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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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十三話

大変お待たせいたしました。

ちょっとした事故で、両手がしばらく使えない状態でした。事後報告になってしまい申し訳ありません。

ぼちぼち大丈夫そうなので、ゆっくり更新再開したいと思います。


 いつぞやの女騎士さんを呼びつけ、次々に指示を出していく学園長。何もできない僕の肩身は狭いが、そう人数が多く出入りするわけではないので注目もされずに済んでいるのは助かった。


「行くぞ、ヒイラギ」

「え、その姿のままですか?」


 声をかけられたものの、学園長はドレス姿、それも大人のままだ。動きにくそうな上に、その姿は隠しているのではなかっただろうか。いや、学園長であることを隠しているんだったっけ?


「あれが『背の高いべっぴんさん』と称してしまったなら、あの姿で行くわけにもいかないだろう。バルシアのが若干心配ではあるが……何かあったら黙らせてくれ」


 げんなり、と称するに相応しい様相でそう頼まれた。

 まあ確かに、セリアさんが驚いて何か口走らないかというのは心配するところではある。双子とヒュアトスは知らないはずだし。


「急ぎなのだろう? ぐずぐずしていると王宮に置き去りにするぞ」

「ええっ?! やめてくださいよ!」


 慌てて学園長……いや、今更だが、この姿の場合なんだろう、王妃殿下だろうか。なんて呼べばいいのかわからない。間違っても義姉などと呼んではならないのだけはわかるけど。

 来る時と同じように転移陣を使って戻る。途端に濃い魔力の重圧がかかる。あまり長くいると僕もやられてしまいそうだ。そういえば――ああ、もう学園長でいいや。この人は大丈夫なのだろうか。魔力量が多いのも操作に長けているのもなんとなく知ってはいるが、適性はなんなのだろう。髪は藍色だし、やはり水なのだろうか。


「おーありがとう。商人さんは?」

「あの子に頼みましたから、じきにこちらへ送られてくると思います。わたくしは何をすれば?」

「抑えてくれると助かるかなぁ」

「もうやっています」


 いつぞやの猫かぶりモードでのお出ましだった。そりゃそうだ、あの口調のままではバレバレだろうし。

 そういえばセリアさんは、と思ったら、どうやらルチアさんと二人で気絶してしまっているようだ。ややこしくならないのはいいが心配ではある。ヒュアトスとレンカさんはまだ意識はあるようだが、自力で魔力に対処しながらも苦しそうだ。兄さんは……うん、ピンピンしてるね。

 では当のルチルさんはと言うと、まだ起きているようだ。とはいえ既にかなり怪しいといわざるをえない。もはや言葉らしいものは発さず、魔力も先ほどまでのように叩きつけるものではなくほとんど垂れ流すような状態だ。けれど、それでも濃い。僕の視界にまで影響が出始めている。

 それにしても、一体これだけの魔力がどこから出ているというのだろう。ルチルさん自身は、魔力の欠乏で眠ってしまっていたはずなのに。先ほどの仮説が本当なら、まだ髪の色に変化が出ていない以上大丈夫なんだろうとは思うけど……。

 そんなことを思っている間に、ヒューがついに膝をついた。レンカさんも壁にもたれかかっているような状態でとても大丈夫そうには見えない。が、未だに出入口の付近にはルチアさんが陣取っている。窓はあるが開け閉めのできるような造りではないようだ。仮にできたとしても、頭一つ通る程度といった大きさではほとんど意味は無いだろう。

 せめて魔力の制御さえできれば、やれることがあるのに。

 突然糸が切れたようにルチルさんがソファに倒れこんだその時まで、僕はただ立っていることしかできなかった。

 その場の魔力を散らし、全員を医務室に運び込むと学園長は帰って行った。あまり長居はできないらしい。まあ、やむを得ない事態だったとはいえ私的な用事で公務を怠るというのは良くないだろう。

 ヒューとレンカさんは辛うじて意識はあるようだが、歩けるような体調でもなさそうだ。セリアさんとルチアさん、ルチルさんの三人は完全に気を失っているが、ルチルさん以外はすぐにでも目を覚ますだろうという話だった。

 陛下は体は大丈夫そうだが、本人曰く「精神的にめちゃくちゃ疲れた」ということらしい。想定外の事態だった上に現場が密室だったのも相まって、魔力を抑えたり対処したりするよりも全員の安全の確保に専念せざるを得なかったのだという。だが、そのおかげでここまで被害が軽減されているのだろう。

 兄さんと二人での、遅めの朝食となった。




「というわけで第二回説明会の開催でーす。どんどんぱふぱふー」


 若干死んだ目でまた一人立つ陛下、場所は医務室だ。何かとよく来る羽目になっている気がする。

 少々不安ではあったが、幸いにも全員目は覚ましていた。ルチルさんも少しぼうっとしているが意識ははっきりしているようだ。起きてすぐは混乱していたらしいが、話は一通り聞いて状況は把握している。

 ちなみに他のメンバーは朝食には手をつけられていない。どうも酩酊しているような感覚があるらしく、迂闊に食べると戻してしまいそうなのだとか。一人だけ元気なのが申し訳ない。


「先の件の、双子の暴走時の魔力が異常なのは、今まで測れていなかった魔力量が大きかったからではないかって仮説だな。それを実証するなら、髪にさっきの薬品をちょっとつけさせてもらいたいって所……だったよな?」

