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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
34/59

七話


 その場で席に着くなり、ルチルさんが捲し立てる。


「戸籍なら、本人が申請しないと見ることはできません、いくら公爵令嬢とはいえ、王宮関係者でもないセリアさんが頼んでも絶対に出てきませんよ。持ち出しができるかは……王宮で仕事のために使うことが主な目的の物ですから、わかりませんね。でも、たとえ持ち出せなかったとしても王都へ行くのは現実的ではないです。仮に私利私欲で高速馬車を使うことを許容したとしても、私もルチアも人並みでしかないので一週間も休むと困ります」

「そ、そうなの? ごめんなさい……」

 ダメだしの連続だ。店員がまた様子を見て、ゆっくりと出て来た。そろそろ夕食時の支度を始めたいのだろう。


「というより、私に言ってくれれば父に尋ねるだけで済む事なんです。あの子は変に遠慮してしまっているからできないだろうけど……父には、貴族である以上、血統をきちんと把握して伝える義務があるんです」


それは、そうだけど。というより、ルチルさんは自身が双子であることに疑いは無いのだろうか。デリケートな問題だけに聞きづらい。


「……それを言うなら、もっと簡単に済む方法があるんじゃないか?」


 セドが肘をつきながら、ルチルさんを胡乱気に見つめる。


「髪を切れ、ルチル」


 髪を、切る?

 どういうことだろう、それで何かが解決するようには思えないが、雰囲気を見るにどうやら的外れな事を言っているわけではないらしい。


「……もう、それだけじゃあの子は納得できません。どちらにしても、双子の証明は、必要です」

「どっちも揃わなきゃ意味が無い」

「わかって、ます。でも、あと少し……少しだけ。終わる時には、ちゃんと、しますから」

「……頼む」


 よし、後でセリアさんに聞こう。




 どうも、僕、結構危ない橋を渡っていたらしい。

 というのも、この世界において、髪というのはひどく重要な物なのだそうだ。

 髪に魔力が宿るというのが、比喩ではなく実際に起きている、というのは以前にも聞いたが、魔力が籠っている物というのはそれだけで結構な貴重品らしい。髪の魔力というのは、精霊石ほどではないにせよ多量に含まれている部類のために、売買の対象となる。量や属性という観点での差は大きいが、総じてそれなりの高級品なのだという。

 だからこの世界の人間は、髪を短く切ることは珍しいのだと。


 何かあった時の貯金も同然なのだ。だから平民は普通、髪を切ることはしない。髪を売った人でも、必ず一房は長いままで残しておくのだという。

 では、セドのような髪の短い人は一体なんなのかというと、貴族の当主等の、ごく限られた富裕層のみであるそうだ。家を継ぐ人間も、髪を切ることでそれと周りに知らしめるのだという。

 逆に言えば、髪が短い若者というのは次期当主になる覚悟を持っているということになる。かつてこそ女性が家を継ぐことは少なかったが無かったわけでもなく、革命後のこの国において後継に男女の差は無い。

 そのため、平民が髪を残さずに全て切ってしまうと、それは身分詐称の罪になってしまうのだという。

 僕、髪長くて良かった。


 僕の話はともかくとして、ルチルさん達の話だ。

 彼女の家は二人姉妹、何事も無ければ、次期後継者であるルチルさんは髪を短くしていて然るべきなのだという。ところが、彼女の髪はセリアさんのような腰まで届く長さではないが、短いと言えるほどでもない。日本の基準で言えばロングヘアーの部類だろう。

 僕も同じ程度でも問題なく平民認識されていることからも、彼女のそれは本来の立場に見合ったものではないはずだ。


 そして余計にややこしいのが、それを邪推する人たちが居るということなのだという。

 このあたりは僕はよく知らないが、セリアさん曰く、ルチルさんが髪を切っていないのは、妾の子を身内と称する家に対する反発なのだとか、ルチアさんの事を哀れんでいて当主のチャンスを譲ろうとしているのだだとか、根も葉もない噂が立っているのではないか、ということらしい。

 とにかく妾の子供というだけで、ルチアさんは異常に攻撃されている。そしてルチルさんの髪が長いがために二つが変に絡みあってしまい、一筋縄ではいかなくなっているのではないか、と。

 何故憶測なのかと言えば、僕は貴族社会の噂を聞いたことはないし、セリアさんは癇癪癖が知れ渡ってきているせいか、無暗に目の前で彼女達の事を悪く言う人がいなくなったからわからないのだという。悪いことではないはずだが、主に理由の面を手放しで「良かったね」とは言えないあたりがなんというか、セリアさんらしい。

