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あの日々の向こう  作者: 緋月 琥珀
第二章
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五話


「……あは、見つかっちゃった」


 こんな真っ暗で狭くて暗い場所で、彼女が何をしていたのか。

 それは額についた痛々しい痣と、今も続いている魔力の動きを見ればわかる。

 傷を、癒していたのだ。

 僕が王宮での魔力暴走で大けがをした翌日、兄さんが魔力を刺激しての治療をしてくれたことがあった。彼女の魔力の動きはその時と似ている。


「見つかっちゃった、って……」


 けれどルチアさんは、そんなことはおくびにも出さず、まるでいつもと同じように茶目っ気たっぷりに微笑んでいる。

 ……いや、暗くてわかりにくいが、長い髪が微かに震えている。


「ミコト君、執念深いよね。まさかこんなに追いかけ回されるなんて思ってなかったよ」


 そう言って口をとがらせようとして、口の端でも切れていたのか「いてて」と両手で抑え込む。

 ……いつも通りに振る舞う姿が、逆に痛々しい。よく見ればスカートから覗く脚にも、ほとんど治っているが小さな切り傷が見える。


「……とりあえず、手、出して」


 何も言えず、せめて治療を手伝おうとそう言ってしゃがみ込む。魔力を刺激しての治療は、他人の魔力で行った方が効率がいい。

 彼女もそれは察したのだろう。控え目な苦笑いを浮かべて、大人しく右手をこちらに向けた。その指先を取って、思わず表情が歪みそうになるのをぐっとこらえる。

 こんなに冷え切っているのに、こんなに震えているのに、どうしてこんなに……一人で。

 しばらく無言で、魔力を刺激する。僕と彼女の魔力は、量も適性も全く違う。間違っても彼女が中てられないよう、慎重に巡らせていく。授業で制御の練習ばかりやっていた甲斐があったというものだ。

 巡らせる過程で、自分の魔力を通して彼女の状態を朧気ながらに理解した。腕や胴にはまだまだ痣がありそうだ。それなのに、彼女は刺激による治癒を見えるところに優先的に回すと、差し出した手を引っ込めて髪を整え始める。


「駄目だよ、ちゃんと全部治さないと」

「いいよ、どうせまたすぐにできるし。後は痣だけだから、残ったりもしないしね」

「そういう問題じゃ――」

「いいの」


 僕の言葉を遮って、強くそう言う。

 髪を手で梳きながらだというのに、向けられた視線の強さと相まって、思わずこちらの動きが止まった。

 けれど、それで引き下がってやるほど今の僕は御しやすくない。


「だったら、せめて理由だけでも聞かせて」

「どっちの?」

「両方。というより、関係してるんじゃないの」

「……だーめっ」


 笑いながら立ち上がり、僕の横をすり抜けて倉庫から出ていこうとする彼女。

 でも、そう簡単に逃がしはしない。元々、会ったらすぐに逃げられるかもしれないという想定で来ていたのだから。


「あ、あれ、開かない……?」

「ちょっと凍らせてあるからね。この時期だし、僕が解除しなきゃそうそう溶けないよ。それとも扉が燃えるのを覚悟して溶かしてみる? 騒ぎになると思うし、僕の魔力の方が勝ると思うけど」

