表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第三章
44/59

二話


 結論から言えば、セドは犯人というわけではなかった。

 いや、厳密に言うなら馬車に連れて来たのはセドで間違いない。ではどういうことかといえば――


「んー、困ったな。予備の装備こそ持ってきてるし食料とかは途中で調達もできるけど、服と……あー、学園長に連絡もしないとなのかな。先に寄ってくればよかったか」

「ああ、学園からは鳩を渡されてますので、どうぞ使ってください」

「あ、ほんとですか? 助かります」

「服は……女子の借りた方がいいんじゃねーか?」

「いや、大きくてもいいから男物でお願いします」

「旅装なんて男女差ないって、気にすんなよ」

「いや、そういう問題じゃないでしょ。貸す子だって嫌だろうし」

「……街着、持ってくるべきだった。着せたい……」

「着ないよ!?」


 ……えーと、気を取り直して。

 僕が気を失った後、何が起こったのか。

 セドから聞いただけだから詳しいことはわからないが、間一髪という有様だったのは間違いないようだ。

 僕が何者かに気絶させられ運ばれようとしたその時に、ちょうどセドが戻ってきたらしい。突然の状況に驚きはしたが、相手も同じだったのか数合打ち合うとすぐに撤退していったらしい。

 数合打ち合うという状況が僕にとっては理解しがたいというか、想像しがたいのだけれど……その後気絶したままの僕をどうするか悩んだ結果が今というわけだ。

 学園に残していくにも、再び現れたら今度こそ誘拐されてしまうのではないか、しかし馬車の時間が迫っていて学園長に届けに行くわけにもいかない……というわけで、仕方なく馬車に詰め込まれたらしい。

 馬車に乗る際に、全員に事情は説明済みだという。馬車も気持ち速めに進めたが、このあたりは見晴らしもいいしそろそろ休憩しようとしたところだったというわけだ。幸い、学園から各地への乗合馬車は学園から支払いがされているので僕達に個別で料金がかかることはない。授業料その他雑費の名目での莫大な金額はこんなところにかけられているらしい。

 ちなみに、僕が放り込まれていたのは荷物用の馬車。最後尾に荷物なんか置いておいて大丈夫なのだろうかとは思ったが、異常があれば警報が鳴るようにはなっているらしい。確かに馬車を意識して見れば魔術的な細工がされているのはわかった。

 他の生徒と同じ馬車でなかった理由は単純に、人一人寝かせておけるほど広くもないからということだ。今回は僕とセドを除くいた男女一人ずつと、女性の御者さんの計六人での旅路となる。


「あの……僕が聞くのもなんなんだけど、みんな驚かない、の? 僕、誘拐されかけてたらしいけど……」


 目が覚めて事情の説明と体調の確認を終えると、さも当たり前のようにこの後どうするかの話を始められて逆に僕の方が戸惑ってしまう。


「別に、珍しいことじゃない」


 言葉少なに返してくれたのは淡い紫の髪が特徴的なシスカさん。この世界でも紫の髪というのはあまりみられるものでもないらしい。国外からの留学生だというが人種的にはそう変わらないらしく、肌の色や顔立ちの違いは特に変わらないようだ。


「どっちかっつーと俺は不用心さに驚いたぜ、そう聞くってことは心当たりくらいはあんだろ? なのに護身用の装備一つないって、そっちの理由の方が気にならあ」


 痛いところをついてきた彼は三人の中で唯一の平民のジル。くすんだ青の髪を雑にひっつめている。学園には貴族が多いからか、ここまで言葉が崩れている人をみかけることはあまり多くない。

 二人とも直接話したことはないが、今学期のクラスメイトだ。


「心当たり無かったとしても、ミコトは外見だけであっさり標的にされそうではあるよな。俺もまさか学園内でそんな事が起こるとは思わなかったけど」

「……反省します」


 ……思ったより治安は悪いらしい。まあ、十年前までは国が荒廃しきっていたと聞いたし、本来僕の世代ならその時代を大なり小なり覚えているはずだ。おそらく学園が平和すぎるのだろう。


「とりあえず、明日の夕方は近場の村に着くからそこで少し買い足さないとな。……ところで一応聞くけど、ミコト、お金持ってる?」

「……あると思う?」

「だよなぁ」


 全部学園の寮の部屋の中だ。寝巻に上着を羽織っただけの、正真正銘着の身着のままだった。


「鳩、持ってきたよ。学園長に直通のはずだから、ここからならそう時間はかからないだろう」

「あ、すみません、ありがとうございます」


 御者さんがそう言いながら持ってきた籠の中には、想像していた鳩とは少し違う鳥が入っていた。

 鳩といえば大体の人は、色の差こそ多少あれど胴がずんぐりと丸く、頭は比較的小さくて尾が短いあの姿を思い浮かべると思う。

 この鳥も、そういった特徴はあまり変わらない。綺麗な空色をしているが、まあ鳥の色がカラフルなのは別段おかしなことではないだろう。

 ただ……なんというのだろう、トサカというか……少し違うか。鶏のそれのように肉の詰まった感じではない。飾り羽というのが一番わかりやすいだろうか。頭の天辺から数本、ぴょこぴょこと長い羽が飛び出している。ただの飾り羽というには、風も無いのに動いているようだ。

