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六話


「いやもうびっくりしたー、戻ってきたらお嬢が人殺しかけてるんだもん……」

「殺すわけないじゃない、校内だって法の下よ」

「いやでもあの量の魔力は……」

「うるさいわね! ちょっと調整を間違えただけよ!」

「それで死人出たらたまったもんじゃないんですけど!?」


 戻ってきたセドがてきぱきと場を収めて、大きな騒ぎにはならずに済んだようだ。今は……お説教タイム、だろうか。


「そもそもお嬢、最悪怒るだけで燃えるんだから……」

「うるさいって言ってるでしょう!? あんなの無視できる方がおかしいわよ、ルチアは困ってたヒュアトスを助けただけじゃない! なのに毎度毎度凝りもせずに突っかかってきて、腹が立つことこの上ないわ!」

「だから、あたしは別に――」

「私がよくないのよ! 今まで何度我慢してきたと思ってるの?」

「ああもう、わかった、わかるよお嬢の言いたいことは。でも一旦落ち着いて、な? ここ燃やしたらマジでヤバいから」

「燃やす燃やすってうるさいわよ!」

「だから落ち着いて!?」


 顔を真っ赤にして喚き続けるセリアさん。先ほどの三人組を圧倒していたような迫力は微塵もないが、これはこれで駄々を捏ねる子供のようで手が付けられない。


「……あの、ごめん。どういうことか聞いてもいい?」


 思いっきり膨れているセリアさんを前にして聞くのも勇気が要るが、そもそも状況がわからないのではいつ虎の尾を踏むかわかったものではない。

 気まずげに視線を交わし合うヒュー、ルチアさん、セドの三人を見て、話を聞くのは難しそうだと思ったが、意外なことに口火を切ったのはセリアさんだった。


「……ヒュアトスって、顔が綺麗じゃない?」

「へ? えっと、まあ、うん……?」


 唐突な話の振られ方に戸惑いつつも、同意を返す。僕のように中性的な感じはあまりないものの、表情に乏しいこともあって美術品めいた印象を受けるほどに「綺麗」な顔であるのは事実だ。

 まあ、それを言うセリアさんもまたおそろしく綺麗な顔なわけだけど。


「だからなのか、やたらと執着している人がなんだか沢山いるみたいなのよね。それで、学費提供者ってことで仲良くしているルチアが気に入らないらしくて、たまにああやって頭の悪いことをしてくるの。ほんっと、どうしようもないわ」


 最後は吐き捨てるようにそう言い、むっつりと黙り込む。それを聞いたヒュアトスも、心なしいつもより沈痛な面持ちだ。

 二人ともそんな顔さえ様になるのだから、見てる側としては執着されても已む無しという気さえしてくる。勿論、暴言を吐いたり暴力を振るったりするのを許容するわけじゃないけど。


「えーと、まーそういう感じ……かな? そういう人達が全員そういうことしてくるわけじゃないんだけど」


 面と向かってあれこれ言われた張本人だというのに、ルチアさんはどちらかと言えば、セリアさんがあれだけ怒りを露わにしたことの方を問題視しているようだ。


「……ま、待って、その口ぶりだとそこそこの人数いそうだけど、そんなに多いの?」

「他の学年にもそこそこ知れてるから……数十人くらいはいそうだよな。流石に三桁いくかはわからないけど……」

「いや、それでも十分でしょ……」


 思わずドン引きだ。そもそも初等部で一学年に百人ちょっとしかいないのに。


「それにしても、困ったことになっちゃったかなぁ……」


 口を尖らせて不満そうにそう溢したのはルチアさん。既に十分困ったことにはなっていると思うんだけど……そういえば、ルチルさんが来てないのも何かわけがありそうだったし。


「だなぁ……ミコト、気を付けろよ」

「え、僕? 気を付けるって何に?」


 急に名指しで気を付けろと言われても、今までの流れで何に気を付ければいいのかまるでわからない……が、嫌な予感だけはする。


「多分、ミコトくん女の子だと思われてるんだよね……顔が知れちゃったから、もしかしたらヒュー関係の変な子に絡まれちゃう……かも?」

「……うそぉ……」

「……すまん」


 謝ったヒューには申し訳ないが、素直に「気にしないで」とは言えそうにない。




 異世界四日目。

 日に日に視線が変質していっているような気がしたのは、気のせいではなかったということだろうか。まだまだ好奇の視線の方が強いものの、意識を向けるとあまり直視したくなかった現実もちらほらと見え始めた。

