二話
「えーと、先に私が入るので、声をかけたら入ってきてくださいねー?」
「わかりました」
歩いているうちに平静を取り戻した先生にそう言われ、人気のない廊下で一人待つことになった。先生が中に入った途端、すこしざわついていた教室が静かになる。
案内された校舎は、思ったより小さめだった。
二階までしかないし、教室の数自体もそう多くはなさそうだ。造りこそ日本の一般的な校舎と似ているが、その材質はほとんどが木製。
靴底が僕の知っているものより柔らかいせいもあるのだろうが、足音がほとんど響かないのも面白い。
今のうちに、自己紹介を考えて……おく前に、スムーズに喋れるように覚悟を決めた方がよさそうだ。
違和感こそ抜けないが、このままだと緊張感と相まってひどいことになる確信がある。内容を考えるより、そっちの対処が先だろう。
深呼吸を数回。声を出さずに口だけ動かして、最低限の文章だけでも口になじませる。
静かになっていた教室が、にわかに騒がしくなった。そろそろだろうか。
「ヒイラギくーん、入ってきてくださーい」
来た。
緊張で強張る手足を動かして、ゆっくりと教室の戸を開ける。
目に入ったのは、日本とあまり変わらない机が並んだ風景。それと、日本とはかけ離れた、色とりどりと言うに相応しい色彩に富んだ人たち。
青、赤、黄……いや、金と言うべきだろうか。緑や橙の人も、逆にほとんど真っ白な人もいる。こちらを見つめる目も同じように多種多様だ。
呑まれてしまった自分を引き戻すために、一度視線を生徒から逸らす。
そのまままっすぐに先生が手招きする教壇まで進んだ。
「はぁい、それじゃあ、自己紹介をお願いしますー」
「え、っと……ミコト・ヒイラギと、いいます。歳は十五です……その、よろしくお願いします」
なんとか言い切って頭を下げてから、もう一度クラス全体を見渡した。
人数はすこし少なめだろうか、それでも30人くらいはいそうだ。よく見れば、色だけではなく年齢もかなりバラつきがある。
一方で、軽く見ただけでわかるほど髪の長い人が多い。僕も括れる程度には長いので、浮かないのは助かったと思うべきだろう。
「ヒイラギくんは孤児院の出でねー、学校に通うのは初めてみたいなのー。短い間かもしれないけど、みんな色々教えてあげてねぇ」
「はーい」という気の抜けた返事が教室のそこかしこから上がる。
僕より年下の人は……ぱっと見ただけでは詳しい年齢はあまりわからなかった。人種が違うせいだろう。
「じゃあ、ヒイラギ君の席はあそこねー」
示されたのは、窓際の一番後ろの席。まだ緊張で強張っている手足を不自然にならないように動かして、そちらまで向かう。
前の席は青みがかった銀色の髪を高く結い上げた男子。こちらは机につっぷして眠っていた。いきなり後ろの席に生徒が増えていて驚かないだろうかと勝手に心配したが、まあ自業自得というやつだろう。
問題は、隣の席のまっしろな長い髪を背に流した女の子の方。何故か怪訝そうな表情で僕の顔をじっと見つめてくるのだ。
「えっと……よろしく?」
席についてからも遠慮することなくじっとみつめてくるので反応に困り、曖昧に笑いながらそう言葉をなげかけた。
すると彼女は、おもむろに何かに気付いたように鮮やかなシアンの目を見開き――
「なっ――!」
と小さく叫んで、椅子ごと後ろに倒れかけた。
あまりに突然の出来事にあっけにとられてしまったが、彼女はすんでのところで転倒を回避すると、改めて僕の顔をまじまじと見つめる。
正面から見つめると、おどろくほど綺麗な子だった。美少女、という月並みな言葉がこれほど似合う子が他にいるだろうか、なんて思ってしまうほどに。
背の中ほどまで延ばされた白銀の髪は驚くほどなめらかで、陽のあたり具合なのかほんのりと青や緑が映りこむ。
肌は病的さを感じさせない白さ、吹き出物やそばかす一つくて、輪郭は綺麗な卵型。