 まあ、それでも断片は耳にしているようだけど。


 セドとルチルさんが話していたのはつまり、ルチアさんに対する双子の証明と、それ以外に対するルチルさん自身の証明、その両方が必要であるということ、らしい。




 というわけで、今はルチルさん達の家からの連絡待ち状態である。と言っても、家は結局王都にあるらしいのでまだこちらからの手紙も届いていないだろうけど。

 もどかしい事この上無いが、今僕達にできることは少ない。僕個人で言えば、ルチアさんがこれ以上危ない目に遭わないように見張っておくくらいだ。

 たとえば、今みたいに。


「ルチアさん、どこ行くの」


 数歩先を行く彼女に声をかければ、迷いなく進んでいた足がピタリと止まった。そのままなんでもないようにくるりと振り返り、なんでもないように返してくる。


「どこにって、先生に頼まれて倉庫に物をとりに行くだけだよ」

「それ、今更通じると思う? 先生と話してるところも見てないし」

「……いい加減にしないと、ミコト君も巻き込まれちゃうかもよ?」

「僕の話はいいの。ルチアさんこそ、いい加減にしないと」


 そうだ、いい加減にしてもらわなければならない。

 ルチアさんは、誰かに引きずられて暴行されているわけではない。

 他でもない、自分の意思で・・・・・・向かって行っている。それも一度ならず、何度も。嫌がる素振りさえ見せることはない。

 だからこそ、僕は悠長に毎回諦められていたとも言える。……いや、これは今言っても仕方のないことだ。


「いい加減にしないと、何?」

「何って……危ないでしょ。わざわざ行ってやる必要なんてない」

「それは、ミコト君には関係ないよね?」

「そういう問題じゃなくて!」

「関係ないよね?」


 にこやかな表情を崩さないまま、明確に拒絶される。


「ねえ、ミコト君。話しちゃったんでしょ、みんなに。すぐわかったよ、ルチルは目が真っ赤だったし、セリアは挙動不審なくせに変に優しいし。ああ、ついにバレちゃったのかぁって」


 開いていた距離を、ゆっくりと詰めながら言われる。言われてしまう。


「ミコト君、前も言ったけど、嘘ついたりするの苦手そうだもんね。ヒューとセリアは鈍いしルチルは避けてるみたいだから、セドにでも気付かれちゃったのかな? それでそのまま流されちゃった? 押しにも弱いもんね、決闘の時は助かったけど」


 ああそうだ、その通りだ。誤魔化しきることができずに、セドに気付かれて、流されるままに話した。


「悲しいな。ミコト君なら、秘密にしてくれると思って、話したのに」


 いつの間にか、ルチアさんとの距離はほとんど無い。迫るように下から覗きこんでくる顔は、言葉の通り悲しみに満ちている。


「それとも、あたしの事を哀れんでくれたの? 理不尽な目に遭って可哀想だって、救ってあげなくちゃとでも思った?」


 額が付きそうなほどの近距離。女の子の甘い香りと、鈍く光を放つ金色の目に思考を奪われて――

 ガツリという鈍い音と共に、目の前に火花が散った。


「ふざけないで」


 猛烈に痛む鼻と、掴まれた襟首で何が起きたのかを悟る。顔の中心が熱くて、勝手に涙が出て来る。手加減はされたのだろうけれど、それでも口元へ暖かいものが伝う感覚があった。

 そのまま締めあげられる首元に顔を顰めるが、彼女は意に介さず鬼気迫るというのが相応しい様相のまま口を開く。


「いきなりぽっと出て来ただけのくせに、勝手に哀れむな」


 それは、ひどく僕に突き刺さった。


「あたしはこれでいいの、あたしは納得してるの。仲間に入れてもらえたとでも思った? だから助けようとでも? 事情も、あたしたちの事もよく知らないくせに? 大した思い上がりだよね。ちょっと運がよくて学園に入れて、たまたま同じ部屋に関係者がいただけのくせに、そんなにいい人になりたかった? それともあたしに惚れちゃった? 助けたら仲良くなれるかもとか? バッカじゃないの。話したのは、あんたが部外者だから。何もできなくて、何も関係ない部外者だからだよ」