 ……多分、ヒューの関係だけじゃない。昨日僕に間接的に言われた「けがらわしい色」という言葉がどうも引っかかっていた。

 色と言われれば、やはり思い浮かぶのは髪の色だ。薄々思ってはいたが、どうもこの学園、色の暗い髪の人がほとんどいない。僕のように黒と呼べるほどとなると、まだ一度も見た事がなかった。

 強いていうなら学園長が一番暗い色だっただろうか。それでも、僕からすれば十分に鮮やかな色だったけれど。

 もし「けがらわしい色」という感覚が、あの生徒やこの学園だけでなくこの世界に共通する感覚だとすれば……初日以降、好奇の目を向けて来る生徒さえ話しかけてはこないことにも、説明がつく。

 どんな世界にいても外見で苦労しなければならないというのは、悲しみというよりも苛立ちをおぼえた。


「ミコトー、ヒュー、ご飯行こう!」

「うん、今行く!」


 一足先に授業が終わったらしいセドが、教室の入り口から声をかけてくる。

 それだけのことが、今は少し嬉しい……かもしれない。

 食堂に向かおうとして、教室の入り口で足を止めた。教室の後ろの方にいる銀髪の少女を見つけると、彼女もこちらに気付き、苦笑いを返した。




 この学園に来てから初めて、一人で出歩いている。

 昼食中に聞いた話によると、なんとなくあの五人でつるんでいる、というくらいで毎回五人で食事をしていたというわけではないらしい。特にここ半年は、ルチルさんはほとんど出て来なかったという。

 何度理由を聞いてもやんわりとはぐらかされ、一度はセリアさんが激怒する事態にまでなったが、それでも状況は変わらなかったらしい。ヒューの関係で何か、というのも疑ったが、彼女に対しては不思議なくらいに嫌がらせじみたことはされていないようだった。

 会ったばかりの僕が気にすることではないと思うのだけれど……みんなの心にそれなりに影を落としているのは間違いなさそうだ。


「ちょっとそこのあなた、止まりなさい!」


 今日はこれといった予定も無かったようなので、図書館で勉強でもしようと思っていた。本を選ぶのを手伝ってもらおうかとも考えたが、付き合わせるのも悪いし、万が一でも「知らなすぎる」ことに気付かれたら分が悪い。


「まあ、無視なさるおつもりですの? そうはいきませんわよ!」


 この学園、学費の関係で生徒の八割近くは貴族子女らしい。

 そのためだろうか、こういった所謂「お嬢様言葉」を使う人は決して少なくない。ルチアさんのようにそれらしさを全く感じさせない人の方が珍しいくらいだろう。

 人通りはそれなりにある場所ではあるが、声をかけられても気付かないほどではない。これだけの大声で呼び止める方もさることながら、この状況で無視を決め込む人もなかなかに肝が据わっている。


「ねえ、ちょっと! 止まってくださいまし!」


 反論する声も無い、本格的に無視されているようだ。ちょっと可哀想。


「止まりなさいと言ってるでしょう!?」


 若干の泣きが入ってきたところで、ようやく本人も動くことにしたようだ。最初からそうすればよかったのに。

 珍しくコツコツと硬質な音を立てる足音が背後から近付いてくる。僕のすぐ横を通り過ぎていったのは、真っ赤な髪を肩の高さで切り揃えた背の高い女性。

 そのまま数歩進むと……僕の方をくるりと向いて、立ちふさがった。つまり――


「……僕、ですか?」

「そうですわ! わたくしを無視するだなんて、良い度胸ですわね!」


 ……いや、気付く方が無理じゃない?


