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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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十五話


 そろそろ見慣れた小さなログハウス。その中心の立派な机に向かって、これまた立派な椅子に腰かけている紺の髪の幼女が、書類一枚手に取って深々とため息をついた。


「ようやくか、紙一枚出すのにどれだけかかっている? 期限まで余裕があるとは言え、班員までこちらで指定してやったというのに」

「学園長も何があったかは知ってるでしょう。僕もまさかこんなになるとは思いませんでしたよ」

「はて、私が知っているのは伯爵令嬢が魔力を暴走させた件くらいだが」

「……そうですか」


 嘘つけ。とは思ったものの、口には出さなかった。言ってもこの人には敵わないだろうし、言ったところで何がどうなるというわけでもない。強いて言うなら機嫌を損ねるくらいだろうか。

 そもそも、最初から班員を全員指定してきた時点で何かおかしいとは思ったのだ。あの二人の問題が陛下に縁のある人物の娘であって、いずれ表面化する問題であるなら早期解決できればそりゃあいいだろう。陛下自身の研究にも関係しているとあらば尚更だ。

 早い話、嵌められたわけである。大人って汚い。権力者って汚い。

 もちろん、僕としても数少ない友人――友人? いや、うん、友人でいいだろう――の助けになれたのであれば嬉しいとは思うが、僕が実際したことと言えば学園長への伝令係が主だ。いや、ルチアさんの護衛と説得もしたが、あの騒動の後になるとあれはほとんどおまけと言っていいだろう。突っ立っていただけとも言える。

 そもそも解決の仕方が荒療治もいいところだ。結局あの後、ルチルさんは寝込んでしまっている。意識はあるが怠くて歩けないらしい。授業内容はセリアさんが毎日教えているそうなので、勉強の方に問題は出ていないらしいけど。魔力不足が原因というよりは、魔力を短期間に何度も暴走させた影響だったらしい。筋肉痛のようなものとかどうとか。

 幸い、班員決めの届け出のための署名はちゃんと二人からもらうことができた。どたばたしたせいで危うく忘れるところだったけど、ルチルさんの方が覚えていてくれたのだ。感謝の一言に尽きる。


 あの後はあっけないものだった。説明を求める伯爵を用済みとばかりにさっさと帰し、「銀の髪の親から黒髪の子供は産まれない。母方の遺伝として、魔力の色の出方が極端なのだろう」といったことを軽く説明すると全員の体調を確認して陛下はすぐに帰って行った。レンカさんも邪魔になると思ったのか、それに続いて医務室から出ていった。

 残された双子含む僕達はと言えば、とりあえず症状の重かった二人を慌ててベッドに戻してハラハラしながら様子を見守っていた。

 互いの、あるいは自分の黒くなってしまった髪を見て不安そうにしていた二人ではあったが、憑き物が落ちたような笑みは僕達を確かに安心させてくれた。


「そういえば……その、学園長、じゃなくて……」

「うん? どうした、義弟よ」


 口ごもった理由を察したのか、向こうから揶揄うようにその関係を口にした。


「……義姉さんは、元々貴族の娘だったん、です、よね?」

「そうだな、一応侯爵家の娘だった」

「……兄さんとは、どこで知り合った……の?」


 その質問で、僕の質問の意図を察したのだろう。僕の義姉は少し寂しがるような、あるいは皮肉げなような表情で教えてくれた。


「……一度目は王都の中。次に会ったのは、辺境の寒村だ。運が良かった」


 自身の黒にほど近いそれを指に絡めたその人もまた、色に振り回されてきたのだろう。

 地の髪の色が濃ければ、魔力の色は出にくくなる。僕とこの人の髪の色は、よく似ていた。




 学園長室から校舎へ戻る。朝は早めに出たが、始業まであまり余裕が無い。


「おはようございます、ヒイラギ君」


 教室に向かう途中、歩いていると後ろから挨拶された。


「あ、ルチルさ……ん?」


 声で彼女だと思ったが、聞き間違えただろうか。いやでも、セリアさんとルチアさんに挟まれてるし……。


「……あ、髪、切ったの?」


 元々、僕と同じくらいの髪を左右に分けて結っていたルチルさん。前髪も同じように、真ん中で二つに分けてそれぞれピンで留めていた。……まあ、垢抜けないというか、地味というか、そういった感じだ。