 歪な笑みを浮かべながら叩きつけられる言葉は、嫌に耳に響く。


「可哀想なのは、あたしじゃなくてあんたの方なんじゃない?」


 吐き捨てるようにそう言ってから、無造作に手を離される。いきなり支えがなくなったことと、衝撃と怪我とが相まって、思わずふらついてそのまま尻もちをつく。真っ白な制服に自分の血が点々とついてしまったのが目に入る。


「うわ、ついちゃった。やりすぎたかな……でもま、ミコト君なら自分で治せるもんね」


 ルチアさんの袖口にも、恐らくついてしまっているのだろう。汚してしまって申し訳ないという、場違いな感情が過った。


「あんまり遅くなると先生に怒られちゃうから、もう行くね。また明日!」


 去っていくルチアさん。追いたくても、立ち上がることができない。

 なんて、情けない。

 魔力を回して、とりあえず鼻血と痛みを止める。陣を描いて水を出し、顔についた血も落とす。制服のは……軽くに留めよう。


 遅くなったら意味が無い。




 血が止まり、手首の痛みも引いて、ようやく立ち上がる。あの程度で手首を捻ってしまうなんて情けない。やっぱり、体はちょっと鍛えよう。

 ルチアさんの姿はとうに見えないが、入り組んだ倉庫群でも、自分の魔力を探るだけならわかりやすい。

 僕の追跡を警戒しているのか、何度か回り道をしながら向かっているようだった。最後にたどり着いた倉庫は先日までとは別の場所。どうやら、向こう側にも話は伝わっているらしい。

 照明は相変わらずついていないが、後ろ暗い事をするのだからそりゃあわざわざ人が居る事を主張する必要は無いだろう。


「おっそーい、またあの黒狐さん?」

「そう。でももう、来ないと思うけど」

「なあんだ、ま、手間が省けてよかった。それにしてもあなたも律義よねえ」


 聞き耳をたてて中の様子をうかがう。決して聞き取りやすいわけではないが、防音されている建物ではないし作りも簡素な建物だ。人も少ない場所だから聞こうと思えば難しいことでもない。


「やだーあんた性格わるぅーい。人質とってるも同然の人が言うことじゃないってー」

「まあねー、って言っても、うちらだって別にお姉さんにこういう事する気はないけどさー」

「……ルチル様には、悪評の一つだって立てるわけにはいかないもの」


 なるほど、そういうことか。

 聞きたいことも聞けたので、腹を括ってやる事をやりに行こう。扉を蹴り飛ばしたい気分だが、うまくいく気がしないので大人しく普通に開けることにした。といっても、たたきつける音は忘れないけど。

 大きく開け放った扉が室内の壁にぶつかって音を立てる。ルチアさんも含めた、中の数人が一斉に身構えた。


「どうも、噂の黒狐でーす」


 ああまったく、馬鹿馬鹿しい。


「え、あ……ミコト、君……?」

「てへっ、来ちゃった」


 呆気にとられた様子のルチアさんに茶目っ気たっぷりで返してみせたが、どうやらお気に召さなかったようだ。


「そんな変な顔しなくてもいいのに」

「か、かわいくて、つい」


 そうか、それはそれで嬉しくない。


「じゃなくて、なんで!」

「僕は関係ないんでしょ?」

「それは……」

「ムカついたからさ、仕方ないよね」


 ああ、なるほど。


「あのさ、こんな事して何になるわけ?」


 感情で魔力が暴走するというのは、こういう事か。


「な、なんなの、いきなり入ってきてわけわかんない事言わないでよ」

「いきなり入って来てても、何が起きてるかは聞いちゃってるんだよね。言い訳連ねてみる? 何言っても、暴行っていけないことだと思うんだけどさ」


 頭の中が煮えたぎるようだ。声を荒げたくてたまらない。衝動のままに力を振るってしまいたい。

 でも駄目だ。僕がするのは憂さ晴らしではなくて、一時的でいいから抑止になることだ。ルチアさんを止める言葉も、もうわかる。

 感情のままに溢れていく魔力が、あっというまに部屋の中を埋め尽くす。多少中てられたくらいなら、半日も寝れば治るだろう。


「さっさと帰って。またこういうつまらない事してるの見つけたら、どうなるか知らないよ」

「へ、平民のくせに……!」

「うるさいなぁもう。だったら何なのさ、ご自慢の家にでも泣きついてみる?」


 みるみる顔を青くしていく何人かを見ながら、少しだけ冷静さを取り戻す。


「帰らないなら、ルチアさんは連れてくね。ここに居てもいい事なさそうだし」


 ルチアさんの腕を掴んで、倉庫から出た。

 向かう先は……当てが無いな、どうしよう。

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