「すみません、まさか自分のことだとは思わなくて……名指しされたわけでもありませんし」


 周りには他にも人がいるし、ましてや自分はほんの数日前に転入してきたばかりの人間だ。見ず知らずの人にあれだけ盛大に呼びつけられるなどと思うはずもない。


「それは……それもそうですわね、失礼いたしましたわ」

「あ、いえ、あまりお気になさらず」


 急に落ち着いて、至極冷静かつ丁寧に謝られた。つい反射的にこちらも頭を下げ返す。


「それで、何か僕に用ですか?」

「そう、そうでしたわね!」


 またしても急に、今度は元のテンションに戻る。

 片手を腰に当てて胸を張り、もう片方の手でビシッと効果音が付きそうなくらいの勢いで僕を指さす。


「あなた、聞きましてよ! 編入早々セフィル様に付き纏っていらっしゃるとか!」


 その一言で全てを察した。思わず手で顔を覆って天を仰ぎたくなったがすんでのところで堪える。


「編入したばかりで勝手がわからないのはわかりますわ。セフィル様はお優しい方ですから、ついつい頼りたくなってしまうのもわかります。けれどだからといって、わたくし達それを見過ごすわけには参りませんの!」


 腕を組んで頷きながらそう言い放つ彼女。つい白けた目で見てしまったが、昨日とは違い無意味に詰られたり貶されたりしないだけ遥かにマシと思うべきだろうか。

 ……ところで、この関係で一つどうしても気になっていることがある。


「あの、どうでもいいんですけど、彼って平民ですよね? なんで様付け――」

「学園内において身分の差など無意味です、つまりわたくし達が呼びたいように呼ばせて頂いているだけですわ! それにあのように美しいお顔、もしや高貴な血を引いていらっしゃるのではと専らの噂でして――ではなく!」


 食い気味に語るさまは実に生き生きとしていた。このまま脱線してくれないかな、と一瞬思ったがそうは問屋が卸さなかったようである、残念。


「これはあなたのことを思って忠告していますのよ! 女性の身で不用意に近づくと、色々な意味で痛い目を見ることになりますもの」


 そう告げる顔には、確かに心配していることを示す憂いがあった。……ルチアさんのこと、実はそれなりに知られているのだろうか。だとすればまるで看過されているようで、それはそれで腹が立つのだけど。

 それはさておき、懸念通りの勘違いをまずは訂正しなければならない。


「あの、そのことなんですけど……僕、そもそも男なので……付き纏うも何も、寮で同じ部屋なのである程度仕方がないというか」

「は……い?」


 ピシリと音でもしそうなくらいに綺麗に固まる女性。

 いい事だとは思うのだけど、制服がスラックスかスカートか自由に選べるのも誤解に拍車をかけているのだろう。現に相対している彼女もスラックスタイプの制服を身にまとっている。すらりと長い脚が実に魅力的だと思います。


「……なるほど」

「わかっていただけたなら……」

「冗談も大概になさってくださる!?」

「いや、冗談じゃなくてですね」

「こんなに愛らしいのに男性!?」

「大声でそういうこと言うのやめてもらえます!? 周りの人にすごい見られてるんですけど!」

「へそで茶が湧くとはこの事ですわね! 善意で忠告して差し上げておりますのに!」

「いや、それはわかるんですけども!」

「そちらがそのおつもりなのでしたら、仕方ありません、決闘ですわ!」

「なにそれ!?」

「そうですわね……」


 何やら不穏な単語が出た途端、いつの間にか集まってきていた野次馬がざわついた。

 彼女が何事か考え込んでいる間に息を整える。この世界に来てからこれだけ声を張ったのは初めてかもしれない。なんでこんなに疲れてるんだろう、僕。


「三日後に時刻と場所を通達いたしますから、それまでに身の振り方でも考えておいてくださいませ」

「いやだから――」

「お時間をとらせましたわね。それでは、ごきげんよう」


 満足したといわんばかりのいい笑顔で、すいすいと人垣を抜けて校舎の方へ戻っていく彼女。それに合わせて野次馬も解散していくが、好奇の目は向けられたままだ。

 残された僕はといえば、走って追いかける気力もなく、気を取り直して勉強をする気にもなれず。


「……帰ろ」


 もういい、今日はふて寝してやる。

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