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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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十二話



「この薬は……一時的にではあるが、疑似的に、部分的に、更に至って狭義的ではあるが……死者になれる薬だ」


 その言葉を聞いて、発言者以外全員が思わず息を呑む。

 ……え、いや、全員? 兄さんは?

 と思った矢先、レンカさんの隣に立っていた陛下が思わずと言った様子で彼の頭をスッパァーンとひっぱたいた。実に小気味いい音がした。レンカさんの首は無事だろうか。


「な、何をするんだ君は! せめて一言言ってくれたまえよ!」


 そういう問題なの!?


「そういう問題なのか!? っていうかそれどころじゃねーわ! なんだよよりによってその説明は! 色々危惧するくらいならもう少しオブラートに包めや!」

「説明するに一番手っ取り早く的確に伝えられるのがこの言い方なのだから仕方ないだろう! 君の考え方の方が特殊極まりないのだといい加減に慣れてくれないか!」


 額同士がぶつかるのではないかというくらいの勢いでまたしても口論を始めた二人。

 僕個人としては意味がよくわからないので、早く話を進めてもらいたいところなのだけど。


「……僕たち、さっきから何を見せられてるの?」

「……その、うちの兄がごめんなさい……」


 いえいえこちらこそうちの兄が、と言いかけて危うく口を噤む。

 この二人、息は合うくせに意見は合わないらしい。面倒なタイプだ。


「え、っとぉ……一時的に死者になれるって、つまり仮死状態ってこと? だとしたら、流石にあたしは遠慮したいんだけどなー……?」

「あああ、違う、違うから、ちゃんと話聞いて!?」


 ドン引きしてしまったルチアさんをそう引き留める陛下。


「いいか、この薬はまず内服薬じゃない、飲むなよ、飲んだらどうなるかはちょっと怖いから! 外用薬だ。それも、効果が出るのは極々一部分だけだし、三十分もすれば元に戻る! 危険性は無いから、ほんとに!」


 必死だ。あまりの必死さにか、ルチアさんも一応話を聞く姿勢は継続してくれているようだ。ヒューの視線は限りなく冷たいが。


「彼の言う通り、危険性は無い。それは私も保証しよう」

「なら、何がどうしたら死者なんて物騒な話になるのよ」

「ったく、ややこしい説明しやがって……髪の色が変わる、だけだ」


 苦い顔をして、陛下は端的にそう言った。

 髪の色が、変わる?

 それがどうかしたのだろうか、と思った。けれど、それは僕だけだったようだ。


「……なるほど」

「それは、確かに……一時的に、疑似的に、部分的に、至って狭義的に死者、ね」

「だろう?」

「それにしたって、確かに兄上の表現は迂遠に過ぎるとは思いますけれど」


 なんだか納得しているけど、よくわからない。何より痛いのが、話の内容が内容なだけに迂闊に尋ねることもできないということだ。不幸中の幸いと言うべきか、ここにいる人の半分は僕の出自を知っているからうまくいけばそれとなく説明してもらえる可能性はある。

 問題は、その誰もがいまいち当てにしきれないタイプの人間であるということだけど。


「俺……私の世代では、まだ見る機会も少なくなかったですが。ルチアに至ってはまだ十四ですから」

「うん、あたしはまだ見た事ないから。ちょっと実感湧かないかな」


 僕も少しは考えるとしよう。

 といっても、単純に考えればそう難しそうな話ではない。十九のヒューは覚えていて、十四のルチアさんは覚えていないかもしれない。となれば、やはり例の十年前から事情が変わったのだろうということ。それに加えて、死者になる、という言葉と髪の色が変わるというキーワード。

 おそらく、この世界では人は死ぬと髪の色が変わるのだろう。


「まあ、今の時代じゃ真っ黒になる人も少ないけどな。んでまあ、俺的にはどっちかっていうとここからの方が衝撃的だとは思うんだが……なんで死ぬと色が変わるのか、考えたことあるか?」


