目を痛そうに瞑り、咲良はその髪を()()()()()()

 途端、()()った、と顔を顰めると、トカシアの手をぺちんと払いのけ、こほんとわざとらしく咳をした。バツの悪そうな顔。

「いい加減になさい」

 手を叩かれたトカシアは、不満そうにしながらも渋々その手を引っ込めた。


「――聞かない方がいいか」

「――その話は後でね」


 思わず呟くと、ノータイムで返答が返った。

 世羅の動くもみあげといい、同じく動く咲良の髪といい。

――トカシアがきょとんとしている辺り、実は知らないのは俺だけなのだろう。



「あら、お帰り」

「……ただいま」

 司祭室の前には、すでに世羅が待っていた。

 手には小さな袋をぶら下げ、同じ手で、待っている間に読んでいたのだろう分厚い本に栞を挟んでぱたんと閉じた。

「今日の売り上げは?」

 言いつつ扉に手を当てると、咲良の手が触れた途端にカタンと音を立てて扉が少しだけ開いた。

 部屋を出る時聞いたことだが、この扉は中に人がいる場合か、もしくは咲良が今のように手を触れた時以外には開かない構造になっているらしい。咲良の性質の魔力だけを感知し、それ以外の魔力には反応しないため、咲良以外の者が手を触れても扉は開かない。構造上、中から少し押せば開くが外から引いても開かないように出来ているし、扉が完全に外部と内部の魔力を遮蔽するので、いかなる魔法を使っても、開ける手段はその2つに限られるということだ。

 咲良の魔力と世羅の魔力は、双子だけあって実は同質のものなのだが、世羅はこの扉を自らは開かないらしい。必ず咲良が来るまで待ち、2人一緒にいる場合以外は外で待つ。世羅がそう決めたらしく、咲良はもう説得を諦めているのだそうだ。まぁ事情や理由があるのだろう。

「――そこそこかしらね。レモングラスは売り切ったけど」

「さすがに今日売らないと売り物にならないしね」

 レモングラス?

 何かの飲み物だろうか。


「さて」

 ことりと、目の前に紅茶が置かれた。

 レモンティだろうか、(ほの)かに香る柑橘系を感じつつ少し飲んでみるが、全く酸っぱさは感じない。淹れ方の問題だろうか。

「これのことだったわね」

 言いつつ、頭のそれを動かして見せる咲良。ちらりと目配せをすると、世羅も自分のもみあげを気にし出した。

 そういえば、後で話すとか言ってたな。



 有族、という言葉がある。

 前の世界の言葉で言えば、突然変異だろうか。

 普通の人間に指が6本あったり、普通の猫に翼のようなものが生えていたり、そういった画像を何度かネットで見たことがある。

 この世界でもそれはあるらしい。

 有りし種族。

 当然ながら普通のことではない。場合によっては迫害され、酷ければ親によって殺されるケースが実際にあったらしい。

 咲良の場合は羽だ。鳥のような羽が頭に生えている。

 可愛らしいその特徴に、父親や母親は、迫害を恐れて届けを出した。だから咲良は迫害を受けることもなく、生まれた当時純白だった翼は、それどころか天の使いだと崇められさえした。

 目立つ咲良の羽とは違い、世羅には目立たないところに目立たないものが生えていた。

 もみあげに、触手だ。

 色と細さとが髪のそれと変わらなかった上、生まれた当時は動かなかったそれは、少女時代に動くことが確認された。

 発見した母親は世羅を罵ったらしい。

 父親はそれを咎めた。

――だがそれだけだった。

 父親は保護の届けを出さなかった。


 いや、出せなかった。


 世羅を良く思わない咲良の信者による手が回っており、保護届けは握り潰されてしまったのだ。

 世羅を疎う母親を連れ、父親も別居することとなった。保護されていると信じたまま。


 咲良は世羅を守った。


 一度は世羅と誤って暗殺されかけたが、とあるエルフに救われた。

 俺が最初に来た際に笑われたのは、俺の言動が、どうしてかそのエルフと似ていたためなのだと言う。


「まぁ、隠したつもりはないけど、わざわざ言うことでもないかなと思って」

「そうですね、コレ動いてるのには気付いてると思ってましたし」

 苦笑しながら顔を見合わせる2人。

 まぁ確かに気付いてはいた。あれだけぴこぴこ動けばな。

 最初に神殿に入った時感じた嫌な視線は、俺もそうだが、世羅へ向けたものもあったのかもしれない。

 咲良が言ってくれたので、俺は神殿で拒絶されなかったのだろう。

 翼を持つ者として、咲良は生まれた時からこの町ではちょっとした有名人らしい。

「飛べるわけじゃないんだけどねぇ」

 言われてちゃんと見てみれば、ツインテールだと思った(それ)は、尾長鳥のような羽毛であることがわかる。白かった時は美しかったというが、今でも十分に綺麗な羽だ。

「……飛べなくとも翼は翼だろう。卑下する必要はないと思うが」

 言ってやると、咲良は一瞬驚いた顔をして、それでも微笑んで見せてくれた。

 言葉にはしないが、世羅の方だって十分美しい色をしていると思う。何故これが迫害の対象になるのかわからないほどだ。

「まぁ、だからっていちいち様付けで呼ばれたり、ここから立場上出れなかったりさ」

 心底困った様子で苦笑するので、俺も咲良や世羅と一緒に苦笑した。


「ちょっと寄ってもらえますか」


 帰り際、世羅が俺に来いと手招きするので双子の実家に寄ることになった。

「私たちの家は、親の代から紅茶屋なんです」

 なるほど。世羅の髪から紅茶の匂いがするのは職業病か。などと口に出したらセクハラだろうか。

「一応私は栽培と販売を引き継いでやってます」

「今日の会話はそういう意味か」

 それで思い出した。レモングラス。確か香草(ハーブ)の名前だ。

 レモンではないが、同じ成分があるために風味や香りなどが似ているらしい。まぁネット知識の受け売りだが。

「よく覚えてますね。早く売り切らないといけなかったもので」

「ふむ」

「そもそもハーブ系の紅茶葉は、密封した状態で売ったとしても香りが長持ちしないんです。密封したと言っても完全に空気を遮断したわけではないですからその僅かな空気に香りが流れてしまうからと言われています。結果開けた際に香りが全部逃げてしまうわけです。私が売る時にはそこまで密閉した容器を使うわけではありませんし、お客様によってはご自分で容器や袋を持って来ますからなおさらです。買った後はお客様の管理ですのでいいですが、私が管理している限りは売る売らないの判断はしっかり付けたいですし、それに」

 つまり要するに、売るまでの管理はしっかりするが、買った後ちゃんと密閉して保管してくれるかどうかは客次第。その後のことまで含めて、レモングラスの賞味期限は今日だったというわけだ。

「なるほど。世羅は香草(ハーブ)にこだわりがあるんだな」

「売る側としては当然です」

 にっこりと笑う世羅。

 司祭室で何度か淹れてくれた紅茶は確かに旨かった。それだけこだわっていれば当然か。

「ちなみに、咲良の部屋で淹れたのは香りが逃げて売りものにならなかった分です」

――と思ったら、アレでもダメな方だったらしい。

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