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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】一章 仲間たちとの出会い
12/242

礼拝堂

 帰りは――と言っても神殿の出口までだが――2人ともが送ってくれた。

 ちなみに、結局世羅と咲良の両方に教わる形となった。

 途中、咲良の姿を見た信者たちが自ら道を開け、さらに通り過ぎるまで礼の姿勢を崩さなかったことから、咲良がこの神殿で相当に地位が高いことがわかる。

「私か世羅に会いたいって言えばいいようにしておくから」

「さっきの部屋に行くってのはダメなのか」

 ちらちらと俺を見る信者の視線が痛い。できることなら目立たず見学のフリでもしながらこっそり行きたいものだが。

「……うーん。今回はたまたま世羅だったからいいけど」

 俺を見る視線の1つに咲良が視線をちらりと見ると、その信者はさっと顔を伏せた。

「まぁ、大抵あの部屋にいるからそれでもいいかな。わかった。今日神殿にいた人には事情を説明しておくわ」

 面倒臭そうな顔で、それでも咲良は笑って見せた。



「ところで三上さん、いつまでの滞在予定なんですか?」

 世羅(せら)が俺の横で歩きながら聞いた。

 ちなみにこちらもさっきギルドカードを見せてもらい、ようやく本名を知った。

 世羅=E=ウェブ。咲良とは一卵性双生児、つまり双子だとのことだ。

 世羅の方が後に生まれたので、戸籍上は世羅が姉。この町では、後に生まれた方は妹を守るために後に生まれるとされるためその順で戸籍登録される。

「4日くらいかな。仲間は今週いっぱいは休みだと言ってたな」

 もちろんそれ以上習得に必要だと言われたら、相談して俺は残るという選択肢もある、と付け加える。

「簡単なものならそこまでは必要ありません」

 世羅が言うには、簡単なものならものの数分で覚えられる範囲のものもあるのだという。

 世羅の得意系統は植物系、咲良の得意系統は肉体操作だ。

 明日の朝から、両方がそれぞれ得意系統を時間が許す限り教えてくれるという。

 別の場所でいいじゃないかと思ったのだが、咲良は立場柄ほぼ常に司祭室(あそこ)にいる必要があり、世羅は明日の朝、シェルシアへの礼拝に参加するので結局神殿にいるのだとか。

 帰り際、もし俺が入信したいと言った場合はどうなるんだという質問には、にっこりと笑って「もう一度、主神像の前でそれを言えたら合格としましょう」とのことだった。


 夕食の時、ボブらにそれを伝えると、ボブは神殿の人間が好意的だったことに驚いていた。

「俺はルーベルトの神殿に行ったんだが、ほとんど門前払いだったがな」

「あ、あたしも。フィラデルシアの神殿なんか剣向けてきたよ」

 どうやら排他的だというのは本当のことらしい。アレイも「俺もだ」と苦笑した。

「で、どの系統覚える予定?」

「植物系と肉体操作だったかな」

 素直に答えてやると、「マジか」とアレイが食い付いた。肩を掴まれる。

「できればでいいんだが、肉体操作の方、俺も頼めないかと聞いてみてくれ」

「――構わないが」

 異常な食い付きに少しヒきつつ言ってやると、それで気付いたのか、アレイは肩を離した。

 ちなみに、ボブとクーは明日は食べ歩きをしているそうだ。

「この町って美味しいもの多いのよね」

「その意見には賛同するが、酒が旨いことを忘れてもらっても困るぞ」

 目的は微妙に違うようだが、まぁ折角ここまで来たんだ。楽しめばいいだろう。

 ちなみにアレイは、魔法力石(マジックストーン)と呼ばれる触媒を魔法ギルドに買いに行ったり、時間が合えばクーとボブと合流して楽しむとのことだ。もちろん咲良が許可すればそっちを優先するということだが。

 冗談で、「俺は仲間外れか」と呟いてみたら、クーとボブが慌てたように「お土産買ってくるから」と約束してくれたので、笑いながら冗談だと返しておいた。


 ちなみに、今日一日ヒミは宿から出なかったらしい。日当たりのいい場所で一日丸くなっていたとか。


 そういえば月の洞窟の中でも、戦闘中以外は大人しかったな、などと思いつつヒミに手を伸ばすと、少しだけ俺の手をじっと見つめてから俺の横に寄って来て、そのまま丸くなった。