 今はというと、肩の上で綺麗に切りそろえられていた。ヘアピンで留めているのは相変わらずだが、分け目は寄せてあって全体的に涼し気な印象になっている。


「一応、約束しましたから……それに、もうあの髪型に拘る必要も無くなったので」

「お揃いじゃなくなっちゃったのは残念だけどねー。でも、こっちの方がよっぽどいいと思わない?」


 こちらはいつも通りのツインテールを揺らしているルチアさん。心なし寂しそうにも見えるが、確かにこちらの方がすっきりとして細身な彼女によく似合う。


「うん、いいと思う。自分たちで切ったの?」

「まさか、そんな恐ろしいことしないわよ。どうやったのかは知らないけど、王都に一日で往復してきたんですって。私も昨日帰ったらこうなってて驚いたわ」


 そうだった。髪を切るのはただのオシャレではなく、身分を示すための行為でもある。まあ、普通の人でもみっともなくない程度に整えることはあるらしいけど、肩より上の長さに切ることができるのはそれを生業にしている人だけ。

 髪を切ったルチルさんは、ただの伯爵令嬢ではなく伯爵家次期当主になる。


「……大丈夫?」


 彼女自身の言葉だったのか、はたまた彼女の中に宿っているかもしれないという大精霊の言葉だったのか、今となってはわからない。だが彼女は確かにあの時、怖い、嫌だと、「当主になりたくない」と叫んでいた。


「いつまでも、逃げているわけにもいきませんから」

「大丈夫大丈夫、ほら、いざとなればあたしがいるし?」

「それ、おかしな意味にとられかねないわよ」

「む? ち、違うよ! こう、手助けするから的な意味で!」

「そうだね、いざとなったら、ルチアに替わってもらえばいいよね」

「やだよ! あたしルチルみたいに器用じゃないもん!」


 女三人寄れば姦しいとでも言おうか、僕そっちのけで盛り上がる彼女達の姿は新鮮だった。いつもどこか距離を置いていたルチルさんの姿は、そこには無い。彼女の中でどんな変化があったのかはわからないけど、思ったよりも気負った様子が無いことに安堵した。

 遠慮も消えて髪も切ったのであれば、変な噂も消えていくことだろう。ルチアさんにはまだ、ヒューの関係で何か無いとも限らないけど……。


「ところであの、ちょっと提案、なんですけれど」

「うん? 何?」

「その……久々に、みんなで……六人で、お昼ご飯、食べませんか?」


 ふと思い出したように、こちらに水を向けて来たルチルさん。首を傾げて続きを促すと、はにかみながらそう持ち掛けられた。


「あたしは賛成!」

「いいんじゃないかしら? あの二人も断りはしないでしょ」

「うん、いいと思う。……セドがまた騒ぎそうだけど」

「あの後も、煩かったものね……」


 一連の騒動の間、たまたま居合わせなかっただけではあるが、結果的には一人だけほとんど関わることも真相を知る機会もなかったセド。なにがあったのかと騒ぎ、教えては仲間外れにされたと拗ね、大変に面倒くさかった。巻き込まれたことを後ろめたくさえ思っている僕とは大違いである。

 セリアさんが同室であるのは学園長たちの作為を感じないこともないが、僕はたまたま気が付きやすかっただけ、ヒューに至ってはたまたま通りがかっただけにすぎない。見慣れた顔ぶれで固まってしまったのは偶然の産物だ。そういってもなお不満気ではあったが。


「ふふ、じゃあ、約束です」


 柔らかく笑んだ彼女に、思わずどきりとさせられた。なんとなく悔しい。

 双子の後を追うように廊下を進み教室に入ると、案の定クラス全体がざわついた。ルチルさんは大勢に注目されて居心地が悪そうではあるが、隠れることも退くこともなくいつものように席に着く。僕たちもそれを見届けて、いつも通り授業の支度を始める。


