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八話


 『魔術とは、魔力を用い、精霊を経由して、本来起こり得ない現象を引き起こすすべである』


 現象はおおよそ四大元素と呼ばれるものに依存する。

 精霊は遍く世界に存在する魔力袋であり、超常そのもの。ヒトには知覚し得ないが、確かにそこに有る何か。魔力に惹かれ、魔力を利用する理性無き現象。あるいは、霊魂の残滓とも。

 魔術を実行する方法は二つ。口頭での詠唱か、魔力で陣を描くか。精霊に意志を伝えるために何を用いるかで現象の規模に差は出ないが、口頭の方がより複雑な魔術を扱うのに長けている。

 僕ができる範囲など、どちらの方法でも大して変わらない。全く複雑な動きをさせられない以上、できるのは――有り余る魔力リソースを、ありったけぶち込むことだけ。


「ちょ、ちょっとあなた、何を考えていますの!? そんな大きさ……」


 あからさまに狼狽え始める彼女を無視して、指の軌跡は円を結ぶ。

 陣に注ぎ込める魔力の量はその大きさに比例する。掌サイズの陣でも火の玉を発生させるくらいならなんてことのないそれを、腕の長さを半径とするほどに巨大にすれば。


「それだけの魔力を一度に、使った、ら……」


 喚くだけで何もしてこないなら好都合だ。

 描き終わった陣に掌を押し付けるようにして、更に魔力を足していく。細かい操作はできないが、最低限放出さえできれば、後はいるのかもわからない精霊とやらがなんとかしてくれるはずだ。


「ど、どうして倒れませんの?」

「僕、魔力量だけはちょっとしたものみたいで」


 言うと同時に、陣から指を離す。それと同時、込められた魔力に比例するように眩く光っていた陣が砕け散るように空気に溶けた。

 入れ替わるように、大量の水が上空に・・現れる。

 自分で操作できないのならば、精霊に頼めばいい。単純な動作であるなら尚更だ。

 プール一杯分はありそうなそれは、重力のままに広場に真っすぐ落ちてくる。僕自身も巻き込まれるだろうが備えはしている、堪えられないほどではない。

 うまくいけば、大量の火球を消しつつルネットさんの態勢を崩せる。

 少しずつ詰めていた距離を生かすとしたら、今しかない。

 辺りは一面水浸し。思ったよりも火球の量があったらしく、水蒸気が立ち込めていて周りの様子は何も見えない。周りの生徒が騒いでいるのが聞こえるが、これまでの流れ弾も対処していたみたいだし心配無いだろう。

 けぶる視界の向こうに彼女の赤い髪と、水蒸気を一気に吸い込んだのか咳き込む声が聞こえた。思った以上の成果だ。


「水よ、柱と成れ。風よ、氷と成せ」


 呟くようにした詠唱で手元に細く小さな水の柱が現れ、そのまま凍りつく。手が張り付く上、あまりの冷たさにすぐにでも手放したくなってくるが、降伏を勧めるだけの短い間だけだと言い聞かせ堪える。

 本当はここでもっとしっかりした武器でも突きつけられれば恰好がつくのだろうけど、狙いが逸れて貴族の肌に傷でも付けようものなら一大事だ。牢屋行きになる可能性も多分にある。

 まあ、そうしない理由としては僕の力量不足というのが一番なんだけど。


「降伏……してもらえますか?」

「ごほっ……仕方、ありませんわね……」


 その言葉を聞き、僕の限界も手伝って氷の棒を消した次の瞬間――


「なんて、言うとでも思いまして!?」


 ――彼女はそう言って見事な蹴りを、あろうことか僕の股間に叩き込んだのだった。


 強烈な痛みに気を失った僕が次に目を覚ました場所は、無論医務室だった。




 一応、みんなにあれやこれや言われながらも応援されて出陣したのだ。

 まさかこんな負け方をするとは夢にも思わなかった。


「申し訳ございませんわ……」


 目が覚めるまでついていてくれたらしいルネットさんは、一通り体の調子を聞き終えると深々と頭を下げた。その隣で、何故かルチアさんまで頭を下げていた。やはり申しわけなさそうな不安そうな表情でこちらを伺っている。