 鳥を観察している間に、セドと御者さんの二人は手際よく小さく丸めた手紙を鳥の足につけられたこれまた小さな筒の中に入れる。籠を開けられるとその鳥は頭の上の羽をぴこぴこと忙しなく動かすと、やがて学園の方へ向かって飛んで行った。


「鳩がそんなに珍しいかい?」


 凝視しすぎたのだろう、御者の女性にそう声をかけられて少しドキリとした。

 どう答えればいいのだろうか、普通の人は鳩を見る機会がどれだけあるのだろう。


「ああいや、ごめんよ。驚かせるつもりはなかったんだが、あんまりにもじっと見ているもんだからさ」

「いえ、その、綺麗だなと思って」

「ああ、確かに綺麗な色をしてるよねぇ。あたしも最初は驚いたよ」


 偶然だが、なんとか不自然でないように返せたらしい。助かった。

 御者の女性は赤茶の髪を長い一本の三つ編みにして肩に垂らしているようだ。

 ……この世界に来てから、人の髪ばかり見てしまう。カラフルだし、ほとんどの人は長く伸ばしているので髪型が豊富だ。シスカさんも今回は旅装だからか頭の高い位置でまとめているだけだが、普段は人一倍髪型に気を遣っている人だったと思う。

 馬車自体は二台あるようだが、御者は一人だけらしい。荷物用の荷台は連結されているだけのようだ。牽いている馬は四頭、この距離で見てもかなり大きく感じるので怖気づいているのは秘密だ。


「普通の鳩と違って、場所じゃなくて人の魔力を覚えて飛んでいくんだとさ。あたしも実際に使うのは初めてだけどね」


 からりとした印象を受ける人だ。動きやすさを重視したらしいぴったりとしたパンツスタイルがよく似合っている。


「王都でさえ滅多に持ってる人はいないからなぁ。見かけたことはあるけど、俺も使うのは初めて」

「鳩自体は使ったことあるの?」

「まあ、そりゃちょっとくらいはな。ミコトは無いのか?」

「……えっと、遠くに知り合いとかもいないし……業務連絡みたいなことはほら、僕らじゃなくて責任者の人達でやってたから、触る機会は……」

「あー、なるほどな。学園にいる間はそんなに急ぎの連絡自体少ないし、そんなもんか」


 うっかり墓穴を掘ったが、なんとか誤魔化せたようだ。

 それにしても、学園から出てまだほとんど経っていないのに怒涛の勢いで窮地に陥っている気がする。思った以上に世間知らずのようだ。まあ実際、普通の世間なんてほとんど見ていないのだから知るはずもないというか……でもそんな事を言っていられる場合ではない。

 既に学園長に大目玉を食らいそうな現状なのだ、これ以上のボロは出せない。一週間程度の旅程、超えて見せなければならないだろう。


「路銀は俺が立て替えるとして、学園長の連絡も済んだし……あとはなんかあるか?」

「追手が来ないかは、少し気になる」


 言われてみてハッとした。一度は逃げたものの、相手が僕を明確に目標として定めていたのであればもう一度狙いにくる可能性は無いとは言えない。


「そのへんどうなんだよ、ヒイラギ。なんか個人での心当たりとかねぇの?」

「え、っと……あるような、ないような……今までこういうことになったこと無いから、ちょっとわからないというか……」

「んだよはっきりしねえなぁ」

「わからないなら、警戒しておいた方がいい。野営も結界だけじゃなくて、見張りを立てる」

「えっ」


 シスカさんから出た言葉に、思わず驚きの声を上げてしまう。慌てて口を塞いだが、みんなの不思議そうな目から逃れるのは難しそうだ。


「そんなに大仰にすること無いとでも言いたいのかい? でも、あたしたちもこうなると他人事じゃないからねぇ」

「あの、いえ、それもあるんですけど……」

「あ? んじゃなんだよ、なんか不都合でもあんのか?」

「いや、不都合はないんだけど、その……」


 これは言って大丈夫なのだろうか。結構ダメな気がする。でも流石に立て続けに三度目ともなると、うまい言い訳が浮かばない。

 視線の圧力に負けて、僕は仕方なくそれを口にした。


「……野営、するの?」


 案の定、「何言ってんだこいつ」と呆れられることとなった。

 試練の幕開けである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