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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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十四話


「ル、ルチルにルチア? 陛下、これは一体……」


 改めて、双子に「父様」と呼ばれたその人をよくよく見てみる。

 まず真っ先に目につくのはやや張ったお腹だろう。そのせいで背は小さめに見えるが、実際は兄さんと比べてみるとそうでもない。170cmちょっとくらいはあるように思う。

 商人と呼ばれていたが、双子の父親ということは伯爵その人であるはずだ。確かに身形は上等ではあるのだが、慌てたせいかやや髪も乱れ、今は許可を得て手巾で額の汗を拭っている。

 つい頭髪が気になってしまったが、豊かな金茶色だ。こちらの人の年齢はいまいちわかりづらいが、双子がまだ十代半ばなのを考えればそう歳はいっていないのだろう。目が合うと軽く会釈されたのでこちらも慌てて貴族への礼で返す。


「悪いが今日呼んだのは買い物じゃないんだ。まず一つ、これを見せてもいいか聞きたくてな。」


 そう言って陛下が懐から三枚の紙を取り出した。そう大きなものではないにしても、懐にしまっておくには少し邪魔になりそうだというのに、一体どこにしまってあったのだろう。

 差し出された紙を緊張した面持ちで覗き込む商人さん、もとい伯爵。

 僕はと言えば、陛下から少し離れた斜め後ろに突っ立っている。正直なところ、部外者だという意識が強くて気まずい。


「これは……戸籍ですな。私のものと、娘達の」


 拍子抜けした様子で溢された言葉に、今度は双子が色めきだった。


「そう、お前の娘さんたちが見たいっていうから、一応確認だ」

「はあ、構いませんが」


 何がなんだかわかっていない様子であっさりと承諾されたのを見ると、二人は揃ってベッドから降りて来る。ルチルさんの足取りは未だ危ういが、それを見たセリアさんが支えに入って事なきを得た。


「ああルチル、どうした、具合がよくないのか? 一度家に帰ってくるかい?」

「いいえ、父様。問題ありません。それより、その紙を、早く」

「ちょっとルチル、落ち着きなさい!」


 心配した様子の父親に見向きもせずに、セリアさんに窘められるほどの勢いで陛下に向かって細い腕をぐいと伸ばすルチルさん。まだ血色の戻り切らない青さに、鬼気迫る表情も相まってまるで亡者のようだと思わずぞっとする。


「早く!」


 一つ叫んだルチルさんの声に合わせて、魔力が動く。風が巻き起こり、戸籍の持ち主の手元からそれを攫おうとした。


「だーめ」


 けれど、それをさせる兄さんではなかった。最小限の魔力だけでそれを打ち消して伸ばされた手をひらりと避け、もう一方から来ていたルチアさんの手元になんでも無いように渡す。

 双子は一瞬何が起きたのかわからなかったようだが、すぐにそれぞれのすべきことを思い出す。


「やめてぇ!」


 悲痛な声を上げながらルチアさんの手から戸籍を奪い返そうとするルチルさん。だが、体力の限界だったのだろう、つんのめって危ういところで再びセリアさんに支えられた。彼女の気迫に驚いたルチアさんも後ろ向きに転びかけたが、そちらは後を追ってきていたヒュアトスに受け止められる。そしてそのまま、三枚の紙に目を落とした。


「父マルクス、母ユリア、続柄、長女ルチル」


 ルチアさんの震える声によって該当部分が読み上げられる。もう間に合わないと悟ったルチルさんが両手で耳を塞ぐが、あの近距離では完全に防ぎきることはできないだろう。

 かさりと紙がめくられる音。


「父、マルクス――」


 それに続いて読み上げられたのは。


「――母、ユリア」


「……え?」


「続柄、次女、ルチア……」


 力が抜けたように、ヒュアトスにもたれかかりながら最後まで読み上げたルチアさん。

 その内容は間違いなく、二人が双子の姉妹であることを示していた。


「先に言っておくが、戸籍に登録されている情報は虚偽申告も偽造もできないぞ。大精霊の力を使ったオーバーテクノロジーの産物だからな」

「あの、陛下? これは一体どういう事態なのでしょうか……?」

「大体君のせいなんだよぉマルクスさん? 手紙来てたんじゃないのぉ?」

「て、手紙? いえその、失礼ながらなんのことか……」


 事態がわからずにおずおずと陛下に尋ねる二人の父親に対して、面倒そうに返す陛下。


「……手紙は、見ていません。そうですよね、父様」


 さきほどまでの憔悴しきった様はなりを潜めて、ルチルさんが静かな声で割り込んだ。


「私、手紙を出す時にわざと差出人を書かなかったんです。一角の商人で、伯爵でもある人に、そんな得体の知れない手紙……うちの使用人は、渡しませんから」

「でもあなたさっき、手紙の返事なんてもう待っていられないって……」

「あの意識が彼女本人ではないとすれば説明はつくね。半端な意識しか持たない精霊が幼子がそう思うように、手紙は出せば返って来ると思っているのであればおかしな話ではない。言葉も拙かったし、可能性はありそうだ」