「えぇ……ミコト君、性格わるぅい」


 僕も自分でそう思う。だけどまあ、それだけ必死だったのだということで許してほしい。それに、使える手段を使うことの何が悪い。


「どうする? 僕も門限があるし、あんまり長引かせたくはないけど」

「……しょうがないなぁ」


 諦めたように、その場にしゃがみこむルチアさん。僕は一応、扉の前に陣取って同じようにしゃがみ込む。


「まあ、見ればわかると思うんだけど、ちょっといじめられちゃっててさぁ」

「……誰に?」

「さぁ、あたしは向こうの事よく知らないけど……どっかのお貴族様なんじゃない?」


 他人事のように話すルチアさんに、微かに苛立ちが募る。


「なんで、誰にも言わずに……みんなに相談すればいいじゃないさ」

「みんなって?」

「そりゃ、セリアさんとか、ルチルさんとか、ヒューとか……仲、良さそうなのに」


 色々な感情を押し込めているせいか、朴訥とした話し方になる。

 すぐに何か返ってくると思っていたが、少しの間があった。


「……仲良くなんか、ないよ。あたしは異物だもん。たまたまセリアっていうお姫様と、うちの次期当主様と同じ部屋になって。ヒューだって、気まぐれで手助けしていつもあたしが振り回してるだけ」


 想像していたよりもずっと固く冷ややかな口調で放たれた言葉は、僕を動揺させるには十分だった。


「そ、んな、そんな事ない! セリアさんとルチルさんだって心配してたし、ヒューなんか話もできないからずっとしおれてるし、セドも、僕だって何かあるならできる事はしたいと思ってる!」

「じゃあ、尚更迷惑かけられないよ」


 目線を床に放ったまま、とつとつと喋るルチアさん。言葉はともかく、それは拒絶だ。壁を作り、関わるなと暗に言われている。


「でも、せめてルチルさんだけにでも……姉妹なんでしょ?」


 その壁を超えることは、僕にはできない。

 僕は、後から入ってきた人間だ。セリアさん達とも、学園に入ってきてからだけの縁なのかもしれない。だけどそれでも、双子としてずっと育ってきたルチルさんとなら。

 そう思って言ったのに。返ってきたのは何故かあっけにとられたような顔と、全く想定外の言葉だった。


「んー……そっか、ミコト君は平民だもんね」


 話すことを整理しているのか、ぼそぼそと何か言ってから、ようやく僕の顔を見る。


「あのね」


 彼女はそう前置いて、



「あたしとルチルって、ほんとの双子じゃないの」



 ルチルさんにそっくりの儚げな笑顔で、そう言った。


「……え?」

「あたしとルチルは、双子の姉妹なんかじゃない。お父様が同じなだけで、違うお母さまから生まれた偽物の姉妹なの。ほら、全然似てないでしょ?」


 あまりの衝撃に反応できずに固まる僕を尻目に、彼女は話し続ける。

 確かに、ルチルさんとルチアさんは似ていない。髪の色だって銀と金、目の色もルチルさんの方がずっと濃いし、目つき一つとってもルチルさんは垂れ目なのに対してルチアさんはつり目ぎみだ。体格も、ルチルさんは小柄で細身だが、ルチアさんは僕と背もほとんど変わらず、なんというか……発育のよい体つきである。


「でも、似てない双子だっていないわけじゃ……」


 二卵性双生児というやつだ。性別から別の双子だって世の中には存在する……はずだ。この世界ではどうだかわからないが、基本的に生き物のつくりは変わらないと聞いている。だから僕も双子だと言われても特に疑問に思わなかった。


「んー……貴族の間では普通に知られてるから、セリアとかセドとかは知ってると思うんだけど……うちの家ってね、最初のお母様……奥様は、亡くなってるの。今のお母様は二人目」


 日が落ちきってしまったのだろう、とても寒い。真っ暗な中に僕とルチアさんの髪と目だけが、ぼんやりと浮かび上がっている。


「前の奥様は、銀の髪で、穏やかで、優しくて、愛らしくて。ルチル様にそっくりの方だった。今の奥様は……あたしのお母様は、前の奥様が亡くなられてからすぐに嫁いできて、家の中もほとんど変えちゃった」


