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三話

お気に入り登録と評価、感謝です。本当にありがとうございます。


「……どうしよ」


 薄暗い部屋の中、ぽつりと呟いた言葉が思った以上に反響して慌てて部屋を見渡した。幸い、二人とも目を覚ます様子はない。

 なんとか一日を終えて、多くない荷物も整理しきり、今日はとりあえず早く寝ようと思ったまではいいものの、いざ寝るとなるとなかなか寝付けなかった。

 常夜灯のぼんやりとした橙の光を見つめて、寝がえりを二転三転。精神的な疲労は感じているが、元々あまり寝付きのいい方ではない。

 ……とりあえず、一度トイレにでも行こう。

 そう思い立って、ゆっくりと寝台から降りる。空いていたのが真ん中のものだったので、カーテンで仕切られているとはいえ挟まれる状態で少し肩身が狭い。

 静まり返った廊下に出てから、はたと気付く。

 ……もしかして、日中教わり損ねた?

 そんな馬鹿な、と思い返してみるが、風呂こそ教わったもののトイレの位置は聞いてないような……風呂場の近くにあったのは覚えているが、この部屋からだと建物の対角の位置にあるはず。流石に他にあるだろう。

 ちなみにこの123号室、やけに隅の方の部屋だと思ったら、どうやら初学期の頃にあった事故のために臨時用の部屋をそのまま使っているため、離れのような状態になっているらしい。

 多少騒いでも文句が出ないのはいいけど、トイレを含めた共用スペースが若干遠いのが難点、とはセドの弁だ。つまり、そう近くではないのだろう。

 まごついているうちに本格的にもよおしてきて、仕方なく風呂場までの道を足音を立てないように歩く。

 最低限の照明はついているが、人の多かった時間帯とはまるで違う様相に道が合っているかどうか不安になる。そうややこしい構造ではないけど……これは完全に余談だが、風呂に入ろうとした時にはひどい騒ぎになった。明日から入浴の時間をずらそうか真面目に検討中だ。

 日本だったら髪が長いせいで余計に女性だと誤解されやすいのはわかるが、ここでは別に髪の長い男性は珍しくもなさそうなのに。考えても仕方がないが、セドとの初対面といいどうも納得がいかない。

 無事に辿り着いたトイレで用を足して、来た時と同じようにできるだけ音を立てないように部屋に戻る。

 部屋の扉をゆっくりと閉めて、寝台に戻るために振り返ろうとしたその時。

 利き腕に何か触れたかと思うと、それが強く捻られた。次いでくる強い衝撃に為す術もなく、わけもわからぬうちに床にうつ伏せに押し付けられていた。


「……あれ、ひょっとしてミコト?」

「……セド?」

「うわっ、ごめん!」


 真上から聞こえた声に思い当たった名前を呼べば、拘束はすぐに外れた。

 とりあえず体を起こしたが、捻られた腕も含めて思ったよりダメージは少なそうだ。床に打ち付けたらしい顎がじんじんと痛いが、舌を噛まなかっただけよかったと言うべきだろうか。そういえば、歯同士がぶつかってものすごい音を立てた気がする。


「えーと、大丈夫? 怪我するようにはしてないつもりなんだけど……」

「……多分大丈夫だと思う、けど……何事?」


 声に刺が混じってしまうのは仕方ないだろう。すぐ解放されたとはいえ、それで安心できるほど平和ボケしているつもりはない。


「いや、その……外から近づいてくる足音が聞こえて……このあたり、この部屋以外に人はいないし、ヒューは夜中は絶対起きないから不審者の類かと思って……足音ひそめてるし」

「……えっと、ごめん」


 状況的に、そう言われれば多少の勘違いはやむを得ないだろう。仕切りおかげで、他のルームメイトが部屋にいるかどうかもわからないわけだし。

 もう少し躊躇とか、先に声をかけるとかあってもいいんじゃ、とも思うが、もしかしたらここではそう珍しい反応じゃないのかもしれないし。一応異世界なのだから、自分の常識だけで当てはめて考えるのもよくない……多分。


