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現実《リアルワールド》オンライン  作者: 消砂 深風陽
【ミカミ編】序章 不幸な男
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MMORPG

 

 溜息を吐いた。

 こんな心境を「最悪」と表現するんだろう。

 ここ数ヶ月、立て続けに悪いことが起きている。


 まず最初に、同棲していた彼女の母親が脳溢血で入院し、実家に帰省した。


 次にその直後、俺がインフルエンザにかかり、治る前に自宅で吐血。胃潰瘍と診断された。


 ようやく退院し、仕事に復帰すると、以前までのやり方を直属の上司に違うと指摘された。その上司の下に当たるリーダーに指示されたと言ってみたが、マニュアルに従え、口答えするなと言われた。仕方なくそちらに従うと、リーダーに何故やり方を変えたのかと聞かれた。事情を話すと、それだと営業成績を先方の手柄にされると愚痴をこぼしていた。


 それで目を付けられたのか何なのか、ことあるごとにマニュアルに従えと注意されるようになった。面倒臭くなり、全てマニュアルを総チェックしながら営業をすることにした。ちなみにそれでも営業成績は落とさなかったが、仕事の効率は間違いなく落ちた。


 それに慣れた頃、仕事帰りに事故を起こした。

 仕事の疲れだと言い訳はすまい。一時停止を見落としたのだ。

 相手がヤの付く人でなかったのは幸いだったが、それまで最高だった保険の等級は3つ下がった。相手は首を痛めたが、人身事故扱いにしなかったお陰で、免許の点数は減らなかったのは不幸中の幸いだろう。


 それにケリが付いた頃、彼女からしばらく帰らないと相談された。

 母親は退院したが、今度は父親が肝臓に異常があるとかで入院したらしい。当然のように父親が営業する店は休業したが、彼女は父親の入院の世話で帰れなくなった。

 しかしその後、彼女と共通の友人から相談を受けた。

 巨大掲示板の某スレッドで、彼女がちょっとおかしな行動に出ているというのだ。受け取ったメールのURL(アドレス)を開くと、スレッドの名前は「心中相手募集」だった。

 慌てて彼女に連絡(メール)をすると、彼女はそれをあっさりと認めた。彼女の母親に相談し、彼女は精神科へと通院することになった。


 だがそれがいけなかった。


 通院した先の医者は、はっきり言って考え足らずだった。

 彼女が眠れないと言えば睡眠薬を出し、落ち込むと言えば抗鬱剤を出し、効かないと言えば出す薬を強いものへと変え、通院する時間がないと言えば薬を多く出し、薬を紛失したと言えば再度同じ薬を出した。

 彼女はそれを3つの異なる病院でやった。結果、ほぼ一番強い抗鬱薬を、処方された3倍以上もの量、手に入れたことになる。

 まとめて飲んでも死ぬ薬ではないらしいが、ほぼ薬漬け生活だ。

 気付いた時、彼女は1週間分もの薬を、わずか3日で摂取する生活を送っていた。

 すでに退院済みだった父親は、店が忙しく気付かない。様子がおかしいと思っても何も言わない。母親も同様で、薬を管理してくれと何度頼んでも対応は一切変わらなかった。


 彼女の友人に相談しようとするも、彼女に言い包められた友人は完全に彼女の嘘八百を信じ切っており、耳を貸そうともしなかった。逆にこちらが悪いのだと言い始めた。


 さすがにこのままではいけない、と思った。

 なので高速バスに乗り、彼女を両親から引き離して自宅へと連れ戻した。

 連れ戻した方がいいんじゃないか、と言っていた、掲示板の一件を教えてくれた友人は、連れ戻したら連れ戻したで結局「相手の意思にそぐわないことは」と文句を垂れたが、「じゃあ他にどんな方法があったんだ」と問うと沈黙した。


 こちらの医者に見せると、境界型パーソナリティ障害と診断された。


 当然のように、彼女はこちらにいた頃に勤めていた職場を辞め、家に引き篭もるようになった。


――そうして、俺が仕事に行っている間に唐突に姿を消した。


 ついさっき帰宅し、メールや電話をするが、どうやら電源を切っているようだ。それに気付いて、手がかりを探そうとパソコンを立ち上げると、ブラウザの履歴に某巨大掲示板の名前があった。スレッドの名前は「心中募集☆2」。続いて、メールの閲覧履歴。