 本来であれば憚られるであろうことを、なんでもないように口にする彼女に、僕は呆然とするしかない。


「お母様はね、我儘で、気が強くて、ちょっと欲張りな、典型的な貴族なの。ね、似たもの親子でしょ?」


 話の内容にそぐわぬ明るい顔で、最後にそう問いかける。なんと答えればいいんだろう。

 だってそれは、つまり。


「そろそろ帰らないと、門限過ぎちゃう。ね、もういいかな?」


 僕の返事を待つことなく、ルチアさんは立ち上がりこちらに向かってくる。

 なんでもない事のように、さっきと違って震えることも無く。


「……うん、強引な事して、ごめん」


 結局僕は、そう答えるしかできなかった。




 最悪だ。

 どうして、たかが班決めなのに、こんな個人の家庭の事情に踏み込んでるんだ、僕は。ルチアさんの問題は、つまるところ「いじめられてて一緒の班では迷惑をかけるから」ということなのだろう。そんな事気にしなくていい、と言うのは簡単だけど、彼女がそれで納得するかどうかは別の話だ。

 一番の後悔は、自分の都合を優先して気付くのがここまで遅れたことだ。僕が今日、最初にあの倉庫に入っていれば、現場を押さえられたかもしれない。始業から終業まで執拗に観察していた僕が断言できるのは、恐らく彼女が害されたのはあの倉庫の中での事だという事。その前の時間では、あんな風に怪我をしているのは見た事が無い。……気付いていなかっただけで、服の中は痣だらけだったのだろうけれど。

 今日僕が彼女を見つけたのは、ちょうど加害者が去った後だったのだろう。僕が他の倉庫の中を探している間に立ち去っていたのだと思う。

 いや、もっと言えば、僕がもっと早く本腰を入れて探していれば、あんなに頑なになる前に手が出せたのではないのかと。彼女がああされ始めたのは、恐らく進級してからだ。二、三日に一度の頻度でルチアさんが必ずあそこに向かっているという事から、何か弱みでも握られているのだろうか。せめて、それだけでもなんとかできれば。

 けれど、僕に何ができるというのだろう。


「ミコト、どうした? やっぱ駄目だった?」


 そう声をかけてきたのはセドだ。ヒューは既に寝ている。


「ん……というか……」


 どうしよう、どこまで話していいものか……。


「……貴族の間では、異母兄弟ってどういう扱いなの?」

「……ひょっとして、ルチル達の家の事?」


 黙って頷く。それだけで察するということは、彼女が言っていたようにわりと有名な話なのだろう。


「……後妻の子供であれば、普通の扱いだよ。理由はなんであれ、後に迎えた妻の子供がそれで冷遇されたりすることは無い」


 難しい顔のまま教えてくれるセド。僕らよりもルチアさんとの関係が深いはずのヒューは、このあたりの事は知っているのだろうか。


「ただ、この国では王族以外が妾を持ったり、伴侶以外との間に子供を持つのはご法度っていうのが大昔からの決まりっていうか……つまるところ、ルチアが気にしてるのはそこってこと?」

「うん、まあ、そんなところ……だと思う」


 仮に普通の後妻との異母姉妹ならば問題無いが、双子と偽れるというのは同じ時期に生まれたということになる。それはつまり、男親の不貞が疑われる、という事だろう。話の真偽はともかくとして、そうであれば……こんな言い方はしたくないけれど、ルチアさんは本来は生まれてきてはいけなかった子供だということになる。


「でもそれだけなら、変な話ルチルが居なければ気にする事も無いよな。見た感じ、ルチアは誰とも班組むって話は出てないみたいだし、おかしくないか?」


 こ、こいつ、役に立たないと思ってたら……。


「えっと……言われてみれば……?」

「ミコト、何か隠してるだろ」

「え? いや、そんなことは」

「さっきから歯切れ悪いぞ。ほらさっさと吐け、ややこしそうだし、明日からは俺も手伝うから」

「……おやすみっ!」

「させるかっ!」


 布団を被ってそのまま寝ようとしたら、力技でかけ布をはがされた。


「ちょっ、鬼! さむっ! 風邪ひくってば!」

「ふはははは! そうなりたくなければさっさと吐けぇ!」

「……騒がしいな、どうした」


 ちょっと、ヒューまで起きちゃったじゃん。どうしてくれる。

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