 ひょっとしてヒミはペット用の種類の蛇なのだろうか。明日は一緒に連れて行ってみよう。

 雑魚寝する他のメンバーを見ながら、すっかり存在を忘れていたスマホを取り出すと、いつの間にか充電は100%になっていた。



 翌朝目が覚めると、予想通りヒミと視線が合った。

 俺の上を降りるヒミを目で追うと、昨日とほぼ同じ位置で丸くなる。

 ちらりとスマホを見ると、時刻は7:32だ。確か朝の礼拝が8時。参加するしないはともかく、人目に付かずに司教室へ行くにはちょうどいいだろう。そういえば何時に集合とかも聞いてないな。

「――ヒミ」

 言って手を伸ばすと、ヒミは迷わず俺の腕を登り、肩に乗った。

 ヒミが入れるような、あるいは喜んで入ってくれるような入れ物があればいいんだがな。

 連れ歩いたところで町の人は気にしていなさそうではあったが、果たして神殿ではどうなのだろうか。気にするとしたら咲良の立場上、そんなヤツが近くにいると迷惑ではないだろうか。

――俺はそんなことを考えつつ、まだ寝ている他のメンバーの間をゆっくりと、足音をなるべく忍ばせて通り抜けた。


 甘かったかな。俺に向けられた視線を感じつつ思う。

 礼拝堂を無視して司教室へ向かう俺を、すれ違う人々――多分信者だろう――が疑わしげに見て行く。

――さすがに(ヒミ)はまずかったか。

 そうは思ったが、とりあえず無視して進む。人目が途切れたところでちらりとスマホを確認すると、7:45。15分前だが、よく考えたら2人ともいない可能性もあるな。

 その場合はどうしたらいいのか。礼拝堂へ行ってみるべきか、それとも。


「あら、三上。おはよう」


 唐突に声がして振り返る。

 礼拝用だろうか。昨日とは違う色の衣装だ。白ではなく黄。袖の飾りは銀に見える。

 一応おはようと挨拶を返す。

「いつ来ればいいのか聞きそびれてたからな」

 言ってみると、「そういえばそうね」と苦笑する咲良。

「じゃあとりあえず礼拝堂行こうかしらね」

「本当は入信するかどうかまだ決めてないんだが」

「……別の神に祈りを捧げたくらいで、神は怒ったりはしないわ」

 笑って咲良が呟いた。それも教えの1つだろうか。


「嘘は決して悪いことではありません」

 きっと礼拝前の話としては何度か繰り返されたのだろう咲良の教説は、シェルシアの教えそのものだった。子供たちが面倒そうに聞いている中、とりあえず大人しくその話を聞いてみることにする。

 根底にどんな教えがあるのかはわからないが、とりあえず咲良の言っていることを纏めてみる。

 嘘は悪いことではない。悪いのは嘘という手段を悪用することである。


 例えば、子供を寝かせるために吐く嘘がある。

「早く寝ないとオーガがやって来て食べてしまうよ」

 ちなみにこの言葉に子供は反応したが、咲良は子供には教説の意味がわからないように難しい言葉を使い、これは嘘だ、と子供が理解してしまわないようにその辺をさらりと誤魔化した。

 話を戻そう。これは嘘だ。寝ないから来るのではなく、親が子を寝かしつけるために言う筆頭だろう。

 しかしこの嘘にはいくつか子供に刷り込ませるものがある。

 まず、寝なくてはいけないということ。もう1つは、オーガという怪物は怖いのだということ。

 この2つは嘘ではないが、2つを合わせることで嘘になる。嘘ではあるが大事なことだ。


 例えば、隠した方が相手にとって良い場合がある。

 誰かが何か悪事を働いたとして、それを暴くことが必ずしも「良い」わけではないだろうし、相手を思いやって嘘を吐く場合もある。結果だけを見れば嘘を吐いたという事実が残るし、吐かれた相手は真実を知らずに終わったり、真実を知って何かを思うだろう。


