1-8
「…本当に何しに来たんすか。せめてお供くらいはつけてください」
年上の幼馴染の少し情けなくもいつも通りの姿を見て、漣は大きく溜息をついた。
「え?私たちの高校生姿を見に来たんじゃないの?」
そんな漣を見て、優香は左右に座る漣と勇を交互に見比べて、ボケなのか素なのかそう言った。
「…なあ、お前のそれボケ?素?」
「しらふってなに?」
優香は小首を傾げて漣を見る。
「いや、いい。そんなことより勇さんの話聞くぞ」
漣は目の前に座る勇に顔を向け、聞く姿勢をつくる。それを確認した勇は苦笑いしながら要件を話し出す。
「そう改まるな。話は簡単だ、今日からお前達の護衛を務めることになった」
「護衛…っすか?」
漣は訝しげに眉を顰め、しばし思案していると目を軽く見開いた。
「ったく、相変わらず理解が早いなお前は。その早さは時として綿で首吊るぞ」
勇は漣が理解したことを瞬時に把握し、その理解力を少し心配した。
つまりは、そういうことだった。勇が今日この時にこの宣言をするということは、今日香理が〈神具〉の携帯を許可することも、漣を呼びとめ優香を託す言葉を残すことも―――その呼び止めた内容は少々、いや、だいぶ香理の大巫女としてより母親としてのほうが強いが―――全て優香や漣の預かり知らぬところで決まっていたということだ。それはつまり、漣の微かな希望も打ち砕かれたということでもあった。
本当に、その時期は来るのか、もしかしたら杞憂に終わり優香が何の変哲もない普通の人生を送れる。こんな悩みも抱えずに優香と一緒に……。
そう、思いたかった。例えそれが色んな意味で叶わない願いだとしても。
「漣?」
そんな漣を悩ませている元凶の一つが、黙り込んだ漣の顔を覗き込んだ。その顔を見ていると心が勝手に安らぎ、それと同時に襲う不安に駆られながら漣は優香の頭を撫でた。
「いや、なんでもない。少し腹が立っただけだ」
優香を、自分を囲う全てを守りぬけるか自信のない自分を、そしてまだ自信が持てないのにも関わらず降ってくる災いにも。そしてそれをわざわざ知らせてきた従兄弟にも、八つ当たり気味みに、だが。
「え?私なんかした?」
優香は漣が腹を立てている理由を自分のせいかと勘違いした。そんな優香を、漣も勇も今は分家や本家、守る守られる立場やしがらみなどないただの幼馴染として暖かく微笑んでいた。
「…やっぱり私のせい?」
「間違ってはないな。とりあえず、明日お前のやることは宿題を終わらせることだ」
「うー…入学式当日なのに何で宿題なんてあるの」
そう言って教科書やノートが乱雑に置かれている机の上にだらんと項垂れる優香を漣は冷たく一刀両断する。
「あの学校は進学校だと分かっていただろ」
「分かってるよ!でも何であんな県立一の進学校に行かなきゃいけないのよ…」
「確かにお前の頭じゃ現実は厳しいな」
「誰が他人の批判をしなさいと言ったのよ…」
机に項垂れた姿勢からジトっと漣を見る優香。
「事実だろ」
「うー…こんな学校でなんかやっていけないよ…」
「それが俺達の家の決まりだろ。とりあえず卒業はしろよ」
「しろよって…手伝ってくれないの?!」
机から跳ね起き、泣きそうな顔で漣を見つめる優香を一瞥した漣は勇に視線を戻して呆れ混じりに言った。
「…手伝うだけだぞ」
「漣!ありがと!」
泣きそうな顔から一転、今にも飛びつかんばかりに喜びを表す優香。
「漣は優しいなー」
「…勇さんは手伝う側ですからね」
「……人使い荒いな」
勇は漣の言葉に苦笑いした。
「勇さんは大学生ですからね、期待してますよ」
「……本当に人使い荒いな」
今度は苦笑いではなく本当に苦々しい表情で言葉を紡ぐ勇であった。
勇さん、立場弱っ(笑
本当はもっと凛々しくなってもらうつもりだったんですけどね。
浴衣に眼鏡にクール…美味しいですよね。
ですが今回は強気よりヘラヘラキャラになってもらいました。
でないと文字だけでは漣との区別が難しそうなんで。
絵が描ければ、漫画も描きたいのに…。