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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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九話



 数日後。

 ルチアさんももう行かないと約束してくれたのもあり、僕はもう付き纏いじみた護衛をするのはやめている。彼女本人も、これ以上何かあっては困るからと、極力誰かしらと一緒にいるように心がけてくれているようだ。

 そのため僕は、空いた時間で魔力の操作の練習をしている。授業でも散々やってはいるが、やはり見えない分不利なのか細かい制御はかなり甘いらしい。意識すれば霧散はしない、という程度であって、制御の得意なセリアさんやヒューに比べると雲泥の差と言える。

 厳密に言うと、「魔力」の制御と「魔術」の制御は別物らしいが、基本的には魔術の制御は魔力のそれに準ずるということらしいので、まずはそちらからということらしい。魔術制御は春の休暇が終わってからだ。

 幸い、訓練場ほどの規模ではないが練習できるようなスペースは校内にいくつかあるためそこの片隅を使っている。制御程度であればこれだけあれば十分だ。


「ん?」


 ふと、何かざわつくような気配を感じた。僕と同じように練習をしている人が何人かいるせいで魔力の動きがあちこちで起きていて正直煩わしいくらいなのだけれど、それに似ているような、それにしては、やけに規模が大きいような。

 周りは気が付いた様子は無い。やはり、目に見えている分それ以外の感覚に対しては鈍いのか、それとも僕の勘違いか。

 ……いや、距離が離れているのかぼやけたように感じるが、これは確実に大量の魔力が動いた時のざわめきだ。

 どうしよう、気付いているのは僕だけなのだろうか。いや、その場に他に人がいるかも知れないし……でも、もし誰もいなかったとしたら、この量はちょっと尋常じゃない。恐らく、危険だ。

 けれど、僕だけが行っても意味はあるのだろうか。まだ自分の魔力の制御さえままならないというのに、他の魔力の触り方なんて全くわからないし、かといって他の先生達はどこにいるのかわからない。どうすれば――


「――学園長!」


 幸い、ここから学園長室まではそう遠くない。緊急事態ということで許してもらうとしよう。




「た、多分、こっちです!」

「多分では困るのだがな!」

「すみません、もうぐちゃぐちゃで、よくわからなくて……!」

「だろうな、私も視界が利かん! が、原因はわかった」

「ほ、ほんとですか?」


 学園長室に行ったところ、学園長も異変を感じていたらしく丁度部屋を出るところだった。その勢いのままいつぞやのように抱えられてしまったのは些か不名誉だが、学園長といえども魔力の感知は主に視界に頼っているらしく、大人しくナビゲート役に徹することにしていた。幸い、速度は抑え気味なため舌を噛むことはなかったが、近寄れば近寄るほど濃くなる魔力に対して本能的な恐怖が芽生えつつある。

 そうでなくても、本来はここまで濃い魔力の中に入れば中てられてしまうだろう。幸い学園長の魔力制御によって影響の出ない範囲にまで退けられてこそいるものの、感知範囲内の魔力は感じた事がない規模のものだ。姉さんが解けた・・・時はこれ以上の濃度だったのかと思うと、今になって背筋が寒くなる。そりゃあ兄さんも危機感を覚えるだろう。

 原因もわからぬままにとりあえず危険だということで駆け付けたらしいが、人が巻き込まれていれば一大事だ。最早災害と言っていいレベルだろう。


「少々変わり種だが、やはり感情に伴う魔力暴走だ」

「こ、この規模でですか? だと、かなり魔力を持ってる人の……?」

「まあ、あながち間違いではないのだが……見ればわかるだろう、おろすぞ」


 一声かけられて腕から下りる。地面に近いせいで態勢を立て直すのが大変だ。


「本人が気絶なりなんなりしてくれていれば、すぐに霧散させられるんだが……巻き込まれている人間もいるだろうが、私の視界はほとんど当てにならん。何か見えるか?」

「巻き込まれてる人いるんですか!?」

「一人でいる時にここまで感情が乱れる人間はそうはいない」


 なるほど、と納得しつつ、あたりに目を走らせる。どうやって来たのかはよくわからなかったが、先日ルチアさんと話した図書館裏のようだ。僕の視界にさえ銀色のもやがかかったようになっていて見えにくいのだが……。


「あ……」


 地面に淡い金色が見える。あれは……髪だ。

 嫌な、予感がする。


「学園長、あっちに……」

「わかった、今退ける」


 簡潔に返事をして、空をかき分けるように腕を振る学園長。それにつられて魔力が動き、そこだけ視界がクリアになる。一直線に伸びた銀のトンネルの向こうに見えたのは。


「――ぁ、あ、ヒイラギ、くん」


 座り込み、泣き腫らした顔をしたルチルさんと。


「たすけて、ください――」


 顔を真っ青にしてぐったりと横たわる、ルチアさんの姿だった。




 どうしたらよいのかもわからず呆然とする僕を尻目に、学園長は速かった。

 僕の脇をすり抜けあっと言う間にルチルさんに駆け寄ると、その勢いのまま彼女の首に手刀を落とす。

 気を失ったルチルさんが倒れないようにだけ支えると、そのまま周囲の魔力の制圧を始めた。


「人を呼んで来い。二人運ぶのは私たちだけでは無理だ」

「あ……は、い」


 学園長に指示されて、何も考えずに反射のように校舎の方へ走り始める。

 いや、今の時間に校舎にはあまり人はいない。向かうなら食堂か、練習場か、寮か……女の子を運ぶわけだし、女の子を呼んだ方がいいのだろうか。


「ヒイラギ!」


 声をかけられて立ち止まる。ヒューだ。


「どうした? 学園長に抱えられて、ものすごい速度で走っていくのが見えたが」

「魔力の暴走が起きたみたいで……そ、そうだ、ルチルさんとルチアさんが倒れてて、運ぶ人を探してて」

「わかった、行こう」

「え、あ、うん、ありがとう」


 女の子……と思ったが、ルチアさんの方ならヒューが運ぶ分には許してくれそうな気がする。緊急事態だし、ごめん。


「驚かないんだね」

「魔力がある程度以上ある人間が、暴走させて倒れることはそこまで珍しいことでもないからな」

「え」


 しまった。もしかしてこれ、おかしなことを聞いてしまっただろうか。


「子供の頃は特に多いが、大人でも激昂したりひどく動揺すれば暴走させることもある。あの二人の年頃なら不思議ではない……それに、最近は少しゴタついているからな。まあ、何かのきっかけでそういうことも起こるだろう、といった程度だ」

