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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第三章
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十二話


 目まぐるしい一日だった。

 僕は以前も使った部屋に案内され、返り血のついた服も回収された。

 攫われる時には既に泥に塗れてしまっていた服だ。借り物ではあったが、もう使い物にはならないだろう。

 運ばれてきた夕食は温かく湯気をあげていたが、手をつけられそうもなかった。




 入浴もそこそこに床についたはいいものの、そのまま素直に寝ることはできなかった。

 もともとあまり寝付きがいい方ではない。

 いつかのように魔力を消費すれば、すこしは寝入りやすくなるだろうか。

 などと思ってみたものの、あれは魔力を暴走させきった後だった。

 今の精神状態でそれだけの魔力を消費するのは流石に骨が折れる。


 あのあと、セドと呼ばれていた青年がどうなったのかはわからない。

 最後に見た彼の髪は、夕日のような赤毛ではなく、柔らかそうな金色だった。

 鉄錆のようなにおいが、まだ鼻の奥に残っている気がする。

 ヒュアトスと名乗った騎士は名乗るだけ名乗ると、それ以上の会話をすることはなかった。

 意味も無く寝がえりを繰り返す。

 真っ暗にさせてもらった部屋の中でも、自分の髪が青く光っているのが煩わしくてしょうがない。

 今は何時くらいなのだろう。時計はあるが、見るために明かりを付けるのも億劫だった。


 ――コン


 不意に、部屋の扉が叩かれる。

 控え目に一度だけ、部屋の造りがしっかりしているせいで衣擦れなどの気配は感じられないが、正面から入ってこられる人など限られているだろう。


「……どなたですか」

「俺俺、俺です。入っていい?」


 今の心情に似つかわしくないほどの、いつものような軽口を叩くその人。


「詐欺電話じゃないんだから……どうぞ」


 ベッドから起きて部屋の照明を付ける。

 「お邪魔しまーす」の声を共に入ってきた兄さんも、流石にもう楽な格好になっているようだ。

 時計を見ると、時刻は午前一時頃だろうか。

 寝支度を済ませたのは九時頃だったから、結構な間無意味に横になっていたらしい。


「こんな遅くに、どうかしたの?」

「いや、俺はどうもしないんだけど……流石にちょっとごたついたけどな。ひと段落ついたから」

「……そっか」


 寝室には客人を座らせるような場所はないため、立ち話だ。

 不自然な距離を開けたまま、互いの顔色を伺う。

 聞きたいことはある。

 近衛騎士だと言った彼は本当に僕の知っているヒューなのか。

 どこから仕組んでいたのか。

 そして、セド……アガトがどうなったのか。


「……ミコトが良ければだけど、会ってやってくれないか」


 緊張で、喉が鳴った。




 寝巻に羽織ものを着ただけの恰好のまま、真っ暗な城内を小さな明かり一つで二人静かに進む。

 どこに向かっているのか、今いるのがどういう区画なのかはわからないが、それなりの距離を進んだだろうか。

 着いた場所は、廊下から見る限り普通の客室に見えた。

 文字通り、仮にも貴族子息だった彼への配慮なのか。

 明かりを持った兄さんが一足先に入る。やはり、内装は質素ではあるが、ごく普通の客間だ。

 応接室には荷物の一つも無く、当然ながら人もいない。

 奥の寝室へそのまま入ると、寝台の上に横たわる人影があった。しかし、やはりその髪に光はない。

 部屋の明かりを付けると、赤ではなく深みのある金の髪が露わになった。

 その顔に血の気は無い。

 だが……


「生き、てる……?」


 注視しなければ気付かないほどゆっくりとだが、胸が上下している。

 近付いてみれば、微かだが息遣いが聞こえた。


「その場で殺したりしないさ。ただ、完全に制圧するにはこのギリギリを狙わなきゃならなかった。急所は外してあるし、後遺症も残らないはずだ」


 知れず、大きく息を吐いた。

 緊張で固まりきっていた体が今になって震え始める。


「……いつから、こういうつもりだったの?」

「バレたか」

「流石に、あれだけ周りの人物が固められてれば」


 たまたまルームメイトになった人物が、たまたま大それたことをしでかして、たまたまもう一人のルームメイトが近衛騎士だった、という方が考えづらい。

 それこそ十年前のような時代ならともかく、今はとりあえず平和になった国なのだから。


「といっても、全部が全部ってわけじゃない。……部屋に戻りながら話そうか」


 明かりを消し、踵を返す。


「まず先に言っておくけど、ミコトが来ることは俺にとっても完全に想定外だった」

「学園長が、十年後くらいを想定してたって」

「そう、それもちゃんと同意を取ってから。その頃にはこういう……負の遺産じみたものは、全部片づけておくつもりだったんだ」


 廊下に出ても、相変わらず真っ暗で人気がない。

 来るまでに見張りらしき人も数人だけ見かけたが、今考えてみると城の規模に対してはやけに数が少ないように思う。

 あんなことがあったからなのか、夜だからなのか、それとも何か他に理由があるのか。


「あいつが何かするかもしれない可能性自体はずっとあった。学園に入るって聞いて、去年はセリア嬢も入学する予定だったから、護衛のためにヒューを入学させたんだ。寮の部屋割りは監視のためだったんだけど」


