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体育館での入学式も無事滞りなく終わり、少女は学校の校門前の壁に寄りかかっていた。
校門前は、入学式が終わったこともあって多くの新入生やその家族が出ていく。その中で少女はなるべく邪魔にならないように人を待っていた。
「はあ…入学式だけだったけど案外疲れた」
初めは生き生きとさせていた顔も、今は多少の疲労感を見せていた。
そんな時に少女にかかる声があった。
「ねーお嬢さん、暇なら俺と遊ぼうよ」
髪を金色に染め、軽薄そうに制服を着崩した男子生徒が明らかに少女とは面識のなさそうな声をかけてきた。少女はそれを横目で一瞥すると、また前を向いて男子生徒と取り合おうとはしない。それに腹を立てた男子生徒は少し乱暴に少女の手を掴んだ。
「おい、聞いてんのかよ」
「ちょっ離して下さい!人を待ってるんです!」
焦った少女がいくら振り払おうが、いくら力を込めようが女の力が男の力に敵うはずもなく腕を掴まれたままお互いの息がかかるくらいにまで近づいてきた。
「離してっ」
それでももがく少女に、男子生徒はもう片方の腕も掴んで少女の体を壁に押し付け、見動きができないように封じてしまった。
その時、掴まれた腕にはめている金色の腕輪が小さく、金属音を奏でた。
「可愛い顔して結構なお転婆じゃんか」
男子生徒が悪者顔でニヤリと笑い、さらに少女に顔を近づけようとした瞬間、
「おい」
男子生徒の後ろから、男の声がした。
男子生徒が舌打ちしながら後ろを振り向いた瞬間、その男は遠慮も手加減もなく男子生徒の顔を拳で殴った。男子生徒の手は少女から離れ、勢いよく尻もちをついた。
そこにはいつの間にか、茶色い髪を短髪で揃え、髪と同じ色の釣りあがり気味の鋭い瞳が男子生徒を見下ろしていた。白いブレザー型の制服は男子生徒のそれと酷似しているけれど、ネクタイの色が違う。男子生徒は紺、男は深紅のネクタイをしていた。ちなみに少女が身につけている制服のタイも深紅だ。
「汚い手でこいつに触ってんなよ」
男は固く握り締めた拳をまた振り上げようと構え、それを見た男子生徒は殴られた頬を押さえて慌てて逃げていった。
「ったく…大丈夫だったか?」
フンと鼻を鳴らして相手が逃げた方を見やったのも一瞬、すぐに少しぶっきらぼうに少女の方を見てその身を案じた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「別に。帰るぞ」
少女が微笑んでお礼を言うのに比べ、男はそれだけ言うと少女に背を向け歩き出した。少女はそれを小走りに追いかけ、男の隣に並んで一緒に歩く。男は少女が自分に追いついたことを足音で感じると、ほんの少しだけ、歩く速さを落とした。
その姿はさながら、恋人みたいに見えなくもなかった。
少女の名前は時宮優香。
今年から一般私立高校に通う高校一年生だ。
「それにしても、殴ることはなかったんじゃない?」
男の名前は犬塚漣。
優香と同様に今年から一般私立高校に通う高校一年生。
「面倒だ」
二人は家同士が近く、家族ぐるみでの付き合いがあり小さいころから幼馴染としてよく一緒に行動していた。今日も、優香は漣と帰るために校門前で待っていた。
優香と漣は同じクラスだが、漣の髪の色を担任になった教師に早速咎められ職員室に連れて行かれた漣を目撃した優香が溜息をつきながら校門の前で待つことになったのだ。
「面倒って…手は痛くない?」
「あんな奴殴ったところで痛むことはない」
優香は心配そうに、自分を守る為に使われた漣の手を心配そうに見つめて聞くが、連は優香の方を見ることなく簡潔に答える。実際、拳を当てたところがよかったのか漣の手には怪我一つ見当たらなかった。
「なら良かった。今日は家寄ってくの?」
優香は漣が心配ないと言った言葉を信じ、話題を変える。
家族ぐるみでの付き合いがある以上、それなりに漣は優香の家を行き来していることからくる質問だ。優香と漣は家族ぐるみ以上の付き合いがないこともないのだが。
「寄っていかなかった時があったかよ」
「ううん、ない」
ため息混じりに、本当に面倒そうに呟く漣に、優香は笑顔で答えた。
そんな二人が着いた先は一つの神社。その赤い鳥居をくぐりそこらの神社よりは少し大きめの神殿前で二人は一礼をしてまた鳥居をくぐり神社を後にした。
そして向かった先は神社の隣にある塀に囲まれた大きい屋敷。
「ちょっと待ってね」
優香はそう言って、大きい屋敷に相応しい威厳ある門の前で淡いピンクで黒い猫のストラップが付いている携帯を取り出し、僅かな指の操作をしてその携帯を耳にあてた。