 よかった、合っていたようだ。

 死ぬと髪の色が変わる。それも、ほとんどが黒だったのだろう。そりゃあ黒い髪が殊更嫌われるはずだ。きっと、この世界の人から見れば死体が歩いているようなものなのだろう。

 ……僕、よく今日まで。

 そして問われた内容に再び考えを巡らせてみる。ついさっき知ったばかりの事柄だが、僕らと同じ生物であるという前提であれば違いは一つしかない。つまり、魔力に関することなのだろう。実際僕も、こちらに来て髪の色は若干変わっている。日中は元々が黒いせいであまりわからないが、暗闇に入ればあまりにもその違いは大きい。


「なんでって……考えたことはないなぁ。死んじゃったら黒くなるって聞いてるだけだし」

「……まさか」


 素直に考え込むルチアさんとは対照的に、顔を僅かに青ざめさせるセリアさん。


「……魔力が抜けるから、かしら。つまり……死ぬと、本来の色になる、ということ?」

「そう、ご名答。流石レンカの妹だな」

「ま、待ってよ。魔力が抜けて色が変わるなら、切っちゃった髪の毛は? 魔力は生命力の一種だから死んだらそれが無くなるっていうのはわかるけど、それなら切り離された髪だって魔力が無くなってもおかしくないよね?」


 あっさりと肯定された答えに、ルチアさんが焦ったような様子でそう意を唱えた。一方のセリアさんも感情を押し殺すように口元を引き結んでいる。

 その様子に、どうしても心が重くなる。そんな素振りを見せられたことは無いけれど、やはり髪が暗い色であるというのには抵抗を覚えるものらしい。


「厳密に言えば、順序が逆だな。生命力だから魔力が失われるわけじゃない。命の危機に瀕した場合、少しでも魔力が残ってれば全部生命活動に変換されるからな。それでも足りなかった場合、命を落とすってわけだ。生者が髪を切ってもその分の魔力は消費されない。だから色は変わらない。授業で教える内容を変えないとだな」

「……じゃあ、魔力ってなんなの?」

「わからん! 何にでも成り替わる正体不明の物体だ、今のところは」

「では、どうしてその薬がルチルとルチアに対する検証になるのかを聞いても?」


 脱線しかけたところをヒューが本筋に戻す。

 そうだった、結構衝撃的なことが判明してしまったせいで思わず頭から吹き飛んでいたが、本題は彼女達の暴走の規模の原因だったはずだ。それがどうして髪の魔力の抜くことに繋がるのだろう。


「その髪の魔力ってのが、どうも隠れてる部分の魔力量とはほぼ比例してるらしくてな。ちなみにこっちは未検証だが、人によってどんな色が出るかが違うのは精霊が関係してるっぽい。おおよそ魔力測定の時に出る属性の色と同じみたいなんだが、どうもレンカの家は真逆みたいなんだよなぁ」

「私は風が主だがこの金髪、逆にセリアは火と土だが赤は全く入っていないし、金髪というよりも見事な銀髪だ。母上は風で銀髪だが、父上は土で銀髪だった。というわけで、おそらくこれは前王家の家系における遺伝なのだろうね」

「つまり、髪の魔力の出方は遺伝する?」


 割り込むようにかけられた声に、全員が振り返る。

 いつの間にか、ルチルさんが目を覚ましていたようだ。いつから起きていたのかはわからないが、顔色は相変わらず悪い。が、射すくめるような強い眼差しで陛下を見つめていた。