すっと通り主張しすぎない鼻筋、綺麗な曲線を描いているであろう形の良い眉、けぶるような長い睫毛、自然な桃色でつややかな唇――どこをとっても、そして全体のバランスを見ても、僕には欠点らしい欠点なんて一つも見つけられない。
中でも一番目を惹くのは、パッチリとした目。大きな目を彩るのは南国の海のような、底抜けに明るく深い、青という一言では表すことのできない色彩。色濃く、あまりにも鮮烈で……見とれていた事実にすら気付かせない程に、美しかった。
「バルシアさーん? どうかしましたかー?」
「い、いえっ、なんでもありません! 大丈夫です!」
固まっていると、先生から声がかけられてようやく視線から解放されることになった。それと同時に、僕も気付かれないようにそっと息をつく。
綺麗な顔というのは、度を超すと見る側に負荷がかかるらしい。
「それじゃあ、他の連絡事項を伝えておきますねー。まずは――」
「はーい、今日はここまでー。明日からの準備は忘れないようにー。それじゃあ、さようならー」
明日からの主な日程、授業内容、その他諸々。
身一つ、メモさえないのであまり正確に覚えられた自信は無いが、もともとそうしっかりと覚えておくべきことは多くないだろう。多分大丈夫、多分。
「あ、ヒイラギ君とセフィル君はちょっと来てくださいー」
編入生に興味津々、といった有様でこちらに寄って来る生徒を牽制するかのように、先生からそう声がかかる。
まともに対応できる気がしなかったので助かった。一部のあからさまに残念そうにする生徒に苦笑いを投げかけて教壇へ向かう。
セフィル君ってどんな人だろう、と思ったら、どうやら例の前の席の人だったようだ。
呼ばれたことにはちゃんと気付いたのだろう、のろのろとこちらへ向かってくるのが見えた。
……いや、背高くない? 僕自身は決して高い方ではないけど、頭一個分違うよ?
近くに並び立つと軽く見上げる必要があるほどだ。大柄という感じではないから、威圧感こそあまりないけれど。
そして何より、ものすごい美形だった。隣の席の子が「美少女」なのに対して、まるで美術品のような、造形美とでもいうべき整い方。
なんだこのクラス、顔面偏差値が狂ってるんじゃないか。
「もー、セフィル君また寝てたんですかぁ? ヒイラギ君のことちゃんと把握してますぅ?」
「……大丈夫です、編入生ですよね? よろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げられたので慌ててこちらも頭を下げ返す。
「ヒイラギ君、急に編入が決まったからまだ寮に行ったことないのよぅ。多分セフィル君と同じお部屋だと思うから、寮監さんに確認しながら案内してあげてくれるかしらー?」
「わかりました」
彼はそう返事をするとそのまま教室の出口までさっさと歩いていく。あまりにあっさりした対応に少し面食らいながらも、先生に一礼してから後を追った。
無言のまま人気の多い廊下を抜けて、校舎から出る。少し離れると人がまばらになり始めた。
「……すまない、紹介が遅れた。俺はヒュアトス・セフィルという。寮は三人部屋、もう一人も多分教員経由で伝わっているとは思うが……少し遅れるだろうな」
「そう、ですか。あ、僕はミコト・ヒイラギです、えっと――」
「歳は十五、孤児院の出と言っていたな」
「……起きてたんですか?」
「寝ていたが、それはそれとして話は聞いていた」
淡々とした口調で表情の変化もほとんどないが、不思議と嫌な印象は受けない。
「荷物の類はどうした?」
「えっと……自前の荷物はあんまりなくて。寮に直接送っておくって聞いてます」
「そうか」
その後もぽつりぽつりと会話をしながら、そう遠くない場所にある寮に着いた。いくつか棟があるようで、こちらは二階建てのようだ。
入り口はカードキーのようになっているようだ。セフィルさんが取り出した銀色の金属板のようなものを押し当てると、寮の入り口が開いた。