「みなさん、おはようございますー。えーと、連絡事項があったんですけどぅ……言わなくても大丈夫そうですねぇ。それじゃあ出席取りますよぅ? そろそろ春ですから、みなさん体調管理はしっかりしてくださいねー」


 春。魔物が――僕にとって未知の生き物が跳梁跋扈するという季節。

 そろそろ春籠りの準備を始める頃らしい。このあたりの冬は極端に厳しくないのも一因だろう。早朝に霜くらいはおりるものの、雪は一片さえ降らずに終わる。魔力が存在する関係なのか、この程度の環境であれば植物は問題なく生きているらしい。

 だからなのだろう、冬は辛く苦しい季節のイメージは全くなかった。秋の実りを終え、穏やかな気持ちで自分と向き合う季節なのだという。

 では春が厳しいのかというと、そうでもないらしい。基本的に魔物は動物の延長線上の生物、彼らの縄張りを侵さなければ基本的に実害は無いという。気が立っていたり行動範囲を広げていたりはするらしいので安全とは言い難いらしいが、人の集落に篭っていればそう実害は無い。普段から彼らの縄張りに入ることで生計を立てている人間や、行商人を始めとする各地を渡り歩く人にとっては優しくはないものの、農作も始まるため少なくとも飢えることはない。

 この国は基本的に、生きやすい国なのだ。土地は肥沃でなだらか、水は豊富、寒暖も緩やかときている。周りは他国に囲まれているが、海が無く鉱物資源の乏しいこの国ではそれは交易する上での利点となる。大精霊の守りがある故に他国もそう易々と手を出すことはできない。

 夏になれば忙しくなる。秋の収穫に向けて、あるいは春に消費したものを補うために、一斉に人々が動き出すという。学園も本格的な実習授業が始まって、いよいよ魔術学園らしくなるのだと聞いて僕も今から楽しみだ。もっとも、僕の身分が明かされるのもその時期なわけだが。


 目下の問題は、学園が閉鎖されている間、僕がどこで春篭りをすることになるのかである。




「いいよなぁー、ミコト達はさー、俺だけ仲間外れでさー」

「セド、まだそれ言うの?」

「ルチルも知らない間に髪切って可愛くなってるしー」

「か、可愛い、ですか?」

「ちょっとー、あたしのお姉ちゃん誑かさないでよー」

「ルチアがいつの間にかルチルの事お姉ちゃん呼びしてるしー」

「あんたほんっとめんどくさいわね……」


 授業が終わり、久々に六人集まっての昼食だ。

 案の定というか、思った以上にセドの不満が爆発している。一応このグループの中ではヒューに次いで年長者なんだけど、それらしさは微塵も無い。


「何度も言ったけど、少なくとも僕とヒューは偶然なんだってば……呼びに行く理由も時間も無かったしさ」

「それを差し置いても、陛下にお会いしたんだろ? 羨ましい……」

「え、そこなの?」

「だって陛下ってあの陛下だろ? そりゃ一度くらいお会いしたいっていうか……家継ぐ時には嫌でも会うことになるわけだけど、公務じゃないところでお会いできるなんて羨ましいにも程がある」


 あの兄さんに? と思ったが、よく考えなくても見ようによっては救国の英雄でもある。憧れる人がいるのは本来不思議な事ではない。公の場の兄さんはまだちゃんと見たことはないが、もう十年の間国王として務めているのだ。


「あんた、会ったことあるでしょ?」

「いやぁ、みんなそう言うけど俺覚えてないんだって。それももう十年前だぞ? 覚えてたとしても記憶は更新したいっていうかさ」

「……そんなに見た目は変わってらっしゃらないわよ」


 それは僕もそう思った。以前の陛下を知っているなんてことは言えないので黙っておくけど、兄さんは本当に変わらない。もう三十五歳のはずだ。本人もそんなことを言っていたし間違いではないのだろうが、見た目は最後に会った頃のままだった。