「いや、俺がちょっと寝ぼけてたところあるから……ほんと、ごめんな。ところでどうしたんだ? そこそこ長い事いなかったみたいだけど」

「大したことじゃないんだけど……昼間、手洗いの場所を聞き損ねてたみたいで、ちょっと風呂場の方まで」

「……ほんと、ごめん……」


 その後はしっかり眠ることができたのは、不幸中の幸いと言うべきだろうか。




 始業時間は日本にいた時とさして変わらない。朝やることも、各種設備も道具も、すこし扱い方が違うくらいで全く問題がない。

 不自然さが無いのは有難い一方、「異世界」という響きに多少の期待を覚えた身としては終始肩透かしを食らっているような気分だ。

 と、思っていたのだが。


「今日は早速ですけどぅ、魔術の基礎授業になりますー。できる人が多いとは思いますが、事故の可能性も十分あるのでみなさん気を抜かないようにー」


 どうやら教室を移動するようだ。ついて行こうと立ち上がったところで、案の定と言うべきか先生に呼び止められる。


「ごめんなさいねぇ、本来は入学時にやる試験みたいなものがあるんだけどぅ、それもやってないみたいだからー」


 他の生徒は副担任に任せて、僕は一人移動先の一つ隣の部屋に招かれた。準備室に当たる部屋なのだろう、段ボールこそないが、代わりに木箱や引き出しがそこかしこに置かれていた。


「えーっとぅ、どこにあったかしらぁ……あ、これねぇ。はい、これを利き手で握ってみてー」


 そう言って差し出されたのは、小さな硝子玉だ。ビー玉と言われた方がしっくりくるほどだが、とりあえず言われた通り左手に軽く握りこむ。


「……あらぁ?」


 数秒握っても特に変わった様子はないが、不思議に思ったのは僕だけではなかったようだ。


「あの、これ、何なんですか?」

「えーとね? 魔力の量とか、性質とかを簡単に調べられる道具なんだけどぅ……ほんとは光るはずなのよぅ。おかしいわねー?」


 ……もしかしなくても、僕は異世界の人間だから魔力が無いとか、そういう……。


「……あ、ごめんなさい、開錠しなくちゃいけなかったんだわぁ。貸してくれるかしらー?」


 言われて開いた掌から、ひょいと摘まみ上げて一言二言何かつぶやくと、また僕の手に戻された。もう一度握れということらしい。

 半信半疑で再び掌を閉じると、今度はすぐに変化が表れる。

 指の隙間から、光が零れた。

 反射的に目を瞑ったが、おそるおそる開けてみると目を灼くような光ではない。青い水底に白く陽光が煌くようにゆらゆらと表情を変えるそれは、見ていると自然と心が穏やかになるような、胸が締め付けられるような、不思議な感覚を僕にもたらした。


「……んー……?」

「あの、これはどういう?」

「あらー、ごめんなさい。量は申し分ないわねぇ。性質としては、水と風が主かしら……うんうん、将来有望ね。この学園に入れられたのもうなずけるわぁ」


 先生が一人で納得している間に、光は静かに消えた。


「それ、一度使っちゃうと他の人は使えないのよぅ。だからそれはそのまま持って帰って、大事に保管しておいてねぇ。それじゃあ、みんなと合流しましょう?」

「あ、はい」


 隣の教室はどうやら席は決めずに、思い思いの場所に立っておこなっているようだ。そのせいか、普段の教室よりも大きい。こちらの用事もすぐに終わったことだし、ほとんど進んでないとは思うんだけど……。


「それじゃあ、試しにやってみましょう。はい、皆さん、両手を出して」


 副担任の先生が檀上で出す指示に従ってか、全員が胸の前で手を合わせる。


「はい、出してー」


 その掛け声と共に、それぞれが両手の間隔をゆっくりと離していく。


「……うん、見た感じみんなちゃんとできてるね。じゃあ先生、後はよろしくお願いします」

「はぁーい、ありがとうございますー。それじゃあみんな一回仕舞ってー」


 そう声がかかるとみんなの手が降りる。

 ……いや、一体何が……?