「そのはずよ、当初聞きたかったことの説明自体は私は満足しているけれど……」

「そう、その後がまた問題だな。でもこれ説明要る? しなくてもよくない? そうそう起きることじゃないよ?」

「それはそれで逆に気になるんですけど」

「だってまだ仮説の域出ないしぃー、俺もう疲れたから帰りたいっていうかぁー」


 教員用の机に突っ伏して駄々を捏ね始める陛下。いや、じゃあもう帰ればよかったじゃんか……。


「っていうか商人さんまだ? 俺あの人が来ないと帰れないんだけど!」

「ああ、なるほど」

「では、彼が来るまでその仮説でも披露していてくれたまえ。あの状況は不可解がすぎる」

「じゃーまあかるぅーくな、無関係な話じゃないし。でも俺そもそも説明とか本職じゃないんですけど」

「とは言っても、君くらいしか説明できそうな人はいないからね。こんなところまでのこのこ出て来たのが運の尽きだと思って、潔く吐いた方がいい」

「そんな……俺信じてたのに」


 口元に手を当てて「よよよ」と効果音と付けながら顔を伏せてみせるが、果たしてそれが通じる人はここにどれだけいるのだろうか。


「はぁ、しゃーない……ほんとにまだ仮説も仮説、最早妄想の域だからな? あんまり真に受けるなよ?」


 先ほどまでに比べると些か真面目な様子でそう釘を刺される。


「今まで測れてなかった分の魔力量はどこに消えているのかって話だが……確かに生命維持のための貯蔵に割かれている。でもそれなら、個人差が大きすぎるのは不可解だ。最低限の命を繋ぐためであれば、一定量より多くなる意味はない。まあそこまで効率化されてないだけじゃないかとか、対処できる範疇を増やすためだからいくらあってもいいんだって説もあるんだが……いいか? 仮説だからな?」


 扉の方を気にしている様子で話している陛下。商人さんとやらが来るのを待っているのだろう。


「この世界には、自然現象に直接関与できる精霊っていう魔力袋がそこかしこにいる。俺達に直接認識することも、物理的に接触することも普通はできない存在だ」


 僕達はその力を借りて魔術を行使している。魔力袋と表現されるが、僕にもその魔力は感知できるものではない。


「けど、大精霊という例外がいる。言わば意思ある魔力袋だ。その発生経緯まではわかっていないが、それに近いものを再現できる環境がある」


 わかっている要素は、人に近い意識と、大きな魔力溜まり。

 そして、不自然に意識を取り戻し、魔力を暴走させたルチルさん。


「つまり……潜在魔力が大きい人間は、その身に疑似的な大精霊を宿している可能性がある」

「……それはまた、大胆な話だね」


 口調の軽さとは裏腹に、レンカさんの顔色は良くない。

 大陸に二人いるかどうかと言われている大精霊。それに近しい存在が、なんでもない一般人の中に紛れ込んでいるとしたらとんでもない話だ。


「くどいようだが、飽くまでも仮説だからな。事実そう簡単な話なら、歴史的には獣憑きや神憑きの逸話くらいあっても良さそうだが、そういったものはほとんどない。そうでなくても、大精霊を宿しているともなれば意思一つで天候を操るくらいのことはしてのける、仮に制御しきったとしても普通の人間社会に馴染むのは不可能に近い。悪くて異端、良くて崇拝だ。だが現に、彼女達は今日まで普通に生活してきている」


 大精霊の力に対して思わずぎょっとしてしまったが、確かにルチアさんもルチルさんも、周りでこれといった話は聞いたことがない。魔力の暴走さえなければ全くの一般人として認識していたはずだ。

 二人の方を伺うと、揃って目を白黒させている。突拍子もない話ではあるのだろう、僕の認識が正しければ、国一つを左右できるほどの存在が身の内にいるかもしれないなんて荒唐無稽と言われても仕方がない。

 だが口にした以上、少なくともそれなりの根拠はあるのだろう。流れとはいえ、いくらなんでも本人たちの目の前でなんの理由も無くする話ではないはずだ。


「あー……もしよければ調査に協力してほしいとは思うんだが、別に強制はしない。生活も今まで通りで基本的には問題ないはずだし、もし何かあったらレンカや学園長を通してくれれば俺のところまでちゃんと上がって来る。んで、残る問題はルチル嬢が暴走を起こした原因なんだが――」


 気まずげに頭をかきながらそこまで喋ると、何かに気付いたように言葉を切り扉を注視した。僕らもつられてそちらの方を見る。扉はまだ開かないが、その向こうで慌てたような足音がするのがわかった。


「うん、丁度良かったな」

「しっ、ししし、失礼いたします!」


 陛下が呟いたと同時、上ずった声で入室を知らせる誰か。誰かが返事をする前に、医務室の軽い扉がいやに丁寧に開けられた。

 その向こうにいたのは、小太りの中年男性だ。足音から察しても、急いできたのだろう。額には汗が滲み、抑えてはいるようだが息も上がっている。


「へ、陛下がお呼びとのことで参上いたしました! 何かご入用でしょうか!」

「おーご苦労ご苦労、まあとりあえず中に入れや」

「はっ! 失礼いたします!」


 まるで軍人のように、見た目に似合わず俊敏な動きで指示に従う男性。この人が、件の「商人さん」なのだろう。


「陛下? え? あ……黒い髪……ええ!?」

「あら、気付いてなかったの?」

「気付くわけないじゃん!?」


 二人のやりとりを見ていて、ルチアさんもようやく黒髪の青年の正体に気が付いたらしい。まあ普通に考えたら、国王陛下が自分たちに関わる用件でのこのこ王宮から出て来るなんてのは考えにくいだろう。


「っていうか、そっちも驚きだけどなんで……」

「……父様とうさま……?」


 双子にとっての波乱の一日は、もう少し続きそうだ。

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