僕はそれを持っていないので、寮監さんに話をして一緒に中に入れてもらう。きちんと話は通っていたようで、特に問題もなく入れた。
部屋はやはりセフィル君と同じ123号室。そのまま彼についていく。入り口からはかなり離れているが、先頭に近い番号から埋まっていくのは仕方ないだろう。
ノックも無しに開けられた木製の扉の向こうは、意外と広かった。
寝台が三つ、その対面の壁には机が三つ。それぞれ等間隔で並んでいる。二段ベッドの類を想像していたけれど、三人部屋ならそうでないのも合点がいく。それぞれの寝台の間は天井から垂れるカーテンで区切れるようになっているようだが、今は風を通すためか開け放たれていた。
がらりとした印象を受けるが、カーテンやシーツの色が白に統一されているからだろう。一番奥の寝台と机は見てわかるほど大量の物が散乱しているようで、逆によくそこまで積んだものだと感心する。
「手洗いと風呂は共用。風呂は湯に浸かりたいなら時間が決まっているから注意しろ。場所は後で案内する。あとは――」
寮内のルールも、聞いたところ特に変わったものはない……と思う。寮生活なんてしたことないからわからないけど。
校内の様子といい、「異世界」という感じはあまりしない。空を飛んでいる人もいない、照明は蝋燭じゃないし蛇口を捻れば水が出る。
強いて異世界らしいと言えば、やはりすれ違う人がみなカラフルな頭をしていることくらいだろうか。安心したような、少し拍子抜けしたような気持ちだ。
部屋の家具の割り当てが終わり、舎監さんのところから荷物を回収、その片づけもそろそろ終わりそうだという頃、ノックも無しに部屋の扉が開いた。
「ただー、い……」
きちんと扉を閉めてからこちらを見遣った青年が、不自然に言葉を切る。
「……ヒューが……」
目を見開き、口元を戦慄かせながら絞り出された言葉は――
「ヒューが女の子連れ込んでる……!」
「いや、男です」
半ば反射で訂正してから、作業の手を止めて部屋の唯一の入り口に向き直る。
セフィル君ほどではないが高い身長と、鮮やかな朱色の頭髪が目を引く。
「話は聞いただろう、編入生だ」
「ミコト・ヒイラギです。今日からよろしくお願いします」
「あ、どうもご丁寧に。カルセドニー・セグリスです」
お互いに軽く頭を下げ、もう一度目を合わせる。
「……美少女……」
「男です」
「えぇ……?」
矯めつ眇めつといった様子で見られて、正直居心地が悪い。ましてや「美少女」なんて、ついさっき本物の美少女を見たばかりでは嫌味としか思えないし。
性別を間違えられること自体は日常茶飯事だったので今更さして気にはならないが、ここまでしつこい人もなかなかいない。一応、二次性徴を迎えてからは奇異の目で見られこそすれ、一言二言で納得してくれたものだけど。
「カルセドニー、それくらいにしておけ。どうしても気になるなら風呂の時にでも確認しろ」
「ヒューはもう少し気にしてもいいんじゃない? もし女の子だったら俺その時点で駄目だからな?」
「その時は大人しくお縄につけ」
「嫌だよ!」
軽快にやりとりを交わす二人。気難しそうな人だったり、変に仲の悪い部屋だったらどうしようかと思ったけど、その心配はなさそうだ。安心した。
「後は任せていいか?」
「あれ、今日も行くの?」
「最低限、説明はしておくべきだろう。面倒なことにはなりそうだが」
「……なるほど」
言いながら部屋から出ようとするセフィル君。出かける予定があったのだろうか、悪いことをしてしまったかもしれない。
「じゃあ、俺らも昼飯食いに行こうか。ついでに食堂の説明もするよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ミコトだっけ? もっと楽にしてくれていいよ、俺の事はセドって呼んで」
「えっと……うん。よろしく、セド」