 続く指示にみんなは何かをしているようだが、僕には特に何かが起きているようには見えない。パントマイムをしていると言われた方が納得できるが、歩いて教室を見回っている副担任を見るに、訂正を入れたりしているようなので何かは起きているのだろう……多分。


「……あなた、大丈夫?」


 困り切って周りを見るだけになっていた僕にそう声をかけてくれたのは、席が隣だった例の美少女だった。

 表情は心配というよりも怪訝さの方が勝っていたが、全員が当たり前にできているようなことに右往左往しているのだから仕方ないことだろう。ちょっと傷つきはするけど。


「えっと……大丈夫じゃないです……」

「……どこからわからないのかしら? 魔力を動かすのはやったことはある?」

「無いです……」


 正直に答えると、彼女はますます形のいい眉をひそめた。申し訳ないが、こちとら自分に魔力なんてものがあるのをつい五分前に知った身である。許して欲しい。


「……最初にやっていたのは見ていたの?」

「胸の前で手を合わせてたやつですか?」

「そうよ。手の間に放出した魔力を留める、一番初歩的な魔力操作。試しにやってごらんなさい。見ていてあげるわ」


 腕を組んで仕方ないと言わんばかりの様子でこちらに向き直る彼女。すごい、美少女って何をしても絵になるらしい。


「……早くしなさいよ。私だって授業を受けてる身なのよ」

「ご、ごめん」


 急かされて、若干不本意ながらも慌てて胸の前で手を合わせてみる。掌の間をゆっくりと広げて――こうだろうか?


「……全然魔力が動いてないわよ」

「すみません……」

「本当に、やったことがないのね……」


 呆れ切ったような顔で小さく息を吐く彼女。


「あまり、こういう説明は得意じゃないのだけれど……」


 眉間に皺が寄りっぱなしだ。折角綺麗なのに、自分のせいでこんな顔をさせていると思うと少し申し訳なくなってくる。


「……こう、血の巡りを外に押し出すような感じで想像してみなさい……わかるかしら?」

「えっと、こう……?」


 言われた通り想像する。

 ……なんか、ぞわっとした、ような……。


「なんだ、できるじゃない」

「ほんとに? できてるんだ、ありが――」

「――ちょっと、待ちなさい。止めなさいよ、ちょっと!」


 礼を口にしようとしたところで、大声で遮られた。何事かと思ったが、止めろと言われれ慌てて意識を両手の間に戻す。

 相変わらず何か変わったようには見えないが、止めればいいのだろうか。これ、止まってる? 大丈夫?


「……あ、あなたね! 危ないじゃないの!」

「ご、ごめんなさい……」

「バルシアさーん? どうかしたかしらー?」

「なんでもありません、授業を続けてください」


 いや、あれだけ声を荒げておいてそれは無理があるんじゃ。

 と思ったが、どうやら授業はそのまま続けられるらしい。一応、危ないから気を付けて、みたいなことを言ってた気がするんだけど。


「……そんな風にまともに魔力も扱えないなんて、あなたこの先大丈夫なの? ここ、一応魔術学園なのよ?」

「あはは……僕も急に放り込まれた感じで、何が何やらわかってないんです……来る予定なんかなかったんですよ」


 詰るように言われて苦笑いでそう返すと、気のせいか彼女は憐れむような表情へ変わった。これはこれで心にくる。


「……その、よければ色々聞いてくれて構わないわよ。私もそう物を知っている方ではないけれど……」

「……ありがとうございます……あの、ところでこれ、どうすれば……」


 両手の間に留まったままになっているらしい魔力を持て余す僕に、彼女はまたため息を一つ吐くのだった。

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