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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第三章
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九話

キリよくしたら少し短くなりました。


 埃っぽい匂い、年季の入った深い色をした木製の床、いつもとなんら変わりのない様子で声をかけてくる友人。


「うん、ちょっともらっていいかな。結構、喉渇いてるみたい」

「ごめんな、ここちょっと埃っぽいだろ。そんなにかからずに出られると思うから、我慢してくれると嬉しいんだけど」


 あらかじめ用意はしてあったのだろう。水の入ったコップは中空になっている植物の茎を挿し、手を使わずに飲めるようにされている。

 差し出されたそれを躊躇なく口に含んだ。微かに青臭いがストロー代わりの茎のせいだろう。特におかしな味はしない……と思う。


「ここどこなの? セドの家?」

「いや、いくら貧乏貴族とはいえ子爵家だから、使用人くらいいるから!」

「だよね、どこ? っていうか今何時くらい?」

「王都の赤い屋根のおうち、もとい空家。時間は……えーと、まだ昼くらいかな。ほとんど経ってないよ」


 空腹具合や窓からの光を見ても、時刻はそんなものだろう。場所についても、時間の経過を考えると他に可能性も無さそうだ。


「おなかすいた」

「ミコト君、いくらなんでも呑気すぎない? もしかして慣れてる?」

「いや、全然」

「飲み物くらい、警戒されると思ったけどそれさえないし」

「この状況で、今から薬の類を盛る意味もないだろうから」

「わからないだろ、自白剤とか」

「そんな事態になったら、どっちにしても僕にはどうにもできないよ。自分の身一つ守れないんだから」


 少ない可動域で肩を竦めてみせる。セドは苦笑いで返した。


「……驚かないんだな」

「……可能性としては、あったから」


 信じたくは、なかったけれど。

 ジルは、どうだろう。気付いていたのだろうか。そうではないような気もする。

 シスカさんは気付いていたのだろう。確信を持っていなくとも、かなり高い可能性として念頭に入れていたことは間違いない。

 だからこそあの日、セドに見世物を強要した。

 少しでも僕と話し易くするために。できれば起きないよう、気付かれないよう、わざと疲れさせるために。


「うまくやったつもりだったんだけど」

「うん、僕も一人だったら気付かなかった」


 ジルに脅されどやされて、シスカさんに警告を受けて、それでようやく可能性に思い至った。

 まあ、気付いていたところでできることも無いんだけど。

 座りなおそうと身じろぎしようとして、バランスを崩しかける。


「これもう少しなんとかならないの? 別に逃げないけど」

「いやあ、流石にそれは」

「セド相手じゃ僕逃げたくても逃げられないと思うし、身体能力的に」

「だーめ」

「お手洗い行きたいんだけど」

「……一旦解くけど、見張り付きな」


 両手と両足をそれぞれ束ねるようにして縛られていた縄が、見た目に反していとも容易く解かれていく。

 僕は手が使えなければ魔術を使えない。魔力の指向性を定めるのに、手を使わないとうまく操作できないのだ。

 それこそ、セドほど魔力操作が上手ければ手なんて必要ないのだろうけど。彼もそれをわかった上での拘束なのだろう。

 腕力に関しては話にもならない。最初の襲撃の時や、もっと言えば初対面の時にされた事を考えると、僕とセドの力の差は圧倒的だ。


「慣れてそうだったらもう少し縛り方も工夫したけど、ミコトは全然みたいだしな。楽だけど、勉強のし甲斐がない」

「ということは、計画的犯行?」

「否定しないけど、今ハズレ説が俺の中で浮上してきてるところ。とりあえず行くぞ」

「空家でも使えるのかな」

「水ぶち込めば流れるから大丈夫」


 拘束が緩んだせいでうっかりしていたが、友人に見張られながらの用足しというのはなかなかの苦痛だった。こんなこと二度と御免だ。