 ただ、何故だろう。いつもの彼女とは、少し印象が違う。


「ついでに言えば、地の髪の色も遺伝する」


 彼女が起きていることに気がついていたのだろうか。動じることなく、陛下はそう返した。


「ならそれを使えば、私とルチアの血縁は証明される?」

「親父さんにでも聞いた方が早いんじゃないのか?」

「今、返事を待っているの。でもあと一週間も待っていられない、わたしはもう耐えられない」

「つまり、もう王都の家には届いてる?」

「そのはず」

「ちょ、ちょっとまってよルチル。だから、あたしは別に気にしないって――」


 二人で淡々と話を進める陛下とルチルさんに、ルチアさんが待ったをかけた。


「――わたしが気にする!」


 弱々しい声なのに、その叫びには質量があった。


「どうしてわたしのことを無視する!? わたしは何も言っていない! 怖いのに、嫌なのに、みんなわたしに何も聞いてくれない!」

「え、あ……」


 叩きつけられるように吐き出される言葉に、ルチアさんがまた顔を青ざめさせていく。

 ……いや、違う、これは。


「当主になりたくないだけなのにどうして! 何もないわたしから姉まで奪ってどうしたい!? 姉まで奪われたわたしは、何を支えに生きればいい!」


 更に叫ぶルチルさん。その言葉に込められた悲哀も、嘆きも、僕らにはそれだけで痛い。

 けれど、それ以上にこれは危ない・・・


「う、ぁ……何よ、これ……」


 セリアさんがそう呻き始めたことで、確信に変わる。判断を仰ごうと陛下に目をやったが、どうもこれでも対処済みらしい。「どないしょー」とでも言いたげな視線と目が合ったが、こっちのセリフだ。こんな状況は全くの想定外で、翻弄されるしかない。

 声自体に・・・・、魔力が篭っている。

 おそらく、風の性質が強い魔力だ。逆の土の適性を持っているルチアさんとセリアさんへの影響が大きいのだろう。相性の悪い魔力がこうも叩きつけられては中てられて当然だ。僕とレンカさんは適性があるからかまだ異常は出ていないが、他人の魔力というだけでいずれは毒になるだろう。

 外へ、と思ったが、ルチルさんのいる場所は出入口に一番近い場所だ。暴走とはどうやら少し違うようだが、近づかない方がいいことに変わりはない。むしろ、陛下がいる分ここに居た方が安全かもしれない。


「これはまた……仮説の裏付けがとれたか?」

「呑気な事を言っている場合ではなさそうだよ。君、まだ視界は利くかい?」

「一応な、制御はされてるみたいだし。ところで俺まだ朝ご飯食べてないんだけど帰っていい?」

「あ、んたね……このまま帰ったら、許さない、わよ」


 この期に及んでも飄々とした様子でやりとりをする彼らに、セリアさんが怒りを滲ませる。制御をする余裕が無いのか、うずくまり始めた彼女の体から魔力がゆらりと立ち上ったが、陛下がどうにかしたようだ。


「と、いうわけで……しょーがないにゃあ、そこな黒髪の少年や」

「え、あ、はい?」

「体調は大丈夫?」

「今のところは」

「よぉーしいい子だ、それじゃあお兄さんからちょっとお願いなんだが」


 なんだか微妙に嫌な予感はするが、四の五の言っている場合でもなさそうだ。


「奥の部屋に転移陣がある。それを使った先にいる背の高いべっぴんさんに伝言を頼みたい」

「え、あの、それは……」

「緊急時ってことで。クラスのみんなには内緒だよ」

「言いませんけどね。伝言は?」

「んじゃま手短に。『商人さん呼んで、なるはやで』って、俺が言ったって言えば大丈夫!」

「そんな雑な……それで、その後は」

「べっぴんさんの指示に従う方向で。できればその人も呼んでくれるとありがたいんだが」

「わかりました」

「よっしゃ、それいけ少年」


 奥の扉を開けて、周りをろくに見もせずに足元に魔力を込めた。勢い余ったのか、溢れた分の魔力が微かに光った。


「何事だ!?」


 着いた先の王宮の一室。そこに繋がる扉から、豪奢なドレスを身にまとった背の高い美女が現れる。


「陛下から伝言です。『商人さん呼んで、なるはやで』、ついでに来てもらえると助かります」

「……ああああああ! もう! どうしてあいつが動くと! いつもいつも! 揉め事に! なるのだ!」


 頭を掻きむしって地団太を踏む学園長。

 いやもう、ほんと、うちの兄がごめんなさい。

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