 ちょっと違うかもしれないが、某巨大掲示板で見たコピペと呼ばれるものの1つを思い出した。

 ある病院で、二人の患者が同室になり、窓際の患者がもう1人に、という話だ。


 教説が終わると、シェルシア教典の「祈りの文」を全員で読み始めた。

――俺は教典すら持っていない上、席にもついていないので見ているだけだ。


「神よ。祈り、願い……ます」


 合わせて諳んじるつもりがないのにここにいるのは少し肩身が狭い。だが、これが終われば解散だと聞いているので、とりあえず待つことにする。


「汝、大いなる虚言者よ。我ら罪深き正直者を導きたまえ」


 狂信的な言葉だと思うが、得てして宗教とはそういうものだ。

 信じている者にはこの言葉は真実なのだろう。否定するつもりはない。


「我ら罪深き正直者は、嘘に慣れず。導き給え。嘘は罪深きものにあらず。救い給え導き給え」


 救われたい者は何にでも縋る。神もその1つに過ぎないし、その気持ちはわからなくもない。

 彼ら信者たちは、何か自分を立ち上げてくれるものを求めてここにいる。

 俺は、違う。

 少なくとも、今ここにいていい人間ではない。

 真剣に、咲良の読み上げる言葉を諳んじる人々に背を向け、礼拝堂を後にする。


「彼を救い給え、我を救い給え」


 実際に救うのが神ではなくとも。

 救われる魂はあるべきなのだろう。



 かなりの時間が経つが、咲良は一向に戻らなかった。何かトラブルでもあったのか、とは思う。すれ違いにならないように待っていたものの、ちらりとスマホを見るに、もう2時間ほど経っていることを知り驚いた。

 昔から何か考えると際限がなくなり、時間経過が早いと感じることはあったが、さすがに今回は長く待ちすぎだ。

 何かあったのか。探しに行くべきか。

 どうせ2時間待ったんだし、すれ違ったところで今更だな。

 ヒミも待ち疲れたのか、俺の肩の上でだらしなくぶら下がっている感じだ。

 つんつんとつついてみると、ひょこりと頭を上げたので、寝ていたわけではないようだが。


 少しだけ礼拝堂に近付くと、何やら喧騒が聞こえた。

 よくは聞こえないが、咲良がどうとか、教祖がどうとか、王位にあろう者がとか、断片的な言葉が単語としていくつか聞こえる程度だ。

 まぁ、とりあえず話がわかるところまで近付いてみよう。


「だから言っているだろう」

 騒ぎの中心にいるらしい男が声を張り上げた。

 今までで一番俺の耳に届いたくらいだから、相当大声だったのだろう。

 男は身なりが良く、咲良の着ている服と同等か、それ以上に価値あるものに見えた。

「その竜人は私の奴隷で、――」

「奴隷と言っても半奴なのでしょう?王族だからと勝手が過ぎます!」

 いきなり話が見えないな。少し見守るか。

「そもそもここは神殿です。たとえ彼女が全奴だったとしても、傲慢な振る舞いは謹んで頂きたい」

 咲良の隣で、教典を持った男が王族らしき男に静かに告げる。

「声をかけるだけが何故傲慢か!多少声が大きいのは認めるが、そこまで言われるまでではないぞ!」

「神への祈りを『くだらない』と称するのは十分傲慢です」

 あぁ、それはまぁ、どっちもどっちだな。

「ええい、いいからその竜人をこっちに来させろ!」

 男の言葉と視線に、よく見てみれば、確かに1人の竜……ドラゴンらしき亜人の姿が信者の影に埋もれている。

 どうやら男の方へ向かおうとしているようではあるのだが、見ようによっては男の方へ行こうとしている亜人を信者が食い止めているようにも見える。

……いや、あれは明らかに止めている。

 多分だが、止めている信者は小声で竜人に何か言いつつ、王族らしき男の元へ行くのを押し留めているのだ。

 ちらりと咲良の表情を見ると、いつから気付いていたのか、俺の方を見て苦笑していた。こちらはこちらで、この現状の意味がわかっているが建前上何もできない、と言ったところか。