 ちくしょう。


「それじゃ、気を取り直しててお願いなんだけど」

「気を取り直しきれないんだけど」

「取り直して」

「無理」

「俺も忘れたい」

「セドは自業自得じゃん」

「俺が悪かったからとりあえず一旦忘れて」

「僕かわいそう」

「話聞いて? 飢え死にしたいなら止めないけど」

「この人攫い! 卑怯者!」

「今更それ言う!?」

「それで、この期におよんでお願いって何?」

「ミコト、もしかしてわりと楽しんでない?」

「どっちかっていうと情緒不安定」

「なるほど」


 僕だって別に本気で動揺も混乱もしていないわけじゃない。

 相手がセドで、話ができる状態だからまだ平静に見えるというだけだ。

 再び縛られた手足で木の床に座り込んだまま向かい合う。

 昼食は無さそうな雰囲気だが、まあ一食くらい抜いたところでさして問題ではないだろう。


「今のところ、危害を加えるつもりはない。人質になって欲しい、それだけなんだ」

「一応聞くけど、誰に対しての?」

「我らが国王陛下に対しての」


 そのちぐはぐさにぞっとした。

 言葉にも声にも、たしかに「我らが」と言うだけの親愛が、あるいは敬愛が込められているように思うのに、その目には情の一欠片さえない。

 暗く淀んで底が見えない。

 こんな人間の表情を見るのは、初めてのことだった。


「……僕が人質になり得ると?」

「どういう間柄かはわからない。けど、仲、いいだろ? 王宮に呼ばれてもいる。礼儀作法を教えたのは俺だよ。忘れたとは言わせない」


 まだ「国王陛下」の正体を知らなかった時。確かに、王宮に呼ばれるからとセドに教えを乞うた。

 ヒューも口を出してはくれたが、一週間ほぼ付きっきりのような有様で丁寧に教えてくれたのは、紛れもなく彼だ。

 ただ親切で人の好い人物なのだと思いきっていた。

 けれど、今のこの状況を鑑みれば。

 訊く必要は、ないのに。


「その時から、ずっと?」

「……否定はしないよ」


 ああ。

 気まずげにそらされた視線に良心を見つけて安堵してみても、胸に重石を乗せられたような気持ちを誤魔化しきることはできない。

 自分はまんまと騙されていたのだという考えが頭をぐるりと巡って。


「……ごめ――」

「謝るなよ」


 小さくこぼすそれさえ、許すことはできそうにない。


「謝られたくらいじゃ絶対に許さない、むしろ不快だ。謝って済む程度のことで僕をこんな目に遭わせたっていうのか」


 焦燥感。


「着の身着のまま連れ出されて、右も左もわからずする必要のなかった野営をさせられて」


 苛立ち。


「挙句さっきのあのザマだよ。惨め極まりない」


 僕が悪いところも、あるだろう。

 認識が甘かったということは痛感した。

 学園という場所にどれだけ甘えていたのか、外に出て初めて気付かされた。

 それでも、この怒りを理不尽だとは言わせない。


「ここまでさせたんだ、軽々しく謝ってなんかくれるな」


 感情に任せた魔力は、空家の一室を満たす。

 僕の視界にさえ映りはじめたそれはやはり、セドを侵すことはなかった。


「……それで、どうしてこんな事したわけ。聞く権利くらいあるでしょ」


 自分の体を自分の魔力で覆っているのだろう。

 直接触れたり吸ったりしなければ、どんな魔力であれそのままでは無力に等しい。

 それができる人がどれだけいるか、という話だけど。


「ただの、我儘だよ」


 青銀にけぶる視界の中でも、自嘲めいた口元ははっきりと見えた。


「ミコトにとってはどうでもいい話かもしれないけど、時間もある。折角だから聞いてくれ」


 小さな部屋の対面の壁に、もたれるように座り込んだセド。


「まだ誰にも話したことないから、うまくないかもしれないけど。ミコトは当時は……まだ五歳だもんな」


 そうして、僕の知らない十年前が語られる。

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