「そんなに気になるんですか? 陛下のこと」

「気になるっていうかこう、憧れ? カッコイイじゃん、大精霊に育てられ、たった一人で国に立ち向かった英雄!」

「……否定はしないが」

「ヒューもなんだ……」

「なんだよーミコトは違うのか?」

「僕はなんていうか……ほら、実際会ったら……みたいな?」


 兄に対する尊敬はあっても、英雄に対する憧れはない。そういう側面をよく知らないというのもあるが、憧れるにはちょっと近すぎる。


「そうね、会ったらきっと幻滅するわよ」

「そ、そうかな? そこまでひどくはないと思うけど……気さくな感じの人ではあったよね」

「ルチアは気付いてなかったみたいですしね。髪の色も長さも変えていらっしゃらなかったのに」

「だ、だって、あんなにお若いと思わなかったし……」

「俺がいなかった時の話で盛り上がるのやめてくれますー?」

「うわあ……」

「ミコト君? その反応傷つくんだけど?」


 口に出てしまっていたようだ。僕の悪い癖だ、気を付けなければ。


「いや、だって……ねえ……?」

「そうね……これが次期当主だなんて、セグリス家に同情するわ……」

「ほらルチル、大丈夫だよ、こんなのでも次期当主いるから」

「え、えーっと……」

「君達俺のことなんだと思ってるの?」

「やだなー気のいいお兄さんとしか思ってないですよーはっはっは」

「そうそう、気さくなお兄さんだなーって」

「嫌いよ」

「お嬢? もう少し優しくして?」


 今日も変わらずバッサリとそう言い切るセリアさん。まあ、嫌い嫌いと言いつつもなんだかんだ席を外すようなことはないので冗談の範疇なのだろうけど……いや、目は本気だけど、きっとほら、口で言うほどではないとか、そういうやつなんだろう、うん。


「そのうち機会があれば会えるんじゃないかなあ。あたしたち、陛下の研究に協力することにしたし」

「そうなの?」


 結局、彼女達の体質も全てが解明されたわけではない。あの後すぐに帰ってしまったからどうするのだろうとは思ったけど。


「陛下にそのつもりがあったかはわからないですけど、要請されれば断れない立場ですしね。勿論、学業や体調に支障の出ない範囲でですよ」

「あなたたち、いつの間にやりとりしてたのよ……」

「学園長にお願いしました。ヒイラギ君やセリアにも協力してもらうかもって言ってましたから、確かにセグリス君も会う機会があるかもしれませんね」

「マジか! 早く会ってみたいなあ!」


 その話を聞いてセドは途端に機嫌を直した。そんなに比重大きかったのか。


「まあすぐに春になりますから、会えるとしたらその後……ですかね?」

「あー、だよなあ……この間帰ったばっかりなのにまた帰るのか……ここは閉鎖しちゃうから仕方ないけど」

「王都に行くだけの私達はまだいいわよ。辺境の子なんかはそう頻繁に帰れないから近場の宿で春篭りなんだし。そうういえばヒュアトスはどうするのかしら?」

「俺か? 俺は王都に知人がいるから、そちらに向かうが」

「そうなの? じゃあ全員王都に行くのね」


 ヒュアトスも王都なのか。今の王都は貴族街が中心だと聞いていたので、少し意外だ。


「あー……僕、ちょっとわからないんだよね。まだ決まってないっていうか、話聞いてなくて……」

「っていうか、ミコト君も王都なの?」

「えっと、多分。学園長に身元引き受けてもらってるから」

「……学園長って王都なのかな?」

「……た、多分」




 しばらく後、もう今学期の終わりまで残り一週間というところで、ようやく「王宮で過ごすに決まっているだろう」というお達しが来た。決まってたのか、そうか。ならもう少し早めに教えて欲しい。

 また王宮なのか。正直軟禁されてるような感じであんまり好きじゃないんだけど、仕方ない。

これにて二章完結です。ありがとうございます。

途中、更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。

ちょうど二ヶ月ほど経ちますが、完全には治っていません。タイピングにはさして支障は無いですが…。

活動記録更新しておきます。次章予告など。

感想・評価お待ちしております。

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