 とりあえず自分を指差し、人ごみを指差してみる。これで意図は伝わると思うが、どうだろうか。

……残念ながら伝わらなかったようだ。首を傾げられた。

 仕方なく、もう少し丁寧にジェスチャーしてみる。自分、群衆、自分と指差し、口から何かが出るようなジェスチャー。

 これで伝わらなかったら、咲良の意向を無視して行動しようと考えたが、少し考える仕草をした後、咲良はこっそりと親指を立てた。

 あれはオッケーのサインなのかと一応疑うが、サインを指で円を作る仕草に変えてくれたので、間違いなくオッケーだと信じることにした。


「なぁ、そこの中の竜人さん」


 群衆が一斉にこちらを向く。ざわめく声も一気に静まった。

「迷惑なら申し訳ないが」

「何だ貴様は」

 横から口を挟んだのは、咲良の横にいる男だ。一応ちらりと咲良の顔を見ると、こくりと頷くのが見えた。

「そこにいる咲良師匠の弟子だ。この神殿では人の話は遮れという教えでもあるのか?」

 男は驚いた顔を見せ、継いで咲良の顔を見、それに合わせて肯定するように頷く本人と俺の顔を見比べ、言葉を止めた。

「で。竜人さん。言いたい事があるなら大きな声で言わんと聞こえないらしいぞ」

 言うと、尚も竜人に何か囁く信者が数人。

 困ったように、竜人が何かを呟いた。

――いや、呟いたように見えた。

 実際には声はない。聞こえなかっただけか?と一応近くにいる咲良の顔を見る。


解呪(ディスペル)


 その顔は、明らかに厳しいものだ。

 糾弾するかのように、さっき何かを話しかけていた信者を見やる。

「……。礼を言います、ミス・ウェブ」

 初めて聞いた竜人の声は、澄んだ鈴のように美しい、静かなものだった。

 そして礼のつもりか咲良に一礼すると、こちらにも向けて軽く頭を下げる。

 そうして、一言。

「邪魔だ。彼の元へ行く」

 自分と主人を隔てる信者たちに向け、きっぱりと言い放った。



 彼の元に竜人が辿り着いた頃には、すでに半分以上の信者たちが立ち去った後だった。竜人とその主人も、俺の方に一礼するだけで、話もせずに立ち去る。まぁ急いでいたようだから仕方ない。

 咲良は、1人の信者――竜人に何か囁いていた彼だ――に何かを言うと、彼は顔を驚愕に歪めて青ざめた。それに構わず、「では」とだけ言いつつ咲良はこちらに向かう。


「お待たせ」

「――いや」


 あえて周囲に聞こえるようにだろう、少し大きな声で再会の挨拶。一応それに合わせ、俺も少しだけ大きく声を出した。

 次に、掌を上に向けて咲良に差し出す。

「あら」

 咲良は、驚きつつも遠慮せずに手を取った。

「私たちの他に師匠でもいるの?」

「いや、作法はパーティメンバーから聞いた」

 昨夜、「どうせ知らないんだろ」との皮肉付きでアレイが教えてくれた。まぁどうせ目的は咲良の印象を良くするためだろう。


 司祭室までの間を歩きながら、さっきのは何だと聞いてみた。

 事の発端は、王族が礼拝堂に現れたことそのものだった。

 王族は王族の神がある。その神は一神教なので、他の神殿の中の一部には立ち入りできないのだが、時間を忘れて祈りを捧げていた竜人の帰りが遅いので声をかけた。

 まぁ、それがシェルシアを貶す言葉を含んでいたのは事実らしいが。

 それに腹を立てた信者たちが、竜人を一斉に取り囲んだ。まぁ王族を取り囲むわけにはいかないので妥当なところだ。

 まずかったのは、竜人に何かを囁いたアレだ。

 呪文の名は「静かに(サイレンス)」。物理的に声を出せないようにし、魔術を封じる呪文だ。

 他の信者は、竜人が何も言わないので、彼に嫌々従っているように見えた。嫌々従う事はない。半奴隷ならば信仰の自由は認められているし、あんな暴言を吐かれる謂れもない。神の名の許す限りは庇おう。その考えになかった咲良も巻き込まれて身動きが取れなくなったそうだ。

 しかし実態は違った。

 竜人は何度も何度も、出ない声で訴えていたのだ。彼の元へ行かねば、と。

 自分の声が出ていないことにすら気付かず、こうなったら実力行使も止む無し、と剣に手を触れたところで俺が現れた。ちなみに剣に手を触れたのは咲良が見ていた。いっそ流血沙汰になってから道を開けさせようと思っていたらしい。物騒だな。

 そうしているうち、再びあの信者が切れかけた呪文を唱え直したのを見て、咲良の立場上まずいと感じ、解呪した、と言うわけだ。


「じゃあ、俺が来なかったら」

「今頃流血沙汰ね」


 事もなさそうに言っているが、まぁこの世界ではそんなものなのか。それとも咲良の立場ではそれが限界なのか。判断は付かなかった。

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