 脱力した。

 何もする気が起きなかった。

 もういいんじゃないかと思い、パソコンの電源を落とすべく、シャットダウンボタンを押した。


 シャットダウン直前、何かのプログラムが走る。


「――ん?」

 見れば、エラーメッセージが画面にあった。


【Er.05290 - Real-World-Online.exe

 このプログラムは終了されていません。キャンセルし、ウィザードに戻って終了するか、このまま強制終了するかを選択して下さい】


 見覚えのないメッセージ。リアルワールドオンライン?という名前にも見覚えはなかったが、とりあえず一旦キャンセルを押した。

 とりあえず、先生と呼ばれる検索サイトを使ってゲーム名を検索する。


 Real-World-Online.exeに一致する情報は見つかりませんでした。


「――え?」

 あっさりと返答を返した先生に、強烈な違和感を感じ、俺は間抜けな声を上げた。

 待て待て。良く考えろ。

「……見つからないって何だ」

 状況を整理するために、敢えて声に出して疑問を呟く。

 Real、World、Online、.exe。

 どのキーワードにも検索がヒットしなかった、なんてことは普通ありえない。

 全部存在する単語か拡張子だし、個々の単語であればヒットする以上、普通ならどれか1つ、あるいは全部ではない複数にヒットするだけのものが表示されるはずだ。

 試しに、と「Real」とだけ入力し、検索をかけてみる。

 検索結果は約 4,730,000,000 件と表示されている。

 ならば、と「Real World」と検索をかける。

 約 4,160,000,000 件。ほとんど減っていない。

「こんなもんだよな、普通……」

 呟きつつ首を傾げる。

 そういえば、そもそも俺はそんな名前のゲームをインストールした覚えはない。それが起動していたということは、きっと俺がいない間に彼女が勝手にインストールして遊んでいたんだろう、とようやく気付く。

 スタートメニューを開き、「全てのプログラム」と書かれたボタンを押す。


――あった。


 何故かスタートアップタグの中にそれはあった。

 パソコンを起動した際にプログラムも同時に起動したのだろう、と判断し、とりあえずそれをクリックしてみる。

 会社ロゴは「神 Presents」。思い切った会社名だな、と苦笑いする。

 確かにゲームを作ったという意味では神であってるけど。

 続いて、ゲームのタイトル、「Real-World-Online」のロゴが出た。

 START、と書かれたボタンがある。


「いかんいかん」


――迷わず押そうとして、寸前で手が止まる。

 自慢ではないが、俺は20歳台全般を、こういったMMORPGでかなり台無しにした。

 最初は、当時の彼女――今の彼女とは別人だ――に誘われて始めたのだが、やってみると意外と楽しく、また、会ったこともない人とチャットで話せるというのも、そのゲームにド(はま)りした原因の1つだった。

 正直その頃持っていたパソコンはスペックが低く、またインターネットの回線もエアー何とかとかいう、携帯電話をインターネットに特化したような回線だったので、ラグや回線落ちで死んだりチャット中に落ちたりと散々だったのだが、それも含めて楽しかったと言っていい。


 だが、それにのめり込むあまり、俺はリアルを疎かにした。


 チャットで夜遅くまで起きていた――と言うよりほぼ徹夜で話し込んでしまい、気付いたら会社に行く時間だった、とか。

 レベルがもう少しで上がるから今日は会社を休む、とか。

 当時オープンベータだったそのゲームは、なかなか正式サービスにならなかった。つまり無料だった。

 ギルドと呼ばれるシステムが実装し、自分のギルドを作ってからは、ギルド内のメンバーよりもレベルが高くなければいけないと思い込み、とにかくレベル上げに時間をかけた。最高レベルである100レベルに到達し、装備も考え得る限りで最高の装備を揃えた。

 それで終われば良かったのだが、当時の彼女に「スゴイ」と言われるのが嬉しく、つい2キャラ目を作ってしまった。

 1キャラ目のキャラは、プレイヤー内で「一番金を稼げる」と評判だった魔術師(マジシャン)だったので、2キャラ目は正反対に、(マゾ)御用達と言われるほど、一番金がかかる戦士(ファイター)を選んだ。

 その頃だったろうか。会社からは「もう来なくていいよ」と言われ、俺はその一言に喜んで退職し、退職したのでと実家から金を借り続けた。

 オープンベータがようやく正式サービスになり、2キャラ目の戦士を100レベルに到達させるだけではなく、盗賊(シーフ)を100レベルに、修道士(モンク)を95レベルにまで上げた。さすがに装備が最強だったのは魔術師だけだったが、それでもそこそこの相手程度なら一蹴できる程度の強さを極めた自信がある。