 蹴られたところの痛みはまだ引いてないし言いたいことはたくさんあるのだが、ルチアさんというイレギュラーがいることで怒りよりも疑問が先に浮かぶ。


「ルネットさんはまだわかるんだけど、ルチアさんまでどうして?」

「説明はするから、先に返事をしてあげて欲しい、かな。この人、多分言うまで頭下げたままだから。そのまま説明するんでも構わないっていうならするけど」


 苦笑いに近い表情のルチアさんの言う通り、ルネットさんは頭を下げたままの姿勢でじっとしている。

 軽い気持ちであんなことをしたわけではなさそうだというのは伝わってきたものの、このままでは話ができない。謝罪をもらった今、欲しいのは説明だ。


「ルネットさん、その、頭を上げてください」

「ですが、わたくし……」

「……不幸中の幸いというか、男であるってことは大勢の人が納得する状況だったと思いますし。今は説明が欲しいです。だから頭を上げてください」


 そこまで言ってようやく頭を上げたルネットさん。表情はまだ陰りが見えるものの、話をするに支障はないだろう。


「言っちゃうと、元々それを狙ってやったことだったからね」

「……狙って? この決闘騒ぎを?」

「結末も込みでね。流石に気絶しちゃうとは思わなかったんだけど……そこはその、ごめんなさいっ」


 こっちは潰れたかと思ったのに。

 文句ならいくらでも言いたいくらいなのだけれど、二人とも真剣に謝っているので大人げない気がしてしまう。

 深いため息を一つついて、ルチアさんに視線をやる。どうも彼女の方が話が早そうだ。


「それで、どういうこと?」

「えっとね――」


 ルチアさんの話を要約すると、こうだ。

 ルネットさんはそもそも、ヒューに付き纏おうとしていた人達をまとめている立場らしい。その一環として、何か問題が起きた時にルチアさんと連携して事態の収拾にあたるのが常だとか。

 普段だったら決闘の制約で縛って終わり、にできるが、今回に限っては僕が男である。寮で同室でもある以上、男性であることを公然で証明しない限り、どうあがいても面倒な事態に延々と陥る羽目になる……というわけでの、あの蹴りである。


「わたくし達だけでは、他に方法が思い浮かばなかったんですの……本当に、申し訳ございませんでした」

「いえ、それももういいですから」


 再び頭を下げるルネットさんを慌てて止めた。僕にも他に案は浮かばない以上、あまり強くは言えないだろう。


「でも、それにしたって僕に言ってくれたってよかったんじゃないですか? こんな痛い思いしなくて済んだだろうし……」

「わたくしたちが結託していることは、極力伏せておきたいのです。そのために、本気で戦っていただく必要がありましたの。演技が達者な方であればあるいは……とも思いましたが、不確定な要素はあまり増やしたくなかったのですわ」


 ……彼女たちからすれば、こうするよりほかなかった、ということだろう。

 僕としては迷惑甚だしい。損害賠償くらい請求しても許されると思うのだけれど。……結局、負けたから学費の問題も解決してないわけだし。


「じゃあ、仮に僕が勝っていたら?」


 決闘という形式をとった以上、ルネットさんが負けていた可能性は十分にある。その場合どう収拾をつけるつもりだったのか。


「仮にそうなっても、問題はありませんわよ? 元々迷惑料代わりに学費の援助はさせていただくつもりでしたし、わたくしに勝てるだけの実力があれば、いずれご自身でなんとかなさったでしょうから」


 逆に言えば、ルネットさんに勝てない程度では自力でなんとかするのは困難ということだろうか。どうしてたかだか一人のルームメイトのためにこんな目に遭わなきゃいけないんだ。