「まあ、そのへんは追々調べられたら調べるとして、だ。これで納得したか?」


 未だ呆然としているルチアさんに向けて、陛下が尋ねた。


「……ほんとに? ねえ、とうさま……私達、ほんとにほんとの双子なの……?」


 震える手で、大切な証拠品をしっかりと両手で持ちながら、縋るような目を実の父親に向けるルチアさん。

 その一言で、事態を把握したのだろう。伯爵も泣きそうな顔をして二人の娘に歩み寄る。


「そんな、当たり前だろう。二人とも、ユリアが産んだ愛しい我が子だ」

「でも、でもあたし達全然似てない。あたし、ユリアお母様に全然似てない」


 思わずといった様子で言葉に詰まる伯爵。実際、彼も思わなかったわけではないのだろう。似ていない双子が生まれることはあるとはいえ、本当に姉妹なのかさえわからないほどに彼女達は似ていない。


「それじゃあ、証明してやろう」


 割り込んだのは、相変わらず調子を崩さない兄さんだ。この人のマイペースが今は有難い。


「ほれ、丁度よく、遺伝が確認できそうな道具があることですし?」


 そう言って机に置いてあったフラスコを軽く揺する。


「伯爵、今の奥方の御髪はお持ちかな? 駄目になってしまいますが、少々拝借しても?」

「え、ええ勿論。持ち歩いておりますし、そう大した量で無ければ……」


 そのやりとりを聞いてぎょっとする。当たり前のように話しているが、他人の髪を持ち歩くってどういうことだ。

 そう思っていると、兄さんが目立たないようにこっそり耳打ちしてくれた。


「この世界……少なくともこのあたりでは、夫婦は互いの髪を一房贈りあって持ち歩くんだと。護身のお守りとか、婚約指輪とか結婚指輪の代わりだな。気軽に消耗するもんでもないが、この場じゃ断れんだろ」


 声は出さずに頷いて納得の意を示す。

 つくづく、この世界では髪は人体の一部であるよりも、尊い願いを込める貴重品なのだろう。

 伯爵が懐から小さな箱を手に取り、中身を僅かばかり摘まむ。すぐに箱を仕舞い、淡い金に輝く柔らかそうなそれを手に乗せ、困惑した様子でぐるりと部屋を見渡した。色々と説明不足のまま目上に逆らうこともできない様は、本人の気弱な態度もあって哀れを誘う。


「すまんな、後で俺から一筆書くから補充してもらうといい」

「はあ、その、ありがたいのですが、何をなさるので?」

「ちょっとした実験だ。あんまり驚いてやるなよ? あとお前のも貰うぞ」

「は? い゛っ」


 その手から髪を摘まみ上げつつ、もう片方の手で伯爵の髪をほとんど無断で毟る。傷害罪にならないのだろうか。ないな、天下の国王陛下だし。


「はい、まずはこのおっさんの髪とその奥さんの髪を薬に浸します」


 またしてもどこから取り出したのか、シャーレのようなものにそれぞれの髪を置いてフラスコの中身を少しだけ垂らす。その効果はすぐに表れた。

 金糸はくすんだ白に、金茶の髪はより顕著に、暗い茶色に変わる。それを見た伯爵は顔を青ざめさせた。


「へ、陛下、これは一体どういう」

「で、次にこれを二人の髪にかけてみます」

「は?」


 僕が止める間も無く、陛下の手が動く。並んでこちらの手元を覗いていた双子の、その前髪一房に直接、フラスコから振りかけた。


「ちょっ、何やってるのさ!?」

「いやだって、未婚女性の髪を切ってもらうわけにはいかんだろ」

「それにしたって――」


 けろりとそう返す兄さんに抗議を続けようとして、その向こうにいる二人の前髪を見て、言葉を失った。


「ル、ルチア……あなた……それ……」

「ルチルこそ、その色は……」


 互いに互いを見つめて、次に自分の変色した髪を見て唇を震わせる二人。


「陛下!? 一体どういうことなのですか!?」


 それを見て伯爵が、ほとんど叫ぶようにそう訴えた。


「魔力をちょっと抜いただけだ、すぐに戻る」

「しかし、これでは……この色は……!」

「そうだなあ、俺もここまではちょっと驚いた。さて、そこで一つ伯爵にお尋ねしたいのだが」


 急に語調を改める陛下。食い下がろうとした伯爵が反射のように姿勢を正した。


「大変不躾ではあるが……亡くなった前の奥方の死後の髪の色は、何色であっただろうか」


 生前は銀の髪だったという双子の母親。その死後……つまり、魔力の抜けた髪の色。


「……ユリア、は…………その……」


 逡巡し、幾度か躊躇った末。


「……黒い髪に、なりました」


 述べられたそれは、死者の象徴そのものであり、僕と兄さんの生まれながらの色でもあり、それと同時に、双子の前髪に表れた色でもあった。

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