 MMOのキャラのレベルが高い人は人間としてのレベルが低い、とは誰の言葉だったか。


 その言葉通り、俺はもう正直人間のクズと言って差し支えない底辺だった。55の誕生日を迎えた父親には「就職活動のために資格を取っている」と嘘を吐いて金をせびり、借りた金の総額は覚えているだけでも7桁後半に及んだ。ついでに町金にも金を借りた。こちらも総額7桁だ。


 当時の彼女はそんな俺に見切りを付け、……いや、見切りを付ける前に浮気した。相手はギルドのメンバーだった。

 ついでに正式サービスに入って2ヶ月目、運営が唐突に月額サービス宣言をした。1枠3キャラ登録制で、月額1500円。5キャラいる俺は、2枠の登録が必要になる。


 そこで、ようやく目が覚めた。


 親に頭を下げ、出身の県に帰って今の職に就いたのが3年前。

 当時のギルドにいた、今の彼女から「最近来ないね」と連絡を受けたのをきっかけにメール交換をするようになり、フラれた慰めにとオフで会うようになって急速に距離が縮まり、どちらからともなく付き合い始めたのが2年半ほど前だったか。


 懐かしいな、と、ぼーっと考えつつ、俺はいつの間にかスタートボタンをクリックしていた。


【キャラクターポイントの総計を決めます。

 キャラクターポイントはキャラクターを作成する上での通貨のようなものです。

 クリックして下さい】

 画面にはそんな文字が表示されていた。

――いなくなった彼女のことを少しだけ思い出す。

 スレッドのタイトルは「心中募集」だった。つまり、俺のところを出て行ったのは、死ぬためだということになる。

 荷物もほとんど持って行った様子はないが、携帯と財布だけが見当たらないところを見ると、どうやら後のことは考えてはいないようだ。

 俺といるのはそんなに嫌だったのか、と悲しくなる。

 あぁそうだ。どうせ俺はダメなヤツなんだ。だったら俺だって、後のことなんか知ったことか。


 画面にボタンのようなものは見当たらない。

 適当に画面をカチカチとクリックしてみると、【999】、【29】、【42】、と数字が画面真ん中で変化した。

……今、最初の数字何気に高くなかったか。ってか999って最高値なんじゃね?何気に9の文字だけ色が金?っぽい色だったし。29の方の9も色が違ったけど。

 下の方には【よろしいですか?】とあり、その下に【OK】とボタンがある。どうやら某とともの形式らしい。ウィザード何とか形式?の方が通りがいいかも知れないが、ウィザード何とかはやったことがないのでよくわからない。

 何回押せるのかはわからないが、回数制限があるとしたら999を見逃してしまったのは勿体無いような気がする。

 まぁ、最悪一回落として再起動すればやり直せるか。ダメなら別のゲームにしてもいいんだし、と気を取り直し、もう一度クリック。


【1001】


 おい……。

 あっぶねぇ。999で止まってたら、最高値だと思い込んで決定してたところだぞふざけんな!と内心ドキドキする。

 まぁ所詮ゲームなのでやり直しは効くだろうが、個人的にファーストキャラは消したくない性格なのだ。

 だが、1001とはまた中途半端な数字が出たもんだ。多分最低でも1100はあるな、と判断する。1200以上が出るようなら、1500が上限ということも余裕で考えられる。

 そんなわけでもう一度クリック。

【2】

 アホか。クリック。

【1】

 嫌がらせか。クリック。

【201】

 クリック。

【15】

 クリック。

【1003】

 1001はやっぱり最高ではないか、わかってたけど。クリック。

【2499】

 っぶ。一気に飛んだな。

 2500が最高値だとしたら、最高一歩手前だ。

 回数制限があるとしたらどうなのか。潮時なのか?