「な、なるほど……」


 ところが、彼は特に疑問を抱くでもなくそう説明してくれた。セーフ……でいいのだろう。助かった。

 ヒューを連れて戻ると、既に魔力はほとんど霧散していた。おそらく濃いのだろうが、こうなると僕にはもうわからない。動きもなく輪郭がぼやけている魔力に対しては、相変わらず鈍いままだ。


「これは……相当な規模だな」

「ヒューはまだ見えるの?」

「ああ、濃すぎて何も見えないというほどではないが……だが、あの二人なら合わせてもここまでの魔力は無いはずだろう」


 怪訝そうに呟きながら二人の様子を見ている学園長に近寄っていく。


「説明は後だ。こんなところに寝かせておいては体が冷える、手伝え」

「はい。ルチアの方は俺が」

「変な事はするなよ」

「しません」


 軽口をたたきながら、二人とも実に容易くそれぞれを抱え上げる。

 なるほど、何故人をと一瞬思ったが、僕は頭数に入っていなかったのか。妥当である。


「説明は後、ということは、学園長はどういうわけかご存知で?」

「知っているというよりは、心当たりがあるといった程度だ。正直、私だけでは判断がつかん」

「魔力に関する事で、学園長にわからないことがあるのですか」

「まだ研究段階のことのようだからな。私は出来上がった論文を読んでいるに過ぎん」


 二人の会話を聞きながら、やることもなくついていくだけの僕。なんとなくいたたまれない。

 医務室に運ぶのかと思ったが、もう日も暮れるからと寮に運ぶことになった。勿論、僕とヒューは入り口で待機である。学園長が二往復してくれるようだ。やっぱり女の子を呼んだ方がよかったか。


「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」


 学園長がまずルチルさんを運び込んですぐ、セリアさんがこちらに向かってくるのが見えた。


「どうも、魔力を暴走させちゃったみたいで……僕より学園長の方がわかると思うけど、置いてきちゃったの?」

「に、苦手なのよ、あの人……それはともかく、魔力の暴走? それも二人して」

「多分、ルチアさんは巻き込まれただけだと思う」

「そうなのか?」

「暴走してる場面は一瞬しか見てないけど、魔力が銀色だったから……確か、ルチルさんの魔力属性が風で、ルチアさんは土だったよね?」


 もしルチアさんも魔力を暴走させていれば、金色の魔力が混ざっていたはずだ。ところが、あの場には銀色の魔力だけが充満しきっていた。だから……と思ったのだが。


「ど、どういうこと? あなたにも見えるくらいに魔力が出てたの? ルチル一人だけなのに?」

「俺も不思議に思ったが、それも学園長が説明してくださるそうだ」

「そ、そうなの? まあ、あなたたちに聞くよりは納得できるかしら……」

「えー、僕たちってそんなに信頼ないの?」

「ち、違うわよ! 単純に、学園長の方がそういったことには詳しいから――」

「――ぁ、ぅ……」


 ちょっとセリアさんをからかっていると、微かなうめき声が聞こえた。


「こ、こは……」

「ルチア、目が覚めたか」

「気持ちわるぅ……って、ヒュー? え、なに? どゆこと!?」


 ヒューに抱えられたまま、ルチアさんが目を覚ました。


「ルチアさん、大丈夫? 何があったのかとか、思い出せる?」

「み、ミコト君? 何があったのかはあたしが聞きたいんだけど!」

「む、目が覚めたのか。運ぶ手間が省けたな」

「学園長まで!?」


 ルチアさんが混乱している間に、学園長が戻ってきた。騒いだからだろう、寮の中から数人様子を伺っているのが見えた。


「ふむ、話も聞きたいのだが……もう遅いな」


 もうそろそろ陽が暮れ切る頃だ。日が短いこの時期は、そこから急激に冷える。日本のように寒風が吹きすさぶことこそないが、寮の門限自体がほとんど日暮れの時間になっていることもある。今日中に事情を聞くのは難しそうだ。


「ルチル嬢の方は今日はもう目を覚まさないだろうが、心配はいらん。明日の朝、話を聞くぞ、いいな」

「え、あの……」

「気分が悪いのは魔力酔いだ、明日に備えて早めに寝ろ」

「ま、魔力酔い? えっと、わかりました……?」

「ヒイラギ、セフィル、お前らもだ。バルシアはどちらでも構わないが、どうする?」

「聞いてもいいのでしたら」

「では四人だな。各自朝食が済んだら学園長室まで来い。全員が揃い次第話そう。もしそれまでにルチル嬢が目を覚ましても、あまり細かい事は伝えないように」


 幸いというべきか、明日は授業は休みだ。実は街に出かける予定だったのだけれど、こうなっては仕方ないだろう。セドには申し訳ないが、学園長の呼び出しを蹴れるほどの用事も無い。

 そういえば、そろそろルチルさんの送った手紙が王都へ着く頃だろうか。

 返事が返ってくるまで、あと一週間。

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