六話
「わかったわ、燃やしてくればいいのね」
「待ってセリアさん、犯罪者になっちゃ駄目でしょ」
ごめん、ルチアさん。結局全部吐かされました。
「だって……そんなのおかしいわよ。どうしてたかがそれだけの事で、あの子がそんな目に遭わなきゃいけないの」
ぐっと拳を握りしめて怒りに震えるセリアさん。今は学園の外だから本人も気を付けているのか、普段よりも魔力の動きは余程少ない。魔力の操作の得意なヒューが抑えているのも大きそうだ。
「……思ったより、ややこしい話になったな」
相変わらず顔の動きは乏しいながらも、苦い顔をして呟くヒュー。彼にとってのルチアさんはただの資金提供者という関係でもない。一番に怒るだろうと思っていたが、どうもセリアさんに先を越されたようだ。
「すぐに解決しようと思ってできる問題でもないか。姫さんの説得だけじゃなくて状況改善までしようとするなら、ちょっとした大仕事だ」
珍しく考え込んだようなセド。脚を組んで顎に手を当てる姿は似合っていないのに様になる。こんな状況で思うことではないが、そこはかとなく腹が立つ。
「とりあえず、加害者を見極めよう」
「それはあまり得策じゃないんじゃないか。貴族と限定していたからには社交界での噂が原因だろうし」
「だとしたら尚更、そんな事を真に受けてる奴がおかしい」
「そういう奴には誰が何言っても意味が無い。逆に難癖つけられるぞ」
「それがなんだ。こちらに非は無い」
「世間はそうは見ない。それに、仮にこちらから何かすればルチアの悪評が余計にひどくなるだけだ」
「……なら、どうしろと言うんだ……!」
「ヒュー、落ち着いて」
案を挙げるヒューに対して、冷静に指摘していくセド。声を荒げかけたヒューにストップをかけて、まだ何か考え込んでいる様子のセドに声をかける。
「さっき、大仕事って言ったよね。それって要するに、手が無いわけじゃないんでしょ?」
「そ、そうなの? ならさっさと言いなさいよ!」
「うん、セリアさんも落ち着いて」
今度はセリアさんを宥めつつ、確かめるようにセドを見つめる。三人からの視線を受けて慄いたような様子を見せつつも姿勢を正す。
「仮定の段階でしか無いけど」
「それでもいいか」と確かめるように視線をこちらにやるセド。それぞれに頷いたのを確認して続ける。
「まずさっきも言ったように、加害者をどうこうするのは現実的じゃない。悪手になる可能性も高いし、一旦済んだように思えても何度も同じ事が起きる。内通者でも作れればまた話は変わるかもしれないけど、今からじゃ時間がかかりすぎる」
右手を上げ、人差し指を立てながら丁寧に説明していく。
「次に、ルチアの説得に専念する選択肢だ。当初の目的、班員として迎えるってだけならそれだけで十分。俺らは問題ないってゴリ押せばいい。ヒューもいるし、変な話まだ若い。ゴリ押しすれば大丈夫だろうと俺は思ってる、けど……」
「問題外だ。ルチアの状況を放置することはできない」
「だな」
二つ目。
「最後に……一番可能性があって、あと腐れも無い手段だ」
三本目の指が立てられる。
「一言で言うなら、真相を暴く」
「……真相?」
「つまり、ルチアとルチルは本当の双子の姉妹である、ということを証明する」
目から鱗だ。
僕はいつの間にかすっかり、彼女達は異母姉妹なのだと思いこんでいた。けれど確かに、言われてみればそれさえ公に否定されれば噂も消える。ルチアさんが理不尽な目に遭わされることも、班に入るように説得する必要もおそらく無い。
「で、でもどうやって? 血縁を証明する手段なんて……」
「最悪、事実じゃなくていいんだ。あの二人が本当に双子であると周知できればそれでいい。……いや、なんなら周知できなくても、本人たちが納得できれば解決する」
「……そういうことね」
どういうことだ、もう少し詳しく話して欲しい。
と思ったが、セリアさんに意味ありげに目配せされた。後で説明する、ということだろうか。
「なら、王宮に連絡するわ。陛下の命で貴族に連なる者の戸籍の提出は義務になってる、あの二人のものもあるはずよ。国で管理するものなら、本人たちへの証拠としては十分……だと、思うのだけれど」