「……ところで、今回の決闘、結局どういうことになるんでしょう?」

「どういうって?」

「いや、ルネットさんの勝ちなら僕、結局ヒューと同じ部屋っていうのだけでもどうにかしないといけなくなるんだけど」


 その必要があるのかと言われると甚だ疑問だが、約束は約束だ。

 僕の一存でどうにかなるのかはともかくとしても、最低限担当の先生に掛け合ってみるくらいはするべきだろうか。


「それでしたら、ヒイラギさんが男性であるという時点で無効ですわ。先ほども申しましたが、学費の援助もさせていただきます。一歩を間違えればヒイラギさんの人生を左右してしまうような事をしてしまったわけですから。後日書類をお持ちしますわね」

「あ、ありがとうございます」


 ……結果的には、僕が痛いだけでほとんど円満に解決した、と言って問題ないのだろうか。その一点が激しく納得いかないのだけれど。


「話も纏まったところで、そろそろ解散しよっか。そんなに時間は経ってないから門限はまだ大丈夫だと思うけど、ミコト君お腹すいてない?」

「えっと……言われてみれば?」

「結構魔力使ってたもんね。ちょっと間食おごるよ、あたしからのお詫びってことで!」

「そういうことなら、お言葉に甘えて」


 まあ、相変わらずお金を持っていないので、奢ってもらわなければ食堂でしか飲食できないんだけど。学園内だから生活できてるというだけで、よく考えれば学費以外のお金もどうにかしなければならない。


「それでは、わたくしが先生に知らせておきますわね。お二人はどうぞ」

「ありがとうございまーす! それじゃミコト君、行こ! あ、立てる?」


 やや心配げに尋ねて来るルチアさんに「大丈夫」と返しながら、ゆっくりとベッドから立ち上がる。……うん、思ったより大丈夫そうだ、よかった。

 本当に、よかった。


「ルネットさんも、ありがとうございました。また後日お願いします」

「ええ、また後日」


 にっこりと笑う彼女に見送られながら、僕の意識は既に何を食べるかに向いていた。

 約束通り後日、あんな形で会う破目になるとは思わなかったが。




 数日後。

 僕が男であることが不本意な形とは言え周知され、クラス外の生徒から珍しい物を見るような目を向けられながらも安心していたのも束の間。


「……ええと、気を付けるって、何に?」

「何にと言われると、私も困るのだけれど……」


 その情報を僕に伝えたのはセリアさんだった。

 彼女はあの後、「良かったわね」とだけそっけなく言い放ち、しばらくは同じクラスにも関わらず話しかけてくることも、昼食を共にすることもなかったのだけれど。


「いや、気を付けなさいってだけ言われても……何かあったの?」

「……私もよくは知らないわよ。ただ、なんていうか……ちょっと、変な話を聞いたというか……」


 珍しく、と言えるほど彼女のことはよく知らないが、こういう歯切れの悪い感じというのは少々意外だ。

 それとも、何か言いにくいことなのだろうか?


「えっと、場所移す?」

「それには及ばないわよ。……その、噂になっているようだから、少し気になって」


 まあ、それは否定しないけど。

 性別の件もだが、どうやらやはり黒い髪というのが珍しいらしく、それで余計に拍車がかかっている感じもする。


「私は、そういうのはよくわからないのだけれど……と、とにかく、私は忠告したわよ?」


 それだけ言うとセリアさんはとっとと教室から出て行ってしまった。

 普段は毅然としているが、今の様子はどちらかと言えば「しおらしい」という言葉が似合うだろうか。少々怒りっぽいとは思うが、根はいい人なのかもしれない。

 とはいえ、彼女の話が要領を得ないものだったことに変わりはなく。


「……どうしようも無いよなぁ」


 人の噂も七十五日なんて言うし、諦めて無視しておくしか無い。

 もし万が一実害が出るようだったら、その時に考えよう。




 などと思ったのが間違いだった。

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