 ルチルさんとルチアさんの件の時から、部屋割りに介入している可能性自体には気付いていた。

 だがまさか、知らず知らずのうちにこんな綱渡りをさせられていただなんて。


「けどまあ、途中からミコトが入ってきたから、護衛対象は増えるわバレないかどうかの緊張感も増すわで、ヒューには申し訳ないことしたな。今後は隠す必要はないだろうから、少し楽させてやれるといいんだが」

「……寝てばっかりだった気がするんだけど」

「……まあ、元々眠たがりではあるが。あれで結構しっかり働いてたんだぞ?」


 僕の見ている限りは、寝ているか、ルチアさんに甘えられているかがほとんどだった気がするんだけど。

 そんなに変な顔をしていただろうか、兄さんが小さく笑った。


「それにしても、変な話、捕まったのがミコトでよかった」

「……他に捕まりそうな人なんているの? 僕、自分が相当間抜けだった自信があるけど」

「さっきも言っただろ、ミコトじゃなくてセリア嬢が人質に取られる可能性もあったんだ。もしそうだったら、そもそも学園に残したままヒューを引き上げさせたりはしなかったけど」


 それを聞いてはたと気付く。

 そういえば、護衛として校内に置かれていたはずのヒューは、僕が攫われる時には既に家に……いや、この場合は王宮に帰っていた。


「……ちょっと待ってよ。それじゃ僕、まんまと餌にされたってこと?」

「わかってる罠って踏み抜いて破壊した方が楽じゃない?」

「せめて誤魔化してくれない!? 殺されてたらどうしてくれるのさ!」

「死なない死なない、はっはっは」


 笑いながら部屋に入って行く兄さん。いつの間にか僕の部屋に着いていたようだ。


「さて、こっからは真面目な話なんだが」


 ソファに腰かけることもなくそう切り出され、立ち止まる。

 表情は確かに真剣だ、おのずと背筋が伸びる。


「やった事が事だ、無罪放免とはならない。数日もすれば目を覚ますだろうが、事情聴取だけしたら……まあ、余程の事が起きない限りは、極刑だろうな」

「なっ――」

「王族を誘拐、人質にして脅迫まがいの事をして、あまつさえ手にかけようとした。しかも計画的犯行ときてる」


 一つ一つ並べられるだけで、息が詰まる思いだった。

 命を助けたのは情からなどではない。罪人をきちんと裁くためだ。


「お膳立てしておいてと思うかもしれないが、ほんの少し実行しやすい状況を作っただけで、考えたのも実行したのも全てあいつの意思だ。学生でも貴族でも関係なく、裁かなきゃならない」


 毅然とした態度で告げられるそれに、一度軽くなった気持ちがまた重く沈んでいく。


「目が覚めたらまたその時に呼びに来る。それまではまあ……気が進まないだろうけど、またしばらくレッスンでも受けててくれ。元々、何もなければその予定だったんだ」

「……わかった」

「夜遅くに悪かった……おやすみ」


 小さな音を立ててゆっくりと去っていく足音。

 ……今度こそ、眠れるといいけど。




 明け方にはまどろむことこそできたものの、結局ろくに寝ることはできなかった。

 けれど一晩経って、多少落ち着いた。

 まだ死んでいないなら、これからできることはあるはずだから。

 確かに、彼は罪人だ。殺されるかもしれなかった状況なのもわかっている……つもりだ。

 けど、だからといって見殺しにできるはずもなかった。

 甘いと言われるだろうか。彼自身にも、余計なお世話だと言われるかもしれない。

 それでも僕は、諦めたくなんか、ない。

 彼が見せた良心に、偽りは無かったはずだから。


 運ばれてきた朝食を、今度こそしっかりと食べる。

 結局昨日は丸一日何も食べていなかったはずなのだが、それでも体調に支障はなかった。

 魔力のある体とはつくづく便利だと実感する。

 午前中は以前と同じように、礼儀作法の授業。

 学園長はいつもと変わりない様子に見えた。昨日起きたことを知らないはずもない。

 おそらく、気を遣われたのだろう。

 昼食以降は自由時間だと言われた。今回は、人の案内があればだがある程度自由に出歩けるらしい。

 部屋の外にいる人に声をかければいいと言われ、おそるおそる部屋の外を覗く。

 前回はほとんど軟禁状態だったため、自分でこの扉を開けるのは初めてかもしれない。

 そこにいたのは――


「――え?」

「――え?」


 鈍い銀色の髪は、ついこの間肩の高さで切りそろえられたばかり。

 はちみつ色の目が愛らしい少女、ルチルさんだった。

誕生日なので感想ください。

というのは冗談にしても、感想はいつでもお待ちしております。

Twitterアカウントとか載せたら需要あるのかな…

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