――いや、別にやり込んだ後のゲームってわけでもないんだし、回数制限があるかどうかはともかく制限いっぱいクリックし続けてみるか。

 そんなわけでクリック。

【2】

 クリック。

【4】

 クリック。

【13】

 クリック。

【3542】

 おっと。またしても予想が外れた。ってかホントいくつまであるんだコレ。クリック。

【7499】

 騙されねえよ?さすがに。クリック。

【4】

 クリック。

【7】

 クリック。

【0】

 ぜ、ゼロて。ゼロって何だよ。クリック。

【9】

 クリック。

【22】

 クリック。

【1】

 一桁多いな……クリック。

【0】

 もう一回出ますかコレ……随分偏ってるな。

 どうやら、1桁が出る率が一番高く、桁が多いほど出にくいというシステムのようだ。

……つまり、上限がわかりにくく出来ているってことか。

 9だけが色違いで表示されるのも嫌らしい。最初の方で99とか999とか、9揃いが出たらそれで騙されそうな気がする。っつーか俺もさっき騙されかけたしな。ちゃんと一発目が999で止まったりしたら、その先を考えずにOK押しただろうな。まぁいいやクリック。

【9999】

「ほあっ!?」

 変な声が口から漏れた。さすがに手が止まる。

 どうなんだ。4桁が最高なのか。出ないだけで5桁とかあるんじゃないのか。これを逃して回数制限、とか悲しすぎるし、かと言って実は5桁ありました、出にくいだけで……とかって言うのも考えられる。


 先生で試しにいくつか検索してみるが、それらしきものはヒットしない。それほど無名なゲームなのか、何らかの情報規制でもかかってたりするのか。

――と、とりあえず落ち着こう。

 マウスから手を離そうとし、少しだけ手が震えていることに気付く。

 宝くじでも当てたような気分だ。これが本当の当たりなのかどうかはわからないが。



 ひとまずコーヒーを飲んでリラックスし、もう一度画面を見る。

――うん。何度見ても9999だ。金ピカだ。

 どう考えてもこれ以上はない気がする。仮に5桁があったとして、それが99999だとは限らないわけで。

 場合によっては次で回数制限、インストールし直してもIPで管理されてるのでダメでした、ってことも考えられる。

 IPを変える方法ってのもあった気がするが、そんな高度なマネは俺にはできない。つまり現状はどう考えても2択。


1.9999で終わる。

2.10000以上に賭けてクリックし、失敗しても泣かない。


 困った時はどうするのか。

 決まってる。コイントスだ。

 机の上から自分の財布を取り、中から500円玉を取り出す。

――こういう時って、金額が大きい方がご利益ありそうだしな。

 拳を横にし、親指の上に乗せる。

 息を止めてコインを弾くと、コインは狙い通り拳の上空でくるくると回転した。すかさず手の甲を用意し、コインが手に触れると同時に反対の手で押さえた。

「――あ」

 手を開きかけて気付く。どっちがどっちだ。面倒臭いから選択肢1が表でいいか。素早くそんなことを考える。

 いいよな?1が表で。後悔しないよな?

「……表、1」

 自分に言い聞かせる。1は表だ。

 ゆっくりと。手を開く。


 そこにあったのは500の文字。


 えっ。……500の方が裏だよな?

 わかっているはずなのに、思わず先生で検索。うん、500は裏だ。

――ということは。

「……やり直すのか。……コレ」

 はぁ、と溜息を吐く。

 自分が優柔不断なことは知っているが、どうにも押したくないという欲求がある。ならば欲求に従えばいいのに、それすら従っていいのかどうかという迷いがある。

「……。うん、どっちが表か決めてなかったし」

 さっきの結果は無効。そう決めた。

 のろのろと、もう一度500円玉を構える。

 今度はちゃんと決めてから放る。

 選択肢1が表。500が裏だ。

「よっしゃいくぜー」

 小声で無理矢理気合を入れ、親指を跳ね上げた。

 ピン、と軽い金属音を立て、手の甲を用意。手にコインが当たるのとほぼ同時に逆の手で押さえ、今度はノータイムで結果を見た。

 500の文字はない。表だ。

 マウスを操作し、OKボタンの上にカーソルを動かす。


「――いや、でもなぁ」


 だが、ここで永続魔法(マジック)、「優柔不断」が発動。

 次に押した結果が99999だったらどうする?

 そうじゃなかったとしても、20001とかだったら?

「……裏が1回、表が1回だしなぁ」

 あれ?さっきの結果は無効にするとか決めた気がする。どうだっけ。

 いいや、もう一回。もう一回だけコイントスだ。

 そう思い、マウスから手を離――


   カチッ


「あっ」

 思わず情けない声が出た。

 OKに合っていたカーソルから手を離そうとして、離す瞬間に間違って押してしまったらしい。

「ぎゃー」

 思わず頭を抱えたり顔に手を当てたりするが、もう遅かった。

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