「俺もそう思う。問題は、王宮から戸籍を持ち出せるのかどうかと、持ち出せたとして届くまでの期間だ。今日頼んですぐに届いたとしても、往復だけで二週間。現実的に考えればもっとかかる。その間だけでも、ルチアが被害に遭わないようにしないと意味がない」
「それは、僕が。一人にしなければいいんでしょ? 付き纏ってるのは今更だから……ちょっと頼りないかもしれないけどさ」
荒事になれば自信は無いけど、居るだけでも抑止力にはなれるはずだ。僕の外聞を気にしていられる場合じゃなさそうだし。
「助かる。俺がついていると変な方向に悪化するだろうから……問題は、戸籍の持ち出しができない場合だ。こちらから王宮に行くのはそう簡単な事ではない」
「多分、それは大丈夫よ。最悪お兄様に頼んで高速馬車の手配をするわ。それでも往復で一週間はかかるけど……それくらいならあの二人も問題ないでしょう」
一週間の勉強くらいなら取り戻せるだろう、という事だろうか。あの二人の学力は知らないけれど、セリアさんの基準で見積もっていないか少し心配だ。
「問題あるに決まってるじゃないですか」
昼も過ぎて閑散とした街の食堂に、僕ら四人以外の声が響く。揉め事の気配を察知したのか、店員が店の奥へと引っ込んでいく。
向かいのセドが顔色を変え、身を乗り出していたヒューとセリアさんも顔を上げると気まずそうに俯いた。
「どうして、私たちの話なのに――」
僕も慌てて振り向く。
「――私を、無視するんですか」
そこに居たのは、泣きだしそうに顔を歪めたルチルさんだった。
そもそもルチルさんを呼ばなかったのは何故か。
とても単純な理由だ。伝えれば傷つけると思ったからだ。
ルチアさんがされている事を伝えることも、ルチアさんが彼女にそれを話さないことも。
彼女はとても傷つきやすそうで、僕はそんなところは見たくなかった。
なんて、バカな事をしたのだろう。
「どうして、こんなところに」
「みなさんがまとまって動けば、嫌でも何かあったのはわかります。とても目立ちますから、追ってくるのは簡単でした」
きっと、ほとんど全て聞かれてしまっている。
泣き出してこそいないが、目は潤み、口元は堪えるように歪んでいるその表情は、見ているこちらが苦しくなるほどだ。
変に怖がらずに最初から呼んでいれば良かったのだろうか。けれど、こんな風に彼女が動くなんて、思ってもみなかったのだ。知らないままで終われればいいと、そう思ってしまった。
誰も、何も言うことができない。全員、こうなることを全く想定していなかったのだろう。様子を伺いに来たのか、店員が一瞬だけ顔を出して、またすぐに扉の向こうへ消える。
彼女になんと言えばいいのだろう。無視するつもりなんて無かっただとか、あなたのためを思ってだとか、それは確かに真実だ。でも、それは言い訳になってしまうのではないか。当事者でもある彼女を意図的に情報から遠ざけていないことにしたのは、事実だ。
「……ごめんなさい、わかってるんです。みなさんが気を遣ってくれたことも、あの子が、私に知られたくないと思ってたことも。でも、我慢、できなくて」
沈黙を破ったのは、ルチアさん自身だった。少し落ち着いたようで、先ほどの痛々しいまでの表情ではなくなっているが、目元や鼻はまだ赤い。
「だって、悔しいんです」
語尾が微かに震えていた。
「確かに私は、みなさんのように、何か秀でるものがあるわけじゃありません。勉強だって特別得意じゃないし、運動も苦手だし、容姿だって人並みです。魔力だって少ないし、自己主張できないし、些細なことばかり気にして。何かを上手くやれたことだって、ほとんどありません。遠ざけようとする気持ちは、わかるんです」
声を張っているわけでは無い。むしろ静かで、掻き消えそうなほど震えている。
「でも……でも、あの子の事だけは、絶対に、他の誰にも、譲れないんです」
気圧されたように僕らが黙りこくる中、彼女は一人立ち続ける。
いや、実際、気圧されていたのだ。
「私は、あの子の姉ですから」
そう言った彼女の姿は、いっそ痛々しいほどの決意に満ちていた。
一話あたりの文字数を減らしてみようと思います。
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